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#014 ニカラグア事件(本案)国際司法裁判所判決について  2015.7.13

 本日平成27年7月13日の衆院「平和安全特別委員会」で民主党の横路孝弘議員がニカラグア事件の例をもとに集団的自衛権について質問していたので、本事件に関する国際司法裁判所(ICJ)の判決及びその解説を「ノート」として掲載する。

 論点は「武力不行使原則と集団的自衛権」である。

 

 

◉ ニカラグア事件とは

 ニカラグア事件は、ニカラグアに対する軍事行動などの違法性を主張し、1984年4月9日にニカラグアが違法性の宣言や損害賠償などを求め、国際司法裁判所(ICJ)にアメリカ合衆国を提訴した国際紛争。

 1986年6月27日に本案判決が下され、ICJはアメリカの行動の違法性を認定したが、アメリカは拒否権を行使、判決履行を求める安保理決議案を2度にわたり否決、また国連総会も4回にわたり判決履行勧告決議を行ったが、結局アメリカの賠償がないままニカラグアの請求取り下げを受けてICJは1991年9月26日に裁判終了を宣言した。
 国家間の武力紛争の合法性が裁判の場で争われることは稀であり、中でも本件のICJ判決は国際法上の集団的自衛権行使のための要件や武力行使禁止原則の内容について初めて本格的な判断がなされたリーディングケースといえる判例。

 


 1986年6月27日 国際司法裁判所判決

 

 Case Concerning Military and Paramilitary Activities in andagainst Nicaragua(Nicaragua v. United States of America). Judgment(Merits),

 

 

■■■■■■■■■■■■■ 事実の概要 ■■■■■■■■■■■■■ 

 

(1) 背景 

 

 1979年7月,ニカラグアのサンディニスタ民族解放戦線はソモサ独裁政権を打倒した。アメリカのレーガン政権は,サンディニスタ政権が隣国の反政府ゲリラに武器供与その他の支援を行っていることを理由にニカラグアの反政府武装集団(コントラ)を支援するようになった。ニカラグアにれば,コントラは,アメリカの実効的支配の下にニカラグアに対し多大の物的損害と人的損失を負わせたほか,アメリカ自身,自ら雇用した要員(UCLA)を用いてニカラグアの港湾に機雷を敷設し,また港湾・石油施設・海軍基地などを攻撃したとされる。アメリカは集団的自衛権の行使であるとして自己の行為を正当化した。

 

(2) ニカラグアの提訴 

 

 ニカラグアは,1984年4月4日にこれらの行為を非難する決議案を国連安保理に提出したが,アメリカの拒否権によって阻まれたため,同月9日に両国の選択条項受諾宣言(その後1956年の友好通商航海条約を追加)に基づき本件をICJに提訴し,アメリカによる国際法違反(武力行使,主権侵害,内政干渉など),その即時中止,ニカラグアに対する賠償支払義務の存在を宣言するよう求めた。

 

(3) 管轄権・受理可能性判決とアメリカの本案不参加

 

 ニカラグアによるICJ提訴に対して,アメリカは管轄権と受理可能性を争ったが,裁判所は1984年11月の判決においてそれらをすべて退け,管轄権の存在を認定した(これを受けてアメリカは,1956年条約を終了させ,選択条項受諾宣言を撤回すると共に本案への不参加を表明した。

 しかし裁判所は,ノッテボーム・ルールに従って裁判を継続し、以下のような判決を下した。

 

 ①  アメリカの多数国間条約留保(多数国間条約の下で生ずる紛争は裁判の影響を受けるすべての条約当事国が訴訟当事者とならない限り管轄権から除外)を適用する。

 ②アメリカの集団的自衛による正当化は棄却する。

 ③アメリカはコントラヘの訓練,武器供与,財政支援等により,ニカラグアとの関係で,慣習法上の不干渉義務に違反した。

 ④アメリカはニカラグア領域への攻撃および上記③の干渉行為のうち武力行使を伴うものにより,慣習法上の武力不行使義務に違反した。

 ⑤アメリカは慣習法上の義務の違反によりニカラグアに与えたすべての侵害につき賠償の義務を負う。

 

 ※ ノッテボーム・ルール :有効な提訴があり裁判所に係属されれば、後の失効等により裁判は影響を受けないとするもの。

 

■■■■■■■■■■■■■ 判  旨 ■■■■■■■■■■■■■

 

(ⅰ)事実認定

 

 ① アメリカの行為

 

   ニカラグアの港湾等への機雷の敷設は,アメリカの大統領が許可し,同国の機関によって雇用され指示を受けた要員(UCLA)によって,同国の政府職員の監督と兵站支援の下に行われた。石油パイプラインの爆破や海軍基地の攻撃,石油施設の攻撃も,アメリカの政府職員が作戦の立案,指揮,支援,実施に参加しUCLAによって現実に実施されたもので,アメリカに帰属する(paras.80,81,85,86)。 

   一部のニカラグア上空飛行もアメリカに帰属する(para.91)。コントラが単独で実施した行為については,アメリカの援助の停止後もコントラの活動は続いており,完全な支配従属関係(complete dependence)には至っておらず,ましてコントラボ軍をアメリカ軍と同視できない(para.110)。アメリカのコントラに対する支配の程度については,コントラヘの資金援助,その組織構築,訓練,活動全体の立案等はあるが,コントラの行為をアメリカに帰属させるには不十分である。そのためには,原則として「その過程で違反が行われた軍事的・準軍事的活動に実動的支配を及ぼしている」ことが証明されなければならない(para 115)。もっともアメリカは,コントラの活動に関連して,自己自身の行為として,「ゲリラ戦の心理作戦」などのマニュアルをコントラに供与した(para.122)。

 

 ② ニカラグアの行為

 

   1979年7月から1981年初頭にかけてニカラグア領域を経由したエルサルバドルの反政府武装集団への断続的な武器の流入があったが,それらの流入についてニカラグアが責任を有するとの十分な証拠はない(para.160)。

 

(ⅱ) 適用法

 

  アメリカは,慣習法は国連憲章に包摂され取って代わられたと主張するが,両者は完全に同一ではなく,慣習法は別途存続している。たとえ内容が同一であっても両者はそれぞれ独立に適用されるのであって,多数国間条約留保の下においても慣習法を適用することはできる。

  アメリカは,両国の関係は条約によって規律されるにも拘らず(慣習法を適用すれば)それとは異なる基準で裁判することになると主張するが,憲章は慣習法とさほど異なってはおらず,両者は共通の基本原則から生じたものである(paras.173-181)。

 

 ① 武力不行使 

 

   両国は国連憲章の武力不行使原則が慣習法上の同原則と本質において対応しているとの点で一致している。慣習法としての法的確信は,友好関係宣言等に対する諸国の態度から導かれる。「最も重大な形態の武力行使」である武力攻撃と,「より重大でない形態の武力行使」を区別する必要があり,友好関係宣言には後者の例が列挙される(paras.187-19)

 

 ② 自衛権

 

   国連憲章51条の文言や友好関係宣言の規定から,個別的自衛権と集団的自衛権は慣習法上の権利である(para.193)。自衛権行使の要件である武力攻撃には,正規軍の越境攻撃のほか,それに相当する重大な武力行為を他国に対して実施する武装集団等の派遣(「侵略の定義」決議3条(g)が含まれる(para.195)。武器供与や兵站支援は武力攻撃には該当しないが,武力行使や干渉に該当することがある(para.195)。慣習法上,攻撃を受けた旨の武力攻撃の犠牲国による宣言と,犠牲国による要請が,集団的自衛権行使の要件である(paras.195-199)

 

 ③ 不干渉原則

 

   不干渉原則は慣習法であり,主権平等原則のコロラリーでもある(para.202)。政治,経済その他の体制の自由な選択に対して強制を加えることは違法な干渉となる(para、205)。他国の反政府勢力に対する干渉事例は多いが,諸国は新たな干渉権を主張することで正当化してはおらず,一般的干渉権はない(paras.206-209)。武力攻撃に至らないが武力行使を含む干渉に対して(被害国が)武力で対応できるかの問題は,本件の解決に必須ではない。現行国際法上,武力攻撃でない行為への集団的な武力対応の権利は存在しない(paras.210-211)。

 

(ⅲ) 適用法による事実の評価

 

 ① アメリカによるニカラグアの領水への機雷敷設と同国の港湾,石油施設,海軍基地への攻撃は,武力行使禁止原則に違反す(para.227)。コントラとの関係では,武器供与や訓練は武力の行使・武力による威嚇となるが,資金供与は干渉とはなっても武力行使とはならない(para.228)。

 ②  アメリカの行為が集団的自衛権で正当化できるかについては,エルサルバドル,ホンジュラス,コスタリカのいずれとの関係でも,武力攻撃,攻撃を受けた旨の宣言,援助の要請,必要性,均衡性の要件が(十分に満たされてはいない(paras.229-238)。

 ③  アメリカのコントラヘの資金援助,訓練,武器供与等は不干渉原則に明白に違反する(para.242)。武力攻撃に至らない武力行使に対しては,武力行使を含む集団的対抗措置はとることができない。その場含に被害国による「均衡のとれた対抗措置」は可能であるが,第三国による対抗措置は認められない(para.248)。

 ④  コントラの人道法違反の行為はアメリカに帰属しないが,アメリカによる心理戦マニュアルの配布は,人道法違反を奨励しない義務に違反する(paras.254-256)。

 

■■■■■■■■■■■■■ 解 説 ■■■■■■■■■■■■■

 

 1 慣習法上の武力不行使原則および自衛権

 

   武力行使を伴う紛争がICJに係属することは本件までは稀であった。本判決は,武力行使に係わるさまざまな国際法規則の内容を明らかにしようとしたリーディング・ケースであり,その後のICJの判決・勧告的意見も基本的に本判決の内容を踏襲している。本件では,アメリカによる多数国間条約留保のため,国連憲章等の多数国間条約に依拠して判断を下すことができず,結果として慣習法上の武力不行使原則や集団的自衛権の内容を明らかにすることとなった。しかし、慣習法の認定に当たって,これらの規則に関する法的信念を明らかにするため,「友好関係宣言」や「侵略の定義」などの国連総会決議等に大きく依拠した点には批判がある。他方,国家実行については,規則と異なる実行の存在を単なる違反として処理した(para186)。慣習法上の自衛権と国連憲章上の自衛権の関係については長らく学説上争われてきたが,裁判所は,慣習法上の自衛権の発動にも武力攻撃が要件であると判示した。もっとも,急迫した武力攻撃に対しても自衛権を行使できるかについては,本件の争点ではないとして判断を回避し,将来に含みを残した(para.194)。

 

2 武力攻撃と武力攻撃に至らない武力行使

 

  本判決は,武力行使を「最も重大な形態の武力行使(=武力攻撃)と「より重大でない形態の武力行使」(武力攻撃に至らない武力行使)に分け,自衛権の行使は前者の場合に限られるとした。他方,より重大でない武力行使は,「武力攻撃」ではないため自衛権を行使することはできないが,違法な干渉」には該当するため「均衡のとれた対抗措置(proportionate counter-measures)」をとることはできるとした。いかなる対抗措置(とりわけ武力を伴う対抗措置)が可能かに関しては,裁判所が判断を回避したため,武力を伴う対抗措置も可能とする説と武力を伴う対抗措置は認められないとする説が対立するが,本判決も依拠する友好関係宣言が武力復仇は禁止される旨を規定していることなどからも,前者の説には困難があるといわねばならない。なお、武力行使の概念に関し,裁判所は,友好関係宣言に依拠しつつ,国家が自ら武力を行使する場合以外にも,叛徒への訓練や武器供与も「武力行使」に該当するとする一方で,叛徒に対する資金援助は「武力行使」には該当しないものの「干渉」には該当するとしたが,いかなる根拠によるのかの説得的な説明が必要であろう。

 

3 非国家主体の行為の国家への帰属

 

  アメリカによる支援を受けたコントラが国際人道法違反の行為を行ったことから,アメリカがこの行為に責任を負うかが問題となり、非国家主体(コントラ)の行為(人道法違反)の国家(アメリカ)への帰属が争われた。裁判所は,非国家主体の個々の行為の国家への帰属について「実物的支配(effedive control)」という基準を示し,この基準に照らしてコントラの行為はアメリカに帰属しないとした。旧ユーゴ国際刑事裁判所(ICTY)は,1999年のタジッチ事件判決(上訴裁判部・本案)において,この点について「全般的支配(overall control)」という異なった基準を示したが,ICJは2007年のジェノサイド条約適用事件本案判決(本書62事件・101事件)においてタジッチ事件判決を批判している。

 

4 非国家主体と自衛権

 

  ICJは2004年のパレスチナの壁事件勧告的意見(本書109事件)において,憲章51条は「一国による他国に対する武力攻撃」の場合における自衛権の存在を認めていると述べたが,ヒギンズ判事は,個別意見において,国家による武力攻撃の場合への限定は51条の文言にはなく,ニカラグア事件判決に由来するものであるとして批判している。しかしICJは,2005年のコンゴ・ウガンダ事件判決(本書112事件)においても,ニカラグア事件判決を踏襲し,「侵略の定義」3条(g)に照らして叛徒ADFの行為はコンゴ(DRC)に帰属しないと述べて,ウガンダによるコンゴに対する自衛権の行使という主張を退けている。

 

5 集団的自衛権の概念と要件

 

  学説上,集団的自衛権については,

①  個別的自衛権の共同行使であるとする説(バウェット),

②  他国を防衛する権利であるとする説(ケルゼン),

③ 他国への攻撃にかかる自国の死活的利益を防衛する権利であるとする説(H.ラウターパハト)

が主張されてきたが,裁判所は,基本的に②の説に立つと共に集団的自衛権の行使には,個別的自衛権と共通の要件に加えて,

 ⓐ直接攻撃を受けた国によるその旨の宣言と,

 ⓑ同国による要請が必要であるとした。

 裁判所は,そのような手続的要件の存在を示すために米州相互援助条約3条2頂に言及するのみで,慣習法の存在の証明として十分とはいい難いが,集団的自衛権の濫用防止の観点からは評価すべきであるし,一般にそのような実行も存在する。なお裁判所は,武力攻撃に至らない事態における第三国による(集団的自衛権類似の)集団的干渉権(特に武力を伴うもの)の存在を否定した。

 

●参考文献

 

 波多野里望=尾崎重義編著『国際司法裁判所判決と意見(2)』[1996]247頁以下〔広部和也〕,杉原高嶺・国際89巻1号53頁以下;Harold G, Maier(ed.),“Appraisals of the ICJ's Decision:Nicaragua v. United States (Merits)," AJIL,vol.81(1987),pp.77-183. 

 

※ 出典:浅田正彦「武力不行使原則と集団的自衛権」(小寺彰・森川幸一・西村弓編『別冊Jurist 国際法凡例百選[第2版]』有斐閣 pp.216-7)