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#037  高浜原発再稼働禁止仮処分申立事件 

大津地裁決定全文 Pt.1/2 

(2016.3.9)

◉ 決定の概要

 

 関西電力高浜原子力発電所3、4号機(福井県高浜町)の運転差し止めを滋賀県の住民が求めた仮処分申請で、大津地裁(山本善彦裁判長)は9日、運転を認めない決定をした。東京電力福島第1原発事故後に再稼働した原発の運転を禁止する司法判断は初めて。仮処分決定は、訴訟の判決と異なり直ちに効力が生じるため、2基はいずれも運転停止の状態に追い込まれる。

 今後の司法手続きで判断が覆らない限り運転は再開できず、関電の経営にとって大きな打撃となりそうだ。

 2基は2015年2月に国の安全審査に合格。3号機は今年1月に再稼働し、現在も運転を続けているが、4号機は翌2月に再稼働しながら、直後にトラブルが発生したため停止している。

 争点は、耐震設計で想定する最大の揺れの強さである基準地震動を700ガル(ガルは加速度の単位)とした関電の想定や、原子力規制委員会が定めた原発の新規制基準の妥当性。

 住民側は関電の想定が「安全を担保するには不十分」とした上で、事故が起きれば、滋賀県の住民も被曝(ひばく)、琵琶湖が汚染され近畿地方の飲み水に影響が出ると主張。新規制基準も安全レベルは低く、実効性のある避難計画も策定されていないと訴えている。

 関電側は「安全性は確保されている」などと反論していた。

 住民らは仮処分申請とともに運転停止を求める訴訟を起こしており、大津地裁で係争中。

 山本裁判長は高浜原発3、4号機について、再稼働前の14年11月の仮処分決定でも裁判長を務めており、この際は「再稼働が差し迫っていない」との理由から申し立てを却下していた。

 2基を巡っては福井地裁でも争われ、昨年4月に再稼働を認めない仮処分決定を出したが、同12月に別の裁判長が取り消し、住民側が名古屋高裁金沢支部に抗告している。

(2016.3.10 日本経済新聞)

 

◉ 決定全文

平成27年(ヨ)第6号 原発再稼働禁止仮処分申立事件

            決   定

  当事者の表示 別紙当事者目録記載のとおり

            主   文

 1 債務者は、福井県大飯郡高浜町田ノ浦1において、高浜発電所3号機及び同4号機を運転してはならない。

 2 申立費用は、債務者の負担とする。

            理   由

第1 申立ての趣旨

   主文同旨

第2 事案の概要

 1 事案の要旨

   本件は、滋賀県内に居住する債権者らが、福井県大飯郡高浜町田ノ浦1において高浜発電所3号機及び同4号機(以下「本件各原発」という。また、本件各原発のうち、高浜発電所3号機を以下「3号機」と、高浜発電所4号機を以下「4号機」という。)を設置している債務者に対し、本件各原発が耐震性能に欠け、津波による電源喪失等を原因として周囲に放射性物質汚染を惹起する危険性を有する旨主張して、人格権に基づく妨害予防請求権に基づき、本件各原発を仮に運転してはならないとの仮処分を申し立てた事案である。

 2 前提事実

   以下の事実は、当事者間に争いのない事実(反対当事者の主張を争うことを明らかにしない事実を含む。)及び一件記録により容易に認められる事実である。

  (1)当事者

   ア 債権者ら

     債権者らは、本件各原発から70キロメートル以内の距離で、滋賀県内の肩書地において居住する者である。

 

   イ 債務者

     債務者は、昭和26年5月1日に設立された株式会社であって、大阪府、京都府、兵庫県(一部を除く。)、奈良県、滋賀県、和歌山県、三重県の一部、岐阜県の一部、福井県の一部における電力需要を賄うために、発電、送電、配電に至る電力供給を一貫して行う一般電気事業者であり、これら供給区域における電力供給義務を負う者である。

 

  (2)本件各原発の設置

     債務者は、福井県大飯郡高浜町田ノ浦1において、本件各原発を設置している。債務者は、3号機について、昭和55年8月4日、原子炉設置変更許可を受け、昭和60年1月17日、営業運転を開始した。また、債務者は、4号機について、昭和55年8月4日、原子炉設置変更許可を受け、昭和60年6月6日、営業運転を開始した。

 

  (3)原子力発電の仕組み

   ア 原子力発電の概要

     原子力発電は、核分裂反応によって生じるエネルギーを熱エネルギーとして取り出し、この熱エネルギーを発電に利用するもので、原子炉において取り出した熱エネルギーによって蒸気を発生させ、この蒸気でタービンを回転させて発電を行う。なお、火力発電では、石油、石炭等の化石燃料が燃焼する際に生じる熱エネルギーによって蒸気を発生させ、この蒸気でタービンを回転させて発電を行う。したがって、タービンを回転させて電気を発生させる点では、両者の構造は共通している。

   イ 核分裂の原理

     全ての物質は原子から成り立っており、原子は原子核(陽子と中性子の集合体)と電子から構成されている。重い原子核の中には、分裂して軽い原子核に変化しやすい傾向を有しているものがあり、例えばウラン235の原子核が中性子を吸収すると、原子核は不安定な状態となり、分裂して2ないし3個の異なる原子核に分かれる。これを核分裂といい、核分裂が起きると、大きなエネルギーが発生する。

     また、核分裂により物質(核分裂生成物)が発生するが、その大部分は放射性物質である。例えば、ウラン235が核分裂すると、放射性物質であるセシウム137、ヨウ素131等の核分裂生成物が生じる。核分裂生成物に加え、2ないし3個の速度の速い中性子が生じる。この中性子の一部が他のウラン235等の原子核に吸収されて次の核分裂を起こし、連鎖的に核分裂が維持される現象を核分裂連鎖反応という。

     ウラン235等の原子核が中性子を吸収して核分裂する確率は、中性子の速度が遅い場合に大きくなる。速度の遅い中性子を「熱中性子」という。

    核分裂を効率良く継続させるためには、核分裂時に放出された速度の速い中性子の速度を熱中性子となる速度まで減速させる必要があり、このために用いられる物質を減速材という。

     核分裂時、熱エネルギーが発生する。この熱エネルギーが発電の源であり、熱エネルギーを運ぶ媒体を冷却材という。

   ウ 原子炉の種類

     原子炉には、減速材及び冷却材の組合せによって幾つかの種類があり、そのうち減速材及び冷却材の両者の役割を果たすものとして軽水(普通の水)を用いるものを軽水型原子炉という。

     軽水型原子炉には、大きく分けて沸騰水型原子炉(BWR)と加圧水型原子炉(PWR)の2種類がある。沸騰水型原子炉(BWR}は、原子炉内で冷却材を沸騰させ、そこで発生した蒸気を直接タービンに送って発電する種類の原子炉である。加圧水型原子炉(PWR)は、1次冷却設備内を流れる高圧の1次冷却材を原子炉で高温水とし、これを蒸気発生器に導き、蒸気発生器において、高温水の持つ熱エネルギーを、2次冷却設備内を流れる2次冷却材に伝えて蒸気を発生させ、この蒸気をタービンに送って発電する種類の原子炉である、本件各原発は、加圧水型原子炉である。

 

   エ 本件各原発における発電の仕組み

     加圧水型原子炉における発電の仕組みの概要は、次のとおりである。

     まず、1次冷却材管は、原子炉容器から発し、蒸気発生器内を通過して、原子炉容器に戻る。1次冷却材管内及び原子炉容器内は、1次冷却材で満たされている。この1次冷却材は、加圧器によって高圧となった上、1次冷却材ポンプによって原子炉容器と蒸気発生器との間を循環している。

     原子炉容器内で核分裂連鎖反応により熱エネルギーが生じ、1次冷却材はこの熱を吸収して高温になり、他方、これにより原子炉は冷却される。

     高温になった1次冷却材は、1次冷却材管を通じて蒸気発生器に入り、蒸気発生器において伝熱管の中を通過する。伝熱管の外側には2次冷却材が存在し、1次冷却材が上記伝熱管を通過する際、1次冷却材の熱は伝熱管の外側の2次冷却材に伝わる。これにより、2次冷却材は熱せられ、他方、1次冷却材は冷却され、再び原子炉に戻る。

     熱せられた2次冷却材は、蒸気となって2次冷却設備のタービンを回転させ、これを基にして、電気施設の発電機で電気が発生する。タービンを回転させた蒸気は復水器で冷却され、主給水ポンプ等により再び蒸気発生器に戻る。

 

   オ 本件各原発における一般的危険性

     上記発電の仕組みを前提とすると、例えば、1次冷却材の喪失(以下「LOCA」という、)が発生したときは、原子炉容器を冷やすことができず、発生した熱によって原子炉容器内の燃料集合体が損傷し、燃料集合体ないし1次冷却材中の放射性物質が外へ漏れ出し、さらに原子炉容器や原子炉格納容器が損傷した場合には、最終的には、本件各原発から放射性物質が放出される。

     このように、原子炉運転中、LOCAによって炉心が損傷する危険性があるが、それだけでなく、後記(6)イのとおり、原子炉の運転停止後であっても、特に運転停止直後は、崩壊熱による炉心損傷の危険性がある。

  (4)本件各原発の構造等

   ア 基本的構成要素

     加圧水型原子炉の基本的構成要素は、1次冷却設備、原子炉格納容器、2次冷却設備、電気施設、工学的安全施設及び使用済み燃料ピット等である。これらの構成物は、いずれも、電気を発生させるためのものであるとともに、前記(3)オの危険性に対処するためのものでもある。

   イ 1次冷却設備

     1次冷却設備は、原子炉、加圧器、蒸気発生器、1次冷却材ポンプ及び1次冷却材管等から構成されており、原子炉内で熱エネルギーを生じさせ、この熱エネルギーを2次冷却材に伝える機能を有する。

     原子炉容器は、上部及び底部が半球状となっている縦置き円筒型の容器であり(右図参照(略)、その内部には燃料集合体、制御棒等が配置され、その余の部分は1次冷却材で満たされている。これらを包括して、原子炉という。

     原子炉内の燃料集合体が存在する部分を炉心という。

     燃料集合体は、燃料棒が束ねられたもので、燃料棒は、ジルコニウム基合金製の燃料被覆管内にペレットを積み重ねたものである。

     ペレットは、原子力発電の基本となるウラン燃料の固体を焼き固めたものである。

     制御棒は、中性子を吸収しやすい性質を有する銀・インジウム・カドミウム合金製であり、原子炉容器の上部にある制御棒駆動装装置により、制御棒が燃料集合体の特定の位置に出し入れできるよう、燃料集合体内の各燃料棒の間には、制御棒挿入のための中空の経路(制御棒案内シンブル)が設置されている。通常運転時は、制御棒は燃料集合体からほぼ全部が引き抜かれた状態で保持されているが、緊急時には、制御棒を高位で保持している制御棒駆動装置への電源が遮断され、制御棒が自重で炉心に落下することで、中性子が吸収され、原子炉内の核分裂を止め、原子炉を停止させる仕組みになっている。

   ウ 原子炉格納容器

     原子炉格納容器は、1次冷却設備を格納する容器である(右図参照(略))。

     原子炉格納容器の本体部は、半球型ドームを有する円筒形の炭素鋼製構造物であり、そのさらに外側には、鉄筋コンクリート造りの外側遮蔽建屋が設置されている。

   エ 2次冷却設備

     2次冷却設備は、タービン、復水器、主給水ポンブ及びこれらを接続する配管等から構成される。2次冷却材は、1次冷却材とは隔離されているため、放射性物質を含んでいない。

   オ 電気施設

     電気施設には、発電機、非常用ディーゼル発電機等がある。発電機は、2次冷却設備によって運ばれた熱エネルギーが回転させたタービンの回転エネルギーをもとに電気を発生させる設備である。発生した電気は、変圧器を通じて外部の送電線に送られるほか、原子力発電所内の各設備に供給される。また、送電線によって、外部から発電所に受電することもできる。

     発電所の外部から供給される電源を外部電源という。外部電源及び発電機によって発電された電気による電源は、いずれも交流電源である。

     非常用ディーゼル発電機は、発電機が停止し、かつ外部電源が喪失した場合に、原子炉を安全に停止させた状態で維持するために必要な交流電源や、後記の工学的安全施設を作動させるための交流電源を供給するためのものである。

     原子力発電所におけるこれらの交流電置全てが喪失することを、全交流電源喪失(ステーション・ブラック・アウト、SBO)という。

     全交流電源喪失が生じた場合には、直流電源である蓄電池(バッテリー)や、重油によって作動する空冷式の非常用発電装置等による電源供給が行われる。蓄電池は発電機ではなく、一定量の電気を留め置くものであるため、蓄電池による電源の供給には時間的限界がある。

   カ 補助給水装置

     燃料集合体の内部には、核分裂により発生した核分裂生成物が存在し、この核分裂生成物は、不安定であるため放射線を出しながら崩壊を続け、崩壊の際熱を発生させる。この熱を「崩壊熱」という。崩壊熱は、時間の経過とともに少なくなるが、原子炉停止直後は特に崩壊熱が高いため、燃料集合体(1次冷却設備)を引き続き冷却する必要があり、そのために2次冷却設備を稼働させる必要がある。そこで、2次冷却設備の稼働が停止しないように、外部電源が失われた場合でも、前記オの非常用ディーゼル発電機による電源供給を受けられるだけでなく、電源が失われても2次冷却設備内で発生した蒸気で2次冷却設備を駆動させるタービン動補助給水ポンプが配置されている。

   キ 工学的安全施設

     工学的安全施設には、非常用炉心冷却設備(ECCS)、原子炉格納施設、原子炉格納容器スプレイ設備及びアニュラス空気浄化設備等がある。

     非常用炉心冷却設備は、1次冷却材管の破断等によりLOCAが発生した場合、ホウ酸水を原子炉容器内に注入する設備で、蓄圧注入系、高圧注入系及び低圧注入系で構成される。蓄圧注入系は、1次冷却材の圧力が低下したときに、加圧されたホウ酸水を蓄えた蓄圧タンクから、その圧力により、電源なく、ホウ酸水を注入するものである。また、高圧注入系及び低圧注入系は、原子炉容器内の圧力に応じて、燃料取替用水ピットに貯蔵されたホウ酸水を原子炉容器内に注入する設備である。この際、上記ホウ酸水や1次冷却材管から漏れ出た1次冷却材等は原子炉格納容器の格納容器再循環サンプに貯留されるところ、上記蓄圧注入系、高圧注入系及び低圧注入系のいずれの設備においても、ホウ酸水の水源を格納容器再循環サンプに切り替えた上で原子炉容器内に再注入することができる。

     原子炉格納容器及び原子炉格納容器から出た配管等の原子炉格納施設は、アニュラス部に覆われており、この部分の圧力を大気圧より減圧することで、原子炉格納容器内の放射性物質の吸収をはかっている。

     原子炉格納容器スプレイ設備は、LOCA発生時に原子炉格納容器内にホウ酸水を噴霧することができる設備である。アニュラス空気浄化設備等は、アニュラス部に放射性物質が放出された場合、この空気を浄化して、大気中に放出される放射性物質の濃度を減少させる。

 (5)使用済み燃料

   ア 使用涜み燃料の発生

     原子力発電においては、原子炉内で核分裂をさせると、燃料中に核分裂生成物が蓄積し、連鎖反応を維持するために必要な中性子を吸収して反応速度を低下させるなどの理由から、適当な時期に燃料を取り替える必要がある。この際に原子炉から取り出されるのが使用済み燃料である。

     使用済み燃料は、原子炉停止後に原子炉から取り出された後、水中で移送されて使用済み燃料ピットに貯蔵される。

   イ 使用済み燃料の性質

     核燃料を原子炉内で反応させると、核分裂性のウラン235が反応して核分裂生成物ができる一方、非核分裂性のウラン238は中性子を吸収して核分裂性のプルトニウムに姿を変える。このように、使用済み燃料には、未燃焼のウラン及び崩壊熱の主たる源となる核分裂生成物のほか、プルトニウム等の放射性物質が含まれ、時間の経過に従って衰えるものの、崩壊熱を出し続けることから、使用済み燃料自体の冷却を続ける必要がある。

   ウ 使用済み燃料ピット

     使用済み燃料ピットは、原子炉から取り出された使用済み燃料を貯蔵する設備であり、壁面及び底部が鉄筋コンクリート製で、その内側にステンレス鋼板が張られており、内部に使用済み燃料を保管し、崩壊熱を除去するため、常に水(ホウ酸を含む。)で満たされており、この水は、冷却設備によって冷却されている。水位は監視され、上記冷却機能が喪失するなどして水位が低下した場合に備え、水補給設備が設置されている。

 (6)安全性の審査

   ア 審査基準制定過程

     昭和30年、原子力基本法が制定され、同時に原子力委員会設置法が制定され、原子力の研究、開発及び利用に関する行政の民主的な運営を図るため総理府(当時)に原子力委員会が設置された。

     昭和32年、核原料物質、核燃料物質及び原子炉の規制に関する法律(以下「原子炉等規制法」という。)が制定された。

     前述の原子力委員会は、昭和53年9月、「発電用原子炉施設に関する耐震設計審査指針」を制定し、その翌月には、原子力基本法の改正により、総理府(当時)の審議会として原子力安全委員会が設立された。原子力安全委員会は、昭和56年7月、前記「発電用原子炉施設に関する耐震設計審査指針」に建築基準法の改正を取り入れて、改めて同指針を決定した(以下、昭和56年のこの指針を「旧指針」という。)。ここでは、「設計用最強地震」を「歴史的資料から過去において敷地又はその近傍に影響を与えたと考えられる地震が再び起こり、敷地及びその周辺に同様の影響を与えるおそれのある地震及び近い将来敷地に影響を与えるおそれのある活動度の高い活断層による地震のうちから最も影響の大きいものを想定する。」と定義し、これに対応する地振動を「基準地振動S1」とした。また、「設計用限界地震」を「地震学的見地に立脚し設計用最強地震を上回る地震について、過去の地震の発生状況、敷地周辺の活断層の性質及び地震地体構造に基づき工学的見地からの検討を加え、最も影響の大きいものを想定する。」と定義し、これに対応する地震動を「基準地震動S2」とした。

     平成13年には、中央省庁の再編により、それまで科学技術庁(当時)及び資源エネルギー庁でそれぞれ所管されていた原子力行政が一元化され、経済産業省設置法に基づき、資源エネルギー庁に原子力安全・保安院が置かれた。

     原子力安全委員会は、平成13年以降、旧指針の改定作業に着手し、平成18年9月、新たな「発電用原子炉施設に関する耐震設計審査指針」(以下「新指針」という、)を定めた。

     ここでは、「施設の供用期間中に極めてまれではあるが発生する可能性があり、施設に大きな影響を与えるおそれがあると想定することが適切な地震動」を、「基準地震動Ss」と定義し、基準地震動Ssに対し、安全上重要な設備が機能を喪失しないこと、という要求が定義された。そして、債務者は、震源を特定した検討用地震を選定して策定される地震動と、国内外の観測記録を基に震源を特定せず策定する地震動に分けて検討した上、これを総合して各発電所ごとに具体的な基準地震動Ssを定めることとし、本件各原発につき、旧指針の段階では、基準地震動S1を最大加速度270ガル(水平方向)、基準地震動S2を最大加速度360ガル(水平方向)及び370ガル(直下地震、水平方向)と計算していたのを、新指針に基づき、基準地震動Ssを550ガル(水平方向)と改めた。これらについては、原子力安全・保安院によって妥当なものと評価され、原子力安全委員会も、この原子力安全・保安院による評価を適切なものとした。

   イ 東北地方太平洋沖地震による福島第一原子力発電所事故

     平成23年3月11日午後2時16分頃、マグニチュード(地震そのものの規模)9.0の大きさの東北地方太平洋沖地震が発生し、福島第一原子力発電所がある大熊町、双葉町では、震度(特定の地点における揺れの程度)6強の揺れを観測した、なお、福島第一原子力発電所には、6台の沸騰水型原子炉(BWR)があった。

     福島第一原子力発電所で運転中の原子炉(4号機は点検中で原子炉は停止していた、)は全て自動停止したが、同発電所に関する送電鉄塔や、遮断機等は様々な場所で損傷し、発電所全体で外部電源が喪失した。これに対し、全部で12台用意されていた非常用ディーゼル発電機が全て自動起動し、交流電源が一旦は確保された。

     ところが、地震後約1時間が経過した同日午後3聊30分頃、福島第一原子力発電所に大きな津波が襲来した。少なくともこの津波によって、1号機ないし5号機において、全交流電源が喪失し(SBO)、1号機、2号機及び4号機では、直流電源も失われた。1号機では、崩壊熱の除去のための非常用復水器が電源喪失により稼働を停止し、崩壊熱によって炉内の圧力が上昇し、1次冷却水が失われ、同日夜には、炉心熔融が開始したとみられる。1号機の原子炉建屋は、同日午後爆発しており、水素爆発が起きたと推定され、これに伴い大気中に放射性物質が放出された。2号機においても、運転停止直後は原子炉隔離時冷却系が作動して冷却を開始していたが、冷却系が停止し、炉心が損傷したものとみられ、大量の放射性物質が放出されたと推定されている。3号機では、2号機と同様の原子炉隔離時冷却系が置かれており、これが一時期作動していたものの、2号機と同様、炉心が溶融したとみられる。

     このように、福島第一原子力発電所では、主に、全電源喪失の期間が継続したことにより、崩壊熱の除去に失敗し、「止める」「冷やす」「閉じ込める」のうちの、後2者を実現することができず、重大な事故を発生させるに至った。この事故は収束しておらず、1号機から3号機までの内部に溶融した状態で取り残された炉心部分の搬出作業には見通しがついておらず、敷地からは毎日大量の放射能汚染水が流出し続けている。

     福島第一原子力発電所事故の結果、福島県内の1800平方キロメートルもの広大な土地が、年間5ミリシーベルト以上の空間線量を発する可能性のある地域となった。避難区域指定は福島県内の12市町村に及び、15万人もの人々が避難を余儀なくされた。

   ウ 原子力規制法制の改変

     前記のとおりの福島第一原子力発電所の重大な事故に起因して、内閣府に設置されていた原子力安全委員会及び経済産業省所管の資源エネルギー庁の外局として設置されていた原子力安全・保安院が解体され、原子力基本法3条の2及び原子力規制委員会設置法2条に基づき、環境省の外局として、原子力規制委員会が設置された。原子力規制委員会設置法は、その1条において、「東北地方太平洋沖地震に伴う原子力発電所の事故を契機に明らかとなった原子力の研究、開発及び利用に関する政策に係る縦割り行政の弊害を除去し、並びに一の行政組織が原子力利用の推進及び規制の両方の機能を推うことにより生ずる問題を解消するため、原子力利用における事故の発生を常に想定し、その防止に最善かつ最大の努力をしなければならないという認識に立って、確立された国際的な基準を踏まえて原子力利用における安全の確保を図るため必要な施策を策定し、又は実施する事務…を一元的につかさどるとともに、その委員長及び委員が専門的知見に基づき中立公正な立場で独立して職権を行使する原子力規制委員会を設置し、もって国民の生命、健康及び財産の保護、環境の保全並びに我が国の安全保障に資することを目的とする。」と定めている。原子力規制委員会は、委員長及び委員4人で組織される(同法6条1項)、合議制の行政機関である(同法lO条3項)。

     そして、発電用原子炉を設置しようとする者は、政令で定めるところにより、原子力規制委員会の許可を受けなければならないとされ(原子炉等規制法43条の3の5第1項)、原子力規制委員会は、この許可を求める申請があった場合は、①平和目的であり、②申請者に設置のための技術的能力・経理的基礎があり、③申請者に運転のための技術的能力があり、④発電用原子炉施設の位置、構造及び設備が、原子力規制委員会で定める基準に適合するものであることを全て満たしていなければ、許可してはならない(原子炉等規制法43条の3の6第1項)。この「原子力規制委員会で定める基準」が、「実用発電用原子炉及びその附属施設の位置、構造及び設備の基準に関する規則」(平成25年6月28日原子力委員会規則第5号)であり、この基準は、行政手続法5条1項の規定による審査基準として位量づけられている(平成25年11月27日原規総発第1311275号原子力規制委員会決定)。また、原子力規制委員会は、この新規制基準の解釈指針として、「実用発電用原子炉及びその附属施設の位置、構造及び設備の基準に関する規則の解釈」という委員会決定(平成25年6月19日制定、平成26年7月9日改正)を発した。「実用発電用原子炉及びその附属施設の位置、構造及び設備の基準に関する規則」及び「実用発電用原子炉及びその附属施設の位置、構造及び設備の基準に関する規則の解釈」を、併せて以下「新規制基準」という。

     新規制基準においても、耐震設計において、基準地震動を策定し、これを前提に施設の安全性を評価する仕組みは、新指針と同様である。しかしながら、複数の想定震源領域が連動した東北地方太平洋沖地震を踏まえて、プレート間地震及び海洋プレート内地震に関して「国内のみならず世界で起きた大規模な地震を踏まえ」「震源領域の設定を行うこと」が求められたり、地震動評価における、地下構造による地震波の伝播特性及び地盤の増幅特性(サイト特性)の考慮に関わる記載が増加したりした。ここで、震源から放出される地震波の性質(振幅、周期特性等)を震源特性といい、震源断層面から放出された地震波が距離とともに振幅を減じながら地下の岩盤中を伝播するが、この伝播に関する特性を伝播特性といい、特定の地盤での地震動の増幅に関する特性をサイト特性という、

 (7)再稼働申請等

    現在停止している原子炉を再稼働させるには、当該原子炉が新規制基準に適合することが必要となることから、発電用原子炉設置者は、原子力規制委員会に対し、設置変更許可の申請を行い、同委員会による新規制基準への適合性審査を経た上で設置変更許可を受けるとともに、工事計画認可及び保安規定変更認可の各申請を行ってこれらの認可を受け、さらに、工事計画認可を受けて工事をした施設については使用前検査に合格する必要がある。そして、設置変更許可、工事計画認可及び保安規定変更認可の各申請は、一般に「再稼働申請」と呼ばれている。

    本件各原発のうち4号機は平成23年7月21日から、3号機は平成24年2月20日から定期検査を開始したが、その後一旦運転を停止した。債務者は、原子炉等規制法の改正を踏まえ、平成25年7月8日、原子力規制委員会に対し、本件各原発の設置変更許可、工事計画認可及び保安規定変更認可の各申請を行った(最終のものが乙76)。これを受け、原子力規制委員会は、本件各原発の新規制基準に対する適合性を審査し、その過程で本件各原発の基準地震勤Ssが700ガルに引き上げられたことなどを踏まえ、平成26年12月17日、本件各原発の新規制基準への適合性を認め、「関西電力株式会社高浜発電所の発電用原子炉設置変更許可申請書(3号及び4号発電用原子炉施設の変更)に関する審査書(案)」を取りまとめた。そして、上記審査書(案)については、同月18日から平成27年1月16日までの間、パブリックコメント(意見公募手続、乙40)が行われ、その結果も踏まえ、同年2月12日、「関西電力株式会社高浜発電所の発電用原子炉設置変更許可申請書(3号及び4号発電用原子炉施設の変更)に関する審査書(修正案)」(乙14の2)が原子力規制委員会において了承され、設置変更許可がされた(乙15)。また、遅くとも同年10月9日までに、本件各原発について工事計画認可及び保安規定変更認可がされた。

    債務者は、平成28年1月29日、3号機を再稼働させ、同年2月26日、4号機も再稼働させた。

 

 (8)本件申立て等

    債権者らは、平成27年1月30日に本件仮処分を申し立てた。

    当裁判所においては、同年4月20日、同年7月9日、同年9月29ロ及び同年12月15日、当事者双方立会のもと、審尋期日を実施した。

    なお、平成25年12月24日には、大津地方裁判所において、債務者を被告として、本件各原発に加え、債務者が運転していた他の原子力発電所(福井県大飯郡おおい町に設置されている大飯原子力発電所及び福井県三方上中郡若狭町に設置されている美浜原子力発電所)について、運転を差し止めるよう求める民事訴訟(同裁判所平成25年(ワ)第696号)が提起されており、争点整理が行われている。

3 争点

 (1)主張立証責任の所在(争点1)

 (2)過酷事故対策(争点2)

 (3)耐震性能(争点3)

 (4)津波に対する安全性能(争点4)

 (5)テロ対策(争点5)

 (6)避難計画(争点6)

 (7)保全の必要性(争点7)

4 争点1(主張立証責任の所在)に関する当事者双方の主張

 (1)債権者らの主張

   ア 行政事件の場合

     最高裁平成4年10月29日第一小法廷判決(民集46巻7号1174頁)(以下「伊方原発訴訟最高裁判決」という。)は、原子炉設置許可処分の取消訴訟における裁判所の審理、判断は、「原子力委員会若しくは原子炉安全専門審査会の専門技術的な調査審議及び判断を基にしてされた被告行政庁の判断に不合理な点があるか否かという観点から行われるべきである」とし、行政庁の専門技術的裁量を一定程度認めた。その上で、同判決は、原子炉設置許可処分の際に行政庁が災害の防止上支障がないか等について審査をする趣旨が、「原子力災害が万が一にも起こらないようにするためであること」を確認した上で、原子炉設置許可処分が違法となるのは、行政庁の判断に不合理な点がある場合であるとし、その不合理な点があることの立証責任は、「本来原告が負うべきものと解されるが当該原子炉施設の安全審査に関する資料をすべて被告行政庁の側が所持していることなどの点を考慮すると、被告行政庁の側において、まず、原子カ委員会若しくは原子炉安全専門審査会の調査審議において用いられた具体的審査基準並びに調査審議及び判断の過程等、被告行政庁の判断に不合理な点のないことを相当の根拠、資料に基づき主張、立証する必要があり、被告行政庁が、右主張、立証を尽くさない場合には、被告行政庁がした右判断に不合理な点があることが事実上推認される。」と判示し、それと同旨の見地に立って本件原子炉設置許可処分の適否を判断した原判決(高松高裁昭和59年12月14日判決・判例時報1136号3頁)は正当であるとした。

     上記判示に従うと、原子炉設置許可処分取消訴訟は、被告行政庁が、「被告行政庁の判断に不合理な点がないこと」を立証できたか否かについて攻防が行われ、立証できれば原告の請求は棄却され、立証できなければ認容されるという、立証責任論から見れば、単純な構造で訴訟が追行されることになるというのが論理的帰結であり、これによって、立証責任は、原告側から被告側に、事実上転換されたと解さざるを得ない、

  イ 民事事件の場合

    民事差止訴訟においては、被告は、国ではなく、事業者であり、争点は、原発設置許可処分の違法性ではなく、当該原発が運転することにより原告らの人格権が侵害される具体的危険性の有無であるから、立証責任論も伊方原発訴訟最高裁判決とは独自に構築されてしかるべきである。

    そして、志賀2号機訴訟1審判決(金沢地裁平成18年3月24日判決、判例時報1930号25頁)は、原子炉施設における安全設計及び安全管理の方法に関する資料はすべて被告が保有していること等から、原告らにおいて、被告の安全設計や安全管理の方法に不備があり、本件原子炉の運転により原告らが許容限度を超える放射線を被ばくする具体的可能性があることを相当程度立証した場合には、公平の観点から、被告において、原告らが指摘する「許容限度を超える放射線被ばくの具体的危険」が存在しないことについて、具体的根拠を示し、かつ、必要な資料を提出して反証を尽くすべきであり、これをしない場合には、上記「許容限度を超える放射線被ばくの具体的危険」の存在を推認すべきであると判示した。この立証責任の分配方法こそ、原発民事差止訴訟において公平、適切であり、かつ、伊方原発訴訟最高裁判決の趣旨を民事訴訟において体現したものである。

 (2)債務者の主張

   ア 科学技術における原理的危険性の存在とその管理可能性

     およそ科学技術を利用した現代文明の利器は全て、その効用の反面に、多かれ少なかれ危険発生の可能性を内包している。社会はこの危険を人為的に管理して人類の利用に役立ててきたのであり、そこにおいては、危険が内在していること自体は当然の前提として、その内在する危険が顕在化しないよういかに適切に管理できるかが問題とされてきた。

     したがって、原子力発電所に関しても、原子力発電に危険が内在すること自体が問題なのではなく、原子力発電に内在する危険が顕在化しないよう適切に管理できるかどうかが問題とされるべきであり、裁判においては、このような観点から、内在する危険を適切に管理できるかどうかが、具体的危険性の有無という形で判断されることになる。

     これに対し、抽象的、潜在的な危険性の存在のみをもって原子力発電の利用を否定することは、現代社会における科学技術の利用そのものを否定することになり、妥当ではない。この科学技術の利用に関する基本的な理念は、行政法規の規定にも具現化されている。

   イ 行政事件の場合

     このように、原子力裁判においては、原子力発電に内在する危険性を管理できるかどうかが、具体的危険性の有無という形で判断されることになるが、原子力発電が高度に科学的、専門技術的なものである以上、この具体的危険性の有無の判断に際しては、科学的、専門技術的知見を踏まえることが不可欠である。この点に関し、伊方原発訴訟最高裁判決においても、「原子炉設置許可の基準として、右のように定められた趣旨は、・・・原子炉施設の安全性が確保されないときは、・・・深刻な災害を引き起こすおそれがあることにかんがみ、・・・原子炉施設の位置、構造及び股備の安全性につき、科学的、専門技術的見地から、十分な審査を行わせることにあるものと解される。・・・原子炉施設の安全性に関する審査は・・・多角的、総合的見地から検討するものであり、しかも、右審査の対象には、将来の予測に係る事項も含まれているのであって、右審査においては、原子力工学はもとより、多方面にわたる極めて高度な最新の科学的、専門技術的知見に基づく総合的判断が必要とされるものであることが明らかである」と判示されている。

   ウ 民事事件の場合

     伊方原発訴訟最高裁判決は、厚子炉等規制法に基づく行政処分の取消しに係るものではあるが、行政訴訟であっても、人格権に基づく差止請求に係る仮処分であっても、原子炉施設の安全性が確保されているか否かという基本的な問題点は共通しており、これを判断する際に、科学的、専門技術的知見を踏まえる必要があるという点は、何ら異なることはない。しかも、伊方原発訴訟最高裁判決は、「原子炉設置許可処分についての右取消訴訟においては、右処分が前記のような性質を有することにかんがみると、被告行政庁がした右判断に不合理な点があることの主張、立証責任は、本来、原告が負うべきものと解される」と明快に判示した。

     本件仮処分が民事裁判である以上、民事裁判における主張立証責任の一般原則に従い、上記請求が認められるための要件については、債権者らにおいて、その主張立証責任を負担すべきである。原子力発電所に関する裁判においても、この理を変更すべき理由はなく、従来の原子力発電所の運転差止訴訟においても、そのような変更をした最高裁判所判例がないのはもちろんのこと、裁判例においても主張立証責任の所在そのものを転換したものは存在しない、

     したがって、主張立証責任が被告側に転換したとする債権者らの主張は独自の見解でありて伊方原発訴訟最高裁判決を正しく理解していない、

 5 争点2(過酷事故対策)に関する当事者双方の主張

 (1)債権者らの主張

   ア 新規制基準の不合理性

     新規制基準では、次のとおり、福島第一原子力発電所事故で得られた教訓の多くが取り入れられておらず、過酷事故対策が不十分である。このような対策では、本件各原発の稼働上の安全性は確保されない。

   イ 不合理な琳‐故障指針の採用

     新規制基準が制定される前の安全設計審査指針(平成2年8月30日原子力安全委員会決定)では、各系統を構成する機器の単一故障を仮定し、それでも必要な機能を失わないことが求められており、「単一故障指針」と呼ばれていた。単一の原因によって一つの安全機器のみがその機能を喪失することを仮定するわけであるから、事故が起きたときに、各種の安全機能を有する機器の全部が壊れることを想定しなくてよい。

     しかしながら、福島第一原子力発電所事故の経験から明らかなように、地震や津波をはじめ自然現象を原因とする事故は、多数の機器に同時に影響を及ぼす。そのため、異常状態に対処するための安全機器の一つだけが機能しないという仮定は非現実的であり、一つの安全機能に係る全ての機器がその機能を失うことを仮定すべきである。単一の要因によって複数の機器が同時に安全機能を失うことを「共通要因故障」というが、本来、新規制基準では、多数の設備・機器が間時に機能を失う共通要因故障を仮定した設計及び安全設計評価でなければならなかった、

     ところが、新規制基準においても、単一故障指針は見直されていない。

     新規制基準では、「安全機能を有する系統のうち、安全機能の重要度が特に高い安全機能を有するものは、当該系統を構成する機械又は器具の単一故障(単一の原因によって一つの機械又は器具が所定の安全機能を失うこと(従属要因による多重故障を含む。)をいう。)が発生した場合であって、外部電源が利用できない場合においても機能できるよう、当該系統を構成する機械又は器具の機能、構造及び動作原理を考慮して、多重性又は多様性を確保し、及び独立性を確保するものでなければならない」とされているにすぎない。

   ウ 外部電源の重要度の不合理な低さ

     重要度分限指針は、原子炉施設の安全性を確保するために必要な各種の機能(安全機能)について、安全上の見地からそれらの相対的重要度を定め、これらの機能を果たすべき構築物、系統及び機器の設計に対して、適切な要求を課すための基礎を定めることを目的とする。重要度分類指針は、安全機能をPS(Prevention System:異常発生防止系)とMS(Mitigation System:異常影響緩和系)に分類し、PSとは、その機能の喪失により、原子炉施設を異常状態に陥れ、もって一般公衆ないし従事者に過度の放射線披ばくを及ぼすおそれのあるものと、MSとは、原子炉施設の異常状態において、この拡大を防止し、又はこれを速やかに収束せしめ、もって一般公衆ないし従事者に及ぼすおそれのある過度の放射線被ばくを防止し、又は緩和する機能を有するものと定義する。そして、PSとMSに属する構築物、系統及び機器を、その重要度に応じて3クラスに分類し、設計上考慮すべき信頼性の程度を区分している。クラス1は、合理的に達成し得る最高度の信頼性を確保し、かつ、維持する、クラス2は、高度の信頼性を確保し、かつ、維持する、クラス3は、一般の産業施設と同等以上の信頼性を確保し、かつ、維持する、ことを目標とするとされている。

     ところが、新規制基準では、外部電源は、「異常状態の起因事象となるものであって、PSー1(クラス1)及びPSー2(クラス2)以外の構築物、系統及び機器」と定義づけられ、PSー3(クラス3)に分類されてしまった。また、外部電源は、耐震設計上の重要度分順においても、Sクラス、Bクラス、Cクラスの分類のうち、最も耐震強度が低い設計が許容されるCクラスに分類されてしまった。

   エ 使用済み燃料ピットの不十分な防護

     福島第一原子力発電所では、使用済み燃料の冷却にも失敗した。原子炉格納容器のような堅固な施設に守られていない使用済み燃料は、損傷が始まれば、放射性物質がそのまま震度に放出されることになるにもかかわらず、その耐震性能は、Bクラスにとどめ置かれたままである。

   オ 計器類の改良不足

 

     福島第一原子力発電所事故では、原子炉内の温度計、水位計、圧力計等がメルトダウンの過酷な条件に耐えられず故障し、運転員が炉内の状況を正確に把握できなかったため、大混乱を招いたし、その後の原因究明に当たっても大きな支障になっている。そうすると、今後原発を運転するためには、炉心が損傷する過酷な条件下でも、故障しないで正確な情報を伝える計器類の改良が不可欠のはずである。しかし、新規制基準では、計器類に特段の要求はされていない。

   カ 立地審査指針の欠如

     原子力安全委員会は、昭和39年5月27日、「原子炉立地審査指針及びその運用に関する判断のめやすについて」と題する決定をし(以下「立地審査指針」という、)、立地審査指針では、重大な事故の発生を仮定しても、周辺の公衆に放射線障害を与えないことを条件とし、過酷事故を超えるような技術的見地からは起こるとは考えられない事故の発生を仮想しても、周辺の公衆に著しい放射線災害を与えないことを条件とした。ところが、福島第一原子力発電所事故では、実効線量100mSvの等値線が敷地境界から20kmも30kmも離れた地点にまで及んでいる。これは、福島第一原子力発電所の設置許可に当たって仮想された事故が極端に小規模で、発電所の敷地外に放射線の被害が及ばないように計算された結果であったのである。これを踏まえれば、本件各原発についても、正確に事故を仮想すれば、その設置当初から、立地審査指針に不適合であったことは明らかである。しかも、新規制基準では、立地審査指針が排除されており、立地審査指針に適合しない状況であるからこそ、排除されたものであって、極めて不当である。

 (2)債務者の主張

   ア 新規制基準の合理性

     新規制基準は、その制定に当たって、原子力規制委員会下の3つの検封チームでの検討結果を踏まえたものである。これらのチームは、福島第一原子力発電所事故を受けて設置されたものであるし、各チームの会合には、原子力規制委員会担当委員や多様な学問分野の外部専門家らが出席し、それぞれ約8か月間にわたる会合において議論が重ねられ、その上、意見公募手続(パブリックコメント)が2度にわたって行われた。したがって、新規制基準は、現在の最新の知見を集合した知的信用度の高いものである。

     新規制基準における基準地震動の策定方法の基本的な枠組みは変更されなかったが、地震動の大きさに影響を与えるパラメータについては、慎重な検討を求め、耐震重要度分類の要求自体は、従前の規制と変わっていないが、津波防護施設の分類上の重要度が向上した。津波対策については、基準津波の策定を要求する点で従前の規制と変更があった。ほかに、竜巻の想定、テロ対策について、改良された。債務者は、これらの新規制基準に基づく規制に、本件各原発が合致していることを確認した。

   イ 共通要因故障防止の指針

     新規制基準にいう「単一故障」とは、単一の原因によって—つの機器が所定の安全機能を失うことであるが、単に一つの機器だけの故障を想定しているのではなく、例えば、外部電源が喪失した場合において、非常用ディーゼル発電機が故障し、同発電機から電力の供給を受けるECCSの電動ポンプが全て機能を喪失してしまう事態といった、従属要因による多重故障を含むものである。

   ウ 外部電源の重要度は不合理に低くないこと

     新規制基準においては、原子力発電所の安全性を確保するために重要な役割を果たす「安全上重要な設備」について、発電所の通常運転に必要な設備に比べて格段に高い信頼性を持たせることにより、安全性を確保している。安全上重要な設備については、全て、耐震重要度最上位の設備として位置づけられている。地震時に原子炉の安全性を確保するために必要な電力の供給は、外部電源ではなく、非常用ディーゼル発電機が担うこととされており、債務者は、本件各原発の非常用ディーゼル発電機について、安全上重要な設備として耐震安全性を確認した。

   エ 使用済み燃料ピットの防護が十分であること

     使用済み燃料は、冠水さえしていれば崩壊熱は十分除去され、燃料被覆管の損傷に至ることはなく、その健全性が維持されることから、使用済み燃料ピットからの周辺環境への放射性物質の放出を防止するためには、冠水状態を保つことで十分である。そのため、使用済み燃料を原子炉格納容器のような堅固な施設に閉じ込める必要はないが、債務者は、使用済み燃料ピットの給水設偏については、安全上重要な設備として耐震安全性を確認した。

   オ 計器類について十分な保護が与えられていること

     新規制基準では、炉心の著しい損傷等の際に、原子炉の状態を把握するために必要となるパラメータ(1次冷却材の温度・圧力、加圧器の水位等)を計測する計装設備が、事故時における温度、放射線、荷重等の使用条件においてその事故に対処するために必要な機能を有効に発揮するものであることが求められている(設置許可基準規則43条1項1号)。よって、新規制基準において、「計器類に特段の要求はされていない」との債権者らの主張は誤りである。

   カ 立地審査指針に係る反論

     そもそも、福島第一原子力発電所事故は、同発電所の自然的立地条件に係る安全確保対策(具体的には、津波に関する想定である。)が不十分であったために、同発電所の「安全上重要な設備」に共通要因故障が生じ、放射性物質が異常放出される事態に至ったものである。新規制基準は、福島第一原子力発電所事故を踏まえて策定されており、したがって、福島第一原子力発電所事故と同様の事態が生じることを当然の前提とする債権者らの主張は合理的ではない。

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