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#044 東京電力第三者検証委員会

検証結果報告書 # 3/3

(2016.6.16)

 それを避けるためには、技術委員会への対応をしていた社員らにおいて、社内規程を徹底的に調査すべきであったとともに、原災マニュアルに「炉心溶融」の判定基準が記載されていたことを知っていた社員らとの情報の共有が必要であったと思われる。

 東電のような大規模な組織においては、社員間の情報共有が容易ではないことも理解し得るが、近時の企業等の不祥事をみると、

 7 小括

  (1) 通報の全般的評価

 平成23年3月11日から同月15日までの福島第一原発の通報文は、その後の修正を加えると 90通程度となるが、全体的に眺めると、12日の1号機原子炉建屋の水素爆発までは、忠実に、妥当になされたと評価できるが、その時点以降の通報文については、妥当性に問題があるのではないかと思われるものもある。

12日の1号機原子炉建屋の水素爆発、14日には3号機原子炉建屋の水素爆発、15日には4号機原子炉建屋の水素爆発と続き、福島第一原発の現場では、 本来の各号機の応急復旧対策のほか、 発後の後処理に追われたことも窺われるが、通報の目的は、原子力災害の現状の報告と、損害拡大防止策、応急復旧対策の内容等を官庁等、地元住民等に周知させ、官庁等や地元住民等がとるべき方策の検討の資料を提供するという面もある点を考慮し、その観点から見ると、情報の提供が十分であったと評価できない部分も散見される。

  (2) 原災法15条該当の報告とそれ以外の同法25条、26条の報告との関係

 前記のように、原子力災害が発生した後において、福島第一原発の発電所長がなすべき通報は、15条該当事象に止まらず、発電所長が行い、あるいは行おうとしている原子力災害に対する損害拡大防止策、応急復旧対策の具体的な内容等や、その前提となる各原子炉の状況等にも及ばざるを得ないものであるところ、福島第一原発では、後者の情報提供が不十分であったと評価せざるを得ない。

 特に、原子力緊急事態宣言後は、原災法15条該当報告は、原子炉の状況が酷い状態にあることの判断資料として有意義であるものの、その判断にこだわって、その他の必要な情報提供が不十分となってはならないことは当然である。

 通報文を見ていると、原子炉の状況報告をした後、その事象について、改めて15条該当の報告を追加している事例も少なくなかった。原災法令の仕組み上やむを得ない部分であるが、福島第一原発の現場の状況の把握のため不可欠で、15条該当報告を省略することができないものは仕方がないとして、状況等の連絡で通常であれば判断できる事象(例えば、敷地境界の放射線量500μSv/h を超えている数値の測定結果)などは、追加報告の必要性は薄いと思われる。

 なお、通報文をチェックすると、15条該当として通報されたものは全体の一部であり、殆どは、原子炉の状況、とられている応急復旧対策に関するものであった。

  (3) 当第三者検証委員会が特に妥当性を問題とした通報

  ア 放射線量の異常上昇関係

  (ア) 通報の必要性

 原災法では、敷地境界の放射線量が所定の数値500μSv/hを超えた場合に15条該当として報告することを求めているが、放射線量は時間の経過とともに変動するものであり、一度通報すれば足りるものではなく、その変動に応じて通報の必要性があるか否かを判断しなければならない性質のものである。

 福島第一原発では、予め設置されていたモニタリングポストによる測定が電源喪失のためにできなかったため、敷地内に車を走らせて測定することが行われており、敷地境界付近だけでなく、敷地内の原子炉付近での数値の測定も行うことが可能であったが、報告対象が敷地境界の部分であったためもあって、敷地内の測定は不十分であったようである。

 しかし、福島第一原発では、原子炉付近の放射線量も著しく上昇していたことが窺われ、そこでの放射線量の数値も、原子炉の状況判断に有用なものであり、原子炉付近での測定数値の報告も望ましかったと思われる。特に、各原子炉の 発後の当該原子炉付近の放射線量が異常に高かったことは否定できないところであり、その通報が望ましかった。

 例えば、4号機の水素爆発後の10時22分頃には、3号機付近で400mSv/h、4号機付近で 100mSv/hと測定されていたのであるから、 この事象は通報するのが相当であった。たまたま、その時点では、作業員の殆どが福島第二原発に避難していた時点ではあったため、通報されないままとなっている。その少し前の9時頃の正門付近の11930μSv/hも通報されていない。

  (イ)  通報すべき放射線量の時点

 放射線量は時間の経過とともに変動しているので、何時の時点の放射線量を通報すべきか福島第一原発でも議論があったようである。経過を見ていると、通報すべき放射線量の数値が初めて 500μSv/h を超えた時点を基本とする方針のようであり、そのため、一旦通報した時点の前の時点の低い数値も報告基準を満たしていた場合には、前の数値の時点の数値で通報すべきと考えられていたようである。また、通報すべき時点の前に所定の500μSv/hを超えている数値が複数回ある時には、最初の時点のものを通報すれば足りるとして処理されていたようである。

 しかし、放射線量の数値が高い場合を通報の基準としている趣旨から考えると、高い数値を報告すべきことは当然であり、一旦15条該当の報告をした後に顕著な上昇があった場合には、15条報告の趣旨に照らせば、再度放射線量の異常上昇事象として通報するのが相当である。したがって、通報する時点までの数値がいずれも所定の500μSv/hを超えていた場合には、時点を特定し、最高値の情報を通報するのが相当であった。

 例えば、3月14日2時20分時点の751μSv/hの通報(通報は4時24分になされた。)は、その時点の10分後の2時30分に4137μSv/hと変化しているのに、数値の低い前の時点の数値で通報している。

  (ウ) 放射線量が所定の数値を下回った場合の通報の必要性

 放射線量が変動することが想定されることを考慮すると、所定の500μSv/hを下回った場合には、何らかの機会にその旨を通報するのが妥当であろう。通報の仕組みをどうするかの問題はあるが、福島第一原発では、10分おき毎に測定をしていたようであり、その数値表が纏められ、通報文に添付されているものがあるが、その表を全部添付するまでもなく、ほかの情報通報の際に付加してきめ細かく通報する方法もあったと思われる。

  イ 原子炉の状況報告関係

 原子炉の状況についての情報の通報は、全般的に忠実に、正確に通報されていると評価できる。

 ただし、官庁等や、地元住民等が一番知りたいと思われる、各原子炉の爆発後の現場の状況、事故による影響に関する情報の提供は必ずしも十分ではなかったと評価せざるを得ない。例えば、 発によって原子炉周辺がどのように変化したのか、応急復旧作業に影響が生じていないのか、 発後、それまでの復旧作業とは異なる新たな作業が必要となってないかなどである。

  ウ 応急復旧対策に関する報告関係

 福島第一原発では、1号機から3号機についての原子力災害に対処する施策が決定され、実施されたが、その施策の方針は理解できたとしても、具体的には、いつ頃、どのような具体的な施策を行うのかについての情報提供が十分であったといえるかどうかである。

 典型的な事例は、1号機のベントの問題である。

 1号機については、福島第一原発でもベントをする方針であったが、そのベントが予定どおり実施されないことに官邸側がいらだちを見せていたようであり(政府事故調中間報告書)、それは、実施の障碍となっていた事情に関する情報の提供が少なかったことも影響しているようである。

 第8 新潟県及び技術委員会と東電との協議等

 1 平成23年3月18日の新潟県知事に対する説明内容

 東電は、平成23年3月11日の福島第一原発の事故発生を受け、柏崎刈羽原発のある新潟県から、事故状況等についての説明を求められた。

 同月18日14時頃、東電の技術系社員3人が、新潟県庁を訪れ、新潟県知事と面談した。

 東電の社員は、事故状況等について説明した際、福島第一原発の原子炉の状況について、新潟県知事から「メルトダウンしているのか。」との質問を受けた。

 それに対して、東電の社員がどのように答えたかについては、その社員及び同行した社員らが面談記録を作成していなかったこともあって必ずしも明確ではない。 当第三者検証委員会のヒアリングに対して、当該社員らは、「新潟県知事には、持参した平成23年3月18日9時現在の『福島第一原子力発電所の状況』 と題する一覧表2枚及び福島第一原発1号機原子炉建屋、タービン建屋レイアウトなどを記載した18枚の図を見てもらいながら、説明した。新潟県知事からのメルトダウンに関する質問に対しては、当時の原子炉の状態がよく分からなかったため、メルトダウンしているとは答えていないが、メルトダウンしていないと答えた記憶もない。ただし、知事に提出した図面のうち『水-ジルコニウム反応による水素爆発生メカニズム』と題する図には、燃料被覆管が一 部酸化しているものの、ペレットには損傷が生じていない状態を記載していたので、メルトダウンを否定した説明と受け止められた可能性はあると思う。」 旨述べている。なお、上記の「福島第一原子力発電所の状況」と題する一覧表 には、1号機から3号機について、「注水機能喪失により炉心損傷発生」と記載されていた。

 ところで、当該社員の一人は、同日16時28分頃、清水社長、武藤副社長及び小森常務らに対して、新潟県知事との面談結果報告をメール送信しているが、その内容には「新潟県知事から、『福島県内に人が住めない所を生じさせないでほしい』『できるだけ早く対処してほしい』『東京電力は真実を公表してほしい』などの要望があった」などと記載されているのみで、炉心溶融やメルトダウンに関する記述はなく、その後、当該社員の一人が、同日22時27分頃、清水社長らに対して送信したメールで、「新潟県知事からの質問の中に『炉心はメルトダウンしているのか?』との質問があったので、本店技術復旧班と相談する」旨記載している。

 その後、新潟県知事からの上記質問に対する回答内容についての検討がなされ、同月22日17時頃の検討結果を記載された書面には、「炉心が損傷しているおそれは大きいが、炉心溶融の有無は現時点では不明である。」との記載がある。

 しかし、当該社員らによれば、その後新潟県から、それについての回答を催 促されたこともなかったので、回答しないままになっていたとのことである。

 以上の事実関係に照らし、新潟県知事が後日の回答を求めたとすれば、このような重要な問題について回答を催促しないとは考えられないことから、新潟県知事としては面談時に回答を得たものと認識していたとしか思えない。

 当第三者検証委員会としては、同月18日14時頃からの面談の際にどのよ うな応答があったかにつき、会話記録の残されていない面談においては微妙な言い回しなどについての双方の理解が異なることが往々にしてあることから、当該社員らのヒアリングを通じて当該社員らの主張内容も十分に確認したが、以上の事情から、当該社員らに、その意識はなくても、結果として、新潟県知事に対して、メルトダウンを否定したと受け止められる内容の説明をしたものと判断した。

 この点については、当第三者検証委員会の重要な検証事項の一つであるため、当該社員らのヒアリングの際、意識的に「炉心溶融」ないし「メルトダウン」を否定したのではないかとの観点から、厳しく問い質したが、その結果、当該社員らが、意識的又は意図的にそのような説明を行ったものとは認められなかった。

 2 技術委員会に対するメルトダウン等に関する東電の説明内容

 新潟県においては、かねてから柏崎刈羽原発の安全管理について検討、助言等を行うための技術委員会が設置されていた。

 平成24年7月8日に開催された平成24年度第1回技術委員会において、 柏崎刈羽原発の安全に資することを目的として、福島第一原発の事故の検証を行うことが決定された。その検証項目として11項目が挙げられたが、その中に「SPEEDIやメルトダウン情報の非開示」が含まれていた。

 これを受けて、東電は同年12月14日に開催された平成24年度第4回技術委員会に同日付け「検証項目例11項目について」と題する資料を提出した。 かかる資料中には、「SPEEDIやメルトダウン情報の非開示」について以下の記載があるのみで、原災マニュアルに炉心溶融に関する判定基準があったことについては触れられていない。

   A) 把握している事実を正確に伝えることを重視し、確かな情報がない中で憶測や推測に基づく説明を記者会見で行うことは極力避けてきた。

  B) 炉心の状況を示す情報が限定的であり、一方で「炉心溶融」や「メルトダウン」といった用語の定義が定まっておらず、正確な表現に努めようとしたことが、かえって事象を小さく見せようとしているとの指摘に繋がった。

  C) 炉心損傷が発生していたとしても、小さくあって欲しいという潜在的な願望と相まって、公表にあたって矮小化したいという集団心理を生み、その後の当社発表に繋がった可能性もある。

 さらに、東電が設置した原子力改革特別タスクフォースが平成25年3月29日に発表した「福島原子力事故総括および原子力安全改革プラン」においても、炉心溶融が生じていたことを公表したのが平成23年5月24日と大幅に遅れ た原因について記載があるが、原災マニュアルに炉心溶融の判定基準があったことについては触れられていない。

 技術委員会においては、平成25年10月から6つのテーマについて非公開の課題別ディスカッションを行うこととなり、その課題の一つが「メルトダウン等の情報発信の在り方」であった。

 同年11月14日に開催された「メルトダウン等の情報発信の在り方」に関する第 1 回課題別ディスカッションにおいて、東電は同日付け「福島事故時のメルトダウン等の情報発信の問題点と現状の対応状況」と題する資料を提出した。この中で、東電は福島第一原発の事故におけるメルトダウン(炉心溶融)に関する公表についてまとめているが、その中にも「『炉心溶融』や『メ ルトダウン』といった用語の定義が定まってなく」と記載されていた。

 平成26年2月4日に開催された第2回課題別ディスカッション(メルトダ ウン等の情報発信の在り方)において、東電は「福島事故検証課題別ディスカッション『メルトダウン等の情報発信の在り方』補足説明資料」を提出したが、この中で「今回の事故においては、その言葉の定義が固まっていなかったため、メルトダウンという言葉を使用しなかった」と記載されていた。

 その後行われた「メルトダウン等の情報発信の在り方」に関する第3回課題別ディスカッション(同年4月26日開催)、第4回課題別ディスカッショ ン(同年9月2日開催)及び第5回課題別ディスカッション(同年12月25日開催)においても、炉心溶融やメルトダウンの定義がなかったという東電の従前の説明が変わることはなかった。

 平成27年11月25日に開催された「メルトダウン等の情報発信の在り方」に関する第6回課題別ディスカッションにおいて、東電は技術委員会からの「メルトダウンの公表」に関する質問に対して回答を提出したが、この回答においても炉心溶融の判定基準があったことについては触れられていなかった。

 また、同年12月16日に開催された平成27年度第3回技術委員会において、東電は運転の社内手順において「炉心の損傷」という用語は使っているものの、「メルトダウン」という表記は使っていないと発言している。

 なお、以上のような経緯のなかで、「炉心溶融」と「メルトダウン」の言葉が並列的に使われたり、「メルトダウン(炉心溶融)」として使われたりしていることから判断しても、用語の意味が明確にされないままに議論が進められてきた面があるように見受けられる。

 3 東電が原災マニュアルに「炉心溶融」の判定基準があることに気付いた経緯

 平成28年1月頃、東電において、福島第一原発の事故対応に関して法令に違反している事実の有無を調査することとなった。その調査を命じられた社員が、本件事故当時の本店の緊急時対策本部の職務代行者の順位について調査するため、それについての定めがある社内規程を調べたところ、原災マニュアルにその記載があることに気付いた。

 事故当時の原災マニュアルは改訂されており、新しい原災マニュアルがイントラネットに掲載されていて、改訂前の原災マニュアルはそれを所管していた部署のみがアクセスできる状態になっていた。

 そこで、その社員は、その部署の社員に対し、改訂前の原災マニュアルの提供を求め、当該部署の社員が改訂前の原災マニュアルを印刷して、同月13日 頃、調査を担当していた社員に渡した。

 その社員は、改訂前の原災マニュアルを入手した後、それを自己の執務室のラックに保管していた。

 他方、同年2月上旬頃、国の避難指示の法令上の根拠についての調査を命じられた別の社員が、その調査の過程で、たまたま前記ラックに保管されていた改訂前の原災マニュアルを確認したところ、同マニュアルに「炉心溶融」の判定基準が記載されていることを発見した。

 その社員は、直ちに上司に報告し、それによって、技術委員会の対応をしていた社員らが、その事実を知るに至った。

 そして、同月24日、東電は、福島第一原発の事故当時の原災マニュアルに炉心溶融の判定基準があったことを公表した。さらに、同年3月23日に開催 された平成27年度第4回技術委員会において、同日付け「炉心溶融の公表に関する経緯とこれまでの課題別ディスカッションにおける議論について」と題する資料を提出し、炉心溶融の判定基準があったことを報告した。

 以上の経緯を経て、それまでの炉心溶融やメルトダウンの定義がなかったという東電の技術委員会に対する説明は訂正された。

 4 東電の技術委員会への誤った説明の原因

  (1) 「炉心溶融」の用語が多義的に用いられていたこと

 東電は、前記のとおり、平成28年2月24日に公表するまで技術委員会に対して炉心溶融の定義がないという誤った説明を繰り返していた。

 「炉心溶融」の用語は、前記のとおり、原子炉の物理的現象を示す言葉として一般的に使用されているものの、日本原子力学会の「用語の定義」には掲載されておらず、学術上の正式な定義はなく、しかも、一般的用語としても統一的な意味では用いられておらず、むしろ種々の内容で説明されているといってよい(前記のとおり、「炉心溶融」という言葉は、炉心のある瞬間の状態を 指す用語というよりも、炉心崩壊の経過ないし事故の深刻度を示す時間的幅のある言葉として使用されることが多いようである。)。

 他方、本件事故当時の原災法施行規則では、15条報告の事象の一つとして「炉心溶融」が規定され、それを受けて東電の原災マニュアルには具体的な判定基準が設けられていたが、そこで使用されている「炉心溶融」の用語は、原子力緊急事態に繋がる、「原子力災害」の発生の兆候の一つとされていたものであり、物理的現象としての「炉心溶融」とは必ずしも一致するものではなく、ましてや、「炉心溶融」が進展した状態を意味する言葉として一般的に使用されていた「メルトダウン」や、「メルトスルー」を意味するものでない。

 (2) 原災マニュアルの取扱い等

 本件事故当時の原災法施行規則は、15条報告の事象について、具体的な数値を記載したものもあるが、「炉心溶融」のように、その具体的判定基準を各電力会社の社内規程に委ねたものもあった。したがって、電力会社の社内規程に「炉心溶融」の判定基準があることは、所管官庁において承知していたのはもちろんのこと、原災法令を読めば明らかな事柄であった。

 東電では、前記のとおり、「炉心溶融」の判定基準を原災マニュアルに記載していた。

 原災マニュアルは、「部外秘」の文書であるものの、秘匿性の高いものではなく、東電社員であれば誰でも閲覧できるものであり、また、当時の原災マニュアルは平成23年から平成24年にかけて調査が行われた国会事故調や政府事故調にも資料として提出されていたものであるから、東電が、会社として原災マニュアルの存在や、その内容を秘匿しなければならない理由も存在しなかったと言える。

 現行の原災マニュアルは、事故後の原災法の通報基準の見直しがあり、それにより「炉心溶融」の規定がなくなったため、事故当時の原災マニュアルと内容を異にし、「炉心溶融」の認定基準の定めはない。

 また、東電社内の文書の取扱いとして、現に使用されているマニュアル類はイントラネットに掲載され、一般の社員もアクセスすることができるものの、過去のマニュアル類は、特定部署の担当者でなければ閲覧できない仕組みとなっているため、一般の社員は、過去の原災マニュアルを所管部署に依頼しなければ閲覧できない仕組みとなっていた。

  (3) 技術委員会の対応を行っていた東電の社員らの認識等

 当第三者検証委員会は、技術委員会への対応を行っていた東電の社員らに対して、徹底したヒアリングを実施した。

 なぜならば、東電の社員らが、技術委員会への説明に際し、「炉心溶融」についての定義がないと説明したことは、客観的にみれば、意図的に「炉心溶融」を隠蔽したのではないかと評価されてもやむを得ないからである。

 しかし、ヒアリングの結果、技術委員会の対応を行っていた社員らは、技術委員会との間で問題とされていた「炉心溶融」の用語について、物理的現象としての「炉心溶融」を指しているものと理解し、前記のとおり、その意味での「炉心溶融」が幅のある用語として使用されており、定義がないものと理解していたことが判明した。

 その上、その社員らが、本件事故当時の原災マニュアルに「炉心溶融」の判定基準が記載されていたことを知らず、しかも、その後、原災マニュアルが改訂されて「炉心溶融」の用語もその判定基準も削除されていたため、事故当時の原災マニュアルに「炉心溶融」の判定基準があったことにも気付かなかったものと認められる。

 このような事情に照らすと、技術委員会の対応を行っていた社員らが、故意ないし意図的に、法令上の「炉心溶融」の判定基準を隠していたとは認め難い。

 なお、東電の社員の中には、事故当時の原災マニュアルに「炉心溶融」の判定基準が記載されていたことを知っていた者もいたが、原災マニュアルを所管していた部署の社員や各原子力発電所に所属し緊急時対策班の通報等の訓練に参加していた社員ら限られた範囲の社員に止まっていた。さらに、改訂された原災マニュアルからは「炉心溶融」の用語もその判定基準も削除されたこともあって、原災マニュアルの「炉心溶融」の判定基準は一部の社員の過去の記憶となっていた。

 そのように、本件事故当時の原災マニュアルに「炉心溶融」の判定基準が記載されていたことを知っていた社員もいたが、技術委員会において「炉心溶融」や「メルトダウン」の定義・判定基準が問題となっているという事実を知らず、また、原子炉の物理的現象を示す言葉としての「炉心溶融」に定義がないことから、技術委員会への対応が社内において問題視されることもなかったと言わざるを得ない。

  (4) 本件事故後に「炉心溶融」を認めることを避けていたこととの関係

 前記のとおり、東電においては、本件事故後、対外的に「炉心溶融」を認めることを避けていた。

 このことが、技術委員会に対する東電の説明に何らかの影響を及ぼしていたのではないかという疑問もあり得る。

 しかし、前記のとおり、平成23年5月15日及び同月23日(24日公表)、東電は、原子炉に係るデータの解析結果から、福島第一原発の1号機から3号機につき、「炉心溶融」していることを認めている。

 ところで、平成24年7月8日に開催された平成24年度第1回技術委員会において、柏崎刈羽原発の安全に資することを目的として、福島第一原発の事故の検証を行うことが決定された。その検証項目として11項目が挙げられ、その中に「SPEEDIやメルトダウン情報の非開示」が含まれていたところ、それを受けて、東電は同年12月14日に開催された平成24年度第4回技術委員会に同日付け「検証項目例11項目について」と題する資料を提出した。

 このように、技術委員会で、「炉心溶融」の定義が問題となったのは同年7月以降であるから、東電が、その時点で、あえて「炉心溶融」を否定しなければならない理由は存在しなかったと言える。

  (5) 技術委員会への説明に問題はなかったか

 東電にとって、技術委員会への説明に当たり、真摯かつ誠実に正確な説明をすることが求められていたことは言うまでもない。

 そのような観点から言えば、技術委員会への説明に当たっては、現在の原災マニュアルのみならず、本件事故当時の原災マニュアルの内容も確認した上で、正確な説明をすべきであった。

 したがって、技術委員会に対して、東電の社員らが、単に「炉心溶融」の定義がないと説明したことは、不正確かつ不十分なものであったと言わざるを得ない。

 当第三者検証委員会は、その社員らのヒアリングに当たり、そのような不正確かつ不十分な説明を行った経緯及び原因について厳しく問い質したが、特定の社員の責任というよりも、相互に他の社員を信頼するあまり、本件事故当時の原災マニュアルについての確認が行き届いていなかったものと判断せざるを得なかった。

 (6) 技術委員会に対するその他の説明等について

 技術委員会は、東電に対し、本件事故後である平成23年 3月12日や同月13日に、国から「炉心溶融(メルトダウン)」の公表について指示を受けたのではないかとの質問を行い、東電はそれを否定してきた。

 この顛末につき、当第三者検証委員会としても解明に努めたが、前記のとおり、清水社長が同月13日14時頃に官邸を訪れた際の官邸側とのやり取りについての事実関係が判然としなかったため、当第三者検証委員会としても合理的に推認するほかなかったものであるから、そのような微妙な事柄について、東電が否定したことをもって、意図的隠蔽と評価することは困難である。 他方、保安院から東電がそれに関する指示を受けたとは認められなかった。

 5 小括

 (1) 平成23年3月18日の新潟県知事に対する説明

 前記のとおり、平成23年3月18日、新潟県知事に対する東電社員らの説明の際に、「炉心溶融」を否定する内容と受け止められる説明を行ったものと判断し得る。

 しかし、前記のとおり、当該社員らが、意識的又は意図的にそのような説明を行ったものとは認められなかった。

  (2) 技術委員会に対する説明

 前記のとおり、東電が技術委員会に対して、「炉心溶融の用語の定義がない」旨誤った説明をしていたことは明らかである。その説明が不正確かつ不十分なものであったことは明らかであるが、それが故意ないし意図的になされたものとまでは認められない。また、特定の社員の責任というよりも、相互に他の社員を信頼するあまり、確認が行き届かなかったことが原因と思われる。

第9 提言等

 1 本件事故に係る通報について

 「炉心損傷割合」の通報に当たっては、前記のような事情により、それが15条該当事象である「炉心溶融」に当たるとの記載が避けられたものと認められる。

 また、前記のとおり、本件事故後の通報内容を見ると、それ以外にも、いくつかの問題点があるように感じられる。

 例えば、敷地境界線等の放射線量の通報においては、高い数値をすぐに通報しなかったり、敷地境界以外で高い数値が検知されたことにつき通報しなかったりしたことが認められ、また、原子炉の状況に関する通報も十分ではなかったと言わざるを得ないものがある。

 通報に当たっては、官庁等や地元住民等に必要な情報を迅速 かつ正確に通報することが求められるのであるから、そのような姿勢を徹底する必要がある。

 2 新潟県及び技術委員会への対応について

 前記のとおり、技術委員会に対する東電の説明には、誤った内容が含まれていた。

 その主な原因の一つとして、社内の情報共有が不十分であったことが挙げられており、社員間の情報共有を進めるための方策の検討が必要不可欠である。

 3 全電源喪失等の過酷事故を想定した防災訓練の必要性

 当第三者検証委員会は、事故の原因、事故後の応急復旧対策の当否についてまで調査・検証の対象としているものではないが、全電源喪失、配電盤使用不能状態を想定した防災訓練を実施していれば、通報に当たっても、より多くの社員が原災マニュアルを十分に確認し、より的確な通報ができたのではないかと思われる。福島第一原発でも、定期的に防災訓練が行われ、そこでは、交流電源喪失を想定した訓練が行われていたが、さらに踏み込んだ直流電源も喪失した事態等の過酷事故を想定し、全電源が喪失した場合の電源回復策、その場合の原子炉のデータ測定関係、その場合の各種の通報関係等を訓練において実施していれば、より適切な通報がなされた可能性もある。

以上

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