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#038 高浜原発再稼働禁止仮処分申立事件 

大津地裁決定全文 Pt.2/2 

(2016.3.9)

6 争点3(耐震性能)に関する当事者双方の主張

 (1)債権者らの主張

   ア 地震の危険性

     地震の多発地帯に多数の原子力発電所が建設されているのは、世界広しといえ ど、我が国と中国しかない、我が国で原発を運転することの最も深刻な問題の一つは、地震によって過酷事故に至るリスクが大きいことである。東北地方太平洋沖地震を予想した地震学者が皆無であったように、我々は、深い地中で発生する地震の規模、発生の時期、それによって生じる地震動の程度を予知する能力を未だ獲得していない、したがって、この地震国日本で原発を運転する以上、その耐震設計は、慎重の上にも慎重を重ね、原発の運転期間中にその原発を襲う可能性のある最大限度の地震動を想定して、それを受けても過酷事故が起こることがないように耐震設計がなされなければならない。

     ところで、阪神・淡路大震災後、我が国は地震の活動期に入っている。

     とりわけ、東北地方太平洋沖地震によって、日本列島の地殻は大きく移動したし、太平洋プレートと北米プレートとのいわばタガが外れたため、今後、日本列島各所で地震が起こる可能性が高まっている。また、東海地震、東南海地震、南海地震の危険が切迫しているが、その前兆として琵琶湖ないし若狭湾付近で、スラブ内地震が発生する危険が高まっている。

     加えて、若狭湾周辺は、多数の活断層があり、もともと地震の多発地帯である。しかるに、近年は、大きな地震に見舞われていない。他方、その周辺地域では、濃尾地震(明治24年、マグニチュード8.0)、北丹後地震(昭和2年、マグニチュード7.3)、福井地震(昭和23年、マグニチュード7.1)、鳥取県西部地震(平成12年、マグニチュード7.3)等、大地震が起こっていて、若狭湾周辺は、地震の空白域になっている。次の地震は、地震の空白域で起こる可能性が高い。しかも、高浜原発の周辺には、FO-A~FO-B熊川断層(活断層の長さ63km)、上林川断層(同39km)という大断層がある。

   イ 基準地震動の策定に開題があること

   (ア)敷地ごとに震源を特定して策定する地震動について

      債務者は、「敷地ごとに震源を特定して策定する地震動」を評価するに当たって、その地震規模について松田式に基づいて計算しているが、松田式は、単なる目安であり、現実には数倍の規模で地震が起きる可能性がある。債務者は、応答スペクトルに基づく地震動評価については、野田ほか(2002)(以下「耐専式」という、)に基づいて計算しているが、これも、過去に観測された44地震についての107の記録を回帰分析して平均像を求めたものにすぎず、限界値を算出するものではない。

      平均像を用いて原発の耐震設計を行った場合は、その平均像以上の地震、地震動、応答スペクトルに対しては、安全性は確保されない。しかも、過去に観測された記録は、最近数十年のものでしかなく、これまでに入手した観測記録の最大値を超える地震動が将来発生することは、可能性が否定できないどころか、むしろ、必然である。そうすると、さらに、「不確かさ」を考慮しなければならないのに、応答スペクトルの策定過程において、このような意味での「不確かさ」の考慮はされていない。

      なお、耐専式は、現在見直し作業中であり、平均像としても信頼性に乏しい。債務者は、断層モデルを用いた手法による地震動評価も行っているが、このモデル(入倉レシピ)においては、過去最大の地震動を求めるものになっておらず、著しい過小評価となっている。

   (イ)震源を特定せず策定する地震動について

      債務者は、震源を特定せず策定する地震動についても検討しているところ、これは、旧指針においては、原発の敷地の直下に活断層が確認されていなくても、直下に未知の震源断層があることを想定して考慮するとされたもので、当時は「直下地震」と呼ばれていたものである。新指針でも、このような考え方に基づいた規制がされていたが、多くの電力会社は、加藤ほか(2004)の応答スペクトルを検討していた。しかしながら、加藤ほか(2004)の応答スペクトルは、規模の大きい地震を除外して計算されたもので、過小な結果を生じた。新規制基準においては、北海道留萌支庁南部地震を含めた16地震の中から、震源を特定せず策定する地震動について検討するよう定められているが(ガイドⅠ.4.1.2)、これらは、わずか17年間に観測された地震記録から選択するにすぎず、過去1000年、1万年、10万年の間の震源を特定せず策定する地震動の参考となる地震動の最大値を知ることなど到底不可能である。加えて、北海道留萌支庁南部地震においては、最大加速度が1500ガルに達していたと評価されるべきものであるから、これを踏まえた検討をすべきであるのに、債務者はこのような観点に立っていない、このように、債務者は、基準地震動の評価において、過小な結果となるような計算を採用しており、本件各原発の安全性が確保されているとはいえない。

   ウ 設計思想上の問題点

     新規制基準によっても、地震に対する安全性を確保するための考慮方法は、新指針から基本的に変更されていない。すなわち、設計基準対象施設は、耐震重要施設を除き、設置基準規則4条2項の地震力に耐えることは求められているものの、基準地震動に耐えることまでは求められていない(設置基準規則4条1項)し、重大事故等対処施設のうちでも、常設耐震重要重大事故防止設備が設置されないものは、基準地震動に耐えることまでは求められていない(設置基準規則39条1項2号)。したがって、基準地震動が当該原発を襲えば、その原発は、各種の設備が損傷し、その機能を失い、一部の重要施設で残された機能によって辛うじて過酷事故の発生を防止するという仕組みになっているのである。

 

 (2)債務者の主張

   ア 地震の危険性

     原子力発電所を設置するに当たっては、設置する地点やその周辺の自然的立地条件、すなわち、地盤、地震、津波等の影響を考慮した上で、これらが原子力発電所の安全確保に影響を与えるような、言い換えれば、放射性物質の持つ危険性が顕在化するような大きな事故の誘因とならないようにする必要がある。自然的立地条件が原子力発電所に与える影響は、当然、それぞれの原子力発電所を設置する地点によって異なることから、その影響を考慮するに当たっては、それぞれの地点の自然的立地条件に係る特性を十分に把握する必要がある。

     債務者は、本件各原発の設置地点及びその周辺について、過去の記録の調査や詳細な現地調査等を行った上で、想定される自然力に対して十分安全性が確保できるよう本件各原発の設計及び建設を行っている。また、建設以降も、適宜新たな知見、技術の進歩等を考慮した検討、評価等を行っており、本件各原発について安全性が確保されていることを確認している。

   イ 基準地震動の策定に問題がないこと

   (ア)基準地震動の策定方法

      新規制基準においては、耐震性の評価に基いる基準地振動の策定方法の基本的な枠組みは変更されなかったものの、基準地震動の策定過程で考慮される地震動の大きさに影響を与えるパラメータについては、より詳細な検討が求められることとなった。

      これを踏まえ、債務者は、本件各原発の最新の基準地振動については、次の方針に基づいて策定した、すなわち、①まず、本件各原発敷地周辺における地震発生状況、敷地周辺における活断層の分布状況等の地質・地質構造等を調査し、地震発生様式も考慮して、敷地に大きな影響を与えると予想される地震(検討用地震)を選定した、その後、本件各原発敷地及び敷地周辺の地下構造の調査・評価結集を踏まえて、検討用地震について本件各原発敷地での地震動評価を実施し、「敷地ごとに震源を特定して策定する地震動」を評価した、②次に、本件各原発敷地周辺の状況等を十分考慮した詳細な調査を実施しても、なお敷地近傍において発生する可能性のある内陸地殻内地震の全てを事前に評価し得るとはいい切れないとの観点から、「震源を特定せず策定する地震動」を評価した。③その上で、上記の「敷地ごとに震源を特定して策定する地震動」及び「震源を特定せず策定する地震動」の評価結果に基づき、基準地震を策定した。

   (イ)敷地ごとに震源を特定して策定する地震動の検討

      まず、「敷地ごとに震源を特定して策定する地震動」の評価に当たって、本件各原発敷地周辺の地震発生状況を把握するとともに、敷地周辺における活断層の分布状況等の地質・地質構造を調査し、これらを基に検討用地震を選定した。その結果、過去の被害地震は、活断層との関連や地震の発生深さから、いずれも内陸地殻内地震であると考えられた。

     次に、選定した検討用地震の地震動評価にあたり、地震動に影響を与える地盤の増幅特性(サイト特性)等を把握するため、本件各原発の敷地周辺の地下構造を調査、評価した。調査には、文献調査、地形調査、地表地質調査、海上音波探査等を含む。その結果、次のとおり15個の活断層による地震を、敷地に影響を及ぼすと考えられる活断層による地震として抽出した。

      番号  断層名  長さ  規模  震央距離

                         (km) M (km)

      1   和布ー干飯崎沖断層~甲楽城断層  60    7.8   70

      2   敦賀断層              23   7.1   50

      3   大陸棚外縁~B~野坂断層     49   7.7   44

      4   三方断層              27   7.2   37

      5   花折断層              58   7.8   50

      6   琵琶湖西岸断層系          60   7.8   53

      7   濃尾地震断層系          80   8.0   110

      8   上林川断層            39.5※  7.5   26

      9   有馬ー高槻構造線          45   7.6   77

       10   山田断層              33   7.4   38

      11   郷村断層              34   7.4    51

      12   三峠断層              20   7.0    35

      13   FGA3東部             29   7.3    60

      14   FO-A~FO-B熊川断層       63.4※  7.8    15

      15   FO-C断層             20※  6.8   18

      ※ 地震動評価上の長さ

      上記の選定に関しては、例えば、FO-A~FO-B断層と熊川断層は、地質構造上、運動は起きないと判断するのが合理的であるが、その間の部分を含めて63.4kmにわたって連動することを考慮して評価し、上林川断層の長さについて、調査では約26kmの範囲でしか明確に断層の存在が確認できなかったが、断層の存在を明確に否定できる福知山付近まで長さを延長して、39.5kmとして計算し、この2つの断層による地震を、検討用地震として選定した。

      債務者は、この検討用地震によって想定される規模(マグニチュード)を、松田式を用いて検討した。松田式の適用に当たっては、松田式の基となった14地震について、最新の知見に基づいて見直されたマグニチュードの値を基に改めて検討したが、実際に発生した地震のマグニチュードと震源断層の長さはよく対応しており、松田式に信頼が置けることを再確認した。さらに、応答スペクトルに基づく地震動評価については、耐専式(Noda et al.(2002)の方法)を用いた。耐専式は、地盤の固さや地震発生様式の違いを考慮することができ、また、震源からの距離として等価震源距離を採用しており、広がりのある震源断層面と発電所敷地との位置関係を考慮することができる。なお、近年の内陸地殻内地震に関して、耐専式による応答スペクトル(以下「耐専スペクトル」ということがある。)と実際の観測記録の乖離は、実際に起きたそれぞれの地震の特性によるものである。債務者は、耐専式に基づき検討用地震の応答スペクトルを策定し、この評価を超える基準地震動Ssー1の応答スペクトルを策定した。

      断層モデルを用いた手法による地震動評価については、震源断層を特定した地震の強震動予測手法等の研究成果を用いた。このとき、債務者は、レシピ(乙20)で示された関係式を使用したが、この関係式は、過去の地震データを統計的に分析して、経験的なバラメータ間の関係式を導くもので、地震という一つの物理現象についての「最も確からしい姿」、換言すれば「標準的・平均的な姿」を明らかにする式である。このとき、債務者は、本件各原発敷地周辺の地域性に合わせて検討しているのであって、これとは異なる地域性を前提条件として検討することを求める債権者らの主張は不合理である。起こり得る地震の「標準的・平均的な姿」よりも大きくなるような地域性が存する可能性を示すデータは特段得られていない。しかもこのとき債務者は、地震の規模を大きめに設定することにより(例えば、断層面積を大きめに考える。)、より安全側に考慮している。そして、この評価を超え、基準地震動Ssー1の応答スペクトルを上回る4つのケースを、基準地震動Ssー2、Ssー3、Ssー4及びSsー5として応答スペクトルを策定すると、マグニチュード7.8の地震規模が想定される結果となった。

   (ウ)震源を特定せず策定する地震動の検討

      前記(イ)の検討結果によれば、震源を特定せず策定する地震動については、予測に寄与する度合いは小さいが、なお、震源を特定せず策定する地震動についても検討した。これは、地表地震断層が出現しない可能性がある地震について、断層破壊領域が地震発生層の内部に留まり、国内においてどこでも発生すると考えられる地震で、震源の位置も規模も分からない地震として地震学的検討から全国共通に考慮すべき地震を設定して応答スペクトルを策定したものである、ここでは、平成12年に観測された鳥取県西部地震及び平成16年に観測された北海送留萌支庁南部地震の記録を検討し、応答スペクトルを設定したところ、いずれも、一部、基準地震動Ssー1を上回ったため、これを基準地震動Ssー6(鳥取県西部地震)及びSsー7(北海道留萌支庁南部地震)として策定した。

  (エ)最大加速度の算出

     前記(ア)ないし(ウ)の検討の結果、最大加速度は、水平方向が基準地震勤Ssー1の700ガル、鉛直方向が基準地震動Ssー6の485ガルと算出された。

  ウ 安全上重要な設備の意義等

    債務者は、本件各原発の「安全上重要な設備」が、全て、想定される地震動(による地震力)に対して耐震安全性を備える(機能喪失しない)ようにすることで、本件各原発の地震に対する安全性を確保することとしている。

    原子力発電所の設計の考え方として、発電所の通常運転に必要な設備とは別に、原子炉の安全性を確保する(原子炉を「止める」「冷やす」、放射性物質を「閉じ込める」)ために重要な役割を果たす、「安全上重要な設備」を設置し、この「安全上重要な設備」については、発電所の通常・転に必要な設備に比べて、格段に高い信頼性を持たせるようにしている。

    そして、そのように基準地震動に対して耐震安全性を有する「安全上重要な設備」のみで、原子炉を「止める」「冷やす」、放射性物質を「閉じ込める」という安全確保機能を十分に果たせることから、「安全上重要な設備」さえ機能の維持ができれば、それ以外の設備が機能喪失したとしても、原子炉を「止める」「冷やす」、放射性物質を「閉じ込める」ことは可能であり、原子炉が危険な状態となることはない。一方、「安全上重要な設備」ではない、発電所の通常運転に必要な設備(例えば、主給水ポンプ、タービン、発電機等については、仮にそれが機能喪失したとしても、原子炉を「止める」「冷やす」、放射性物質を「閉じ込める」機能に支障は生じないので、基準地震動に対する耐震安全性の確認は必要とされていないのである、このように、原子力発電所の設備を、「安全上重要な設備」とそれ以外の設備に分けて考え、「安全上重要な設備」が原子炉の安全性確保に係る機能(例えば、原子炉の冷却や電源供給等)を担うこととし、この「安全上重要な設備」に格段に高い信頼性を持たせることで原子炉の安全性を担保する、という基本的枠組みは、本件各原発を含む原子力発電所の設計において一般的に採用されているものである、

    そして、債務者は、建物・構築物の耐震安全性評価においては、評価対象である原子炉建屋等の各建屋について、地震応答解析モデルを構築し、基準地震勤Ssー1~Ssー7それぞれの加速度時刻歴波を、モデル化された建屋に入力して、各々の基準地震動に対し、そのモデルがどのように揺れるか、またどの箇所にどのような力が働くかを解析する。このとき、せん断ひずみの最大値(評価値)が評価基準値(許容値)を超えないことをもって、基準地震動Ssー1~Ssー7に対する各建屋の耐震安全性が確保されていることを確認する方法を採用した、

    債務者は、本件各原発の原子炉建屋、補助一般建屋、中間建屋、ディーゼル建屋及び燃料取替用水タンク建屋について、地震応答解析モデルを構築し、基準地震動Ssー1~Ssー7による、各層の鉄筋コンクリート造耐震壁のせん断ひずみの最大値を評価した。その結巣、各建屋のせん断ひずみの最大値(評価値)は、高さ10mの耐震壁であればせん断変形が2cmまでに抑えられるようにしなければならないという評価基準値を下回っており、各建屋が基準地震動に対して耐震安全性を有することが確認されている。また、本件各原発の安全上重要な機器・配管系についても、運転時(異常や事故の発生時を含む〕の荷重条件と基準地震動による地震力(基準地震動によって生じる建屋各階床の揺れ(床応答波)によって当該床に設置されている機器・配管系に加わる力)とを適切に組み合わせて構造強度評価を実施し、機器・配管系の各部位に発生する応力量等を求めている。

    また、基準地震動に対する、ポンプ、弁、制御棒等の動的機能維持評価を行った。発生応力量等(評価値)は、いずれも評価基準値(許容値)を下回っており、本件各原発の安全上重要な機器・配管系が、基準地震動に対して機能が損なわれない(耐震安全性を有する)ことを確認した、

7 争点4(岸波に対する安全性能)に関する当事者双方の主張

 (1)債権者らの主張

    新規制基準では、古文書等に記された歴史記録、伝承等を考慮することを求められている、しかるに、債務者は、過去に若狭湾に大津波が押し寄せた歴史記録や伝承を無視している。若狭地域には、次のように大津波被害についての多数の歴史記録や伝承がある。

    西暦1586年の天正地震の際、若狭湾沿岸に大津波が押し寄せたことは当時の文献(吉田兼見による「兼見卿記」とポルトガル人宣教師ルイス・フロイスの「日本史」等)が明らかにしている。ほかにも、時期は不明ながら、福井県美浜町の常神半島東側に過去、大津波が押し寄せ、村が全滅したとの記述が地方史にあったとするものや、地蔵の存在、地名からの推測によれば、若狭湾において過去大津波があったことを支える事実がある。

    債務者の行った波源の組合せ評価は不合理であぅたり、債務者による基準津波の策定は安全側に立っていない点があり、十分な津波対策は採られていない。

 (2)債務者の主張

    本件各原発は海の近くに位置することから、津波の影響を適切に考慮した上で、津波の襲来が本件各原発の安全確保に影審を及ぼすよぅな大きな事故の誘因とならないようにしなければならない。そこで、債務者は、津波に関する調査・検討を行って、津波に対する安全性が確保されることを確認し、建設後も新たな知見や技術の進歩等を考慮して、津波に関する安全確保対策を適宜見直してきており、「安全上重要な設備」の津波による共通要因故障を防止して、津波に対する安全性を確保している。債務者は、敷地周辺における津波の被害記録を調査するなど、津波に関する調査・検討を行った。その結果、津波による被害の記録は見当たらないこと、日本海側には、東北地方太平洋沖地震を惹起したような、海のプレートが陸のプレートの下に沈み込んでできる海溝型のプレート境界は存在せず、敷地周辺において津波による水位上昇量は少ないと考えられること、本件各原発における主要な建屋の敷地面の高さ(EL、十3、5m以上)等を踏まえ、津波が安全性に影響を及ぼすことがないと判断した。その後、津波に関する澗査・研究が進展し、平成14年2月には社団法人土木学会が津波の評価手法の考え方を取りまとめた「原子力発電所の津波評価技術」を公表するなど、津波に関する新たな知見や技術が蓄積されてきた。また、新指針では、地震随伴事象である津波について、原子力発電所の安全性への影響を十分考慮すべき旨が明記された。債務者は、福島第一原子力発電所事故を受けて、設計上の想定を超える地震・津波等の外部事象に対する原子カ発電所の頑健性を総合的に評価することを目的として政府が実施を求めたストレステストにおいて、本件各原発における津波水位の詳細な検討を行った、その結果、津波高さは、本件各原発における主要な建屋の敷地面の高さや海水ポンプの取水可能水位等を踏まえると、安全性に影響を及ぼさない程度の水位変動であった。新規制基準では、原子力発電所の供用中に「安全上重要な設備」に大きな影奢を及ぼすおそれがある津波として「基準津波」を策定することとされ、「安全上重要な設備」は、この基準津波に対して、その安全機能が損なわれるおそれがないことが求められたが、債務者は、基準津波を策定し、放水口側防潮堤や取水路防潮ゲート等の津波防護施設を設置して、「安全上重要な設備」が、基準津波に対して、その安全機能が損なわれるおそれがないことを確認した。

    債権者らは、吉田兼見の「兼見卿記」、ルイス・フロイスの「日本史」及び若狭地方の伝承によれば、過去に若狭湾に大津波が押し寄せたにもかかわらず、債務者はこれを無視している等と主張するが、「兼見卿記」や「日本史」で示される天正地震については、記録に残る被害状況から推定される震源が内陸部とされていることから、津波が発生することはなかったと考えられるし、債務者による津波堆積物調査、神社聞き取り調査、文献調査結果において、若狭湾において債権者らが指摘する「兼見卿記」や「日本史』に記載されているよぅな大規模な津波が発生した事実はないと考えている。

    債務者は、津波堆積物調査として、三方五湖及びその周辺や久々子湖東方の陸域において、ボーリング調査により円柱状に地層を採取し、拡散した値層に対するX線CTスキャンを併用した肉眼観察や、地層中に存在した微少生物の化石の分析等を実施したが、津波により海から運ばれるよぅな砂の地層や化石等は確認されなかった。次に、敦賀半島の猪ヶ池において実施した同様の調査では、採取した地層の一部から高波浪又は津波により形成された可能性のある堆積物が確認されたが、仮にこの堆積物が津波により形成されたものであるとしても、三方五湖及びその周辺や久々子湖東方睦域には津波の痕跡が残されておらず、その堆積物の範囲や量は、債務者が想定している

   津波により説明できる程度であることから、その津波の規模は債務者の想定を上回るようなものではないことを確認した。

    以上より、若狭湾において、債権者らが主張するような天正地震による津波や伝承に示される大規模な津波が発生したとは考えられない。

 8 争点5(テロ対策)に関する当事者双方の主張

  (1)債権者らの主張

     新規制基準は、テロ対策を求めたとされている、しかし、具体的な内容は、特定重大事故対処施設の設置であり、「特定重大事故対処施設」とは、具体的には、緊急時制御室、フィルター付きベント、緊急時注水設備、緊急時減圧設傭、電源設備である。すなわち、「テロ対策」とは、テロを防止する対策ではなく、テロ攻撃を受けても過酷事故に発展させない対策にすぎないのである。しかし、米国同時多発テロ事件を持ち出すまでもなく、今や、テロの内容も大規模化、凶悪化している。上記のような対策で、テロによる過酷事故への進展を防止できるというのは根拠のない楽観的見通しでしかない。

     しかも、本件各原発では、設置許可基準規則附則2条によって、同規則42条が定める特定重大事故等対処施設(重大事故対処施設のうち、故意による大型航空機の衝突その他のテロリズムにより炉心の著しい損傷が発生するおそれがある場合又は炉心の著しい損傷が発生した場合において、原子炉格納容器の破損による工場等外への放射性物質の異常な水準の放出を抑制するためのものをいう(設置許可基準規則2条2項12号)、具体的には、フィルター付きベント設備、原子炉から100mの場所に電源、注水ポンプ、緊急時制御室を備えること等とされている。)、並びに同規則57条2項が定める設計基準事故対処設備の電源が喪失したことにより重大事故等が発生した場合において炉心の著しい損傷、原子炉格納容器の破損、貯蔵槽内燃料体の著しい損傷及び運転停止中原子炉内燃料体の著しい損傷を防止するための常設の直流電源設備は、平成30年7月7日までは、備える必要がないものとされている。もし、故意による大型航空機の衝突その他のテロリズムによる事故や「炉心の著しい損傷」が生じても、上記の特定業大事故等対処施設や常設直流電源設備の必要がないのであれば、これらを求める新規制基準は過剰規制であるし、そうではないのなら、原子力規制委員会自身が再び原子力安全神話に取りつかれているとしかいいようがない。また、EUでは、原子炉にコアキャッチャーを付けること及び格納容器を二重にすることが標準仕様となっているが、原子力規制委員会は、このような整備を要求していない。

 (2)債務者の主張

    債務者は、本件各原発において、第三者の不法な接近等に対し、これを防護するため、建屋をコンクリート壁等の強固な障壁によって外部と遮断するとともに、その周囲には海側も含めフェンスや侵入検知装置等を設置し、不審者の侵入を防止している。また、従来から24時間休制での警備を実施してきたが、米国同時多発テロ以降、警備当局との連携のもと警備を強化しており、最近の国際情勢等を踏まえ、さらに危機管理意識を高めて原子力発電所の安全確保に努めている。この点、警察及び海上保安庁においても、陸上及び海上から24時間体制で厳重な警備が行われている。

    さらに、平成18年度から国による核物質防護検査制度が導入されており、国の検査官によって核物質防護規定の遵守状況に関する検査が行われ、物的障壁、監視装置及び入退域管理等の核物質防護対策の実施状況について確認を受けている。

    また、福島第一原子力発電所事故後、核物質防護に関しては、「実用発電用原始炉の設置、運転等に関する規則」が3回にわたって改正され、防護区域内外の枢要設備の防護や、立入制限区域の設定等の対策が強化されている。

    債務者は、これに応じて設備と運用の強化を図っており、国の検査により厳格な確認を受けている、

    なお、大規模テロ攻撃は、「緊急対処事態」として、「武力攻撃事態等における国民の保護のための措置に関する法律」に基づき、国が的確に対処することとなっており、債務者は、国と連携して対処することとなる。

 9 争点6(避難計画)に関する当事者双方の主張

  (1)債権者らの主張

   ア 直近避難の間題

     本件各原発は、内浦半島の付け根の部分に位置しており、本件各原発より北には、音海の集落がある、同集落は、マリンスポーツや磯釣りの観光スポットにもなっており、観光客も訪れる。ところが、この集落につながる道路は県道1 4 9号線しかない上、この道路は、本件各原発の取水路の真上を通って高浜町中津海で国道27号線に接続しているため、本件各原発付近に高濃度の放射性物質が漏れ出た場合には、被ばくを覚悟してこの道路を通過せざるを得なくなるが、そのような避難は現実的ではない。

   イ 周辺自治体の問屋

     本件各原発の周辺自治体は、地域防災計画原子力災害対策編を策定し、その中に住民の避難に関する規定を置いている。滋賀県内でいえば、滋賀県、長浜市、高島市、大津市などが地域防災計画原子力災害対策編を定めている。しかし、自治体が定めた計画通りに避難できるのか、仮に、計画通りに避難できたとして、放射性物貿による被ばくを避けることができるのか、避難計画の合理性が問題となるところ、被ばくを避けるという観点からすると、各計画中、放射性物質の拡散に応じてどの地域について何時までに避難を完了するとか、何時までに住民の被ばく防止のための対策を完了するといった点は規定されていない。例えば、滋賀県の地域防災計画中、安定ヨウ素剤の予防服用をとってみても、拡散開始後いつまでに服用すべきかの記載はなく、被ばくした後に服用することになる可能性もある。

     また、滋賀県地域防災計画原子力災害対策編における放射性物質の放出量の想定は甘く、秒速7メートル程度の風が吹けば想定を超え、より多くの放射性物質がより広範囲に広がることになる。そうなれば、原子力災害対策を重点的に実施すべき地域の範囲は広くなり、住民の避難はより一層困難になる。しかも、複合災害が発生した場合、計画通りに避難するのは不可能であると考えられ、住民が彼ばくする可能性は非常に高い。そうなれば、債権者らをはじめとする住民の生命・身体の安全に対する権利が侵害されることになる。

  (2)債務者の主張

     原子力規制委員会は、平成24年10月、原子力災害対策指針(以下「原災指針」という。乙61)を策定した。原災指針は、福島第一原子力発電所事故を踏まえ国民の生命及び身体の安全を確保することが最も重要であるとの観点から、緊急事態における原子力施設周辺の住民等に対する放射線の影響を最小限に抑える防護措置を確実なものとすることを目的として策定されたものである。これは、国、地方公共団体、原子力事業者等が原子力災害対策を立案、実施する際の科学的・客観的判断を支援するために、技術的、専門的事項について定めたものであり、①住民の視点に立った防災計画を策定すること、②災害が長期にわたる場合も考慮して、継続的に情報を提供する体系を構築すること、③最新の国際的知見を積極的に取り入れる等、計画の立案に使用する判断基準等が常に最適なものになるよう見直しを行うこと、の3点を基本的な考え方としている。地方公共団体は、国の指示等に基づき、住民等への避難指示、摂取制限等の被ばく防護措置を実施することから、地域防災計画(原子力災害対策編)を定め、応急対策を実施するための体制構築、緊急時における情報連絡体制の整備、屋内退避、避難収容等の防護活動の実施に向けた避難計画の策定、避難収容、緊急輸送等に必要な人員、資機材等を確保するための応援協力体制の拡充等、緊急事態発生時における被ばく防護措置の実施に向けた準備を行っている。本件各原発に係る関係地方公共団体は、全て、この地域防災計画(原子力災害対策編)を策定済みであり、その遂行に取り組んでいる。また、債務者も、福井県内及び周辺の地方公共団体が策定した地域防災計画(原子力災害対策編)と整合のとれた「高浜発電所原子力事業者防災業務計画」(乙65)を策定し、平常時から、原子力防災体制の整備、原子力防災資機材の確保、国及び地方公共団体等との連絡体制の整備等を行っている。これによれば、緊急事態発生時には、事故収束に全力を挙げる一方、国、地方公共団体の原子力災害対策に要員を派遣し、資機材を貸与する等、連携して、原子力災害の発生及び拡大を防止し、復旧を図っていくこととなっている。

 IO 争点7(保全の必要性)に関する当事者双方の主張

  (1)債権者らの主張

     本件各原発は、すぐにでも再稼働が可能な状況にある。しかしながら、これまで述べたように、安全確保のため、なお多くの検討、改善すべき重要かつ重大な課題が積み残されており、危険性が除去ないし解消されたと評価するには程遠い状況である、しかも、本件各原発の再稼働に当たっては、危険性の高いプルサーマル(MOX燃料の使用)が予定されており、危険性は非常に高い。したがって、本件各原発の再稼働を差し止める必要性があることは明らかである。

  (2)債務者の主張

     債権者らの主張を争う。

第3 当裁判所の判断

 l 争点I(主張立証責任の所在)について

   伊方原発訴訟最高裁判決は、「原子炉施設の安全性に関する判断の適否が争われる原子炉設置許可処分の取消訴訟における裁判所の審理、判断は、原子力委員会若しくは原子炉安全専門審査会の専門技術的な調査審議及び判断を基にしてされた被告行政庁の判断に不合理な点があるか否かという観点から行われるべきであって現在の科学技術水準に照らし、右調査審議において用いられた具体的審査基準に不合理な点があり、あるいは当該原子炉施設が右の具体的審査基準に適合するとした原子力委員会若しくは原子炉安全専門審査会の調査審議及び判断の過程に看過し難い過誤、欠落があり、被告行政庁の判断がこれに依拠してされたと認められる場合には、被告行政庁の右判断に不合理な点があるものとして、右判断に基づく原子炉設置許可処分は違法と解すべきである。

   原子炉設置許可処分についての右取消訴訟においては、右処分が前記のような性質を有することにかんがみると、被告行政庁がした右判断に不合理な点があることの主張、立証責任は、本来、原告が負うべきものと解されるが、当該原子炉施設の安全審査に関する資料をすべて被告行政庁の側が保持していることなどの点を考慮すると、被告行政庁の側において、まず、その依拠した前記の具体的審査基準並びに調査審議及び判断の過程等、被告行政庁の判断に不合理な点のないことを相当の根拠、資料に基づき主張、立証する必要があり、被告行政庁が右主張、立証を尽くさない場合には、被告行政庁がした右判断に不合理な点があることが事実上推認されるものというべきである」旨判示した。

   原子力発電所の付近住民がその人格権に基づいて電力会社に対し原子力発電所の運転差止めを求める仮処分においても、その危険性すなわち人格権が侵害されるおそれが高いことについては、最終的な主張立証責任は債権者らが負うと考えられるが、原子炉施設の安全性に関する資料の多くを電力会社側が保持していることや、電力会社が、一般に、関係法規に従って行政機関の規制に基づき原子力発電所を運転していることに照らせば、上記の理解はおおむね当てはまる。そこで、本件においても、債務者において、依拠した根拠、資料等を明らかにすべきであり、その主張及び疎明が尽くされない場合には、電力会社の判断に不合理な点があることが事実上推認されるものというべきである。

   しかも、本件は、福島第一原子力発電所事故を踏まえ、原子力規制行政に大幅な改変が加えられた後の(前提事実(7))事案であるから、債務者は、福島第一原子力発電所事故を踏まえ、原子力規制行政がどのように変化し、その結果、本件各原発の設置や運転のための規制が具体的にどのように強化され、債務者がこの要請にどのように応えたかについて、主張及び疎明を尽くすべきである。

   このとき、原子力規制委員会が債務者に対して設置変更許可を与えた事実(前提事実(7))のみによって、債務者が上記要請に応える十分な検討をしたことについて、債務者において一応の主張及び疎明があったとすることはできない。

   当裁判所は、当裁判所において原子力規制委員会での議論を再現することを求めるものではないし、原子力規制委員会に代わって判断すべきであると考えるものでもないが、新規制基準の制定過程における重要な議論や、議論を踏まえた改善点、本件各原発の審査において問題となった点、その考慮結果等について、債務者が道筋や考え方を主張し、重要な事実に関する資料についてその基礎データを提供することは、必要であると考える。そして、これらの作業は、債務者が既に原子力規制委員会において実施したものと考えられるから、その提供が困難であるとはいえないこと、本件が仮処分であることから、これらの主張や疎明資料の提供は、速やかになされなければならず、かつ、およそ1年の審理期間を費やすことで、基本的には提供することが可能なものであると判断する。

 2 争点2(過酷事故対策)について

 (1)福島第一原子力発電所事故によって我が国にもたらされた災禍は、甚大であり、原子力発電所の持つ危険性が具体化した。原子力発電所による発電がいかに効率的であり、発電に要するコスト面では経済上優位であるとしても、それによる損害が具現化したときには必ずしも優位であるとはいえない上、その環境破壊の及ぶ範囲は我が国を越えてしまう可能性さえあるのであって、単に発電の効率性をもって、これらの甚大な災禍と引換えにすべき事情であるとはいい難い。

    債務者は、福島第一原子力発電所事故は、同発電所の自然的立地条件に係る安全確保対策(具体的には、津波に関する想定である。)が不十分であったために、同発電所の「安全上重要な設備」に共通要因故障が生じ、放射性物質が異常放出される事態に至ったもので、新規制基準が福島第一原子カ発電所事故を踏まえて形成されていることから、福島第一原子力発電所事故と同様の事態が生じることを当然の前提とする債権者らの主張は合理的ではないと主張する(前記第2、5(2)カ)。しかしながら、福島第一原子力発電所事故の原因究明は、建屋内での調査が進んでおらず、今なお道半ばの状況であり、本件の主張及び疎明の状況に照らせば、津波を主たる原因として特定し得たとしてよいのかも不明である、その災禍の甚大さに真摯に向き合い、二度と同様の事故発生を防ぐとの見地から安全確保対策を講ずるには、原因究明を徹底的に行うことが不可欠である。この点についての債務者の主張及び疎明は未だ不十分な状態にあるにもかかわらず、この点に意を払わないのであれば、そしてこのような姿勢が、債務者ひいては原子力規制委員会の姿勢であるとするならば、そもそも新規制基準策定に向かう姿勢に非常に不安を覚えるものといわざるを得ない。

    福島第一原子力発電所事故の経過(前記事実(6)イ)からすれば、同発電所における安全確保対策が不十分であったことは明らかである、そのうち、どれが最も大きな原因であったかについて、仮に、津波対策であったとしても、東京電力がその安全確保対策の必要性を認識してさえいれば、同発電所において津波対策の改善を図ることが不可能あるいは極度に困難であったとは考えられず、防潮堤の建設、非常用ディーゼル発電機の設置場所の改善、補助給水装置の機能確保等、可能な対策を講じることができたはずである。しかし、実際には、そのような対策は講じられなかった。このことは、少なくとも東京電力や、その規制機関であった原子力安全・保安院において、そのような対策が実際に必要であるとの認識を持つことができなかったことを意味している。現時点において、対策を講じる必要性を認識できないという上記同様の事態が、上記の津波対策に限られており、他の要素の対策は全て検討し尽くされたのかは不明であり、それら検討すべき要素についてはいずれも審査基準に反映されており、かつ基準内容についても不明確な点がないことについて債務者において主張及び疎明がなされるべきである。そして、地球温暖化に伴い、地球全体の気象に経験したことのない変動が多発するようになってきた現状を踏まえ、また、有史以来の人類の記憶や記録にある事項は、人類が生存し得る温暖で平穏なわずかな時間の限られた経験にすぎないことを考えるとき、災害が起こる度に「想定を超える」災害であったと繰り返されてきた過ちに真摯に向き合うならば、十二分の余裕をもった基準とすることを念顧に置き、常に、他に考慮しなければならない要素ないし危険性を見落としている可能性があるとの立場に立ち、対策の見落としにより過酷事故が生じたとしても、致命的な状態に陥らないようにすることができるとの思想に立って、新規制基準を策定すべきものと考える。債務者の保全段階における主張及び疎明の程度では、新規制基準及び本件各原発に係る設置変更許可が、直ちに公共の安寧の基礎となると考えることをためらわざるを得ない。

 (2)次に、本件で問題となった過酷事故対策の中でも、福島第一原子力発電所事故において問題となった発電所の機能維持のための電源確保について検討すると、債務者の考えによれば、例えば、基準地震動Ssに近い地震動が本件各原発の敷地に到来した場合には、外部電源が全て健全であることまでは保障できないから、非常電源系を置くということになる。我が国は地震多発国ではあるものの、実際、本件各原発の敷地が毎日のように基準地震動Ssに近い地震動に襲われているわけではないから、その費用対効果の観点から、外部電源についてはCクラスに分類し、事故時には非常用ディーゼル発電機等の非常用電源(Sクラスに分類}により本件各原発の電力供給を確保することとするものである。経済的観点からのこの発想が福島第一原子力発電所事故を経験した後においても妥当するのか疑問なしとしないが、そのような観点に仮に立つとすれば、電置事故が発生した際の備えは、相当に重厚で十分なものでなければならないというべきである。

    ここで、新規制基準に基づく審査の過程を検討してみると、過酷事故発生に備えて、債務者は、安全上重要な構築物、系統及び機器の安全機能を確保するため非常用所内電源系を設け、その電力の供給が停止することがないようにする設計を持ち、外部電源が完全に喪失した場合に、発電所の保安を確保し、安全に停止するために必要な電力を供給するため、ディーゼル発電機を用意することとし、これを原子炉補助建屋内のそれぞれ独立した部屋に2台備えることとしている。またそのための燃料を7日分、燃料油貯油そうを設けて貯蔵するとしたり、直流電源設備として蓄電池を置いたり、代替電源設備として空冷式非常用発電装置、電源車等を設けることとしたことが認められる(乙76)。また、原子力規制委員会の審査においては、これらの設置に加え、これらが稼働するための準備に必要な時間、人員、稼働する時間等について審査し、要求事項に適合していると審査した(乙14の2)。ほかにも、過酷事故に対処するために必要なパラメータを計測することが困難となった場合において、当該パラメータを推定するための有効な情報を把握するための設備や手順を設けたり、原子炉制御室及びその居住性等について検討しており、これらからすれば、相当の対応策を準備しているとはいえる。

    しかし、これらの設備がいずれも新規制基準以降になって設置されたのか否かは不明であり(ただし、空冷式非常用発電装置や、号機間電力融通恒設ケーブル及び予備ケーブル、電源車は新たに整備されたとある。)、ディーゼル発電機の起動失敗例は少なくなく(甲80)、空冷式非常用発電装量の耐震性能を認めるに足りる資料はなく、また、電源車等の可動式電源については、地震動の影響を受けることが明らかである。非常時の備えにおいてどこまでも完全であることを求めることは不可能であるとしても、また、原子力規制委員会の判断において意見公募手続が踏まれているとしても、このような備えで十分であるとの社会一般の合意が形成されたといってよいか、躊躇せざるを得ない。

    したがって、新規制基準において、新たに義務化された原発施設内での補完的手段とアクシデントマネジメントとして不合理な点がないことが相当の根拠、資料に基づいて疎明されたとはいい離い。

 (3)また、使用済み燃料ピットの冷却設備の危険性について、新規制基準は防護対策を強化したものの、原子炉と異なり一段簡易な扱い(Bクラス)となっている。安全性審査については、原子炉の設置運営に関する基本設計の安全性に関わる事項を審査の対象とすべきところ、原子炉施設にあっては、発電のための核分裂に使用する施設だけが基本設計に当たるとは考え難い。すなわち、一度核分裂を始めれぱ、原子炉を停止した後も、使用済み燃料となった後も、高温を発し、放射性物質を発生し続けるのであり、原子炉停止とはいうものの、発電のための核分裂はしていないだけといってよいものであるから、原子炉だけでなく、使用済み燃料ピットの冷却設備もまた基本設計の安全性に関わる重要な施設として安全性審査の対象となるものというべきである。

    使用済み燃料の処分場さえ確保できていない現状にあることはおくとしても、使用済み燃料の危険性に対応する基準として新規制基準が一応合理的であることについて、債務者は主張及び疎明を尽くすべきである。また、その上で、新規制基準の下でも、使用済み燃料ピットについては、冠水することにより崩壊熱の除去が可能であると考えられるが、基準地震動により使用済み燃料ピット自体が一部でも損壊し、冷却水が漏れ、減少することになった場合には、その減少速度を超える速度で冷却水を注入し続けなければならない必要性に迫られることになる。現時点で、使用済み燃料ピットの崩壊時の漏水速度を検討した資料であるとか、冷却水の注入速度が崩壊時の漏水速度との関係で十分であると認めるに足りる資料は提出されていない、

 3 争点3(耐震性能)について

 (1)前提事実(6)ウ及び前記2のとおり、福島第一原子力発電所の重大な事故に起因して、原子力に閤する行政官庁が改組され、原子力規制委員会が設立され、新規制基準が策定されたものであり、新規制基準は、従前の規制(旧指針及び新指針)の上に改善が図られている。当裁判所は、前記1のとおり、本件各原発の運転のための規制が具体的にどのように強化され、債務者がこれにどのように応えたかについて、債務者において主張及び疎明を尽くすべきであると考える。

    ところで、債務者は、新規制基準においては、耐震性の評価に用いる基準地震動の策定方法の基本的な枠組みは変更されず、基準地震動の策定過程で考慮される地震動の大きさに影響を与えるパラメータについては、より詳細な検討が求められることになったと主張している(前記第2の6(2)イ(ア))。

    この点、福島第一原子力発電所事故の主たる原因がなお不明な段階ではあるが、地震動の策定方法の基本的な枠組みが誤りであることを明確にし得る事由も存しないことからすると、従前の科学的知見が一定の限度で有効であったとみるべきであり、これに加え、地振動に係る新規制基準の制定過程(前提事実(6)ウ)からすれば、新規制基準そのものがおよそ合理性がないとは考えられないため、債務者において新規制基準の要請に応える十分な検討をしたかを問題とすべきことになる。

 (2)このような観点から、債務者の提示する耐震性能の考え方について検討すると、敷地ごとに震源を特定して策定する地震動を検討する方法自体は、従前の規制から引き続いて採用されている方法であるが、これを主たる考慮要素とするのであれば、現在の科学的知見の到達点として、ある地点(敷地)に影響を及ぼす地震を発生させる可能性がある断層の存在が相当程度確実に知られていることが前提となる。そして、債務者は、債務者の調査の中から、本件各原発付近の既知の活断層の15個のうち、FO-A~FO-B~熊川断層及び上林川断層を最も危険なものとして取り上げ、かつこれらの断層については、その評価において、原子力規制委員会における審査の過程を踏まえ、連動の可能性を高めに、又は断層の長さを長めに設定したとする。しかしながら、債務者の調査が海底を含む周辺領域全てにおいて徹底的に行われたわけではなく(地質内部の調査を外部から徹底的に行ったと評価することは難しい。)、それが現段階の科学技術力では最大限の調査であったとすれば、その調査の結果によっても、断層が連動して動く可能性を否定できず、あるいは末端を確定的に定められなかったのであるから、このような評価(連動想定、長め想定)をしたからといって、安全余裕をとったといえるものではない。また、海域にあるFO-B断層の西端が、債務者主張の地点で終了していることについては、(原子力規制委員会に対してはともかくとしても)当裁判所に十分な資料は提供されていない。債務者は、当裁判所の審理の終了直前である平成28年1月になって、疎明資料(乙1 3 2~1 3 6等)を提供するものの、この資料によっても、上記の事情(西端の終了地点)は不明であるといわざるを得ない。

 (3)次に、債務者は、このように選定された断層の長さに基づいて、その地震力を想定するものとして、応答スペクトルの策定の前提として、松田式を選択している。松田式が地震規模の想定に有益であることは当裁判所も否定するものではないが、松田式の基となったのはわずか14地震であるから、このサンプル量の少なさからすると、科学的に異論のない公式と考えることはできず、不確定要素を多分に有するものの現段階においてはーつの拠り所とし得る資料とみるべきものである。したがって、新規制基準が松田式を基に置きながらより安全側に検討するものであるとしても、それだけでは不合理な点がないとはいえないのであり、相当な根拠、資料に基づき主張及び疎明をすべきところ、松田式が想定される地震カのおおむね最大を与えるものであると認めるに十分な資料はない。

    また、債務者は、応答スペクトルの策定過程において耐専式を用い、近年の内陸地殻内地震に関して、耐専スペクトルと実際の観測記録の乖離は、それぞれの地震の特性によるものであると主張するが、そのような乖離が存在するのであれば、耐専式の与える応答スペクトルが予測される応答スペクトルの最大値に近いものであることを裏付けることができているのか、疑間が残るところである。なお、債務者は、耐専スペクトルの算出に当たっては、基本ケースのみならず、「傾斜角75°ケース」、「アスペリティー塊ケース」、「アスペリティー塊・横長ケース」を検討しているが、各ケースの応答スペクトルはかなり似通っており(債務者主張書面(1)63頁図表23、債務者主張書面(8)49頁図表28)、ケースを異ならせることによりどの程度の安全余裕が形成されたかを明らかにし得ていない。債務者の検討結果によれば、最大加速度(水平)については、基準地震動Ssー1の700ガルが最大であったというのであるから、FO-A~FO-B~黒川断層の三運動(傾斜角75°ケース)の応答スペクトルを超えるところが想定すべき最大の応答スペクトルということになるが、以上の疑問点を考慮すると、基準地震動Ssー1の水平加速度700ガルをもって十分な基準地震動としてよいか、十分な主張及び疎明がされたということはできない。

    断層モデルを用いた手法による地震動評価結果を踏まえた基準地振動については、債務者は、結果的に、応答スペクトルに基づく基準地震動を超えるものは得られなかったとしているが、債務者のいう、地震という一つの物理現象についての「最も確からしい姿」(乙16・53頁)とは、起こり得る地震のどの程度の状況を含むものであるのかを明らかにしていないし、起こり得る地震の標準的・平均的な姿よりも大きくなるような地域性が存する可能性を示すデータは特段得られていないとの主張に至っては、断層モデルにおいて前提とするパラメータが、本件各原発の敷地付近と全く同じであることを意味するとは考えられず、採用することはできない。ここで債務者のいう「最も確からしい姿」や「平均的な姿」という言葉の趣旨や、債務者の主張する地域性の内容について、その平均性を裏付けるに足りる資料は、見当たらない。

 (4)震源を特定せず策定する地震動については、債務者は、平成16年に観測された北海道留萌支庁南部地震の記録等に基づき、基準地震動Ssー6及びSsー7として策定し、この基準地震動Ssー6(鉛直、485ガル)が結果的に最大の基準地震勧(鉛直)となっている。債務者の主張によれば、これは、「地表地震断層が出現しない可能性がある地震について、断層破壊領域が地震発生層の内部に留まり、国内においてどこでも発生すると考えられる地震で、震源の位置も規模も分からない地震として地震学的検討から全国共通に考慮すべき地震」を設定して応答スペクトルを策定したとする。このような地震動についてそもそも予測計算できるとすることが科学的知見として相当であるかはともかくとして、これらの計算についても、債務者による本件各原発の敷地付近の地盤調査が、最先端の地震学的・地質学的知見に基づくものであることを前提とするものであるし、原子力規制委員会での検討結果がこの調査の完全性を担保するものであるともいえないところ、当裁判所に対し、この点に関する十分な資料は提供されていない。

 4 その余の争点について

 (1)争点4(津波に対する安全性能)について

    津波に対する安全性能についても、上述の観点から検討しなければならない。新規制基準の下、特に具体的に問題とすべきは、西暦1586年の天正地震に関する事項の記載された古文書に若狭に大津波が押し寄せ多くの人が死亡した旨の記載があるように、この地震の震源が海底であったか否かである点であるが、確かに、これが確実に海底であったとまで考えるべき資料はない。しかしながら、海岸から500mほど内陸で津波堆積物を確認したとの報告もみられ、債務者が行った津波堆積物調査や、ボーリング調査の結果によって、大規模な津波が発生したとは考えられないとまでいってよいか、疑問なしとしない。

 (2)争点5(テロ対策)について

    債務者は、テロ対策についても、通常想定しうる第三者の不法侵入等については、安全対策を採っていることが認められ、一応、不法侵入の結果安全機能が損なわれるとはいえない。もっとも、大規模テロ攻撃に対して本件各原発が有効な対応策を有しているといえるかは判然としないが、これについては、新規制基準によって対応すべき範疇を超えるというべきであり、このような場合は、我が国の存立危機に当たる場面であるから、他の関係法令に基づき国によって対処されるべきものであり、またそれが期待できる。したがって、新規制基準によってテロ対策を講じなくとも、安全機能が損なわれるおそれは一応ないとみてよい。

 (3)争点6(避難計画)について

    本件各原発の近隣地方公共団体においては、地域防災計画を策定し、過酷事故が生じた場合の避難経路を定めたり、広域避難のあり方を検討しているところである。これらは、債務者の義務として直接に問われるべき義務ではないものの、福島第一原子力発電所事故を経験した我が国民は、事故発生時に影響の及ぶ範囲の圧倒的な広さとその避難に大きな混乱が生じたことを知悉している。安全確保対策としてその不安に応えるためにも、地方公共団体個々によるよりは、国家主導での具体的で可視的な避難計画が早急に策定されることが必要であり、この避難計画をも視野に入れた幅広い規制基準が望まれるばかりか、それ以上に、過酷事故を経た現時点においては、そのような基準を策定すべき信義則上の義務が国家には発生しているといってもよいのではないだろうか。このような状況を踏まえるならば、債務者には、万一の事故発生時の責任は誰が負うのかを明瞭にするとともに、新規制基準を満たせば十分とするだけでなく、その外延を構成する避難計画を含んだ安全路保対策にも意を払う必要があり、その点に不合理な点がないかを相当な根拠、資料に基づき主張及び疎明する必要があるものと思料する。

    しかるに、保全の段階においては、両主張及び疎明は尽くされていない、

 5 被保全権利の存在

   本件各原発は一般的な危険性を有すること(前提事実(3)オ)に加え、東北地方太平洋沖地震による福島第一原子力発電所事故という、原子力発電所の危険性を実際に体験した現段階においては、債務者において本件各原発の設計や運転のための規制が具体的にどのように強化され、それにどう応えたかの主張及び疎明が尽くされない限りは、本件各原発の運転によって債権者らの人格権が侵害されるおそれがあることについて一応の疎明がなされたものと考えるべきところ、本件各原発については、福島第一原子力発電所事故を踏まえた過酷事故対策についての設計思想や、外部電源に依拠する緊急時の対応方法に関する問題点(前記2)、耐震性能決定における基準地震動策定に関する問題点(前記3)について危惧すべき点があり、津波対策や避難計画についても疑問が残る(前記4)など、債権者らの人格権が侵害されるおそれが高いにもかかわらず、その安全性が確保されていることについて、債務者が主張及び疏明を尽くしていない部分があることからすれば、被保全権利は存在すると認める。

 6 争点7(保全の必要性)について

   本件各原発のうち3号機は、平成28年1月29日に再稼働し、4号機も、同年2月26日に再稼働したから(前提事実(7))、保全の必要性が認められる。

   以上の次第で、債権者らの申立てによる保全命令は認められることになるところ、債権者らの主張内容及び事実の性質に鑑み、担保を付さないこととする。

第4 結論

   よって、主文のとおり決定する。

 平成28年3月9日

   大津地方裁判所民事部

       裁判長裁判官 山本 善彦

          裁判官 小川紀代子

          裁判官 平瀬 弘子

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