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#073 福島第一原発事故生業訴訟福島地裁判決要旨等

(2017.10.10)

福島第一原子力発電所の爆発

福島地裁、生業訴訟で判決

​弁護団の判決後報告集会

◉ 報道記事

 

原発事故、国と東電に賠償命令 原状回復は却下 福島

2017.10.10(火) 朝日新聞

 

 東京電力福島第一原発事故でふるさとの生活が奪われたとして、福島県の住民ら約3800人が国と東電に生活環境の回復や慰謝料など総額約160億円の賠償を求めた訴訟の判決で、福島地裁(金沢秀樹裁判長)は10日、国の責任を認め、うち約2900人に総額約5億円を支払うよう国と東電に命じた。生活環境の回復を求める訴えは却下した。

 原発事故を巡る同様の集団訴訟は全国で約30あり、福島地裁での判決は前橋、千葉の両地裁に続き3例目。

 福島訴訟では、国の避難指示が出た区域の原告は約1割。大半は福島県内の避難指示が出なかった地域の住民で、宮城や茨城、栃木の住民もいる。

 原告は「原発事故前の暮らしを取り戻したい」として、居住地の空間放射線量を事故前の水準とする毎時0・04マイクロシーベルト以下に引き下げる「原状回復」を要求。実現するまで、毎月5万円の慰謝料を求めた。

 また、原告の一部は原発事故で仕事や人間関係を失ったとして、1人2千万円の「ふるさと喪失」慰謝料も求めた。

 これに対し、国や東電は放射線量を引き下げる具体的な方法が不明確で、金銭的にも不可能などと反論。賠償も国の基準の中間指針に基づいて支払った金額で十分だとしていた。

 原発事故に対する国と東電の責任については、原告は地震調査研究推進本部が公表した「長期評価」などを根拠に、国側は原発の敷地高さを超える津波を予測できたと主張。国側は長期評価には様々な反論があったとして、「科学的根拠に乏しい」と反論した。

 今年3月に最初に判決が言い渡された前橋地裁は、国と東電についてともに津波を予見できたと指摘。対策を怠ったと認め、計3855万円の支払いを命じた。

 一方、9月の千葉地裁は国の賠償方針を上回る支払いを命じたが、国の責任は否定。東電についても重大な過失があったとは認めなかった。

◉ 弁護団声明

 

「生業を返せ、地域を返せ!」福島原発訴訟判決を受けての声明

 

 本日、福島地方裁判所(裁判長金澤秀樹)は、「生業を返せ、地域を返せ!」福島原発訴訟の判決(以ド「判決」という。)を言い渡した。

 

1 国の法的責任と東京電力の過失

 

  判決は、本年3月17日言渡の前橋地裁判決に続き、国の法的責任と東京電力の過失を認め、断罪した.

  判決は、

  ⅰ 国が2002年の地震本部「長期評価」等の知見に基づき、20022年末までに詳細な津波浸水予測計算をすべきであったのにこれを怠ったこと(予見義務)。

  ⅱ 予測計算をすれば、福島第一原子力発電所の主要施設の敷地高さを超える津波が襲来し、全交流電源喪失に至る可能性を認識できたこと(予見可能性)。

  ⅲ 非常用電源設備等は「長期評価」から想定される津波に対する安全性を欠き、技術基準省令62号4条1項の技術基準に適合しない状態となっていたこと(回避義務)。

  ⅳ 2002年末までに国が規制権限を行使し、東京電力に適切な津波防護対策をとらせていれば、本件津波による全交流電源喪失を防げたこと(回避可能性).

 をいずれも認めた。また、必要な津波対策をとらなかった東京電力についても過失があったと認めた,.

  本日の判決は、安全よりも経済的利益を優先する「安全神話」に浸ってきた原子力行政と東京電力の怠りを法的に違法としたものであり、憲法で保障された生命・健康そして生存の基盤としての財産と環境の価値を実現する司法の役割を果たすものとして、今後の司法判断の方向を指し示すものと評価される。

 

2 被害救済の範囲と水準

 

  判決は、被告らの「年間20ミリシーベルトを下回る被ばくであれば健康リスクは極めて小さい」「原告らの被害は、科学的根拠のない危惧不安のたぐいにすぎない」などの主張について、放射性物買による居住地の汚染が社会通念上受忍すべき限度を超えた平穏生活権侵害となるか否かは、「低線量被曝に関する知見等や社会心理学的知見等を広く参照したうえで決するべき」との理由で退けた。

  その上で、判決は、平穏生活権侵害による慰謝料について、本件原告3824名のうち.約2907名の請求を認め、原賠審の中間指針等に基づく賠償対象地域よりも広い地域について賠償の対象とし、かつ既払の賠償金に対する上積みを認めた。

  しかし、避難者原告のうち帰還が困難となった原告らが求めていた「ふるさと喪失慰謝料」については.実質的にこれを認めなかった。

  原告らが居住していた全ての地域について救済対象とする判断ではなく、また上積みの額についても原告らが求めていた水準に達していない地域もあり、その点は極めて不十分である。判決は、権利侵害性の判断枠組みみについては国や東京電力の被害隠しの主張を明確に退けたものの、実際の損害認定については、現地検証、原告本人尋同等で明らかにしてきた原告らの被害実態を正しく反映したとは到底評価しがたい。

  しかし、原告ら被害者に対する権利侵害を認めて、賠償の対象地域の拡大や賠償水準の上積みを認めた点は、原告らのみにとどまらず広く被害者の救済を図るという意味においては一歩前進と評価することができる。

 

3 原状回復請求について

 

  原告らが求めた原状回復請求については、判決は「本件事故前の状態に戻してほしいとの原告らの切実な思いに基づく請求であって、心情的には理解できる」と理解を示しつつ、「求める作為の内容が特定されていないものであって、不適法である」として、これを棄却した。

  この点は非常に残念であると言わざるを得ないが、現在の裁判実務において、作為内容を具体的に特定しない作為請求が認められることは技術的に困難な部分があり、現在のわか国の司法判断の限界を示しているとも言える。原告らは、今後も、「もとどおりの地域を返せ」という被害者の正当な要求を実現するため、迅速かつ実効的な原状回復を求めて法廷内外で奮闘していく。

 

4 訴訟団の原点とたたかい

 

  私たち生業訴訟団は、次のー求の実現を求めている。

  i ニ度と原発事故の惨禍を繰り返すことのないよう、事故惹起についての責任を自ら認め謝罪すること。

  ⅱ 中間指針等が最低限の賠償を認めたものにすぎないという原点に立ち、中間指針等に基づく賠償を見直し、強制避難、区域外(自主的)避難、滞在者など全ての被害者に対して、被害の実態に応じた十分な賠償を行うこと。

  ⅲ 被害者の生活・生業の再建、地域環境の回復及び健康被害の発生を防ぐ施策のすみやかな具体化と実施をすること。

  ⅳ 金銭による損害賠償では回復することができない被害をもたらす原発の稼働の停止と廃炉。

  原告団・弁護団は、本日の判決を力にして、これら4つの要求の実現に活かす活動に踏み出す。そして、全国各地で進められている原発事故被害者の方々の集団訴訟において、各地の裁判所が正義の判断を示すことを心から希望する。またその実現のために、引き続き、全国の原告・弁護団・支援の方々とともに闘う決意である。

                                                  以上

  2017年10月10日

                 「生業を返せ、地域を返せ!」福島原発訴訟原告団

                       同             弁護団

◉ 福島地裁判決要旨

 

平成25年(ワ)第38号、第94号、第175号、平成266年(ワ)第14号、第165号、第166号 原状回復等請求事件

          判 決 要 旨

                            福島地方裁判所第一民事郎

 【主文】

 

 1 本件訴えのうち、原状回復請求に関する訴えをいずれも却下する。

 2 本件訴えのうち、平成29年3月22日以降の損害賠償金の支払を求める訴えをいずれも却下する。

 3 原告らの被告東京電カホールディングス株式会社(被告東電)に対するその余の主位的請求(一般不法行為に基づく請求)をいずれも棄却する。

 4 被告東電は、別紙6認容金額目録の各「被告東電認容額」欄に記載のある原告(2907名)に対し、各「被告東電認容額」欄記載の金員(合計4億9795万円)及びこれに対する平成23年3月11日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。

 5 原告らの被告東電に対するその余の予備的請求(原子力損害の賠償に間する法律(原賠法)に基づく請求)をいずれも棄却する。

 6 被告国は、別紙6認容金額目録の各「被告国認容額」欄に記載のある原告(2905名)に対し、各「被告国認容額」欄記載の金員(合計2億5023万円)及びこれに対する平成23年3月11日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。

 7 原告らの被告国に対するその余の請求をいずれも棄却する。

 8 訴訟費用は、

  (1) 別紙6認容金額目録の各「被告東電認容額」欄に記載のない原告ら(960名)との関係で生じた費用は原告らの負担とし、

  (2) 別紙6認容金額目録の各「被告東電認容額」欄に記載があり、 「被告国認容額」欄に記載のない原告ら(2名)との関係で、被告国に生じた費用は原告らの負担とし、原告ら及び被告東電に生じた費用はこれを20分し、その1を被告東電の、その余を原告らの負担とし、 

  (3) 別紙6認容金額目録の各「被告東電認容額」欄及び「被告国認容額」欄のいずれにも記載がある原告ら(2905名)との関係で原告ら及び被告らに生じた費用はこれを20分し、 その1を被告らの負担とし、その余を原告らの負担とする。

 

 【事案の概要】

 

 本件は、平成23年3月11日当時、福島県又はその隣接県である宮城県、茨城県、栃木県に居住していた原告ら3864名(取下原告、死亡原告を含み、承継原告を含まない。)が、平成23年3月11日に発生した東北地方太平洋沖地震(本件地震)及びこれに伴う津波(本件津波)により発生した福島第一原子力発電所(福島第一原発)の事故(本件事故)により、原告らの本件事故当時の居住地(旧居住地)が放射性物質により汚染されたとして、

 

1 原告ら(承継原告を除く3790名)が、被告らに対し、人格権又は被告国に対しては国家賠償法(国賠法)1条1項、被告東電に対しては民法709条に基づき、原告らの旧居住地における空間放射線量率を本件事故前の値である0.04µS/h(マイクロシーベルト毎時)以下にすることを求める(原状回復請求)とともに、 

 

2 原告らが、被告らに対し、被告国に対しては国賠法1条l項、民法710条、被告東電に対しては、主位的に民法709条、710条、予備的に原賠法3条1項に基づき、各自、平成23年3月11日から旧居住地の空間線量率が0.04µSv/h以下となるまで(承継原告については、死亡原告の死亡時まで)の間、1か月5万円の割合による平穏生活権侵害による慰謝料、1割相当の弁護士費用、 提訴時までの確定損害金に対する平成23年3月11日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求め(平穏生活権侵害)、

 

3 原告らのうち40名(死亡原告を含み、承継原告を含まない。)が、被告らに対し、 上記2と同様の根拠法条に基づき、 各自、 「ふるさと喪失」による慰謝料として2000万円、 1割祖当の弁護士費用、 これに対する平成23年3月11日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求め(ふるさと喪失)た事案である。

 

 【当裁判所の判断の要旨】

 

第1 本件地震の発生から本件事故に至る経緯

 

 平成23年3月11日午後2時46分、本件地震が発生し、本件地震に伴う本件津波が福島第一原発1~4号機の主要建屋敷地高さ(O.P. +10m)を超えて遡上し、1~4号機の全交流電源が喪失し、原子炉の冷却機能を喪失したことにより、1~3号機は炉心溶融に至り、大量の放射性物質が大気中に放出される事故(本件事故)が発生した。

 

第2 原状回復請求について

 

 原告らの旧居住地の空間線量率を本件事故前の値である0.04µSv/h以下にせよという原状回復請求は、 被告らに求める作為の内容が特定されていないから、 民事訴訟として不適法である。

 

第3 被告国の損害賠償責任について

 

 1 将来請求が不適法であること

 

 原告らは、 平穏生活権侵害に基づく損害賠償請求として、 本件事故時である平成23年3月11日から旧居住地の空間総量率が0.04µSv/h以下となるまで1か月5万5000円の割合による金員の支払を求めているが、 そのうち、本件口頭弁論終結日の翌日である平成29年3月22日以降に発生する損害の賠償を求める訴えは、 権利の発生が不確定な将来の事情の変動に関わるものであるので、将来請求としての適格性を満たしておらず、民事訴訟として不適法である。

 

 2 津波対策に関する予見可能性

 

 文部科学省地震調査研究推進本部地震調査委員会が平成14年7月31日に作成した「三陸沖から房総沖にかけての地震活動の長期評価について」(長期評価)は、研究会での議論を経て、専門的研究者の間で正当な見解であると是認された、「規制権限の行使を義務付ける程度に客観的かつ合理的根拠を有する知見」であり、法律上の根拠に基づき、想定される地震の長期評価を行うために組織された委員会が、専門的研究者による研究会における議論を取りまとめたものであって、 専門的研究者の間で正当な見解であると是認された見解であり、 その信頼性を疑うべき事情は存在しない。

 「長期評価」から想定される津波は、平成14年当時の電気事業法39条に基づく技術基準である「発電用原子力設備に関する技術基準を定める省令」(昭和40年通商産業省令第62号。「省令62号」)4条1項で想定すべき津波として津波安全性評価の対象とされるべきであった。

 被告国は、平成14年の「長期評価」に基づき直ちにシミュレーションを実施していれば、 平成20年4月18日に被告東電が試算した(平成20年試算)とおり、福島第一原発敷地南側において最大O.P.+15.7mの津波を予見可能であった。

 

 3 津波対策に関する回避義務

 

 福島第一原発1~4号機の非常用電源設備は、 「長期評価」から想定される地震によるO.P.+15.7mの津波に対する安全性を欠いており、省令62号4条1項の技術基準に適合しない状態となっていたのであるから、経済産業大臣は、平成14年7月31日に「長期評価」が公表された後、「長期評価」に基づくシミュレーションを行うのに必要な合理的期間が経過した後である平成14年12月31日頃までに、 被告東電に対し、非常用電源設備を技術基準(省令62号4条1項)に適合させるよう行政指導を行い、被告東電がこれに応じない場合には、 平成14年当時の電気事業法40条の技術基準適合命令を発する規制権限を行使すべきであった。

 

 4 津波対策に閥する回避可能性

 

 被告国(経済産業大臣)において平成14年末までに適切に規制権限を行使し、「長期評価」から想定される地震によるO.P.+15.7mの津波に対する安全性の確保を被告東電に命じていれば、被告東電は、非常用電源設備の設置されたタービン建屋等の水密化及び重要機器室の水密化の措置を取っていたであろうと認められ、そのような措置を取っていれば、 全交流電源喪失による本件事故は回避可能であった。

 

 5 被告国の責任のまとめ

 

 経済産業大臣は、平成14年7月31日に発表された「長期評価」に基づき、福島第一原発1~4号機敷地南側にO.P.+15.7mの津波が到来することを予見することが可能であり、 1~4号機の非常用電源設備は「津波により損傷を受けるおそれ」があり、電気事業法39条に定める技術基準である省令62号4条l項に適合しないと認めるべきものだったのであるから、経済産業大臣は、同法40条の技術基準適合命令を発することが可能であったにもかかわらずこれを行わなかったものであり、この平成14年末時点における津波対策義務に関する規制権限の不行使は、本件の具体的事情の下において、許容される限度を逸脱して著しく合理性を欠いていたと認められるから、被告国は国賠法1条l項の責任を負う。

 

第4 被告東電の損害賠償責任について

 

 1 一般不法行為に基づく主位的請求が認められないこと

 

 原告らは、 主位的に民法709条の一般不法行為に基づいて、 予備的に原賠法3条1項に基づいて被告東電に請求しているところ、原賠法は一般不法行為の適用を排除していると解されるから、一般不法行為に基づく原告らの主位的請求は認められない。

 

 2 予備的請求が認められること

 

 被告東電は、 予備的請求である原賠法3条l項に基づいて責任を負う。

 

 3 将来請求が不適法であること

 

 被告東電に対する損害賠償請求のうち、本件口頭弁論終結後に発生する損害に係る部分については、将来請求としての適格性を欠き不適法である。

 

 4 被告東電には過失が認められるが、重過失までは認められないこと

 

 被告東電は、平成14年7月31日の「長期評価」は客観的かつ合理的根拠を有する知見であり、その信頼性を疑うべき事情は存在しなかったのであるから、「長期評価」から想定される地震による予見可能な津波を省令62号4条1項で想定すべき「津波」として、これに対する適切な対策を講じなければならない注意義務があるのにこれを怠り、「長期評価」から予見可能なO.P.+15.7mの津波に対する対策を怠った結果、本件事故に至ったのであるから、被告東電には過失があるといえるが、故意や重過失までは認められない。

 

第5 平穏生活権侵害に基づく損害賠償請求について

 

 1 平穏生活権侵害の成否の判断枠組み

 

 原告らは、「中間指針等(追補を含む中間指針と被告東電の自主賠償基準の総称)による賠償額」は本訴の訴訟物としない旨主張しているから、本件では、原告らが現に受領したか否かを問わず、「中間指針等による賠償額」を超える損害が認められるか否かを判断する。

 本件における被侵害法益(平穏生活権)の内実について検討すると、人は、その選択した生活の本拠において平穏な生活を営む権利を有し、社会通念上受忍すべき限度を超えた大気汚染、水質汚濁、土壌汚染、騒音、振動、地盤沈下、悪臭によってその平穏な生活を妨げられないのと同様、社会通念上受忍すべき限度を超えた放射性物質による居住地の汚染によってその平穏な生活を妨げられない利益を有しているというべきである。

 ここで故なく妨げられない平穏な生活には、生活の本拠において生まれ、育ち、職業を選択して生業を営み、家族、生活環境、地域コミュニティとの関わりにおいて人格を形成し、幸福を追求してゆくという、人の全人格的な生活が広く含まれる。

 放射性物質による居住地の汚染が社会通念上受忍すべき限度を超えた平穏生活権侵害となるか否かは、侵害行為の態様、侵害の程度、被侵害利益の性質と内容、侵害行為の持つ公共性ないし公益上の必要性の内容と程度等を比較検討するほか、侵害行為の開始とその後の継続の経過及び状況、その間に採られた被害の防止に関する措置の有無及びその内容、効果等の諸般の事情を総合的に考慮して判断すべきである。

 

 2 帰還困難区域旧居住者について

 

 帰還困難区域旧居住者(本件事故当時に当該区域内に居住していた者)に対しては、自主賠償基準により、600万円と700万円の一括賠償が支払われているところ、中間指針及び自主賠償基準の解釈から、平成26年2月までは月額10万円の日常生活阻害慰謝料が継続し、それ以降は1000万円の帰還困難慰謝料で包括評価されているものとして、それぞれ平穏生活権侵害、「ふるさと喪失」に対応するものと解する。そして、平穏生活権侵害では平成23年3月から平成26年2月まで月額10万円の合計360万円を超える損害があるか、「ふるさと喪失」では1000万円を超える損害があるかを判断した。

 平穏生活権侵害については月額10万円が相当である。また、社会通念上帰還が不能となった後の一定の時期に平穏生活権侵害による継続的賠償は終了し、帰還不能による損害を包括評価して定額の賠償を行うことも許されると解されるが、「ふるさと喪失」損害として包括的に評価する始期(継続的に発生する平穏生活権侵害の賠償としての終期)は、帰還困難区域の指定を受けた後であり、実際に被害者が被告東電に対する請求をすることが可能になった平成26年4月を基準とすべきであり、平成26年3、4月については、それ以前と同様の月額10万円(合計20万円)の平穏生活極侵害による精神的損害の賠償を認めるのが相当である。その結果、「中間指針等による賠償額」である360万円を超える損害として20万円を認める。

 双葉町の避難指示解除準備区域旧居住者についても、同様に20万円の賠償を認める。

 

 3 居住制限区域、避難指示解除準備区域旧居住者について

 

 居住制限区域、避難指示解除準備区域及びこれらの指定が解除された区域(平成29年3月21日の本件口頭弁論終結当時の状態が基準となる。)の旧居住者については、本件口頭弁論終結時点で月額10万円の賠償が継続していたところ、「中間指針等による賠償額」を超える損害は認められない。

 

 4 旧特定避難勧奨地点、旧緊急時避難準備区域旧居住者について

 

 旧特定遊離勧奨地点については平成27年3月まで、旧緊急時避難準備区域については平成24年8月まで、自主賠償基準により月額10万円の賠償がされているところ、これら「中間指針等による賠償額」を超える損害は認められない。

 

 5 日一時避難要請区域旧居住者について

 

 旧一時避難要請区域(南相馬市が独自に一時避難を要請した、南相馬市のうち避難指示区域と旧緊急時避難準備区域を除いた区域)旧居住者については、自主賠償基準により平成23年9月まで月額10万円の賠償がされているので、この「中間指針等による賠償額」を疸える損害があるかを判断した。

 南相馬市鹿島区の一部では平成23年9月末時点でも10mSv/y相当値(屋外における空間線量率を年当たりの追加被曝線量に換算した値)を超える線量が観測されていたこと、政府による収束宣言があったのが平成23年12月16日であること、自主的避難等対象区域旧居住者に対する賠償額などを考慮すると、旧一時避難要請区域旧居住者が平成23年10~12月に抱いていた放射線被曝に対する不安、今後の本件事故の進展に対する不安は、平成23年9月までと同等の程度とまでは認められないものの、引き続き賠償に値するものと認められ、その額は、平成23年10~12月の3か月間を包括して3万円と認める。

 また、自主的避難等対象区域旧居住者の子供・妊婦には自主賠償基準により平成24年1~8月分として8万円が認められていることなどを考慮すると、旧一時避難要請区域旧居住者の子供・妊婦にも平成24年1~8月分として8万円(平成23年10~12月分と合わせて合計11万円)の賠償を認める。

 

 6 旧屋内退避区域旧居住者について

 

 旧屋内退避区域(30km圏内のうち、旧緊急時避難準備区域に指定されなかったいわき市の一部区域)を旧居住地とする原告は本件訴訟にいないから、同区域の旧居住者に、「中間指針等による賠償額」を超える損害が生じたか否かは判断しなかった。

 

 7 自主的避難等対象区域旧居住者について

 

 自主的避難等対象区域旧居住者については、子供・妊婦については48万円、それ以外の者は8万円を「中間指針等による賠償額」と認め、それを超える損害の有無を判断した。

 平成23年3月時点で、福島市、桑折町、川俣町、郡山市、いわき市といった、人口においても面積においても自主的避難等対象区域を代表するといえる地域の放射線モニタリング地点で20mSv/y相当値を超える空間樟量率が計測されていたこと、平成23年4月時点においても、福島市、二本松市、伊達市、本宮市、桑折町、川俣町、郡山市といった地域において、20mSv/y相当値は下回るものの10mSv/y相当値を超える空間線量率が計測されていたことなどからすると、本件事故発生当初の時期(平成23年3~4月)における自主的避難等対象区域旧居住者の抱いた放射線被曝に対する不安、今後の本件事故の進展に対する不安は、一律に当該地域からの避難や屋内退避を必要とするほどのものではなかったとしても、旧緊急時避難準備区域、旧特定避難勧奨地点、旧一時避難要請区域といった必ずしも避難が強制されるものでない区域の旧居住者の抱いた不安に比して大きく劣るものではなく、避難の必要性や可能性を検討し、実際に避難することもやむを得ない選択の一つであったといえる。

 同時に、様々な事情により避難するという選択が困難であった旧居住者もいるところ、そのような選択をすること自体も困難を強いられたものであり、また、避難せずにそのまま居住することも容易な状況ではなかったというべきである。これらの事情に鑑みれぱ、平成23年3月、4月の2か月につき各8万円(合計16万円)の賠償を認めるのが相当である。

 平成23年5~12月時点においても、福島市、二本松市、伊達市、桑折町といった相当の人口、面積を有する範囲において、20mSv/y相当値は下回るものの、10mSv/y相当値を超える空間線量率が計測されていたこと、収束宣言により福島第一原発の冷温停止の達成が確認されたのが平成23年12月16日であることなどからすると、平成23年5~12月における自主的避難等対象区域旧居住者の抱いた放射線被曝に対する不安、今後の本件事故の進展に対する不安は、本件事故発生当初の平成23年3~4月時点と同様とはいえないまでも、引き続き賠償に値するものというべきであり、その額は、平成23年5~12月の8か月を包括して8万円(3~4月の16万円と合わせて累計24万円。「中間指針等によ賠償額」である8万円を超える損害は16万円)と認めるのが相当である。

 また、上記事情によれば、自主的避難等対象区域旧居住者の不安が賠償に値するのは、子供・妊婦に限られるものではないというべきである。

 他方、子供・妊婦については、「中間指針等による賠償額」である48万円を超える損害があるとは認められない。

 

 8 県南地域・宮城県丸森町旧居住者について

 

 県南地域及び宮城県丸森町の旧居住者については、自主賠償基準により、子供・妊婦については24万円の賠償が認められているが、子供・妊婦以外の者は賂償の対象とされていない。

 県南地域においても、平成23年3月時点で白河市において20mSv/y相当値を超える空間線量率が計測されていたことなどを考慮すると、県南地域旧居住者の抱いた放射加被曝に対する不安、今後の本件事故の進展に対する不安は、自主的避難等対象区域旧居住者と同様とはいえないまでも、なお賠償に値するものというべきであり、その額は、平成23年3~12月の10か月間を包括して10万円(「中間指針等による賠償額」は0円であるから、「中間指針等による賠償額」を超える損害も10万円)と認めるのが相当である。

 宮城県丸森町については、生活圏の空間線量率が概ね5mSv/y相当値を下回っていたことなどからすれば、子供・妊婦以外の者について、賠償すべき損害があるとは認められない。

 県南地域及び宮城県丸森町の子供・妊婦については、「中問指針等による賠償額」である24万円を超える損害があるとは認められない。

 

 9 賠償対象区域外の旧居住者について

 

  「中間指針等による賠償額」の対象区域外の会津地域、宮城県(丸森町を除く。)、栃木県の旧居住者については、賠償すべき損害があるとは認められない。

 他方、茨城県北茨城市や東海村において、平成23年3月15日時点で20mSv/y相当値を扁える空間線量率が計測されていたこと、茨城県水戸市においても、平成23年3月15日時点で、20mSv/y相当値は下回るものの、これに近い18.9mSv相当の空間線量率が観測されており、これは、本件事故がなければ被曝することがなかった追加被曝であり、このような初期被曝を受忍すべき理由は見当たらないことなどを考慮すれば、これらの空間線量率が一時的なものであったことなどを考慮しても、茨城県水戸市及びそれよりも福島第一原発に近い茨城県日立市、東海村の避難者又は滞在者が抱いた被曝による健康影響に対する不安、今後の本件事故の進展に対する不安は、県南地域のそれよりもさらに低いものとみるべきではあるが、なお賠償に値するものというべきであり、その損害額は、平成23年3~12月の10か月間を包括して1万円(「中間指針等による賂償額」は0円であるから、「中間指針等による賠償額」を超える損害も1万円)と認める。

 茨城県水戸市よりも福島第一原発から遠い茨城県牛久市及びつくば市については、本件事故直後の時期の空間線量率を認めるに足りる証拠はなく、賠償すべき損害があるとは認められない。

 茨城県牛久市の子供については、賠償すべき損害があるとは認められない。茨城県の牛久市以外の市町村を旧居住地とする子供・妊婦は本件訴訟にいないので、その損害については判断しない。

 

第6 「ふるさと喪失」に基づく損害賠償請求について

 

 「中間指針等による賠償額」は、帰還困屋区域につき1000万円、それ以外の区域については0円と解されるから、これを超える損害の有無を判断した。

 帰還困難区域旧居住者については、「中間指針等による賠償額」である1000万円を超える損害は認められない。

 居住制限区域、避難指示解除準備区域旧居住者については、月額10万円の継続的賠償と別途の確定的、不可逆的損害が発生しているとは認められない。

 

第7 弁済の抗弁

 

 ADRにより「中間指針等による賠償額」を超える弁済を受けた原告(10名)との関係では、弁済の抗弁を認めた(被告東電との関係では、7名につき全部弁済、3名につき一部弁済。被告国との関係では、9名につき全部弁済、1名につき一部弁済)。被告東電の主張する要介護者増額、透析賠償、ペット賠償については弁済の抗弁として認めなかった。

 

第8 被告国の責任の範囲

 

  「核原料物質、核燃料物質及び原子炉の規制に関する法律」(炉規法)、電気事業法の枠組みによれば、原子炉施設の安全性を確保する責任は第一次的には当該原子炉を設置する原子力事業者(本件事故においては被告東電)にあり、被告国(経済産業大臣)の責任はこれを監督する第二次的なものにとどまるというべきであるから、被告国が規制権限不行使により国賠法上の責任を負う場合においても、その賠償すべき責任の範囲は、被告東電の負う責任の2分の1(被告東電の責任と重なり合う範囲で不真正連帯債務)と認めるのが相当である。

 

第9 弁護士費用等

 

 認容額につき、それぞれ、基本的には元金の10%相当額の弁護士費用を認め、弁護士費用を含めた認容額に1万円未満の端数が出る原告については、端数切り上げ分に相当する弁護士費用を増額した。

 本件事故は平成23年3月11日に起こったものとみなして、不法行為の日(本件事故日)である平成23年3月11日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金を付した。

 民事訴訟法の規定に従って、訴訟費用の負担を定めた。

 仮執行宣言は、相当でないのでこれを付さないこととした。

 

 

 

{参考データ]

 1 判決文 全4冊               731頁

      本文                 309頁

      本文+別紙1~10              381頁

      別冊1(原告目録)                  49頁

      別冊2(認容金額目録)             81頁

      別冊3(当事者の主張要旨)     220頁

 

 2 当事者

   原告 6次訴訟合計3864名(A)

      Aのうち、取下原告40名(B)

      Aのうち、死亡原告34名(C)

      Cに対応する、承継原告91名(D)

      Dのうち、原告兼承継原告14名(E)

      Aのうち、「ふるさと喪失」損害請求原告40名(F〉

      Fのうち、死亡原告2名(G。Cと重なる)

      Gに対応する、承継原告2名(H。Dと重なる}

      Hのうち、原告兼承継原告1名(I。Eと重なる)

      実原告数AーBーC+(DーE)=3867名(J)

   被告 東京電カホールディングス株式会社(旧商号「東京電力株式会社」)

   被告 国

 

 3 請求後

    原状回復請求  算定不能

   平穏生活権侵害 平成23年3月11日から原状回復まで、1人月額5万5000円(平穏生活権侵害5万円、弁護士費用5000円)

   うち提訴時までの確定損害分

    1次訴訟(平成25年(ワ)第38号。平成25年3月11日提訴)

     5万5000円×24か月X800名(死亡原告を含む。)=10億5600万円(A)

    3次訴訟(平成25年(ワ)第175号。平成25年9月10日提訴)

     5万5000円×30か月X1159名(死亡原告を含む。)=19億1235万円(B)

    4次訴訟(平成26年(ワ)第14号。平成26年2月10日提訴)

     5万5000円×35か月×620名=11億9360万円(C)

    5次訴訟(平成26年(ワ)第165号。平成26年9月10日提訴)

     6万5000円×42か月×1285名{死亡原告を含む。)=29億6835万円(D)

    確定損害合計A+B十CキD=71億3020万円(E)

   「ふるさと喪失」損害l人2200万円(「ふるさと喪失」損害2000万円。弁護士費用200万円)

    2次訴訟(平成25年(ワ〉第94号。平成25年5月30日提訴)

     2200万円×26名(死亡原告を含む。)=5億7200万円(F)

    6次訴訟(平成26年(ワ)第166号。平成26年9月10日提訴)

     2200万円×14名(死亡原告を含む。)=3億0800万円(G)

   「ふるさと喪失丿損害請求合計F+G=8億8000万円(H)

  請求金額のうち確定損害合計 E+H=80億1020万円(I)

  請求金額合計 I+提訴後損害分(本件口頭弁論終結後に発生する分を含む。)+確定損害に対する平成23年3月11日からの遅延損害金

  請求全休  I十提訴後損害分+遅延損害金+原状回復請求

 4 認容金額

   原告ら2907名につき、被告東電に対し、合計4億9795万円+遅延損害金

   うち弁護士費用を除く損害元金4億4305万0004円(相続による分割があった関係で端数が生じている。)

   最大認容額 36万円(自主的避難等対象区域旧居住者が、同じ自主的避難等対象区域旧居住者の死亡原告を全部相続したもの)

   うち弁護士費用を除く損害元金32万円

   最小認容額1万円(旧一時避難要請区域旧居住者であった死亡原告を相続したもの)

   うち弁護士費用を除く損害元金6000円

   棄却原告960名

   原告ら2905名につき、被告国に対し、合計2億5023万円+遅延損害金(被告東電と不真正連帯債務)

   うち弁護士費用を除く損害元金2億2142万4990円(ADRによる弁済があった関係で、被告東電の超過損害元金のちょうど半分にはなっていない。)

   最大認容額 18万円(自主的避難等対象区域旧居住者が、同じ自主的避難等対象区域旧居住者の死亡原告を全部相続したもの)

   うち弁護士費用を除く損害元金16万円

   最小認容額1万円(旧一時避難要請区域旧居住者であった死亡原告を相続したもの)

   うち弁護士費用を除く損害元金3000円

   被告国関係棄却原告962名(2名については、ADRによる弁済があった関係で、被告国との関係では全部棄却となった。)

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