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#078 伊方原発3号機運転差止

仮処分命令申立却下決定即時抗告事件

広島高裁決定文(全文)

2017.12.13

平成29年(ラ)第63号伊方原発3号機運転差止仮処分命令中立(第1事件、第2事件)却下決定に対する即時抗告事件(原審・広島地方裁判所平成28年(ヨ)第38号同年同(ヨ)109号)

 

           決     定

          別紙当事者目録記載のとおり

           主     文

 

   1 原決定を次のとおり変更する。

    (1) 相手方は、平成30年9月30日まで、愛媛県西宇和郡伊方町九町字コチワキ3番耕地40番地の3において、伊方発電所3号機の原子炉を運転してはならない。

    (2) 抗告人らのその余の申立てをいずれも却下する。

   2 手続費用は、原審及び当審を通じ、各自の負担とする。

 

           埋     由

 

第1 申立

 

 l 抗告人ら

 

  (1) 原決定を取り消す、

  (2) 相手方は、愛媛県西宇和郡伊方町九町字コチワキ3番耕地40番地の3において、伊方発電所3号機の原子炉を運転してはならない。

  (3)手続費用は、原審及び当審を通じ、相手方の負担とする。

 

 2 相手方

 

  (1) 本件抗告を棄却する。

  (2) 抗告費用は抗告人らの負担とする。

 

第2 事案の概要

 

 1 申立ての要旨等

 

   本件は、抗告人らにおいて、相手方が設置運転している発電用原子炉施設である伊方発電所(以下「本件発電所」という。)3号炉(以下「本件原子炉」という。)及びその附属施設(本件原子炉とまとめて以下「本件原子炉施設」という。)は、地震、火山の噴火、津波等に対する安全性が十分でないために、これらに起因する過酷事故を生じる可能性が高く、そのような事故が起これば外部に大量の放射性物質が放出されて抗告人らの生命、身体、精神及び生活の平穏等に重大かつ深刻な被害が発生するおそれがあるとして、相手方に対し、人格権に基づく妨害予防請求権に基づき、本件原子炉の運転の差止めを命じる仮処分を申し立てた事案である。

   原審は、上記事象によって、本件原子炉施設から放射性物質が外部に放出される事故が発生し、抗告人らの生命、身体に危険が生じるおそれがあるとは認められないとして、抗告人らの本件仮処分命令の申立てをいずれも却下したところ、抗告人らが即時抗告した、

 

 2 前提事実(争いのない事実又は疎明資料等により容易に認定できる事実

 

(特に認定根拠を掲記しないものは、争いがないか、審尋の全趣旨により容易に認定できる事実である)。また、略称されている文献の表題等は、原決定別紙文献等目録のほか、別紙文献等目録(当審追加分)のとおりである。)

 

  1. 当事者原決定の「理由」中「第2 事案の概要」の2(1)記載のとおりであるから、これを引用する。

  (2) 本件発電所の概要等

    原決定の「理由」中「第2 事案の概要』の2(2)記載のとおりであるから、これを引用する。

  (3) 原子力発電所の仕組み

    原決定の「埋由」中「第2 事案の概要」の2(3)記裁のとおりであるから、これを引用する。

  (4) 本件原子炉施設の基本構成

    原決定の「理由」中「第2 事案の概要」の2(4)記載のとおりであるから、これを引用する。

  (5) 本件原子炉における耐震設計(2011年東北地方太平洋沖地震まで)

   ア 従来、原子力安全委員会は、発電用原子炉施設の耐震設計に関する安全審査を行うに当たり、昭和53年11月8日付け決定に基づき、同年9月29日に原子力委員会が安全審査の経験をふまえ、地震学、地質学等の知見をエ学的に判断して策定した「発電用原子炉施設に関する耐震設計審査指針」を用いてきた。

      そして、原子力安全委員会は、昭和56年6月12日付けで原子炉安全基準専門部会から提出のあった報告書の内容を検討した結果、その当時における新たな知見として建築基準法に取り入れられた静的地震力(時間とともに変化する地震力(動的な力)を時間的に変化しない力(静的な力)に置き換えて耐震設計を行う際に用いる地震力)の算定法等について見直しを行うこととし、同年7月20日付けで、上記指針に代わるものとして、「発電用原子炉電設に関する耐震設計審査指針について」(乙19、ただし、平成18年に改訂される前のもの、以下「耐震指針」という。)によるべき旨を決定した。旧耐震指針は、平成13年3月に一部改訂された、

      旧耐震指針においては、「発電用原子炉施設は想定されるいかなる地震力に対してもこれが大きな事故の誘因とならないよう十分な耐震性を有していなければならない」とされ、過去の地震から見て原子炉施設の敷地に影響を与えるおそれのある地震及び近い将来敷地に影響を与えるおそれのある活動度の高い活断層による地震のうち、最も影響の大きいものを、工学的見地から起こることを予期することが適当と考えられる地震として「設計用最強地震(SI)」を設定すること、また、敷地周辺の活断層の性質、地震地体構造及び直下地震を考慮し、設計用最強地震を超える地震の発生が地震学的見地から否定できない場合には、これを「設計用限界地震(S2)」として設定することが求められていた。そして、「基準地震動S2には直下地震によるものもこれに含む」と規定され、その直下地震の規模(気象庁マグニチュード(以下「M」と表記する。)=6.5)が規定されていた。

      相手方は、本件原子炉を新設するに当たり、旧耐震指針に基づいて耐震設計を行い、設計用最強地震によってもたらされる地震動を基準地震動SI(最大加速度221ガル(加速度の単位で、lガル=1秒当たり1cm/秒の速度変化))とし、設計用限界地震によってもたらされる地震動を基準値震動S2(最大加速度473ガル)と策定した。

   イ その後、平成7年兵庫県南部地震の検証を通じて、断層の活動様式、地震動特性、構造物の耐震性等に係る更なる知見が得られたことを踏まえ、原子力安全委員会は、平成13年7月に耐震指針検討分科会を設置し、5年以上の調査審議を経て、平成18年9月19日、旧耐震指針の策定以降の地震学及び地震工学に関する新たな知見の蓄積並ぴに発電用軽水炉施設の耐震設計技術の改良及び進歩を反映し、旧耐震指針を全面的に見直した結果として、「発電用原子炉施設に関する耐震設計審査指針」(乙21、以下「改訂耐震指針」という。)によるべき旨を決定した。

      改訂耐震指針においては、基準地震動を基準地震動Ssに一本化することとし、これが「施設の供用期間中に極めてまれではあるが発生する可能性があり、施設に大きな影響を与えるおそれがあると想定することが適切な地震動」と定義された(旧耐震指針の基本方針である「想定されるいかなる地震力に対してもこれが大きな事故の誘因とならないよう十分な耐震性を有していなければならない」との規定が耐震設計に求めていたものと同等の考え方であるとされている。)。

      そして、①詳細な調査を適切に実施することを前提とした「敷地ごとに震源を特定して策定する地震動」を策定すること(敷地に大きな影響を与えると予想される地震を複数選定し、それぞれの地震ごとに「応答スペクトルに基づく地震動評価」及び「断層モデルを用いた手法による地震動評価」を実施して、耐震設計の基準として用いる地震動を策定すること)を規定した上で、②敷地近傍の地震に対する備えに万全を期すとの観点から、i「震源を特定せず策定する地震動」を別途策定すること(震源と活断層を関連付けることが困難な過去の内陸地殻内の地震について得られた震源近傍における観測記録を収集し、これらを基に敷地の地盤物性を加味して地震動を設定すること)を規定し、ⅱ旧耐震指針の「直下地震M6.5」という地震規模による設定を廃止した。

      なお、上記「応答スペクトル」「応答スペクトルに基づく地震動評価」「断層モデルを用いた手法による地震動評価」の意義は、以下のとおりである。

      「応答スペクトル」とは、様々な周期(振動が1往復する時間)の揺れを含む地震動が、色々な固有周期(構造物毎の揺れの周期であり、構造物は固有周期に等しい周期の地震動を受けると揺れが著しく増大する(共振))を持つ構造物にどれだけの揺れ(応答)をもたらすかを示すために、評価地点における地震動の周期毎の変位の最大応答値を算出し、横軸に周期を、縦軸に最大応答値を取ってグラフ化したものであり(トリパタイトグラフ)、応答値としては、加速度、速度、変位があるが、強震動予測においては加速度の応答スペクトルを指すことが多い。

      「応答スペクトルに基づく地震動評価」とは、地震のマグニチュードと震源又は震源断層からの距離の関係で地震動特性を評価する手法であり、「地震のマグニチュード」や「震源からの距離」などを距離減衰式に入力すると、震源からの距離に応じて、「地震の揺れ」や「震度」を計算することができる。距離減衰式は、地震の揺れの強さと震源からの距離との関係を式に表したもので、過去の多くの地震データの統計的処理によって得られるものであり(後記の耐専式もその一つ)、距離は、断層最短距離や等価震源距離などが用いられる。これにより地震基盤(①)における応答スペクトルを求め、解放基盤表面(②)までの地盤特性を考慮した補正(増幅や卓越周期(揺れの周期の特性))をすることで解放基盤表面での応答スペクトルが求められる。なお、①地震基盤とは、S波(地盤中を伝わる2種類の弾性波のうち波の進行方向と振動方向が直角をなす波で、横波、せん断波とも呼ばれる。これに対し、波の進行方向と振動方向が同じ波をP波といい、縦波、疎密波とも呼ばれる。)速度Vsが3km/秒程度以上の層で、地震波が地盤の影響を大きく受けない基盤をいい、②解放基盤表面とは、基準地震動を策定するために、基盤面上の表層及び構造物が無いものとして仮想的に設定する自由表面であって、著しい高低差がなく、ほぼ水平で相当な拡がりを持って想定される基盤(おおむねVs=700m/秒以上の硬質地盤であって、著しい風化を受けていないもの。)の表面をいう。

      「断層モデルを用いた手法による地震動評価」とは、震源断層面を設定し、その震源断層面にアスペリティ(断層面上で通常は強く固着していて、ある時に急激にすべって地震波を出す領域のうち、周囲に比べて特にすべり量が大きく強い地震波を出す領域であり、強震動生成域(SMGA、Strong Motion Generation Areaの略)とほぼ一致する。)を配置し、ある一点の破壊開始点から、これが次第に破壊し、揺れが伝わっていく様子を解析することにより地震動を計算する評価手法である。伝播特性を評価するに当たっては、グリーン関数(物理の分野において、震源に単位の力が作用したときの観測点での応答であり、地下構造の影響がすべて含まれている。)が用いられる。これにより、評価地点における地盤の揺れを表す時刻歴波形(地震波の到達によって起こされた評価地点での地震動が時間の経過とともに生じる変化を表したもので、変化の指標として、加速度、速度、変位があるが、強震動予測においては、加速度の時間変化を指すことが多い。)や応答スペクトルなどを求めることができる。

 

   ウ 原子力安全・保安院は、平成18年9月20日、原子力事業者に対し、稼働中又は建設中の発電用原子炉施設等につき、改訂耐震指針に照らした耐震安全性評価(以下「耐震バックチェック」という。)の実施と、そのための実施計画の作成を求めた(甲C10)、これを受けて、相手方は、改訂耐震指針に基づき、敷地ごとに震源を特定して策定する地震動のうち、応答スペクトルに基づく地震動評価において求めた検討対象地震による地震動の応答スペクトルを包絡させるなどして設定した設計用応答スペクトルを基に基準地震動Ss-1(最大加速度570ガル)を策定し、断層モデルを用いた地震動評価の結果、基準地震動Ss-1の応答スペクトルを一部の周期で超えた地震動を基準地震動Ss-2(最大加適度413ガル)として策定した。なお、相手方は、震源を特定せず策定する地震動については、全ての周期において基準地震勣Ss-1の応答スペクトルに包絡されるとして、基準地震動として設定しなかった。

   エ 基準地震動の超過事例

      一般に、地震による地盤の揺れ(地震動)は、①震源においてどのような破壊が起こったか(震源特性)、②生じた地震波がどのように伝わってきたか(伝播特性)、③対象地点近傍の地盤構造によって地震波がどのような影響を受けたか(増幅特性ないしサイト特性)という3つの特性によって決定されると考えられている。すなわち、①震源特性は、どの程度の大きさの震源がどのように破壊したかといった時間的・空間的な特徴が要因となり、放射される地震波に大きな影響を与える。次に、②震原から放射された地震波は、固い地殻の中を様々な経路をたどって対象地点の近傍に到来し、たどった経略に固有の特性が伝播特性として地震動に反映される。そして、③対象地点近傍で地震波が柔らかい地層に入射すると、地震波は一般には増幅されて大きな地震動となるが、この増幅特性は、地盤の構成や構遣によって異なるとされている、これらの特性は、全国一率なものではなく、発電用原子炉施設の敷地及び敷地周辺の地盤等によって異なるものであることから、地貿調査、地震観測及び地震探査等により、地域的な特性についても十分調査する必要がある。

      ところで、上記耐震指針改訂頃から、後記東北地方太平洋沖地震までの間に、以下のとおり基準地震動を超過する地震が発生した(以下「超過事例①」などという。)が、その要因については、以下のとおり分析されている、

     ① 平成17年8月16日に発生した宮城県沖地震(宮城県沖で発生したM7.2のプレート間地震)では、東北電力株式会社(以下「東北電力」という。)女川原子力発電所(以下「女川原発」という。)において、はぎとり波(地震による岩盤中の解析記録から上部地盤の影響を取り除いた開放基盤表面における地震動)の応答スペクトルが、一部の周期で基準地震動S2(375ガル)を超えていることが確認された。東北電力は、その要因について、短周期成分の卓越が顕著であるという、宮城県沖近海のプレート境界に発生する地震の地域的な特性(震源特性)によるのであるとしている(乙24)。

     ② 平成19年3月25日に発生した能登半島地震(M6.9の内陸地殻内地震)では、北陸電力株式会社志賀原子力発電所において、はぎとり波の応答スペクトルが一部の周期で基準地震動S2(490ガル)を超えている(観測記録のピークは周期0.6秒付近)ことが確認された、北陸電力株式会社は、その要因について、敷地地盤の増幅特性によるものであるとしている(乙26)。

     ③ 平成19年7月16日に発生した新潟県中越沖地震(M6.8の内陸地殻内地震)では、東京電力株式会社(以下「東京電力」という。)柏崎刈羽原子力発電所(以下「柏崎刈羽原発」という。)において、応答スペクトルが基準地震動S2(450ガル)を大きく超えていることが確認された。その要因については、ⅰ同じ地震規模の地震に比して随員素レベルが1.5倍と大きかったこと(震源特性)、ⅱ地下深部地盤の不整形性の影響で地震動が増幅したこと(伝播特性)、ⅲ発電所地下にある古い褶曲構造のために地震動が増幅したこと(増幅特性)によるものであるとされている(甲D306、甲F97、乙25)。

     ④ 平成23年3月11日の東北地方太平洋沖地震(日本海溝で発生したM9.0のプレート間地震、震源特性は①と同じ)では、東京電力福島第一原子力発電所及び福島第二原子力発電所(以下「福島第一原発」「福島第二原発」という。)において、応答スペクトルが基準地震動Ss(600ガル)を超えていることが確認された。

     ⑤ 平成23年3月11日の東北地方太平洋沖地震(日本海溝で発生したM9.0のプレート間地震、震源特性は①と同じ)では、東北電力女川原発において、はぎとり波の応答スペクトルが一部の周期で基準地震動Ss(580ガル)を超えていることが確認された(乙28、30)。

  (6) 2011年東北地方太平洋沖地震及び東京電力福島第一原発における事故

    平成23年3月11日、2011年東北地方太平洋沖地震(以下「東北地方太字洋沖地震』という。)が発生した。同地震は、三陸沖の太平洋海底を震源とする海溝型のプレート間地震(モーメントマグニチュード(以下「Mw」と表記する。)9.0)であった。

    その当時、東京電力福島第一原発には、いずれも沸騰水型軽水炉である発電用原子炉1号機ないし6号機が設置されていた。当時運転中であった福島第一原発1~3号機は、原子炉が正常に自動停止したが、地震による送電鉄塔の倒壊などにより外部電源喪失状態となった。そして、福島第一原発1~5号機においては、非常用ディーゼル発電機、配電盤、蓄電池等の電気設備の多くが、海に近いタービン建屋等の1階及び地下階に設置されていたため、地震随伴事象として発生した津波という共通要因により、建屋の浸水とほとんど同時に機能を喪失した、これにより、全交流動力電源喪失(SBO、Station Blackoutの略)となり、交流電源を駆動電源として作動するポンブ等の注水・冷却設備が使用できない状態となった。直流電源が残った3号機においても、最終的にはバッテリーが枯渇したため、非常用ディーゼル発電機が水没を免れ、かつ、接続先の非常用電源盤も健全であった6号機から電力の融通が出来た5号機を除く、l~4号機において完全電源喪失の状態となった。また、海側に設置されていた冷却用のポンプ等も津波により全て機能喪失したために、原子炉内の残留熱や機器の使用により発生する熱を海水へ逃がす、最終ヒートシンク(UHS、Ultimate Heat Sinkの略。発電用原子炉施設において発生した熱を最終的に除去するために必要な熱の逃がし場)への熱の移送手段が喪失した。

    その結果、運転中であった1~3号機においては、冷却機能を失った原子炉の水位が低下し、炉心の露出から最終的には炉心溶融に至った。その過程で、燃料被覆管のジルコニウムと水が反応することなどにより大量の水素が発生し、格納容器を経て原子炉建屋に漏えいし、1・3号機の原子炉建屋で水素爆発が発生した。また、3号機で発生した水素が4号機の原子炉建屋に流入し、4号機の原子炉建屋においても水素爆発が発生した。また、2号機においては、ブローアウトパネル(原子炉建屋内の圧力が急上昇した場合に開放し、圧力を下げるためのバネル)が偶然開いたことから水素爆発には至らなかったものの、放射性物質が放出され、周辺の汚染を引き起こした、(福島第一原発において上記のとおり生じた一連の事象をまとめて以下「福島第一原発事故』という。甲C10、乙250)

    国際原子力機関(以下「IAEA」という。)は、「福島第一原子力発電所事故事務局長報告書」(平成27年8月、乙321)において、事故の原因等につき、「2011年3月11日の地震は、発電所の構造物、系統及び機器を揺り動かす地盤の振動を生じた、地震後に一連の津波が発生L、そのー波によってサイトが浸水した。記録された地盤の振動と津波の高さは、いずれも発電所が当初設計された時になされたハザードの仮定を大幅に上回った。」「(しかし)発電所の主要な安全施設が2011年3月11日の地震によって引き起こされた地盤振動の影響を受けたことを示す兆候はない。

    これは、日本における原子力発電所の耐震設計と建設に対する保守的なアプローチにより、発電所が十分な安全裕度を備えていたためであった。しかし、当初の設計上の考慮は、津波のような極端な外部洪水事象に対しては同等の安全裕度を設けていなかった。」と地震が事故の原因となったことを否定した上で、事故の経緯につき、安全を確保するために重要な3つの基本安全機能は、①核燃料の反応度の制御、②炉心と使用済燃料プールからの熱の除去、③放射性物質の閉じ込めであるところ、①は、「(地震の後)福島第一原子力発電所の6基全てで達成された」が、②は、「交流及び直流の電源系統のほとんどを喪失した結果、運転員が1、2及び3号機の原子炉と使用済燃料プールに対するほとんど全ての制御手段を奪われたため、維持することができなかった。第2の基本安全機能の喪失は、ひとつには原子炉圧力容器の減圧の遅れのために代替注水が実施できなかったことが原因であった。冷却の喪失が原子炉内の燃料の過熱と溶融につながった」ものであり、③についても、「交流及び直流電源の喪失により、冷却系が使用できなくなり、運転員が格納容器ベント系を使用することが困難となった結果として失われた。格納容器のベントは、圧力を緩和し格納容器の破損を防ぐために必要であった。運転員は、1号機と3号機のベントを行って原子炉格納容器の圧力を下げることができた。しかしこれは、環境への放射性物質の放出をもたらした。1号機と3号機の格納容器ベントは開いたが、1号機と3号機の原子炉格納容器は結局は破損した。2号機の格納容器のベントは成功せず、格納容器が破損し、放射性物質の放出をもたらした。」とまとめ、これを前提に、対策として、②につき、「設計基準状態及び設計基準を超える状態の双方で機能できる、頑強で信頼できる冷却系を残留熱の除去のために設ける必要」を、③につき、「環境への放射性物質の大規模放出を防ぐため、設計基準を超える事故に対する信頼できる閉じ込め機能を確保する必要」を提言し、後記新規制基準については、「地震及び津波等の外部事象の影響の再評価を含め、共通原因による全ての安全機能の同時喪失を防止するための対策を強化した。炉心損傷、格納容器損傷及び放射性物質の拡散に対する新たなシビアアクシデント対策も導入された。」と評価した上で、今後のさらなる課題として、「発電所が該当する設計基準を超える事故に耐える能力を確認し、発電所の設計の頑強性に高度の信頼を与えるため、包括的な確率論的及び決定論的安全解析が実施される必要がある。」「アクシデントマネジメント規定は、包括的で十分に計画され、最新のものである必要がある。同規定は、起因事象と発電所の状態の包括的な組合せを基に導かれる必要があり、複数ユニットの発電所では複数のユニットに影響する事故にも備える必要がある。」「訓練、演習及び実地訓練は、運転員が可能な限り十分な備えができるよう、想定されるシビアアクシデント状態を含める必要がある、これらの訓練は、シビアアクシデントマネジメントにおいて配備されるであろう実際の設備の模擬使用を含む必要がある。」と提言した。

    福島第一原発事故の結果、避難区域指定は福島県内の12市町村に及び、避難した人数は、平成23年8月29日の時点において、警戒区域(福島第一原発から半径20km圏)で約7万8000人、計画的避難区域(20km以遠で年間積算線量20mSv(実効線量(放射線の人体に与える影響の度合いを定量的に定義したもの)の単位)に達するおそれがある地域)で約1万10人、緊急時避難準備区域(半径20~30km圈で計画的避難区域及び屋内避難指示が解除された地域を除く地域)で約5万8510人、合計約14万6520人に達した(甲C10・331頁)。また、東京電力福島原子力発電所事故調査委員会法に基づいて設置された東京電力福島原子力発電所事故調査委員会(以下「国会事故調査会」という。)の謁査によれぱ、福島第一原発を中心とする半径20km圏内にある7つの病院には、事故当時、合計約850人の患者が入院しており、うち約400人が人工透析や痰の吸引を定期的に必要とするなどの重篤な症状を持つ、又はいわゆる寝たきりの状態にある患者であったところ、事故によって避難指示が発令された際、これらの病院の入院患者は近隣の住民や自治体から取り残され、それぞれの病院が独力で避難手段や受け入れ先の確保を行わなくてはならなかった。その結果、同年3月末までに死亡した者は、これらの病院及び介護老人保健施設の合計で少なくとも60人に上った(甲C10・357~358頁)。

  (7) ストレステストの実施

    原決定の「理由」中「第2 事案の概要」の2(7)記載のとおりであるから、これを引用する。

 

  (8) 福島第一原発事故を受けた規制の強化

   ア 原子力安全委員会及び原子力安全・保安院は、福島第一原発事故の発生を受け、以下のとおり、安全規制についての検討を行った(乙125、250)。

   (ア) 事故防止対策

    a 原子力安全委員会における検討

      原子力安全委員会においては、「原子力安全基準・指針専門部会」の下に設置された「安全設計審査指針等検討小委員会』において、安全規制に関する検討が行われた。

      当該小委員会は、平成23年7月15日から平成24年3月15日にかけて計13回にわたり開催され、その中で、福島第一原発が東北地方太平洋沖地震とその後の津波により全交流動力電源を喪失したことで、上述のような深刻な事態が生じたことから、福島第一原発事故から得られた教訓のうち、安全設計審査指針及び関連指針類に反映させるべき事項として、全交流動力電源喪失対策及び最終的な熱の逃がし場である最終ヒートシンク喪失(LUHS、Loss of Ultimate Heat Sinkの略。)対策を中心に検討が行われた。検討に当たっては、深層防護の考え方を安全確保の基本と位置づけ、IAEAやアメリカの規制動向及び諸外国における事例が参照された。

      上記深層防護とは、一般に、安全に対する脅威から人を守ることを目的として、ある目標を持った幾つかの障壁(防護レベル)を用意して、各々の障壁が独立して有効に機能することを求めるものである。

      IAEAの安全基準の一つである「原子力発電所の安全:設計」(SsR-2/1(Rev.1)、甲E11)では、深層防護の考え方を原子力発電所の設計に適用し、5つの異なる防護レベルにより構築している。

      第1の防護レベルは、通常運転状態からの逸脱と安全上重要な機器等の故障を防止することを目的として、品貿管理及び適切で実証された工学的手法に従って、発電所が健全でかつ保守的に立地、設計、建設、保守及び運転されることを要求するものである。

      第2の防護レベルは、発電所で運転期間中に予期される事象(設計上考慮することが適切な、原子炉施設の運転寿命までの間に、少なくともー度は発生することが予想される、通常の運転状態から逸脱した操作手順が発生する事象で、安全上重要な機器に重大な損傷を引き起こしたり、事故に至ったりするおそれがないもの、設置許可基準規則では「運転時の異常な過渡変化」と定義している。)が事故状態に拡大することを防止するために、通常運転状態からの逸脱を検知し、管理することを目的として、設計で特定の系統と仕組みを備えること、それらの有効性を安全解析により確認すること、さらに運転期間中に予期される事象を発生させる起因事象を防止するか、さもなければその影響を最小に留め、発電所を安全な状態に戻す運転手順の確立を要求するものである。

      第3の防護レベルは、運転期間中に予期される事象又は想定起因事象が拡大して前段のレベルで制御できず、また、設計基準事故に進展した場合において、固有の安全性及びエ学的な安全の仕組み又はその一方並びに手順により、事故を超える状態に拡大することを防止するとともに発電所を安全な状態に戻すことができることを要求するものである。

      第4の防護レベルは、第3の防護レベルでの対策が失敗した場合を想定し、事故の拡大を防止し、重大事故の影響を緩和することを要求するものである。重大事故等に対する安全上の目的は、時間的にも適用範囲においても限られた防護措置のみで対処可能とするとともに、敷地外の汚染を回避又は最小化することである。また、早期の放射性物質の放出又は大量の放射性物質の放出を引き起こす事故シーケンスの発生の可能性を十分に低くすることによって実質的に排除できることを要求するものである。

      第5の防護レベルは、重大事故に起因して発生しうる放射性物質の放出による影響を緩和することを目的として、十分な装備を備えた緊急時対応施設の整備と、所内と所外の緊急事態の対応に関する緊急時計画と緊急時手順の整偏が必要であるというものである。

    b 原子力安全・保安院における検討

      原子力安全・保安院は、事故の発生及び事故の進展について、当時までに判明している事実関係を基に、工学的な重点から、出東る限り深く整理・分析することにより、技術的知見を体系的に抽出し、主に設備・手順に係る必要な対策の方向性について検討することとした。

      そして、原子力安全・保安院は、福島第一原発事故の技術的知見に関する意見聴取会を設置し、平成23年10月24日から平成24年2月8日まで計8回にわたり開催され、原子力安全・保安院の分析や考え方に対する専門家の意見を聴きなから、検討を進めた。

      その結果、「東京電力株式会社福島第一原子力発電所事故の技術的知見について(平成24年3月原子力安全・保安院)」として、事故の発生及進展に関し、当時分かる範囲の事実関係を基に、今後の規制に反映すべきと考えられる事項として、30項目が取りまとめられた。

   (イ) 重大事故等対策

    a 原子力安全委員会等における検討

      重大事故等対策については、平成4年5月に原子力安全委員会において決定した「発電用軽水型原子炉施設におけるシビアアクシデント(設計基準事象を大幅に超える事象であって、安全設計の評価上想定された手段では適切な炉心の冷却又は反応度の制御ができない状態であり、その結果、炉心の重大な損傷に至る事象。)対策としてのアクシデントマネージメントについて」では、原子炉設置者が効果的なアクシデントマネージメント(AM)の自主的整備と万一の場合にこれを的確に実施できるようにすることが強く奨励されていた(深層防護の第4の防護レベル)。

      しかしながら、東北地方太平洋沖地震及びそれに伴って発生した津波により、福島第一原発で炉心損傷、原子炉格納容器の破損等に至ったことを受け、政府の作成した平成23年6月の「原子力安全に関するIAEA閣僚会議に対する日本国政府の報告書」では、AM対策を原子炉設置者による自主的な取組とすることを改め、これを法規制上の要求にするとともに、設計要求事項の見直しを行うことなど、シビアアクシデント対策に関する教訓が取りまとめられた、

      原子力安全委員会では、同年10月に「発電用軽水型原子炉施設におけるシビアアクシデント対策について」を決定し、上記の平成4年5月の原子力安全委員会決定を廃止するとともに、シビアアクシデントの発生防止、影響緩和に対して、規制上の要求や確認対象の範囲を拡大することを含めて安全確保策を強化すべきとした。同決定では、シビアアクシデント対策の具体的な方策及び施策について、原子力安全・保安院において検討するよう求めた。

    b 原子力安全・保安院における検討

      原子力安全・保安院では、平成24年3月の報告書「東京電力株式会社福島第一原子力発電所事故の技術的知見について」において、シビアアクシデント対策については、福島第一原発事故で発生しなかった事象も広く包含する体系的な検討を整理する必要があることを指摘したほか、今後の規制に反映すべき視点として、深層防護の考え方の徹底、シビアアクシデント対策の多様性・柔軟性・操作性、内的事象・外的事象を広く包含したシビアアクシデント対策の必要性、安全規制の国際的整合性の向上と安全性の継続的改善の重要性が掲げられた。

      また、原子力安全・保安院では、平成24年2月から8月にかけて、シビアアクシデント対策規制の基本的考え方に関する整理を行った。その過程において、「発電用軽水型原子炉施設におけるシビアアクシデント対策規制の基本的考え方に係る意見聴取会」を7回開催し、専門家や原子炉設置者からの意見を聴取した、また、基本的考え方に関する整理に当たっては、まず、原子力安全・保安院及び関係機関がこれまでに検討していたシビアアクシデントに関する知見、海外の規制情報、福島第一原発事故の技術的知見などを踏まえて、技術面でのシビアアクシデント対策の基本的考え方を検討・整理し、「発電用軽水型原子炉施設におけるシビアアクシデント対策規制の基本的考え方について(現時点での検討状況)」を報告書として取りまとめた。

      もっとも、上記報告書は検討過程としての側面を有しており、用語や概念の厳密な整理にはまだ完全ではない点が残っていたため、シビアアクシデント対策規制については、今後、新たに設置される原子力規制委員会において検討が進められることとなった。その際、上記報告書が原子力規制委員会での検討に当たって参考にされることが期待された。

   (ウ) 地震及び津波

    a 原子力安全委員会における検討

      福島第一原発事故以前においては、原子力安全委員会は、平成18年に耐震指針を改訂しており、同改訂耐震指針は、当時の地質学、地形学、地震学、地盤工学、建築工学及び機械工学等の専門家らにより検討されたものであった。

      その後、平成23年3月に東北地方太平洋沖地震が発生し、福島第一原発においては、地震とその後の津波を原因した事故が発生した。そこで、原子力安全委員会は、改訂耐震指針策定後に蓄積された知見、平成23年3月11日以降に発生した地震及び津波に係る知見並びに上述した福島第一原発事故の教訓を踏まえ、地言及び津波に対する発電用原子炉施設の安全確保策について検討することとした。そして、専門的な審議を行うため、原子力安全基準・指針専門部会に地震・津波関連指針等検討小委員会が設置された。同小委員会は、改訂耐震指針の検討時よりも津波に関する専門家を増員し、平成23年7月12日から平成24年2月29日までの間、計14回の会合が開催された。

      同小委員会において、改訂耐震指針及び関連指針類を対象とした検討が行われた、具体的には、同小委員会は、東北地方太平洋沖地震及びこれに伴う津波の分析に加えて、女川原発、福島第一原発、福島第二原発及び日本原子力発電株式会社東海第二発電所(以下「東海第二発電所」という。)で観測された地震や津波の観測記録等の分析を行うとともに、東北地方太平洋沖地震及びこれに伴う津波に係る知見並びに福島第一原発事故の教訓を整理したほか、改訂耐震指針の策定後に実施された耐震バックチェックによって得られた経験及び知見を整理した。さらに、同小委員会は、地震調査研究推進本部(文部科学省)、中央防災会議(内閣府)、国土交通省等の他機関における東北地方太平洋沖地震及びこれに伴う津波についての検討結果に加えて、土木学会における検討状況、世界の津波の事例及びIAEAやアメリカの原子力規制委員会等の規制状況、福島第一原発事故に関連した調査報告書も踏まえて検討を行った。

      以上の検討を踏まえ、同小委員会は、平成24年3月14日付「発電用原子炉施設に関する耐震設計審査指針及び関連の指針類に反映させるべき事項について(とりまとめ)」を取りまとめ、福島第一原発事故においては、津波による海水ポンブ、非常用電源設備等の機能喪失を防止するため、ドライサイトコンセプト(津波からの防護として、敷地高さの設定や津波に対する防御施設の設置等により、まず防護対象施設が設置される敷地に津波を到達・流入させないことを基本とするという考え方。漏水対策等と相まって、より一層信頼性の高い津波対策となる。)を基本とする津波防護設計の基本的な考え方や津波対策を検討する基礎となる基準津波の策定を義務付けるべき旨を取りまとめた。

    b 原子力安全・保安院における検討

     原子力安全委員会は、平成23年4月、東北地方太平洋沖地震等の知見を反映して、原子力安全・保安院に対し、耐震安全性に影響を与える地震に関して評価を行うよう意見を述べた。

     原子力安全・保安院は、平成23年9月、事業者より報告された東北地方太平洋沖地震及びこれに伴う津波による原子力発電所への影響などの評価結果について、学識経験者の意見を踏まえた検討を行うことなどにより、地震・津波による原子力発電所への影響に関して的確な評価を行うため、「地震・津波の解析結果の評価に関する意見聴取会」(第2回より「地震・津波に間する意見聴取会」と改称)及び「建築物・構造に関する意見聴取会」を設置し、審議を行った。

     地震・津波の解析結果の評価に関する意見聴取会においては、東北地方太平洋沖地震及びこれに伴う津波について、福島第一原発、福島第二原発、女川原発及び東海第ニ発電所における地震動及び津波の解析・評価を行い、これに基づく同地震に関する新たな科学的・技術的知見について、耐震安全性評価に対する反映方針が検討された。建築物・構造に関する意見聴取会においては、上記の各原子力発電所における建物・構築物、機器・配管系の地震応答解析の評価、津波による原子力施設の被害状況を踏まえた影響評価を行い、これに基づく東北地方太平洋沖地震に関する新たな科学的・技術的知見について、耐震安全性評価に対する反映方針が検討された。

     これらの意見聴取会において、それぞれ報告書が取りまとめられ、平成24年2月、原子力安全委員会に報告された。

   イ 平成24年6月27日、原子力規制委員会設置法(平成24年法律第47号、以下「設置法」という。)が新たに施行された、

   (ア) 設置法附則に基づき、原子力基本法及び原子炉等規制法がそれぞれ次のとおり改正された(以下「本件改正」という。)。

    a 原子力基本法

      同法の基本方針として、原子力利用は「安全の確保を旨として」行われることがもともと規定されていたところ(同法2条1項)、その安全確保については、「確立された国際的な基準を踏まえ、国民の生命、健康及び財産の保護、環境の保全並びに我が国の安全保障に資することを目的として、行うものとする」との規定が追加された(同条2項)。

    b 原子炉等規制法

      同法の目的として、「原子炉の設置及び運転等」に関し、「大規模な自然災害及びテロリズムその他の犯罪行為の発生も想定した必要な規制」を行うこと、「もって国民の生命、健康及び財産の保護、環境の保全並びに我が国の安全保障に資することを目的とする」ことが追加され(同法1条)、原子力規制委員会が設置許可基準に係る規則を定めること(同法43条の3の6第1項4号)、保安措置に重大事故対策をきめること(同法43条の3の22第1項等)、発電用原子炉の設置者は、発電用原子炉施設を原子力規制委員会規則で定める技術上の基準に適合するよう維持しなければならず(同法43条の3の14)、原子力規制委員会は、発電用原子炉施設が当該基準に適合していないと認めるときは、発電用原子炉の設置者に対して、使用停止等の処分を行うことができること(同法43条の3の23第1項)(いわゆるバックフィット)、発電用原子炉40年の運転期間の制限の原則を設けること(同法43条の3の32)などが新たに定められた。

   (イ) 設置法は、福島第一原発事故を契機に明らかとなった原子力の研究、開発及び利用(以下「原子力利用」という。)に関する政策に係る縦割り行政の弊害を除去し、並びに一の行政組織が原子力利用の推進及び規制の両方の機能を担うことにより生ずる間題を解消するため、原子力利用における事故の発生を常に想定し、その防止に最善かつ最大の努力をしなけれぱならないという認識に立って、確立された国際的な基準を踏まえて原子力利用における安全の確保を図るため必要な施策を策定し、又は実施する事務を一元的につかさどるとともに、その委員長及び委員が専門的知見に基づき中立公正な立場で独立して職権を行使する原子力規制委員会を設置し、もって国民の生命、健康及び財産の保護、環境の保全並びに我が国の安全保障に資することを目的とするものである(同法1条)。

      原子力規制委員会は、設置法に基づいて設置された機関であって、国家行政組織法3条2項の規定に基づく環境省の外局として位置づけられる(設置法2条)。そして、原子力規制委員会は、国民の生命、健康及び財産の保躊、環境の保全並びに我が国の安全保障に資するため、原子力利用における安全の確保を図ることを任務とし(同法3条)、同任務を達成するために原子力利用における安全の確保に関することなどの事務をつかさどる(同法4条)、その組織は、委員長及び委員4人からなり(同法6条1項)、独立してその職権を行うこととされているところ(同法5条)、委員長及び委員は、人格が高度であって、原子力利用における安全の確保に関して専門的知識及び経験並びに高い識見を有する者のうちから、両議院の同意を得て、内閣総理大臣が任命するが、原子力事業者等及びその団体の役員・従業者等である者は委員長又は委員となることができないものとされている(同法7条1項、7項3号4号)。また、原子力規制委員会は、その所掌事務について、法律若しくは政令を実施するため、又は法律若しくは政令の特別の委任に基づいて、原子力規制委員会規則を制定することができるものとされている(同法26条)。

      原子力規制委員会には、その事務を処理させるため、事務局として原子力規制庁が置かれ、原子力規制庁長官は、原子力規制委員会委員長の命を受けて庁務を掌理する(同法27条)。なお、原子力規制庁の職員は、幹部職員のみならず、それ以外の職員についても、原子力利用の推進に係る事務を所掌する行政組繊への配運転換を認めないこととされる(いわゆる「ノーリターンルール」、同法附則6条2項)。

   ウ 原子力規制委員会の発足(平成24年9月)に伴い、原子力安全委員会は廃止された。

     このため、原子力安全委員会が策定した原子炉設置変更許可における基準等を原子力規制委員会規則等として定めることが必要となった(原子炉等規制法43条の3の6第1項4号参照)ことから、平成24年6月27日法律第47号により改正された原子炉等規制法は、原則として、公布の日から起算して3月を超えない範囲内において政令で定める日から施行するとされ(同法附則1条本文)、政令により同年9月19日から施行されることになったものの、原子炉等規制法43条の3の6第1項4号等については、同法施行日から起算して10月を超えない範囲内において政令で定める日から施行するものとされた(同法附則1条ただし書)。

     そして、原子力規制委員会は、同委員会の下に「発電用軽水型原子炉の新安全基準に関する検討チーム」(その後、「発電用軽水型原子炉の新規制基準に関する検討チーム」と改称。以下「原子炉施設等基準検討チーム』という。)、「発電用軽水型原子炉施設の地震・津波に関わる新安全設計基準に関する検討チーム」(以下「地震等基準検討チーム」という。)等を置き、検討を行った。その経緯は、以下のとおりである(乙124~127、 250)。

   (ア) 原子炉施設等基準検討チーム

     原子炉施設等基準検討チームにおいては、平成24年10月25日から平成25年6月3日までの間、原子炉施設の新規制基準(地震及び津波対策を除く。)策定のため、学識経験者らの参加の下、計23回の会合が開催された、

     同会合では、福島第一原発事故から得られた地震の随伴事象として生じた津波という共通要因によって複数の安全機能が同時に喪失した等の教訓による設計基準を超える事象への対応に加え、設計基準事象に対応するための対策の強化を図る視点で、新規制基準のうち事故防止対策に係る規制については、原子力安全委員会が策定した安全設計審査指針等の内容を基に、見直した上で規則化等を検討することとされ、検討に当たっては、IAEA安全基準や欧米の規制状況等の海外の知見も勘案された。

     また、上記改正後の原子炉等規制法が重大事故等対策を斬たに規制対象としたことから、原子炉施設等基準検討チームにおいては、新たに規制の対象になった重大事故等対策について重点的な検討を行うこととし、福島第一原発事故の教訓及び海外における規制等を勘案し、仮に、上記の事故防止対策を講じたにもかかわらず複数の安全機能の喪失などの事象が万―発生したとしても、炉心損傷に至らないための対策として、重大事故の発生防止対策、さらに重大事故が発生した場合の拡大防止対策など、重大事故等対策に関する設備に係る要求事項及び重大事故等対策の有効性評価の考え方等について検討された。

   (イ) 地震等基準検討チーム

     地震等基準検討チームにおいては、平成24年11月19日から平成25年6月6日までの間、発電用軽水型原子炉施設の地震・津波に関わる新規制基準策定のため、学識経験者らの参加の下、計13回の会合が開催された。

     同会合では、原子カ安全委員会の下で地震等検討小委員会が取りまとめた耐震指針等の改訂案のうち、地震及び津波に関わる安全設計方針として求められている各要件については、新たに策定する基準においても重要な構成要素となるものと評価するとともに、基準の骨子案を策定するにあたっては、上記改訂案の安全設計方針の各要件について改めて分類・整理し、必要な見直しを行った上で基準の骨子案の構成要素とする方針を示した。

     そして、地震等基準検討チームは、この検討方針に基づき、地震及び津波について、IAEA安全基準、アメリカ、フランス及びドイツの各規制内容のほか、福島第一原発事故を踏まえた国会及び政府等の事故調査委員会の主な指摘事項のうち耐震関係基準の内容に関するものを整理し、これらと改訂耐震指針とを比較した上で、国や地域等の特性に配慮しつつ、我が国の規制として適切な内容を検討した、また、地震等基準検討チームは、発電用原子炉施設における安全対策への取組の実態を確認するため、電気事業者に対するヒアリングを実施するとともに、東北地方太平洋沖地震及びこれに伴う津波を受けた女川原発の現地調査を実施し、これらの結果も踏まえ、安全審査の高度化を図るべき事項についての検討を進めた。

   エ 原子力規制委員会は、上記検討に先立ち、平成24年10月、電気事業者等に対する原子力安全規制等に関する決定を行うに当たり、その参考として、外部有職者から意見を聴く場合において検討会等の中立性を適切に確保することを目的として、利益相反に関連する可能性のある情報として、外部有識者の電気事業者等との関係に関する情報の公開を行うための運用等を定め、上記各検討チームを構成する外部有識者についても、上記運用に従って電気事業者等との関係について自己申告させるとともに、その申告内容を同委員会のウェブサイト上で公開した。また、原子力規制委員会は、上記各検討チームが開いた会合については、当該会合に供された資料及び議事録も同様の方法により公開した(乙75、124~126、131、132)。

   オ 原子力規制委員会は、上記検討の過程で、平成25年4月から同年5月にかけ、原子力規制委員会規則等に加え、同委員会における審査基準に関する内規等について、意見公募手続(この種の手続を以下「パブリックコメント」ということがある。)に付した。地震等基準検討チームは同年6月6日に開いた第13回会合において地震に関する審査基準を定めた内規について、原子炉施設等基準検討チームは同月3月に開いた第23回会合において地震を除く各種審査基準を定めた内規や原子力規制委員会規則等について、それぞれ同手続で募った意見を踏まえて各々その検討を遂げた。

     その結果、そのころ、後記力(ア)の一連の規制基準をめぐる法令が整備されるとともに(以下「新規制基準」という。)、それを受けた内規である同(イ)の各審査基準の策定に至った。その趣旨は、原子力規制委員会の「実用発電用原子炉に係る新規制基準の考え方について」(乙250、以下「考え方」という。)のとおりである。

     以上の経緯を経て、原子炉等規制法のうち同法43条の3の6第1項4号等及び設置許可基準規則等は、同年7月8日に施行された。

   カ(ア) 発電用原子炉を設置しようとする者は、政令で定めるところにより原子力規制委員会の許可(原子炉設置許可)を受けなければならず(原子炉等規制法43条の3の5第1項)、原子力規制委員会は、上記許可の申請があった場合において上記許可をしてはならない(同法43条の3の6第1項)、そして、原子炉設置許可を受けた者が、使用の目的、発電用原子炉の型式、熱出力及び基数、発電用原子炉及びその附属施設の位置、構造及び設備等の事項(同法43条の3の5第2項2ないし5号又は8ないし10号に掲げる事項)を変更しようとするときは、政令で定めるところにより、原子力規制委員会の許可(原子炉設置変更許可)を受けなければならないが(同法43条の3の8第1項)、この場合にも同法43条の3の6第1項が準用される(同法43条の3の8第2項)。

       ところで、原子炉等規制法43条の3の6第1項4号は、上記原子炉設置許可又は原子炉設置変更許可(以下「原子炉設置(変更)許可」という。)の基準のーつとして、「発電用原子炉施設の位置、構造及び設備が核燃料物質若しくは核燃料物質によって汚染された物又は発電用原子炉による災害の防止上支障がないものとして原子力規制委員会規則で定める基準に適合するものであること」(以下14号要件」という。)と規定しているが、同号にいう原子力規制委員会規則が「実用発電用原子炉及びその附属施設の位置、構造及び設備の基準に関する規則(平成25年6月28日原子力規制委員会規則第5号、以下「設置許可基準規則」という。)である。

   (イ) そして、設置許可基準規則の解釈を示したものが「実用発電所原子炉及びその附属施設の位置、構造及び設備の基準に関する規則の解釈」(原規技発第1306193号(平成25年6月19日原子力規制委員会決定)。以下「設置許可基準規則解釈」という。乙68)であり、さらに、4号要件の適合性の審査に活用するため、「基準地震動及び耐震設計方針に係る審査ガイド」(以下「地震ガイド」という。乙39)、「基準津波及び耐津波設計方針に係る審査ガイド」(以下「津波ガイド」という。乙156)及び「原子力発電所の火山影響評価ガイド」(以下「火山ガイド」という。乙147)等の内規が策定された。

   (ウ) また、原子炉等規制法43条の3の6第1項は、4号要件以外の原子炉設置(変更)許可基準として、「発電用原子炉が平和の目的以外に利用されるおそれがないこと」(以下「1号要件』という。)、「その者に発電用原子炉を設置するために必要な技術的能力及び経理的基礎があること」(以下「2号要件」という。)、「その者に重大事故(括弧内省略)の発生及び拡大の防止に必要な措置を実施するために必要な技術的能力その他の発電用原子炉の運転を適確に遂行するに足りる技術的能力があること」(以下「3号要件」という。)を規定している。

     そして、2号要件の適合性の判断のために「原子力事業者の技術的能力に関する審査指針」が、3号要件の適合性の判断のために「実用発電用原子炉に係る発電用原子炉設置者の重大事故の発生及び拡大の防止に必要な措置を実施するために必要な技術的能力に係る審査基準」(以下「技術的能力基準」という。)がそれぞれ用いられている。

   (エ) 設置許可基準規則は、深層防護の考え方を踏まえ、設計基準対象施設(第2章)と重大事故等対処施設(第3章)を区別し、第2章に「設計基準対象施設」として第1から第3の防護レベルに相当する事項を、第3章に「重大事故等対処施設」として主に第4の防護レベルに相当する事項をそれぞれ規定している。

     加えて、3号要件の審査基準である技術的能力基準も、原子力事業者に対し、第4の防護レベルに相当する事項として、重大事故等対策における要求事項(2.1)に加え、大規模な自然災害又は故意による大型航空機の衝突その他のテロリズムによる発電用原子炉施設の大規模な損壊への対応(手順書の整備、当該手順に従って活動を行うための体制及び資機材の整備)を要求している(2.1)。

     もっとも、重大事故等対処施設のうちの特定重大事故等対処施設(設置許可基準規則42条)及び所内常設直流電源設備(同57条2項)(以下「特定重大事故等対処施設等」という。)については、発電用原子炉施設について本体施設等(特定重大事故等対処施設等以外の施設及び設備)によって重大事故等対策に必要な機能を満たした上で、その信頼性向上のためのバックアッブ対策として位置づけられているとして、新規制基準施行当時現に設置されている発電所用原子炉施設については、経過措置により、設置許可基準規則施行日(平成25年7月8日)以後最初に行われる工事計画認可の日から起算して5年を経過するまでの間、同42条は適用されないものとして、その設置を猶予している(同42条、附則2項)(甲E29・119、137頁、甲E43、44)。

     以上に対し、設置許可基準規則では、所内及び所外の緊急事態への対応に関する緊急時計画等の整備(深層防護の第5の防護レベル)等は原子力事業者に対する要求事項とされておらず、避難計画に関する事項は、原子炉の設置(変更)許可に際して設置許可基準規則等における事業者規制の内容に含まれていない。

  (9) 本件原子炉の運転再開

    次のとおり付加するほか、原決定の「理由」中「第2 事案の概要」の2(9)記載のとおりであるから、これを引用する。

   ア 原決定20頁18行目の次に改行して次のとおり加える。

    「許可処分の内容は、以下のとおりである(乙138)、

     ① 1号要件

      本件申請については、

     ・発電用原子炉の使用の目的(商業発電用)を変更するものではないこと

       ・使用済燃料については、法に基づく指定を受けた国内再処理事業者において再処理を行うことを原則とすることとし、再処理されるまでの間、適切に貯蔵・管理するという方針であること

       ・海外において再処理を行う場合は、我が国が原子力の平和利用に関する協力のための協定を締結している国の再処理事業者に委託する、これによって得られるプルトニウムは国内に持ち帰る、再処理によって得られるプルトニウムを海外に移転しようとするときは、政府の承認を受けるという方針に変更はないことから、発電用原子炉が平和の目的以外に利用されるおそれがないものと認められる。

     ② 2号要件

      (経理的基礎に係る部分)

      申請者は、本件申請に係る重大事故等対処設備他設置工事に要する資金については、自己資金、社債及び借入金により調達する計画としている。

      申請者における総工事資金の調達実績、その調達に係る自己資金及び外部資金の状況、調達計画等から、工事に要する資金の調達は可能と判断した。このことから、申請者には本件申請に係る発電用原子炉施設を設置変更するために必要な経理的基礎があると認められる。

      (技術的能力に係る部分)

      申請者には、本件申請に係る発電用原子炉施設を設置変更するために必要な技術的能力があると認められる。

     ③ 3号要件

      申請者には、重大事故の発生及び拡大の防止に必要な措置を実施するために必要な技術的能力があると認められる。  

     ④ 4号要件

      本件申請に係る発電用原子炉施設の位置、構造及び設備が核燃料物質若しくは核燃料物質によって汚染された物又は発電用原子炉による災害の防止上支障がないものとして原子力規制委員会規則で定める基準に適合するものであると認められる。」

   イ 決定20頁24行目の次に改行して次のとおり加える。

     ただし、特定重大事故等対応施設等は、前提事実(8)カ8(エ)のとおり設置が猶予されているため、平成29年9月時点で未だ設置されていない(完成予定は平成32年度)(甲E72)。

     また、上記手続の過程において、本件原子炉の基準地実動Ss-1は、570ガルから650ガルに引き上げられた(後記(10))ところ、相手方は、前記ストレステスト終了後から平成27年頃までの間に耐震性向上工事を行った(乙57、433)ものの、前記基準地震動引き上げ後はストレステストを実施していないため、現時点での本件原子炉施設のクリフエッジは不明である。

  (10) 本件原子炉施設の耐震設計等(東北地方太平洋沖地震後一基準地震動)

   ア 新規制基準等の内容

     設置許可基準規則4条3項は、「耐震重要施設(設計基準対象施設のうち、地震の発生によって生ずるおそれがあるその安全機能の喪失に起因する放射線による公衆への影響の程度が特に大きいもの。設置許可基準規則3条)は、その供用中に当該耐震重要施設に大きな影響を及ぼすおそれがある地震による加速度によって作用する地震力(以下「基準地振動による地震力」という。)に対して安全機能が損なわれるおそれがないものでなければならない」と定めている。

     そして、同解釈別記2の5は、基準地震動は、最新の科学的・技術的知見を踏まえ、敷地及び敷地周辺の地質、地質構造、地盤構造並びに地震活動性等の地震学及び地震工学的見地から想定することが適切なものとし、次の(ア)ないし(エ)の方針により策定することと定めている。

   (ア) 基準地震動は、「敷地ごと震源を特定して策定する地震動」及び「震源を特定せず策定する地震動」について、解放基盤表面における水平方向及び鉛直方向の地震動としてそれぞれ策定すること。

   (イ)敷地ごとに震源を特定して策定する地震動」は、①内陸地殻内地震(陸のプレートの上部地殻地震発生層に生じる地震をいい、海岸のやや沖合で起こるものを含む。)、②プレート間地震(相接する2つのブレートの境界面で発生する地震)、③海洋プレート内地震(海洋プレート内部で発生する地震をいい、海溝軸付近又はそのやや沖合で発生する「沈み込む海洋プレート内の地震」と海溝軸付近から陸側で発生する「沈み込んだ海洋プレート内の地震(スラブ内地震)」の2種類に分けられる。)について、敷地に大きな影響を与えると予想される地震(以下「検討用地震」という。)を複数選定し、選定した検討用地震ごとに、不確かさを考慮して応答スペクトルに基づく地震動評価及び断層モデルを用いた手法による地震動評価を、解放基盤表面までの地震波の伝播特性を反映して策定すること。なお、上記の「敷地ごとに震源を特定して策定する地震動」については、次に示す方針により策定すること。

    a ①内陸地殻内地震、②プレート間地震、③海洋プレート内地震について、活断層の性質や地震発生状況を精査し、中・小・微少地震の分布、応力場(地層にどのような力が加わっているかを示すもので、水平方向を基準にして押されていれば圧縮応力場、引っ張られていれば引張応力場という。)、地盤発生様式(プレートの形状・運動・指互相互作用を含む。)に関する既往の研究成果等を総合的に検討し、検討用地震を複数選定すること。

    b ①内陸地殻内地震に関しては、次に示す事項を考慮すること。

     (a) 震源として考慮する活断層の評価に当たっては、調査地域の地形・地質条件に応じ、既存文献の調査、変動地形学的調査、地質調査、地球物理学的調査等の特性を活かし、これらを適切に組み合わせた調査を実施した上で、その結果を総合的に評価し活断層の位置・形状・活動性等を明らかにすること。

     (b)震源モデルの形状及び震源特性パラメータ等の評価に当たっては、孤立した短い活断層の扱いに留意するとともに、複数の活断層の連動を考慮すること。

    c ②プレート間地震、③海洋プレート内地震に関しては、国内のみならず世界で起きた大規模な地震を踏まえ、地震の発生機構及びテクトニクス的背景の類似性を考慮した上で震源領域の設定を行うこと。

    d 上記aで進定した検討用地震ごとに、後記(a)の応答スペクトルに基づく地盤動評価及び後記(b)の断層モデルを用いた手法による地震動評価を実施して策定すること。なお、地震動評価に当たっては、敷地における地震観測記録を踏まえて、地震発生様式及び地震波の伝播経路等に応じた諸特性(その地域における特性を含む。)を十分に考慮すること。

     (a) 応答スペクトルに基づく地震動評価

       検討用地盤ごとに、適切な手法を用いて応答スペクトルを評価のうえ、それらを基に設計用応答スペクトルを設定し、これに対して、地震の規模及び震源距離等に基づき地震動の継続時間及び振幅包絡線の経時的変化等の地震動特性を適切に考慮して地震動評価を行うこと。

     (b) 断層モデルを用いた手法に基づく地震動評価

       検討用地震ごとに、適切な手法を用いて震源特性パラメータを設定し、地震動評価を行うこと。

    e 上記dの基準地震動の策定過程に伴う各種の不確かさ(震源断層の長さ、地震発生層の上端深さ・下端深さ、断層傾斜角、アスペリティの位置・大きさ、応力降下量(断層破壊(地震)が発生すると、周囲に蓄えられていた歪みエネルギーが解放され、断層面上の応力(物体が外力を受けたときにそれに応じて内部に現れる抵抗力)が降下するが、このときの破壊前の応力と破壊後の応力の差)、破壊開始点等の不確かさ、並びにそれらに係る考え方及び解釈の違いによる不確かさ)については、敷地における地震動評価に大きな影響を与えると考えられる支配的なパラメータについて分析した上で、必要に応じて不確かさを組み合わせるなど適切な手法を用いて考慮すること。

    f 内陸地殻内地震について選定した検討用地震のうち、震源が敷地に極めて近い場合は、地表に変位を伴う断層全体を考慮した上で、震源モデルの形状及び位置の妥当性、敷地及びそこに設置する施設との位置関係、並びに震源特性パラメータの設定の妥当性について詳細に検討するとともに、これらの検討結果を踏まえた評価手法の適用性に留意の上、上記eの各種の不確かさが地震動評価に与える影響をより詳細に評価し、震源の極近傍での地震動の特徴に係る最新の科学的・技術的知見を踏まえた上で、さらに十分な余裕を考慮して基準地震動を策定すること。

    g 検討用地震の選定や基準地震動の策定に当たって行う調査や評価は、最新の科学的・技術的知見を踏まえること。また、既往の資料等について、それらの充足度及び精度に対する十分な考慮を行い、参照すること。なお、既往の資料と異なる見解を採用した場合及び既往の評価と異なる結果を得た場合には、その根拠を明示すること。

    h 施設の構造に免震構造を採用する等、やや長周期の地震応答が卓越する施設等がある場合は、その周波数特性に着目して地震動評価を実施し、必要に応じて他の施設とは別に基準地震動を策定すること。

   (ウ) 震源を特定せず策定する地震動は、震源と活断層を関連付けることが困難な過去の内陸地殻内の地震について得られた震源近傍における観測記録を収集し、これらを基に、各種の不確かさを考慮して敷地の地盤特性に応じた応答スペクトルを設定して策定すること。なお、上記の「震源を特定せず策定する地震動」については、次に示す方針により策定すること。

    a 解放基盤表面までの地震波の伝播特性を必要に応じて応答スペクトルの設定に反映するとともに、設定された応答スペクトルに対して、地震動の継続時間及び振幅包路線の経時的変化等の地震動特性を適切に考慮すること。

    b 上記の「震源を特定せず策定する地震動」として策定された基準地震動の妥当性については、申請時における最新の科学的・技術的知見を踏まえて個別に確認すること。その際には、地表に明瞭な痕跡を示さない震源断層に起因する震源近傍の地震動について、確率論的な評価等、各種の不確かさを考慮した評価を参考とすること。

   (エ) 基準地震動の策定に当たっての調査については、目的に応じた調査手法を選定するとともに、調査手法の適用条件及び精度等に配慮することによって、調査結果の信頼性と精度を確保すること。また、上記の「敷地ごとに震源を特定して策定する地震動」及び「震源を特定せず策定する地震動」の地震動評価においては、適用する評価手法に必要となる特性データに留意の上、地震波の伝播特性に係る次に示す事項を考慮すること。なお、上記の「敷地ごとに震源を特定して策定する地震動」及び「震源を特定せず策定する地震動」については、それぞれが対応する超過確率を参照し、それぞれ策定された地震動の応答スペクトルがどの程度の超過確率に相当するかを把握すること。

    a 敷地及び敷地周辺の地下構造(深部・浅部地盤構造)が地震波の伝播特性に与える影響を検討するため、敷地及び敷地周辺における地層の傾斜、断層及び摺曲構造等の地質構造を評価するとともに、地震基盤の位置及び形状、岩相・岩質過程において、地下構造が成層かつ均質と認められる場合を除き、三次元的な地下構造により検討すること。

    b 上記aの評価の実施に当たって必要な敷地及び敷地周辺の調査については、地域特性及び既往文献の調査、既存データの収集・分析、地震観測記録の分析、地質調査、ボーリング調査並びに二次元又は三次元の物理探査等を適切な手順と組合せで実施すること。

   イ 地震ガイド等

     基準地震動の妥当性を厳格に確認するため、設置許可基準規則及び同解釈をさらに敷衍した内容の地震ガイドが定められ、地震ガイドは、断層モデルを用いた手法に基づく地震動評価について、地震調査研究推進本部(以下「地震本部」という。)地震調査委員会作成の「震源断層を特定した地震の強震動予測手法」(以下「レシピ」という。)等の最新の研究成果を考慮して震源断層のパラメータを設定すべきと定めている。

     地震本部は、平成7年1月17日に発生した阪神・淡路大震災を受け、地震に関する調査研究の成果が国民や防災を担当する機関に十分に伝達され活用される体制になっていなかったという問題意識の下、行政施策に直結すべき地震に関する調査研究の責任体制を明らかにし、これを政府としてー元的に推進するため、地震防災対策特別措置法に基づき文部科学省に設置された政府の特別の機関であって、文部科学大臣を本部長として、政策委員会と地震調査委員会とで構成されており(地震防災対策特別措置法7条、8条1項、9条1項、10条1項)、このうち、地震調査委員会は,「地震に関する観測、測量、調査又は研究を行う関係行政機関、大学等の調査結果等を収集し、整理し、及び分析し、並びにこれに基づき総合的な評価を行」うことを目的としており(同法10条1項、7条2項4号)、複数の大学教授などの地震学者が地震調査委員会委員に任命されている(同法10条3項参照)(甲D296~298,乙251)。

     レシピは、地震本部地震調査委員会において実施してきた強震動評価に関する検討結果から、強震動予測手法の構成要素となる震源特性、地下構造モデル、強震動計算、予測結果の検証の現状における手法や震源特性パラメータの設定に当たっての考え方について、震源断層を特定した地震を想定した場合の強震動を高精度に予測するための、「誰がやっても同じ答えが得られる標準的な方法論」を確立することを目指しており、今後も地震動評価における検討により、修正を加え、改訂されていくことを前提としているとされている(乙38、173、298、354)。

     本件原子炉施設の適合性審査が行われた平成25年から平成27年の時点では、①平成21年改訂のレシピが策定されていたが(乙38)、その後、②平成28年6月に改訂され(乙173)、③同年12月に②が修正され(乙298)、④平成29年4月に改訂された(乙354)(以下、①を「平成21年改訂レシピ」と、②を「平成28年6月改訂レシピ」と、③を「平成28年12月修正レシピ」と、④を「平成29年改訂レシピ」という。ただし、③と④は,内容面での実質的な変更はない。)。

   ウ 相手方による基準地震動の策定

     相手方は、次のとおりの調査、検討に基づき、基準地震動を策定した(乙11、13、31、35、40、42)。

   (ア) 敷地ごとに震源を特定して策定する地震動

    a 検討用地震の候補とする地震の選定

     (a) 被害地震の員査

       相手方は、本件原子炉施設の敷地(以下「本件敷地」ということがある。)周辺の被害地震について、地震史料及び明治以降の地震観測記録を基に、地震の震央位置、規模等をまとめた地震カタログ(宇佐美(2003)等)による調査を行った。この調査によって抽出した地震について、規模及び位置等に関する最新の知見をもとに本件敷地に影響を及ぼす地震として、本件敷地の震度が5弱(1996年以前は旧気象庁震度階級でV)程度以上であったと推定される地震を以下のとおり選定した(乙11-6-5-13~16、53~56、乙31・7~10)。

      ・土佐その他南海・東海・西海諸道の地震(684年、M8 1/4)

      ・日向灘の地震(1498年,M7 1/4)

      ・安芸・伊予の地震(1649年、M6.9)

      ・宝永地震(1707年、M8.6)

      ・安政南海地震(1854年,M8.4)

      ・伊予西部の地震(1854年、M7.0)

      ・豊後水道の地震(1968年,M6.6)

     (b) 国の機関等による知見

       地震本部は、長期的な観点から、南海トラフ(西南日本の南側の海底にある帯状の深みであり、同トラフで海側のフィリピン海プレートが陸側のユーラシアプレートの下に沈み込むことによりプレート境界の広い範囲で圧縮の力がかかり、規模の大きなプレート間地震が繰り返されている。なお、同トラフの北端は駿河トラフに、南端は琉球海溝に続いている。)沿いの地震について、四国沖から浜名湖沖までの領域を震源域とする地震を想定し、その評価のとりまとめを行っているところ、平成13年に、南海トラフ沿いの地震の発生位置(領域)及び震源域の形態について、既往の調査結果から総合的に判断して一定のモデルを提案し(想定南海地震(地震本部、M8.4))、平成17年に,日向灘のプレート間地震についても、1968年日向灘地震及び1662年の日向灘の地震に係る強震動評価を実施して断層モデルを示した(日向灘の地震(地震本部,M7.6))(日向灘長期評価(2004),乙11-6-5-9~10、乙31-9)。

       中央防災会議は、平成15年、「東南海・南海地震等に関する専門調査会」を設置し、東南海・南海地震などの過去の地震発生例を参考にして、東海地震、東南海地震及び南海地震をさまざまに組み合わせたケースを想定した検討を行い、想定南海地震として一定のモデルを設定した(想定南海地震(中央防災会議、M8.6))(乙11-6-5-10~12、乙31-9-9)。

       内閣府の「南海」トラフの巨大地震モデル検討会」(以下「内閣府検討会」という。)は、南海トラフの巨大地震を対象として、過去に南海トラフで発生した地震の特徴やフィリピン海プレートの構造等に関する特徴などの現時点の科学的知見に基づきあらゆる可能性を考慮した最大クラスの巨大な地震として駿河湾から日向灘までを震源断層域とするM9クラスを想定した検討を行った。そして、南海トラフの巨大地震として4ケースのモデルを設定している(内閣府(2012b))。本件敷地に最も影響があると考えられるのは、強震動生成城が最も敷地の近傍に配置されている「陸側ケース」である(乙11-6-5-12~13、乙31-9、乙259、261)。

     (c) 本件敷地周辺の地震発生様式及び地震発生状況

       本件敷地周辺の地震活動は、太平洋側沖合の南海トラフから陸側へ沈み込む海洋プレートと地域プレートとの境界付近で発生するプレート間地震、海洋プレート内で発生する地震、陸域及び沿岸で発生する内陸地殻内地震の3つに大きく分けることができる。気象庁一元化震源のうち本件敷地周辺で発生したM5未満の地震(微小地震)の分布状況の調査、本件敷地周辺で発生した過去の地震に関する知見等を踏まえると、本件敷地周辺で発生する地震の主な特徴は概ね次のとおりであった(乙11-6-5-1~7)。

       ① プレート間地震

       南海トラフ沿いでM8程度の大地震が約100年から15年の間隔で発生し、日向灘周辺ではM7程度の地震が十数年から数十年に一度の割合で発生していること

       ② 海洋プレート内地震

       安芸灘や伊予灘など瀬戸内海の西部から豊後水道付近のやや深いところ(約30~70kmの深さ)でM7程度の地震が発生しており、過去に本件敷地周辺の沿岸地域に被害をもたらした地震が知られていること

       ③ 内陸地殻内地震

       本件敷地近傍ではほとんど発生しておらず、発生が認められるものもM2未満のものである一方、大分県別府付近でM7程度の地震が発生していること

     (d) 活断層の分布状況

     i 相手方は、本件敷地周辺の活断層の分布を把握するため、文献調査、地形調査、地表地質調査、海域地質調査、地球物理学的調査等の調査を行った。この結果、本件敷地の北方には敷地前面海域の断層群(42km)、伊予セグメント(23km)、川上セグメント(36km)などから構成される中央構造線断層帯が四国陸域から佐田岬半島西端部の北方まで分布し、本件敷地の沖合約8kmを通過すること、さらにその西方には、別府湾一日出生断層帯(76km)が豊予海峡から別府市西方まで分布すること、これら以外にも、伊予灘北方には上関断層(F-15)、上関断層(F-16)等の活断層が、本件敷地の南方には、八幡浜の五反田断層(2km)、宇和海のF-21断層(22km)が、それぞれ分布することが分かった(乙11-6-5-7~9)。

       このうち、中央構造線断層帯は、地震本部の中央構造線長期評価(2011)によれば、近畿地方の金剛山地の東縁から淡路島南部の海域を経て四国北部を東西に横断して伊予灘に達する、全体の長さ約360kmの断層帯であり、過去の活動時期の違いなどから①金剛山地東縁(長さ約17km、幅20~60km、 ずれの量2~5m)、②和泉山脈南縁(長さ約44~52km、 幅20~60km、ずれの量4m)、③紀淡海峡一鳴門海峡(長さ約43~51km、幅20~60km、ずれの量3~4m)、④讃岐山脈南縁一石鎚山脈北縁東部(長さ約130km、幅20~30km、ずれの量6~7m)、⑤石鎚山脈北縁(長さ約30km、 幅20~30km(④の数値と同じと仮定)、ずれの量6m)、⑤石鎚山脈北縁西部一伊予灘(長さ約130km、 幅20~30km(④の数値と同じと仮定)、ずれの量2~7m(最大値は④の数値と同じと仮定)、断層面の傾斜角は北傾斜高角度)の6つの区間に区分されている。そして、地震本部では、中央構造線断層帯の将来の活動について上記6つの区間が個別に活動する可能性、複数の区間が同時に活動する可能性、これら6つの区間とは異なる範囲が活動する可能性さらには、断層帯全体が同時に活動する可能性も否定できないとし、⑥(長さ130km)が単独で活動した場合の地震規模をMw7.4~8.0と、①ないし⑥の全体(長さ約360km)が同時に活動した場合の地震規模をMw7.9~8.4とそれぞれ想定した。

       この想定は、上記の断層長さ(単位はkm、以下「L」と表記する。)、断層幅(単位はm、以下「W」と表記する。)、平均すべり査(単位はm、以下「D」と表記する。なお以下においては、単にすべり量というときは、特にことわらない限り、平均すべり量を指す。)と剛性率(以下「µ」と表記する。)の積から地震モーメントMo(断層運動としての地震の規模を表すもの、単位はN・m、以下「Mo」と表記する。)を求め、MoとMwの経験式(Mw=(logMo-9.1)/1.5)を適用して、Mwを算定したものであるが、Mwの算出にあたっては、各区間が単独で活動する場合も他の区間と連動する場合も、変位量はそれぞれの区間で常に一定であり、かつ、変位量は地表変位最と同じであると仮定したもので、地下の断層面における変位量と同じではない可能性があることに留意する必要があるとされている。

       そして、このうちの①ないし⑥の全体(長さ約360km)が同時に活動した場合の地震規模は、①~⑥のMwを求めるにあたり、各区間それぞれにおいて推定したずれの量をもとに算出したMoの総和から求めたケ一ス(Mw7.9~8.3)と、最大の想定として、ずれの量をすべての区間で7m(区間③の最大値)と仮定して算出したMoの総和から求めたケース(Mw8.1〜8.4)の2つのケースから推定したものである。

       もっとも、地震本部の予測地図(2014)では、上記長期評価とは異なり、上記⑥の断層が単独で活動した場合の地震規模につき、断層長さを130km、断層面の幅を14km、断層面の傾斜角を90度とした上で、Mw7.4と想定している。

 また、中央構造線断層帯の西方に位置する別府—万年山断層帯は、ほぼ東西方向の多数の正断層から構成されているが、断層の走向や変位の向きから、別府湾一日出生断層帯(長さ76km)、大分平野一由布院断層帯(長さ40km)等に区分されている(別府一万年山断層帯の長期評価について(平成17年3月9日地震本部)、乙34)。本件敷地に最も近い別府湾ー日出生断層帯は、東部と西部で最新活動時期が異なり、それぞれが単独で活動すると推定されているが、全体が同時に活動する可能性、さらには、その東端が中央構造線断層帯に連続している可能性があると指摘されている(乙34)。

     ⅱ 相手方は、本件敷地周辺において地質調査を実施し、断層の分布形態、活動様式等の性状を特定した結果、中央構造線断層帯を構成する活断層として、北東方向から南西方向へ順に、①川上断層(断層の長さ約36km)、②伊予断層(同約23km)、③敷地前面海域の断層群(断層群の長さ約42km、本件敷地の沖合約8kmに分布)、④豊予海峡断層(同約23km)が存在すること、さらに上記各断層間には、断層破壊の末端(ジョグ)を示唆する地質構造が分布すること(上記①と②の断層の間には重信引張性ジョグ(長さ約12km)、同②と③の断層の間には串沖引張性ジョグ(同約13km)、同③と④の断層の間には三崎沖引張性ジョグ(同約13kmが存在すること)か確認されたとしている(乙11-6-3-43~66)。

     (e) 地震の分類

       相手方は、以上で示した地震について、地震発生様式ごとに整理・分類し、検討用地震の候補とする地震を選定した。

     ⅰ 内陸地殻内地震

       上記(d)で示した活断層の分布状況に基づき、本件敷地周辺において考慮すべき活断層による内陸地殻内地震として、以下のとおり選定した(乙11-6-5-16~17)。

      ・中央構造線断層帯による地震

       敷地前面海域の断層群(54km。両端のジョグのそれぞれ中間まで延伸したもの)

       伊予断層(33km。上記と同じ)

       金剛山地東縁一伊予灘(360km)

       石鎚山脈北縁西部一伊予灘(130km)

      ・別府湾一日出生断層帯による地震

      ・F-21断層による地震(敷地の南方。八幡浜の分布)

      ・五反田断層による地震に5km。長さが短く、孤立した断層であることから、地表で認められる活断層の長さが必ずしも震源断層の長さを示さない可能性を考慮したもの)

      ・上関断層(伊予灘北方に分布)

     ⅱ プレート間地震

       上記(a)及び(b)を考慮し、南海トラフ沿いの地震及び日向灘における地震として以下の地震を選定した(乙6-5-19~20)。

      ・土佐その他の南海・東海・西海諸道の地震(684年、M8 1/4)

      ・宝永地震(1707年、M8.6)

      ・安政南海地震(1854年、M8.4)

      ・想定南海地震(地震本部、M8.4)

      ・想定南海地震(中央防災会議、M8.6)

      ・南海トラフの巨大地震(陸側ケース)(Mw9.0)(内閣府(2012b))

      ・日向灘の地震(1498年、M7 1/4)

      ・日向灘の地震(地震調査委員会、M7.6)

     ⅲ 海洋プレート内地震

       南海トラフから安芸灘~伊予灘~豊後水道海域へ西北西の方向に沈み込むフィリピン海プレートで発生する海洋プレート内地震について、上記(a)及び(b)の検討結果を踏まえ、以下の地震を選定した(乙11-6-5-18~19)。

      ・安芸・伊予の地震(1649年、M6.9)

      ・伊予西部の地震(1854年、M7.0)

      ・豊後水道の地震(1968年。M6.6)

      ・九州の深い地震(M7.3)

      ・日向参の浅い地震(M7.4)

      ・アウターライズ地震(M7.4)

    b 検討用地震の選定

     相手方は、上記a(e)のとおり選定した地震から、本件敷地に特に大きな影響を与えると予想される地震を地震発生様式の分類ごとに検討用地震として選定することとし、検討用地震の選定にあたっては、応答スペクトルに基づく地震動評価を行い、以下のとおり検討用地震を選定した。

     (a)内陸地殻内地震(乙11-6-5-29~30)

       中央構造線断層帯による地震は、敷地前面海域の断層群を含む区間として複数の断層長さを考慮するケースを検討用地震の候補として選定しているが、検討用地震の選定にあたっては、敷地前面海域の断層群(54km)で代表させて検討を行った。その結果、候補となる各地震(上記a(e)i)のうち、本件敷地への影響が最も大きいと考えられる地震は、敷地前面海域の断層群による地震となった。

       なお、敷地前面海域の断層群は、中央構造練断層帯の一部であり、地震本部において中央構造線断層帯の敷地前面海域の断層群を含む複数区間の連動の可能性及び中央構造線断層帯と別府一万年山断層帯との連動の可能性が言及されていることを踏まえ、検討用地震としては、これらの連動を含む区間を考慮した断層群による地震を選定した。

     (b)プレート間地震(乙11-6-5-30~31)

       候補となる各地震(a(e)ⅱのうち、応答スペクトルによる地震動評価の結果、本件敷地への影響が最も大きいと考えられる地震は、内閣府(2012b)の南海トラフの巨大地震(陸側ケース)(Mw9.0)となったことから、これを検討用地震として選定した。

       なお、応答スペクトルに基づく地震動評価の手法は巨大地震に対して適用できるように作成されたものではないものの、内閣府(2012b)は、東北地方太平洋沖地震(Mw9.0)にっいてMw8.3と仮定して応答スペクトルに基づく地震動評価を行うことで震度分布がよく説明されたとして、南海トラフの巨大地震(Mw9.0)の応答スペクトルに基づく地震動評価のパラメータとしてMw8.3を採用していることから、Mw8.3を採用して評価を行った(断層モデルを用いた地震動評価においては、Mw9.0を設定して評価を行った。)。

     (c)海洋プレート内地震(乙11-6-5-30)

      候補となる各地震(上記a(e)ⅲ)のうち、応答スペクトルによる地震動評価の結果、本件敷地への影響が最も大きいと考えられる地震は、1649年安芸・伊予の地震(M6.9)となったことから、これを検討用地震として選定した。

    c 地震動評価のための敷地地盤の評価

     相手方は、本件敷地地盤の増幅特性の有無を把握すべく次のとおりの地下構造評価を実施した。

     (a) 地震観測記録を用いた評価(乙11-6-5-21~23、145~148)

       相手方は、本件敷地地盤において、昭和50年から地震観測(強震及び微小地震)を実施しているところ、これまでに観測された比較的振幅の大きな地震は、全て海洋プレート内地震であり、内陸地殼内地震、プレート間地震について振幅の大きな記録は得られていない。相手方は、本件発電所で観測した地震のうち、距離減衰式の一つであるNoda et al.(2002)(以下「耐専式」という。)との比較が可能な比較的規模の大きい内陸地殻内地震(乙6-5-65)を用いて、観測記録の応答スペクトルと耐専式により推定した応答スペクトルの比をとって増幅特性の検討を行った。その結果、本件敷地の岩盤が耐専式の想定する地盤よりも硬いこと、どれも遠方の地震であり観測記録の振幅が小さいことなどから、どの地震についても短周期側では観測値が予測値よりも小さい傾向を示しており、特に顕著な増幅特性を示す地震はなかった(乙11-6-5-146)。

       次に、相手方は、対象とする地震の規模をM2程度にまで広げて、地震波の到来方向によって特異性が見られないかの検討を行ったが、到来方向によって増幅特性が異なるような傾向はなかった。

     (b) 深部ボーリング等による評価

       相手方は、本件発電所建設当時、最深深度500mのボーリング調査を実施済みであったが、平成22年から深部ボーリング調査を実施し、本件敷地のさらに地下深部までの地質及び地盤物性を把握するとともに、深部の地下構造に起因する地震動の増幅特性がないことを確認した。深部ボーリング調査は、本件敷地の南西部(荷揚岸壁付近)において、深度2000m、500m、160m、5mの4孔のボーリング孔を掘削するもので、深度2000mまでの連続したボーリングコアを採取し、これを観察して地質柱状図(地質断面図の一種で、地層の堆積した順序、厚さ、地層区分などを模様や記号によって縦に細長い柱状で表したもの。)を作成するとともに、深部ボーリング孔内において物理検層(ボーリング孔内に各種測定器(検層器)を降下させ、検層器から得られる物理量(S波迪度、密度、温度等)を用いて地層中の地質情報を連続的に計測する手法)やオフセットVSP探査(地表に震源を設置して地震波を人工的に発生させ、地下の地層境界面(反射面」で反射した地震波をボーリング孔内の受振器で観測することによりボーリング孔周辺の地下構造を調査する手法を「VSP探査」といい、特に震源をボーリング孔から離れた地点に設置する方法を「オフセットVSP探査」という。)を実施した。そして、従来のボーリング調査の結果と合わせて地下構造の検証を行った。また、地下深部における地震動を観測し、地表で観測した地震動との比較を行うことにより実際に地震動が増幅しないことを検証することなどを目的に、各ボーリング孔底部に地震計を設置し、地震観測を開始した。深部ボーリング調査の結果は次のとおりであり、本件敷地の地盤は速度構造的に特異性を有する地盤ではないことを確認した(乙11-6-5-20~21、乙35-21~23、30、47~53)。

     i 地質構造(乙35-25~36)

      深部ボーリング調査の調査地点では、地表付近に埋立土や風化岩が薄く分布するものの深度約50mで新鮮な岩盤となり、深度約50mから深度約2000mまで堅硬かつ緻密な結晶片岩(岩石が地下深部において長い間圧力や温度等の作用(変成作用)を受けた場合に鉱物が再結晶し鉱物の配列に方向性が生じるが、この方向性を有する組織を「片理」といい、片理ある広域変成岩を「結晶片岩」という。なお、片理の発達のよい黒色片岩は、片理面に沿って剥離しやすくなる性質があるとされている。甲B1別冊用語解説・用語30)が連続する。本件敷地の地盤を構成する緑色片岩の下位に三渋川変成岩類のうち主に泥質片岩が分布し、緑色片岩、珪質片岩及び砂質片岩の薄層を挟む。地表部の緑色片岩を主体とする地層とその下位の泥質片岩を主体とする地層の境界面は緩く北へ傾斜していると推定され、本件原子炉の炉心位置では深度約350m以深が泥質片岩主体となっている。

     ⅰ 速度構造(乙35-38~45、55~58)

      深部ボーリング孔内での物理検層の結果によると、P波速度及びS波速度は地下深部に至るにつれて漸増し、地盤の密度は岩種に応じてやや変化するものの、深度方向への大きな増減傾向は認められない。

      また、オフセットVSP探査の結果によると、地下深部までほぼ水平な反射面が連続し(オフセットVSP探査による反射面と反射法探査による反射面とを比較しても連続性に問題はない。)、大規模な断層を示唆する不連続、地震動の特異な増幅の要因となる低速度域及び摺曲構造は認められず、本件敷地地盤の速度構造(地震波の速度分布)は、乱れがなく、均質である。

     (c) 解放基盤表面の設定(乙11-6-5-23)

       相手方は、以上のような本件敷地地盤に係る状況を総合的に判断し、原子炉建屋及びその周りの地盤は、約2600m/秒のS波速度を持つ堅固な岩盤が十分な広がりと深さを持っていることが確認されていることを踏まえ、敷地高さと同じ標高10mを解放基盤表面として設定した。

    d 地震動評価

     (a) 内陸地殻内地震(別表1参照)

     i 基本震源モデル

       相手方が内陸地殻内地震の検討用地震として選定したのは敷地前面海域の断層群(中央構造線断層帯)の地震であった。相手方は、その基本震源モデルを設定するに当たり、断層長さにつき、中央構造線断層帯と九州側の別府ー万年山断層帯が全区間(480km)において連動するケース(以下「480kmケース」という。)と設定する一方、上記区間の中で部分破壊による地震が起こることを想定することとし、四国西部のセグメント(130km)が連動するケース(以下「130kmケース」という。)及び敷地前面海域セグメント(54km)が単独で活動するケース(以下「54kmケース」という。)をも設定し、それぞれ不確かさを考慮した解析を行うこととした(乙11-6-5-31、乙31-36~37)。

       また、断層モデルを用いた手法による地震動評価において必要なパラメータ(断層の長さ、断層の幅、断層面積(単位はM、以下「S」と表記する。)、地震モーメント、平均すべり量、短周期レベル(強震動予測に直接影響を与える短周期領域における加速度震源スペクトルのレベル、単位はN・m/s2以下「A」と表記する。)、平均応力降下量(単位はMPa、以下「⊿σ」と表記する。)、アスペリティ総面積(単位はk㎡、以下「Sa」と表記する。)、アスペリティ応力降下量(単位はMPa、以下「⊿σa」と表記する。)等を設定する上で用いる経験式については、壇ほか(2011)を基本として採用した(乙31-25~27)。さらに、480kmケース及び130kmケースではFujii and Mtsu’ura(2000)の経験式を、54kmケースでは入倉・三宅(2001)によって算出される地震モーメントにFujii and Mtsu’ura (2000)の平均応力降下量を組み合わせて用いる手法(以下「入倉・三宅の手法」という。)をそれぞれ基本震源モデルに織り込むこととした。

       相手方が、480kmケース及び130kmケースにつきFujii and Mtsu’ura (2000)を採用したのは、現在提案されている主要な経験式のうち、同手法が壇ほか(2011)と並び長大断層を含んだデータに基づいて開発された手法の一つであり、平成21年改訂レシピにおいても長大断層の知見としてこの手法による平均応力降下量を用いる手法が提案されていることを踏まえたもの、54kmケースにつき入倉・三宅の手法を採用したのは、同レシピにおいてこれを用いる手法が提案されていることを踏まえたものであった。また、相手方は、断層の幅については、ボーリング調査等の結果に基づき、断層上端を深さ2kmと、断層下端を深さ15kmとそれぞれ想定した上で、54km及び130kmケースの鉛直モデルでは13kmと、480kmケースの鉛直モデルでは12.7kmと想定した(乙31-23、40、42、44、54)。

     ⅱ 不確かさの考慮

      相手方は、応答スペクトルに基づく地震動評価において、480km、130km及び54kmの3ケースそれぞれについて、不確かさの考慮として、断層傾斜角が鉛直のモデルと北傾斜のモデルを考慮することとした。さらに、相手方は応答スペクトルに基づく地震動評価の過程で断層長さを69kmとするケース(以下「69kmケース」という。)を設定し、これについても不確かさの考慮として断層傾斜角が鉛直のモデルと北傾斜のモデルとをそれぞれ評価し、基準地震動Ssの策定において考慮することとした。

      断層長さを69kmとするケースは、敷地前面海域の断層鮮(54km)の両端にあるジョグのさらに両端まで運動することを想定するものである。なお、相手方は、ジョグは、断層の破壊が停止し、乗り移る領域のため、変位量は低減するはずであって、ジョグの変位量を大きく想定する断層長さ69kmのモデルは科学的には考え難い連動ケースであると考えていたことから、新規制基準が定められる以前の地震動評価においては不確かさの一つとして考慮し、新規制基準実施後においては、69kmケースを包含する480kmケース及び130kmケースを基本震源モデルとして設定することにより、69kmケースの評価はそれに含まれるものと理解していた(乙31-33~34)が、平成26年9月12日の原子力規制委員会の審査会合において、69kmケースの地震動評価についても応答スペクトル法での評価を求められたことから、同年11月7日付けコメント回答においてその評価を示すことにしたものであった(乙31-95)。

      また、相手方は、断層モデルを用いた地震動評価における不確かさの考慮にあたり、①破壊開始点につき、地震動評価への影響が大きくなるように断層東下端、中央下端及び西下端の3か所又は5か所に設定し、②アスペリティ深さにつき、上記①と同様の趣旨で断層上端にアスペリティを配置した上、③断層長さにつき、480kmケースに加え、130kmケース、54kmケースでも評価することとし、上記①ないし③の不確かさを、いずれも基本震源モデルに織り込むこととする一方、④アスペリティ応力降下量、⑤断層傾斜角(北傾斜)、⑥断層傾斜角(南傾斜)、⑦破壊伝播速度、⑧アスペリティの平面位置については、いずれも基本震源モデルに織り込まず、基本震源モデルの不確かさに重畳させる、独立した不確かさとして、次のとおり考慮することとした(乙11-6-5-31~33、70~75)。

      ・アスペリティ応力降下量

       新潟県中越沖地震(超過事例③)の震源特性として、短周期レベルが平均的な値の1.5倍程度大きかったところ、これは、ひずみ集中帯に位置する逆断層タイプの地震という地域性によると考えたため、本来ならば、過去の地震観測記録に基づいて本件原子炉施設周辺で発生する地震の震源特性の分析を行うべきところであるが、本件原子炉施設周辺では規模の大きい内陸地殻内地震は発生していないことを踏まえ、新潟県中越沖地震の知見を反映し、短周期レベルと相関関係のあるアスペリティの応力降下量を基本震源モデルの1.5倍又は20MPaとした場合の評価を行う。

      ・ 断層傾斜角(北傾斜)

        敷地前面海域の断層群の震源断層は横ずれ断層と推定されるため傾斜角が高角度である可能性が高いと考えたが、活断層としての中央構造線が北へ傾斜する地質境界と一致する可能性を完全には否定できないことから、横ずれ断層については、傾斜角90度の場合(以下「鉛直モデル」という。)のみならず、北に30度傾斜させた場合(以F下「北傾斜モデル」という。)の評価を行う。

      ・ 断層傾斜角(南傾斜)

        断層傾斜角のばらつきを踏まえ、敷地側に傾斜する場合を考慮し、横ずれ断層について南に80度傾斜させた場合(以下「南傾斜モデル」という。)の評価を行う。

      ・ 破壊伝播速度

        海外の長大な活断層の破壊伝播速度がS波速度を超える事例があるとの知見を踏まえ、480km及び130kmの各ケースについてはVr(破壊伝播速度)=Vs(地震発生層のS波速度)の場合の評価を行い、54kmケースについては、平均的な破壊伝播速度の不確かさに関する知見を踏まえ破壊伝播速度Vr=0.87Vsの場合の評価を行う。

      ・ アスペリティの平面位置

 基本的にはジョグにアスペリティは想定されないと考えたものの、完全には否定できないとして、敷地正面のジョグにアスペリティを配置する場合の評価を行う。

  なお、Fujii and Mtsu’ura (2000)を用いた480km及び130kmの各ケースでは、壇ほか(2011)による検討結果から、影響が比較的大きかった①のアスペリテイ応力降下量と⑦の破壊伝播速度を考慮することとした(乙31-40、42)。

  ちなみに、各基本震源モデルを解析したところ、断層長さの基本となる480kmから断層長さを変えても地震動レベルはほぼ変わらない結果が得られた。したがって、130km及び54kmの各不確かさケースの地震動レベルについても、断層長さ480kmにおける各不確かさケースの地震勤レベルとほぼ等しいと推定される(乙31-180、183、186)。このため、54kmケースで入倉一三宅の手法を用いる場合の各不確かさケースと、54kmケースで壇ほか(2011)を用いる場合における破壊伝播速度の不確かさケース(480kmの不確かさケースとは設定値が異なる。)とを除き、130km及び54kmの各不確かさケースの評価結果については、480kmの各不確かさケースの評価結果で代表させることとした(乙11-6-5-42、乙31-45)。

     ⅲ 応答スペクトルに基づく地震動評価

       応答スペクトルに基づく地震動評価においては、480km、130km及び54kmの3ケースに加え、敷地前面海域の断層群(42km)の両端にあるジョグ(各13km)のさらに両端まで巡動することを想定した69kmケースのそれぞれについて、断層傾斜角が鉛直のモデルと北傾斜のモデルを考慮した。

       適用する距離減衰式については、耐専式(等価震源距離を使用)を基本とするものの、130kmケース、69kmケース及び51kmケースの各鉛直モデルについては、断層との等価震源距離が耐専式の適用下限(極近距離)を下回り、かつ、内陸補正(耐専式のデータの多くが内陸地殻内地震に比して地震動の大きい海溝型地震によるものであることを考慮し、内陸地殻内地震への適用に際して地震動を低減する補正を行う(周期0.02秒~0.6秒の地震動につき0.6を乗じる)こと。乙269-71)をしても耐専式の評価結果が耐専式以外の複数の距離減衰式(いずれも断層最短距離を使用)の評価結果と比較して過大となるとして、耐専式以外の複数の距離減衰式を用いた評価を行い、上記3ケースを除くケースについては、耐専式を含む複数の距離減衰式によって評価を行った(乙11-6-5-36~39、97、乙31-94~131)。

       一方、地震規模(気象庁マグニチュードM)については、断層長さLに基づいて、松田(1975)で紹介されているLとMの経験式(M=(logL十2.9)/0.6(乙354・5頁)、以下「松田式」という。)により設定することとしたか、130km、480kmの各ケースについては、松田式の適用範囲か断層長さ8Okm以下のものに限られるとの見解を前提に、①断層長さが約8Okm以下になるように断層を区分し(以下、区分された断層を「セグメント」という。)、②各セグメントの断層毎に松田式を適用して各セグメント毎のMを求め、③これに武村(1990)で紹介されているMと地震モーメントMQとの経験式(logMo=1.17・M十10.72(乙354・5頁)、以下「武村式」という。)を適用して各セグメント毎のMoを求め、④各セグメント毎のMoを合算して各セグメントが同時に動いた場合のMoを求め、⑤このようにして算定されたMoに武村式を適用して各セグメントか同時に動いた場合のMを求めた(乙178)。

     ⅳ 断層モデルを用いた手法による地震動評価

       断層モデルを用いた手法による地震動評価を行うにあたっては、まず、中央構造線断層帯及び別府一万年山断層帯の連動を考慮した480kmの基本震源モデルについて、統計的グリーン関数法及び経験的グリーン関数法により評価し、両者を比較した。なお、経験的グリーン関数法に用いる要素地震は、2001年芸予地震(以下「芸予地震」という。)の余震である安芸灘の地震(M5.2)の本件敷地における観測記録を用いた。適用にあたっては、当該地震がスラブ内地震である(乙391・5頁)ため、内陸地殼内地震の評価に用いることができるよう、距離及びパラメータ(地震モーメント、応力降下量等)を補正した。上記比較の結果、統計的グリーン関数法及び経験的グリーン関数法のいずれによった場合も整合的であることが確認されたものの、原子炉施設に影響の大きい短周期(周期0.1秒付近)の地震動については経験的グリーン関数法の結果の方が厳しい結果を与えるものであったことから、断層モデルを用いた手法による地震動評価においては、経験的グリーン関数法を採用した(乙11-6-5-41~42、202~220、221~223、乙31-152~155)。

       上記経験的グリーン関数法及び統計的グリーン関数法の意義は、以下のとおりである(乙354)。

       経験的グリーン関数法と統計的グリーン関数法は、いずれも既存の小地震の波形から大地震の波形を合成する方法で、半経験的手法である。

       経験的グリーン関数法は、想定する断層の震源域で発生した中小地震の波形を要素波(グリーン関数)として、想定する断層の破壊過程に応じて足し合わせる方法であり、時刻歴波形を予測でき、破壊過程の影響やアスペリティの影響を考慮できるが、予め評価地点で適当な観測波形か入手されている必要がある。

       統計的グリーン関数法は、多数の観測記録の平均的特性をもつ波形を要素波とする方法であり、評価地点で適当な観測波形を入手する必要はないが、評価地点固有の特性に応じた震動特性が反映されにくいとされる。

     (b) プレート間地震

     i 基本震源モデル

       基本震源モデルとしては、検討用地震として選定した、内閣府(2012b)の南海トラフの巨大地震(陸側ケース)(Mw9.0)を採用することとした。

     ⅱ 不確かさの考慮

       南海トラフの巨大地震(陸側ケ一ス)(Mw9.0)に設定された強震動生成域に加え、断層モデルを用いた手法による地震動評価において、本件敷地直下にも強震動生成域を追加配置する不確かさの考慮を行った。

     ⅲ 応答スペクトルに基づく地震動評価

       地震規模は、内閣府(2012b)に従いMw8.3とした。

       距離減衰式は、耐専式を用いて評価を行った。(乙11-6-5-39、200)

     iv 断層モデルを用いた手法による地震動評価

       地震規模は、内閣府(2012b)に従いMw9.0とした。

       グリーン関数は、プレート間地震について適切な要素地震が得られていないことや、内閣府(2012b)が統計的グリーン関数法を用いていることを踏まえ、統計的グリーン関数法及びハイブリッド合成法により評価を行った(乙11-6-5-43、229)。

       上記ハイブリッド合成法は、震源断層における現象のうち長周期領域を理論的手法、破壊のランダム現象か卓越する短周期領域を半経験的手法でそれぞれ計算し、両者を合成する方法であり、時刻歴波形を予測でき破壊の影響やアスペリティの影響を考慮でき、広帯域の評価が可能とされる。

       上記理論的手法は地震波の伝播特性と表層地盤の増幅特性を弾性波動論により計算する方法であり、時刻歴波形を予測でき、破壊過程の影響やアスペリティの影響を考慮できるが、震源断層の不均質特性の影響を受けにくい長周期領域については評価し得るものの、短周期地震動の生成に関係する破壊過程および地下構造の推定の困難さのため短周期領域についての評価は困難となるとされる(乙354)。

     (c) 海洋プレート内地震

     i 基本震源モデル

       1649年安芸・伊予の地震(M6.9)を検討用地震として選定したが、基本震源モデルの設定にあたっては、地震発生位置と規模の不確かさをあらかじめ織り込むこととし、本件敷地下方に既往最大規模(1854年伊予西部地震のM7.0)の地震を仮定するなどし、「想定スラブ内地震」として地震動評価を行った。

     ⅱ 不確かさの考慮

       不確かさの考慮においては、1649年安芸・伊予の地震(M6.9)を再現したモデルをM7に較正したケース、本件敷地の真下に想定する地震規模をM7.2としたケース、アスペリティの位置を断層上端に配置したケース、本件敷地東方の領域に水平に近い断層面を考慮したケース(M7.4)を設定した。

     ⅲ 応答スペクトルに基づく地震動評価

       距離減衰式として耐専式を用いて評価を行った(乙11-6-5-39、198~199)。

     iv 断層モデルを用いた手法による地震動評価

         本件敷地で得られた2001年芸予地震の余震である安芸灘の地震の観測記録を要素地震とした経験的グリーン関数法により評価を行った(乙11-6-5-42~43、224~228)。

   (イ) 震源を特定せず策定する地震動

      相手方は、震源を特定せず策定する地震動について、次のとおり評価した。

    a 加藤ほか(2004)の知見

     震源を特定せず策定する地震動に関する代表的な知見として、加藤ほか(2004)があり、改訂耐震指針の震源を特定せず策定する地震動も同知見に基づくものであるところ、新規制基準の震源を特定せず策定する地震動についての考え方は、改訂耐震指針で規定されていたものと基本的な違いはないため、従来同様に、加藤ほか(2004)が提案する「地震基盤における地震動」を震源を特定せず策定する地震動として考慮することとした。

     加藤ほか(2004)は、内陸地殻内で発生する地震を対象として、既存の活断層図等の文献による調査・空中写真判読によるリニアメント調査・現地における地表調査等の詳細な地質学的調査によっても震源位置と地震規模を前もって特定できない地震を「震源を事前に特定できない地震」と定義し、震源を事前に特定できない地震の規模及び位置は前もって想定できないことから、「マグニチュードや震源距離を規定する方法(旧耐震指針の「直下地震M6.5」という地震規模による設定等)」はとらず、「震源近傍の強震観測記録に基づいて地震動レベルを直接設定する方針」によるとした上で、日本及びカリフオルニアで発生した計41の内陸地殻内地震のうち、9地震12地点の計15記録(30水平成分)の強震記録を、震源を事前に特定できない地震の上限レベルの検討に用いたところ、Vs=700m/秒相当の岩盤上における水平方向の地震動の上限レベルとして、最大加速度値450ガル、加速度応答値1200ガル、速度応答値100cm/秒が得られたというものである。

    b 震源近傍の観測記録の収集・検討

     (a) 相手方が観測記録の収集対象として検討した地震は、地震ガイドが例示する次の16地震である。

      No.1 2008年岩手・宮城内陸地震 Mw6.9

      No.2 2000年鳥取県西部地震 Mw6.6

      No.3 2011年長野県北部地震 Mw6.2

      No.4 1997年3月鹿児島県北西部地震 Mw6.1

      No.5 2003年宮城県北部地震 Mw6.1

      No.6 1996年宮城県北部(鬼首)地震 Mw6

      No.7 1997年5月鹿児島県北西部地震 Mw6

      No.8 1998年岩手県内陸北部地震 Mw5.9

      No.9 2011年静岡県東部地震 Mw5.9

      No.10 1997年山口県北部地震 Mw5.8

      No.11 2011年茨城県北部地震 Mw5.8

      No.12 2013年栃木県北部地震 Mw5.8

      No.13 2004年北海道留萌支庁南部地震 Mw5.7

      No.14 2005年福岡県西方沖地震の最大余震 Mw5.4

      No.15 2012年茨城県北部地震 Mw5.2

      No.16 2011年和歌山県北部地震 Mw5

     (b) 地震ガイドの「地表地震断層が出現しない可能性がある地震」は、断層破壊領域が地震発生層の内部に留まり、国内においてどこでも発生すると考えられる地震で、震源の位置も規模もわからない地震として地震学的検討から全国共通に考慮すべき地震(震源の位置も規模も推定できない地震(Mw6.5未満の地震)であり、震源近傍において強震動が観測された上記No.3ないし16が対象となる。

       そこで、相手方は、これらの地震の観測記録を収集したところ、No.13の2004年北海道留萌支庁南部地震(以下「留萌支庁南部地震」という。)では信頼性の高い観測記録が得られたものの、その他の観測記録は、加藤ほか(2004)による応答スペクトルを下回るものであったり、観測記録が観測地点の地盤の影響を受けた信頼性の低いものであったりしたとして、考慮の対象から除外した(乙40-70~124)。

       留萌支庁南部地震は、震源近傍の観測点において1127ガルという大きな加速度を観測したものである。当初、観測記録は、地表のものしか得られず、既存の地盤情報も十分ではなかったが、観測地点の地盤についてボーリング調査等が行われ、佐藤ほか(2013)によって信頼性の高い地盤モデルが得られたものである。佐藤ほか(2013)は、S波速度が938m/秒となる深さ41mを基盤層に設定した上で解析評価を行い、基盤地震動の最大加速度は585ガルで地表観測記録の約1/2となる(観測記録の加速度は地盤の影響によって増幅している)ことを明らかにした。また、佐藤ほか(2013)以降の追加調査によって得られた試験データを用いて解析を行ったところ、基盤地震動の最大加速度は561ガルとなり、佐藤ほか(2013)よりもやや小さめに評価された。本件敷地地盤のS波速度が2600m/秒である(より硬い地盤である)ことを考慮すれば、この観測記録を本件原子炉の地震動評価に用いればさらに小さい評価となるところ不確かさを保守的に考慮した結果として、留萌支庁南部地震の基盤地震動を620ガルに引き上げた地震動を震源を特定せず策定する地震動として考慮した(乙40-125~153)。

     (c) 一方、地震ガイドの「事前に活断層の存在が指摘されていなかった地域において発生し、地表付近に一部の痕跡が確認された地震」は、震源断層がほぼ地震発生層の厚さ全体に広がっているものの、地表地震断層としてその全容を表すまでには至っていない地震(震源の規模が推定できない地震(Mw6.5以上の地震))であり、上記No.1の2008年岩手一宮城内陸地震(以下「岩手・宮城内陸地震」という。)及びNo.2の2000年鳥取県西部地震(以下「鳥取県西部地震」という。)が対象となるが、活断層や地表地震断層の出現要因の可能性として、地域によって活断層の成熟度が異なること、上部に軟岩や火山岩、堆積層が厚く分布する場合や地質体の違い等の地域差があることが考えられるとされている。

       そこで、相手方は、本件原子炉の立地地点と岩手・宮城内陸地震及び鳥取県西部地震の震源域との地域差等について検討を行った、

 その結果、岩手・宮城内陸地震の震源域については、地形、第四紀火山との位置関係、地質、応力場、微小地震の発生状況等において、本件原子炉施設の立地地点とは特徴が大きく異なっており、特に新第三紀以降の火山岩、堆積岩が厚く分布しているのに対し.本件原子炉施設の立地地点には堅硬かつ緻密な結晶片岩が少なくとも地下2kmまで連続している点で地域差が顕著であり、鳥取県西部地震の震源域については、地震テクトニクス(応力場等の地震発生環境)が異なり、活断層の成熟度及びこれに寄与する歪み蓄積速度や地下の均質性において地域差が認められること、両地震の震源域と本件原子炉の立地地点では地震地体構造が異なっていることから、地震の起こり方も異なるとして、両地震のいずれも検討対象地震として選定する必要はないと考えた(乙40-4~6)。

       さらに、相手方は、鳥取県西部地震については、大局的には本件原子炉の立地地点と同じく西南日本の東西圧縮横ずれの応力場にあることから、地震が発生する地下深部の構造について検討を加え、その結果、深部地下構造に違いがあって、本件原子炉の立地地点と鳥取県西部地震の震源域とでは地震ガイドにいう「活断層の成熟度」に地域差が認められ(乙42-73~87)、やはり、鳥取県西部地震を震源を特定せず策定する地震動の評価において考慮する必然性はないと考えたものの、大局的にはいずれも西南日本の東西圧縮横ずれの応力場であることを踏まえ、保守的に、鳥取県西部地震の観測記録を震源を特定せず策定する地震動として考慮することとした(乙42-89)。

       鳥取県西部地震については、鳥取県にある賀祥ダムの監査廊(以下「賀祥ダム」という。)に設置された地震計による信頼性の高い観測記録が得られており、国立研究開発法人防災科学技術研究所の強震観測網によっても信頼性の高い観測記録が得られているが、賀祥ダムの観測記録がこれを概ね上回ることなどから、震源を特定せず策定する地震動による基準地震動Ssの検討においては賀祥ダムの観測記録で代表させることとした(乙42-91)。

   (ウ) 基準地震動Ssの策定

    a 敷地ごとに震源を特定して策定する地震動

     敷地ごとに震源を特定して策定する地震動のうち、応答スペクトルに基づく手法による地震動評価において求めた応答スペクトル及び基準地震動S2(本件原子炉建設時の基準地震動)の応答スペクトルを包絡するように、設計用応答スペクトルを設定し、水平方向の基準地震動Ss-1Hを設定するとともに、鉛直方向については、Ss-1Hに対して、耐専式の鉛直方向の地盤増幅率を乗じて基準地震動Ss-1Vを設定した(乙11-6-5-48、乙31-221~228)。

     また、敷地ごとに震源を特定して策定する地震動のうち、断層モデルを用いた手法による地震動評価の結果(乙31-230)、本件原子炉の施設に与える影響が大きいケースとして、内陸地殻内地震(中央構造線断層帯による地震)における検討ケースのうち、①断層長さ480kmで壇ほか(2011)のスケーリング則を用いてアスペリティ応力降下量の不確かさを考慮したケース、②断層長さ480kmでFujii and Matsu’ura (2000)のスケーリング則を用いてアスペリティ応力降下量の不確かさを考慮したケース、③断層長さ54kmで入倉・三宅の手法を用いて応力降下量の不確かさを考慮したケースを選定し、経験的グリーン関数法と理論的手法によるハイブリッド合成を行った。その結果、上記の基準地震動Ss-1を一部の周期帯において越えた7ケースを基準地震動Ss-2-1ないしSs-2-7とした(乙11-6-5-48~49、乙31-231)。

     また、相手方は、中央構造線断層帯に係る経験的グリーン関数を用いた評価では、東西方向の地震動の周期0.2~0.3秒で基準地震動Ss-1を超過する結果が得られているが、仮に、要素地震の南北方向の地震動が東西方向の地震動と同程度のレベルであったとすれば、南北方向でも基準地震動Ss-1を超過する可能性も否定できないとして、東西方向の周期0.2~0.3秒で基準地震動Ss-1を超過するケースのうち、基準地震動Ss-1を超過する度合いが大きく、かつスケーリング則として基本に考えている壇ほか(2011)に基づいて評価した断層長さ480kmでアスペリティ応力降下量の不確かさ(20MPa)を考慮したケースについて、東西方向と南北方向の地震波を入れ替えたケースを仮想してSs-2-8として設定した(乙11-6-5-49~50、乙31-232)。

     なお、プレート間地震及び海洋プレート内地震ではSs-1を下回ることから、いずれの地震も基準地震動Ss-2としては設定しなかった(乙13-19~20、乙31-237、239)。

     もっとも、プレート間地震(南海トラフ巨大地震)の地震動に対する応答スペクトルは、長周期側で弾性設計用地震動Sd-1(基準地震動Ssに0.5を下回らない係数を乗じて設定する地震動であり、耐震重要度分類Sクラスの施設は、弾性設計用地震動又は静的地震力のいずれか大きい方の地震力に対しておおむね弾性状態(変形しても元どおりに戻る状態)に留まる範囲で耐えることを要する。設置許可基準規則解釈別記2の3-、4-)を超えていたが、相手方は、短周期側でSd-1を下回っており、かつ、弾性設計用地震動に対して施設全体として概ね弾性範囲に留まるなどとして、上記の扱いをしたものである(乙94、相手方の原審準備書面(5)の補充書(2)・54~55頁)。

    b 震源を特定せず策定する地震動

     震源を特定せず策定する地震動のうち、加藤ほか(2004)は基準地震動Ss-1に包絡されることから、Ss-1を一部の周期帯で超える留萌支庁南部地震の基盤地震動及び鳥取県西部地震の際の賀祥ダムの観測記録を基準地震動Ss-3として選定することとした(乙11-6-5-50、乙42-94)。

    c 基準地震動Ssの最大加速度

     以上の結果、基準地震動Ssとして基準地震動Ss-1では1ケース、基準地震動Ss-2は8ケース、基準地震動Ss-3は2ケースをそれぞれ設定した。これらの最大加速度の一覧は、別表2のとおりである(なお、単位はガル。また、「H」は水平動、「V」は鉛直動、「NS」は水平動NS成分、「EW」は水平動EW成分、「UD」は鉛直動UD成分を示す。)。

   (エ) 基準地震動Ssの年超過確率(乙11-6-5-51~52、252~260、審尋の全趣旨(「伊方発電所3号機地震動評価(超過確率の参照)(耐震性能)平成24年2月4日四国電力株式会社」))

    a 年超過確率の算定方法

     (a) 年超過確率の算定は、一般社団法人日本原子力学会(以下「日本原子力学会」という。)が定めた「原子力発電所の地震を起因とした確率論的安全評価実施基準:2007」(以下「原子力学会(2007)」という。乙193)に基づき.「特定震源モデルに基づく評価」及び「領域震源モデルに基づく評価」を実施した。

     (b) その策定手順は、以下のとおりである。

     i 伊方発電所から慨ね百数十km程度内の震源を対象とし、①ひとつの地震に対して、震源の位置、規模及び発生頻度を特定して扱う「特定震源モデル」、②ある拡がりを持った領域の中で発生する地震群として取扱う「領域震源モデル」に分類する。

     ⅱ ①特定震源モデルについては、各々の地震について、基準地震動の策定の際、設定したモデルや地震動評価手法を参照し、②領域震源モデルについては、ある程度均質であると考えられる領域内での地震特性を踏まえ、それぞれ可能性のある不確かさ要因の組合せをツリー状に表現し、可能性の度合いに応じて重みを設定した震源モデル(ロジックツリー)の設定を行う。

     ⅲ 策定した震源モデル(ロジックツリー)の全分岐について地震動評価を行い、ある任意地点において将来の一定期問中に襲来するであろう任意の地震動強さと、その強さを超過する確率との関係を示した地震ハザード曲線を策定する。

     ⅳ 策定した複数の周期の地震ハザード曲線に基づいて、同一の超過確率となる応答値を周期を模軸にしてつなぎ、一様ハザードスペクトルを策定する。

     (c) 「特定震源モデルに基づく評価」は、一つの地震に対して、震源の位置、規痕及び発生頻度を特定して扱うモデルで、「敷地ごとに震源を特定して策定する地震動」に対応する。相手方は、敷地前面海域の断層群(中央構造線断層帯)による地震、その他の活断層で発生する地震及び南海地震を考慮した。

     (d) 「領域震源モデルに基づく評価」は、ある拡がりを持った領域の中で発生する地震群として取り扱うモデルで、「震源を特定せず策定する地震動」に対応する。相手方は、活断層の存在が知られていないところで発生し得る内陸地殻内地震、南海地震以外のフィリピン海プレートで発生する地震(プレート間地震及び海洋プレート内地震)を考慮した。

     (e) そして、両モデルにおける年超過確率を足し合わせて、全体としての年超過確率を算定した。

    b 年超過確率の算定結果

     相手方は、上記aにより年超過確率を算定した結果として、基準地震動Ss-1の年超過確率は、10-4~10-6/年(1万年~100万年に1回)程度であり、基準地震動Ss-2及び基準地震動Ss-3の年超過確率も同程度であるとした。

   エ 原子力規制委員会の審査結果

    原子力規制委員会による相手方の基準地震動策定の審査の結果は次のとおりである(乙13-10~20)。

   (ア) 敷地ごとに震源を特定して策定する地震動

     原子力規制委員会は、審査の過程において、①敷地前面海域の断層群(中央構造線断層帯)による地震動評価に当たっては、当該断層群が長大であるため、部分破壊も考慮するとともに、スケーリング則の適用性を検討すること、②破壊伝播速度につき、敷地前面海域の断層群(中央構造線断層帯)が長大な横ずれ断層であることを考慮し、最新の知見を考慮して検討することを求めた。

     この点に関して相手方がした上記地震動評価は、原子力規制委員会による上記求めに応じて補正された結果である。

   (イ) 震源を特定せず策定する地震動

     原子力規制委員会は、審査の過程において、①震源を特定せず策定する地震動の評価で収集対象となる内陸地殻内の地震の例として地震ガイドに示している全ての地震について観測記録等を収集し、検討することを求め、このうち鳥取県西部地震については、鳥取県西部地震震源域と本件原子炉立地地点との間に地質学的背景に大きな地域差が認められない旨指摘し、②留萌支庁南部地震については、その地震観測記録について、既往の知見である微動探査等に基づく地盤モデルによるはぎとり解析のみならず、適切な地質調査データに基づく地盤モデルによるはぎとり解析等を求めた。

     この点について相手方がした上記地震動評価は、原子力規制委員会による上記求め又は指摘を踏まえた結果である。

   (ウ) 原子力規制委員会は、上記(ア)及び(イ)を経た上で、相手方が策定した基準地震動が設置許可基準規則解釈別記2の規定に適合しているとした。

  (11) 本件原子炉施設の耐震設計等(東北地方太平洋沖地震後一地すべり)

    原決定の「理由」中「第2 事案の概要」の2(11)記載のとおりであるから、これを引用する。

  (12) 本件原子炉施設の耐震設計等(爽化地方太平洋冲地震後一液状化)

    原決定の「理由」中「第2 事案の概要」の2(12)記載のとおりであるから、これを引用する。

  (13) 本件原子炉施設の耐震設計等(東北地方太平洋沖地震後一津波)

    原決定の「埋由」中「第2 事案の概要」の2(13)記載のとおりであるから、これを引用する。

  (14) 本件原子炉施設の耐震設計等(東北地方太平洋沖地震後一火山現象)

   ア 新規制基準等の内容

   (ア) 設置許可基準規則によれば、安全施設は、想定される自然現象(地震及び津波を除く。)が発生した場合においても安全機能を損なわないものでなければならないとされ(同6条1項)、「想定される自然現象」とは、敷地の自然環境を基に、洪水、風(台風)、竜巻、凍結、降水、積雪、落雷、地滑り、火山の影響、生物学的事象又は森林火災等から適用されるものをいうものとされている(同解釈6条1項)。

     また、重要安全施設は、当該重要安全施設に大きな影響を及ぼすおそれがあると想定される自然現象により当該重要安全施設に作用する衝撃及び設計基準事故時に生ずる応力を適切に考慮したものでなければならないとされ(設置許可基準規則6条2項)、「大きな影響を及ぼすおそれがあると想定される自然現象」とは、対象となる自然現象に対応して、最新の科学的技術的知見を踏まえて適切に予想されるものをいい、過去の記録、現地調査の結果及び最新知見等を参考にして、必要のある場合には、異種の自然現象を重畳させるものとされている(同解釈6条2項)。

   (イ) 火山ガイド(乙147)は、新規制基準を受け、上記各自然現象のうち「火山の影響」について、原子力発電所への火山影響を適切に評価するため、立地評価と影響評価の2段階で行うこととしている(その趣旨につき「考え方」。用語の定義につき火山ガイド1.4)。

     立地評価とは、評価対象場所周辺の火山事象の影響を考慮して原子力発電所を建設するサイト(敷地)としての適性を評価することを言い、主として、火山活動の将来の活動可能性を検討しながら、設計対応不可能、つまり、施設や設備で対応が不可能な火山事象(火砕物密度流、溶岩流、岩屑なだれ、地滑り及び斜面崩壊、新しい火口の開口並びに地殻変動)の当該サイトヘの到達の可能性を評価するものである。

     影響評価とは、立地評価の結果、立地が不適とされないサイトにおいて、運用期間中に生じうる火山事象に対し、その影響を評価することを言い、具体的には、設計対応可能、つまり、施設や設備で対応が可能な火山事象(降下火砕物、火山性土石流・火山泥流及び洪水、火山から発生する飛来物(噴石)、火山ガス、津波及び静振、大気現象、火山性地震とこれに関連する事象並びに熱水系及び地下水の異常)の影響を評価し、これに対する事業者の設計方針について評価を行うものである。

     このように、①設計対応不可能な火山事象が原子力発電所の運用期間中に到達する可能性を評価することで、原子力発電所の立地として不適切なものを排除し(立地評価)、その上で、②設計対応可能な火山事象

に対する施設や設備の安全機能の確保を評価している(影響評価)。

   イ 立地評価に関する火山ガイドの定め

   (ア) 地理的領域内の火山の抽出

     火山影響評価が実施される原子力発電所周辺の領域(原子力発電所から半径160kmの範囲の領域。以下「地理的領域」という。)に対して、文献調査等で第四紀(約258万年前以降)に活動した火山(以下「第四紀火山」という。)を抽出する。

     160kmの範囲を地理的領域とするのは、国内の最大規模の噴火である阿蘇4噴火(約9万年前)において火砕物密度流が到達した距離が160kmであると考えられているからである。

     また、第四紀火山を対象とするのは、日本には、258万年間の休止期間を経た後に火山活動を再開させた火山は存在しておらず、258万年前までに活動を終えた、日本の火山が火山活動を再開させる蓋然性は極めて低いと考えられているからである(日本には5つの火山弧(千島、東北日本、伊豆一小笠原、西南日本、琉球)があり、火山弧の活動は、日本において1億年以上継続していると考えられているが、現在のテクトニクス場(主に岩石圏の動きによる地殻の応力場)が成立した時期は、概ね鮮新世(約500万年前から258万年前まで)から第四紀更新世(約258万年前から約1万年前まで)の間であると考えられ、地殻変動の傾向や火山活動の場は数十万年から数百万年にわたって変化がないと考えられている。)。

     地理的領域内に第四紀火山がない場合には、立地不適にはならない。

   (イ) 完新世の活動の有無

     地理的領域内に第四紀火山がある場合には、完新世(約1万年前まで)に当該火山の活動があったか否かを評価する(気象庁が概ね1万年以内に噴火した火山及び現在活発な噴気活動のある火山を活火山としていることに対応)。

     完新世に活動があった火山は、将来の活動可能性があることを示すものとして広く受け入れられていることから、完新世に活動していることが認められれば直ちにこれを将来の活動可能性のある火山とする。

     完新世に活動していない火山については.文献調査並びに地形一地質調査及び火山学的調査の調査結果を基に、当該火山の噴火時期、噴火規模、活動の休止期間を示す階段ダイヤグラム(縦軸に噴出量を設定し、横軸に噴出年代を設定し、それを分析することで、将来の火山活動の規模や時期について評価するもの)を作成し、前記文献調査及び調査結果等から得られた知見と併せて、完新世よりも古い時期まで遡り、活動状況を踏まえて将来の火山活動を評価する。これらの評価の結果、火山活動が終息する傾向(噴火様式や噴出物の特性等)が顕著であり、最後の活動終了から現在までの期間が、過去の最大休止期間より長い等過去の火山活動の調査結果を総合的に考慮し、将来の活動可能性が無いと判断できる場合は、当該火山の火山活動に関する個別評価を行う必要は無い。

     完新世に活動があった場合や、完新世に活動がなかったものの、将来の活動可能性が否定できない場合には.原子力発電所に影響を及ぼし得る火山として、火山活動に関する個別評価を行う。

   (ウ) 火山活動に関する個別評価

    a 運用期間中の火山の活動可能性の評価

     火山活動に関する個別評価を行うのは、原子力発電所に影響を及ぼし得る火山として抽出された火山である。

    ①将来の活動可能性を評価する際に用いた調査結果と必要に応じて実施する②地球物理学的及び③地球化学的調査の結果を基に、原子力発電所の運用期間中における検討対象火山の活動可能性を総合的に評価する。

    ①将来の活動可能性を評価する際に用いた階段ダイヤグラムや地質調査等は、対象とする火山の過去から現在までの火山活動に焦点を当てた調査方法であるが、②地球物理的及び③地球化学的調査は、対象とする火山の現在の火山活動に焦点を当てた調査方法である。②地球物理学的調査とは、例えば、現在、地下にマグマ溜まりがあるのか、火山性地震は発生しているのか等を調査する方法である。③地球化学的調査とは、火山ガスの観測、地下水に含まれるマグマ起源のガス分析等である。これらの②地球物理学的調査や③地球化学的評価によって、現在の火山の状態を分析し、現在の活動状況を確認して評価を行う。

    b 設計対応不可能な火山事象の到達可能性の評価

     検討対象火山の活動の可能性が十分小さいと判断できない場合は、火山活動の規模と設計対応不可能な火山事象の到達可能性を評価する。

     検討対象火山の調査結果から原子力発電所運転期間中に発生する噴火規模を推定する。

     調査結果から原子力発電所運用期間中に発生する噴火の規模を推定できない場合は.検討対象火山の過去最大の噴火規模とする。

     次に設定した噴火規模における設計対応不可能な火山事象が原子力発電所に到達する可能性が十分小さいかどうかを評価する。評価では、①検討対象火山の調査から噴火規模を設定した場合には.その噴火規模での影響範囲を推定する。推定する際には、類似の火山における設計対応不可能な火山事象の影響範囲を参考とすることができる。②過去最大の噴火規模から設定した場合には、検討対象火山での設計対応不可能な火山事象の痕跡等から影響範囲を判断する。③いずれの方法によっても影響範囲を判断できない場合には、設計対応不可能な火山事象の国内既往最大到達距離を影響範囲とする。

     なお、火山噴火の規模を表す一つの指標として、火山爆発指数(VEI、Volcanic Explosivity Indexの略)があり、噴出した火砕物(火山灰、火砕流等)の最で評価される(VEI4は0.1k㎥右以上1k㎥未満、VEI5は1k㎥以上10k㎥未満、VEI6は10k㎥以上100k㎥未満、VEI7は100k㎥以上1000k㎥未満)。

     これらの評価の結果、設計対応不可能な火山事象が原子力発電所に到達する可能性が十分小さいと評価できる場合には、立地は不適とはならない(ただし、後記(エ)のモニタリングを行う。)。

     これに対し、設計対応不可能な火山事象が原子力発電所運用期間中に影響を及ぼす可能性が十分小さいと評価されない火山がある場合は、原子力発電所の立地は不適となり、この場合、当該敷地に原子力発電所を立地することは認められない。

   (エ) 火山活動のモニタリング

    a 目的

     事業者は、立地評価において、当該原子力発電所の運用期間中、検討対象火山の将来の活動可能性が十分小さいと評価できる場合及び設計対応不可能な火山事象が影響を及ぼす可能性が十分小さいと評価できる場合であっても、評価の根拠が継続していることを確認するため、検討対象火山の状態の変化を検知するためのモニタリングを行う(モニタリングによって噴火の時期や規模を予測することを目的とするものではない。)。

    b 方法及びその結果の評価方法

     監視対象火山は、過去の最大規模の噴火により設計対応不可能な火山事象が原子力発電所に到達したと考えられる火山であり、仮に、過去の最大規模の噴火を考慮しても、設計対応不可能な火山事象が原子力発電所に到達しないと判断できる火山については監視対象火山とはならない。

     火山活動の監視項目としては一般的に、地震活動の観測(火山性地震の観測)、地殻変動の観測(GPS等を利用し地殻変動を観測)、火山ガスの観測(放出されるニ酸化硫黄や二酸化炭素量などの観測)などが考えられる。事業者は、適切な方法により監視するが、公的機関が火山活動を監視している場合においては、そのモニタリング結果を活用してもよい。

     そして、事業者は、抽出したモニタリング結果を第三者の助言を得るなどして定期的に評価する必要がある。

    c 火山活動の兆候を把握した場合の対処方針の策定

     事業者は、火山活動の兆候を把握した場合の対処方針として、①対処を講じるために把握すべき火山活動の兆候と、その兆候を把握した場合に対処を講じるための判断条件、②火山活動のモニタリングにより把握された兆候に基づき、火山活動の監視を実施する公的機関の火山の活動情報を参考にして対処を実施する方針、③火山活動の兆候を把握した場合の対処として、原子炉の停止、適切な核燃料の搬出等が実施される方針を定める。

     これは、想定を超える事象に対して備えをすることで、対処方針が全くない場合と比較して.適切な対処を比較的容易にできるようにするためである。

   ウ 影響評価をめぐる火山ガイドの定め

   (ア) 影響評価では、設計対応が可能な火山事象による影響を評価する。設計対応可能な火山事象は降下火砕物などが該当し、構造物や設備等により、原子力発電所に影響を及ぼす各火山事象に対してその影響を十分に小さくする必要がある。

    a 地理的領域外の火山による降下火砕物の影響評価

     地理的領域外の火山による影響評価は、降下火砕物の影響評価を行う。降下火砕物は主に火山灰である。降下火砕物以外の火山事象は地理的領域外に影響を及ぼすとは認められず、他方で、降下火砕物は地理的領域外にも影響を及ぼすと認められるため、地理的領域外については、降下火砕物の影響評価が必要となる。降下火砕物の堆積量(厚さ)の設定は、原子力発電所又はその周辺で確認された降下火砕物の最大堆積量(厚さ)を基に評価する。

    b 地理的領域内の火山による火山事象の影響評価

     地理的領域内で将来の活動可能性かあると評価された火山については、地理的領域外の火山による降下火砕物の影響評価に加え、設計対応可能な火山事象による影響を評価する。

     各影響を評価するに当たっては、事業者において、原子力発電所が存在する立地周辺の地質調査や文献、数値シミュレーション等から、設計対応可能な火山事象の影響の程度を認定し、その各事象に対する設計対応や運転対応を定め、原子力規制委員会において、その妥当性を審査する。

     影響評価は、立地評価時の地質調査や文献等から、設計対応可能な火山事象の原子力発電所の運用期間中における当該サイトヘの影響の程度を評価することが求められるのであり、理由なく過去の当該サイトヘの影響実績を超えた火山事象に対する設計を求めるものではない。

   (イ) 影響評価のうち降下火砕物についての火山ガイドの定め

  (1) 降下火砕物の影響

     (a)直接的影響

       降下火砕物は、最も広範囲に及ぶ火山事象で、ごくわずかな火山灰の堆積でも、原子力発電所の通常運転を妨げる可能性がある。降下火砕物により、原子力発電所の構造物への静的負荷、粒子の衝突、水循環系の閉塞及びその内部における磨耗、換気系、電気系及び計装制御系に対する機械的及び化学的影響、並びに原子力発電所周辺の大気汚染等の影響が挙げられる。

       降雨・降雪などの自然現象は、火山灰等堆積物の静的負荷を著しく増大させる可能性がある。火山灰粒子には、化学的腐食や給水の汚染を引き起こす成分(塩素イオン、フッ素イオン、硫化物イオン等)が含まれている。

     (b) 間接的影響

      降下火砕物は広範囲に及ぶことから、原子力発電所周辺の社会インフラに影響を及ぼす。この中には、広範囲な送電網の損傷による長期の外部電源喪失や原子力発電所へのアクセス制限事象が発生しうることも考慮する必要がある。

  (2) 降下火砕物による原子力発電所への影響評価

    降下火砕物の影響評価では、降下火砕物の堆積物量、堆積速度、堆積期間及び火山灰等の特性などの設定、並びに降雨等の同時期に想定される気象条件が火山灰等特性に及ぼす影響を考慮し、それらの原子炉施設又はその付属設備への影響を評価し、必要な場合には対策がとられ、求められている安全機能が担保されることを評価する。

  (3) 確認事項

     (a) 直接的影響の確認事項

        ① 降下火砕物堆積荷重に対して、安全機能を有する構築物、系統及び機器の健全性が維持されること。

        ② 降下火砕物により、取水設備、原子炉補機冷却海水系統、格納容器ベント設備等の安全上重要な設備が閉塞等によりその機能を喪失しないこと。

        ③ 外気取入口からの火山灰の侵入により、換気空調系統のフィルタの目詰まり、非常用ディーゼル発電機の損傷等による系統・機器の機能喪失がなく、加えて中央制御室における居住環境を維持すること。

        ④ 必要に応じて、原子力発電所内の構築物、系統及び機器における降下火砕物の除去等の対応が取れること。

     (b) 間接的影響の確認事項

      原子力発電所外での影響(長期間の外部電源の喪失及び交通の途絶)を考慮し、燃料油等の備蓄又は外部からの支援等により、原子炉及び使用済燃料プールの安全性を損なわないように対応が取れること。

   エ 本件発電所の立地評価

    相手方は、次のとおり、本件発電所の立地評価をした。

   (ア) 本件発電所に影響を及ぼし得る火山の抽出

     本件発電所は、四国北西部に細長く延びる佐田岬半島の付け根付近の瀬戸内海側に位置する。山口県の内陸部から大分県の国東半島、別府湾沿岸へと火山フロント(帯状の火山分布の海溝(睦のプレートに海のプレートが沈み込む部分)側の境界を結ぶ縁)が連なるが、本件敷地は、火山フロントから南東に大きく離れており、本件敷地を中心とする半径50km内に第四紀火山や第四紀火山岩類は分布しない。本件敷地の地理的領域内には42の第四紀火山が分布し、これらのうち完新世に活動を行った火山は、本件敷地との距離が近いものから順に、a鶴見岳(本件敷地との距離85km)、b由布岳(同89km)、c九重山(同108km)、d阿蘇(阿蘇カルデラ、阿蘇山、根子岳及び先阿蘇、同130km)、e阿武火山群(同130km)である。これらの5火山は本件発電所に影響を及ぼし得る火山であることから、本件発電所の運用期間中の活動可能性を考慮することとした。

     また、完新世に活動を行っていない火山については、文献調査結果を基に、当該火山の第四紀の噴火時期、噴火規模及び活動の休止期間を示す階段ダイヤグラムを作成し、将来の活動可能性の有無を評価した。完新世に活動を行っていない火山のうち、f姫島(本件敷地との距離65km)、g高平火山群(同89km)は活火山ではないものの、火山活動が終息する傾向が明確ではなく、将来の火山活動の可能性が否定できないため、本件発電所に影響を及ぼし得る火山として抽出した。残りの35火山は、いずれも活動年代が古く、最新活動からの経過期間か過去の最大休止期間より長いことなどから、将来の活動可能性はないものと評価し、個別評価の対象外とした。(調査4~11)

   (イ) 抽出された火山の火山活動に関する個別評価

    a 鶴見岳

     鶴見岳は大分県の別府湾西岸に位置する標高1375mの成層火山(同一の火口から噴火を繰り返すことにより、火口の周囲に溶岩と火山破屑物とが交互に積み重なり.それが層をなして火山体を形成する火山)であり、約9万年前以前から活動を開始し、現在も噴気活動が認められる。南北5kmにわたり連なる溶岩ドーム(噴火によって溶岩が火口から地表に出て固まり、丘状に盛り上がったもの。)の最南端に位置する鶴見岳は厚い溶岩流の累積からなり、北端の伽藍岳には強い噴気活動がある。完新世で最大規模の噴火は1万0600~7300年前の鶴見岳山頂溶岩噴火(溶岩主体の噴火と推定される。)で噴出量は0.15k㎥とされている。鶴見岳を起源とする大規模火砕流は知られておらず、本件発電所に影響を及ぼす可能性はない。(調査4~5)

    b 由布岳

     由布岳は大分県の鶴見岳西方に位置する標高1583mの成層火山であり、約9万年前より古い時代から活動を開始し、最新噴火は2000~1900年前とされている。白布岳は数個の熔岩ドーム及び山頂溶岩(山頂部の火口から地表に流れ出た溶岩が冷えて固まったもの。)からなり、約2000年前に規槙の大きな噴火活動(以下「2ka噴火」という。)が発生したが、その後有史から現在に至るまで噴火活動は起きていない。完新世以前の噴火規模についての報告はなく、完新世で最大規模の噴火は2ka噴火で噴出量は0.207k㎥とされている。由布岳の山麓には2ka噴火に伴う火砕流堆積物が分布するが、由布岳を起源とする大規模火砕流は知られておらず、本件発電所に影響を及ぼす可能性はない。また、2ka噴火に伴う火山灰(以下「由布岳1火山灰」という。)は、厚さ数cmで別府湾に降下・堆積しており、その体積は0.05k㎥とされている。 (乙11-6-8-5~6)

    c 九重山

     九重山は由布岳と阿蘇山の間の大分県西部に東西15kmにわたって分布する20以上の火山の集合であり、最高峰は中岳(標高1791m)である。約20万年前以降に活動し、最新噴火は1996年である。火山の多くは急峻な溶岩ドームで山体の周囲を主に火砕流から成る緩傾斜の裾野が取り巻く。九重山を起源とする最大規模の火砕流は、約8~7万年前に噴出したと推定される飯田火砕流であり、その堆積物は、大分県から熊本県にかけての地域に分布し、最大層厚約200m、推定分布面積約150km、推定体積は約5k㎥と見積もられている。

     これらの火砕流堆積物の分布は九州内陸部に限られ、本件発電所に影響を及ぼす可能性はない。また、九重山は、完新世にも頻繁にマグマを噴出しており、マグマを出した最後の活動として約1700年前に溶岩ドームか形成されているか、本件敷地から遠く離れており、本件発電所に影響を及ぼす可能性はない。(乙6-8-6~7)

    d 阿蘇

     阿蘇カルデラは熊本県東部で東西約17km、南北約25kmのカルデラである。阿蘇カルデラ周辺の火山としては、カルデラの中央部に阿蘇山が、東側に根子岳が位置し、縁辺部に先阿蘇(カルデラの形成が始まる以前(約30万年前)に現在の外輪山などを形成した火山群)の火山岩類が分布する。阿蘇山は、高岳(標高1592m)、八中岳(標高1506m)等の東西方向に連なる成層火山からなる火山群であり、根子岳(標高1433m)は、開析(侵食作用によって地表が削られる現象)の進んだ成層火山である。

     阿蘇カルデラでは、①約27万~約25万年前(噴出体積50k㎥、

VEI6)、②約14万年前(噴出体積50k㎥、VEI6)、③約12万年前(噴出体積150k㎥、VEI7)、④約9万年前~約8.5万年前(噴出体積600k㎥、VEI7)にそれぞれ火砕流及び降下火砕物を噴出した噴火が認められる(古いものから順に、以下「阿蘇1噴火」「阿蘇2噴火」「阿蘇3噴火」「阿蘇4噴火」という。)。現在の阿蘇カルデラは、阿蘇1噴火から阿蘇4噴火までの4回の大噴火によって形成されたものとされている。阿蘇1ないし4噴火のうちでは、阿蘇4噴火の噴火規模が突出して大きい。

     阿蘇1噴火及び阿蘇2噴火による火砕流堆積物は、大分県西部並びに熊本県北部及び中部の広い範囲に、阿蘇3噴火による火砕流堆積物は、大分県西部及び中部並びに熊本県北部及び中部の広い範囲に、阿蘇4噴火による火砕流堆積物は、九州北部及び中部並びに山口県南部の広い範囲に分布する。

     ところで、日本第四紀学会編「日本第四紀地図」(1987)及び町田・細井(2011)は、阿蘇4噴火による火砕流堆積物の到達範囲を推定し、本件敷地の位置する佐田岬半島まで到達した可能性を示唆しているが、その分布(実際に堆積物が確認される範囲)は方向によって偏りがあり、佐田岬半島において阿蘇4噴火による火砕渡堆積物を確認したとの知見はない。

     佐田岬半島では、段丘面(海岸や湖岸あるいは川岸に沿って平坦面と急崖か階段状あるいは台地状を成す地形を段丘といい、平坦面を段丘面、急崖を段丘崖という。)の発達が全般的に悪いものの、狭小な海成段丘(過去の海岸部の平野が相対的に隆起して形成された段丘地形)が沿岸部に点在しているところ、地表調査結果によると、佐田岬半島に点在するM面(中位段丘面、約13~6万年前に海や川の作用によって形成された段丘面)の段丘堆積物を覆う風成層(風の作用によって、岩石の細片、砂、粘土、火山灰などが睦上に堆積してできた地層)は、阿蘇4噴火によるテフラ(火山灰、軽石、スコリア(塊状で多孔質のもののうち暗色のもの)、火砕流堆積物、火砕サージ堆積物等の総称)が混在するものの、阿蘇4噴火による火砕流堆積物は確認されず、中位段丘に阿蘇4噴火による火砕流堆積物が保存されている山口県とは状況を異にする。また、佐田岬半島西端部の阿弥陀池、佐田岬半島中央部の伊方町高茂、佐田岬半島付け根部の八幡浜市川之石港は、堆積条件のよい低地あるいは盆地であって、阿蘇4噴火による火砕流堆積物が保存されやすいと考えられるのに、上記各地でのボーリング調査によっても、阿蘇4噴火による火砕流退積物は確認されない。

     相手方が、本件審査の過程で、阿蘇カルデラから東方(本件敷地方向)への火砕流のシミュレーション評価(解析ソフト「TITAN2D」を使用)を実施し、本件敷地への影響を検討したところ、阿蘇4噴火による火砕堆積物の想定体積200k㎥を上回る320k㎥を本件発電所に近いカルデラ東縁のみに配置したシミュレーションの結果においても、火砕流堆積物が四国までは到達しないとの結果が得られている。

     本件発電所と阿蘇カルデラの距離(約130km)、その間の地形的障害(佐賀関半島、佐田岬半島)により、阿蘇4噴火による火砕流は本件敷地まで到達していないものと考えられる。また、各種文献による現在のマグマ溜まりや噴火活動の状況は巨大噴火直前の状態ではないことなどから、阿蘇において本件発電所の運用期間中に阿蘇4噴火のような巨大噴火が発生することはないと考えられる。したがって、阿蘇の巨大噴火が本件発電所の運用期間中に本件発電所に影響を及ぼすことはない。

     巨大噴火の最短の活動間隔(阿蘇2噴火と阿蘇3噴火の間の約2万年)は、最新の巨大噴火である阿蘇4噴火からの経過時間(約9万年前~約8.5万年前)よりも短い。

     阿蘇4噴火以降の活動としては、約9万年前以降に阿蘇山が噴火活動を開始し、溶岩や火砕物を噴出する小規模噴火の繰り返しにより形成された火山体とともに、降下軽石を主体とする噴火が複数回認められ、現在の阿蘇山の活動は、多様な噴火様式の小規模噴火を繰り返していることから、後カルデラ火山噴火ステージと判断される。

     また、阿蘇カルデラの地下構造に関する知見から考えられる現在のマグマ溜まりは、巨大噴火直前の状態のものとは認められない。

     以上のことから、本件発電所運用期間中の噴火規模としては、後カルデラ火山噴火ステージである阿蘇山での既往最大噴火規模を考慮するが、阿蘇山での既往最大噴火は阿蘇草千里が浜噴火(約3.1万年前)であり、その噴出物量は約2.39k㎥であって、阿蘇山起源の火砕流堆積物の分布は阿蘇カルデラ内に限られ、本件発電所に影響を及ぼす可能性はない。

     なお、先阿蘇は約80万年前~約40万年前の間に、根子岳は約14万~約12万年前の間に活動が認められるが、活動年代が古いこと等から、いずれの火山も本件発電所に影響を及ぼすことはない。(調査7~10、乙146、290)

    e 阿武火山群

     阿武火山群は山ロ県の日本海側に位置する約40の小火山体から構成される火山群である。約80万年前~釣1万年前まで活動し、最新噴火は8800年前であり、190万年前~150万年前には先阿武火山活動があったとされる。

     阿武火山群における約80万年前以降の火山活動の噴出量は約2.9k㎥、噴火規痕(溶岩の体積)は0.001~0.75k㎥とされているところ、阿武火山群は小規模な溶岩噴出を主体とし、阿武火山群を起源とする大規模火砕流や広域火山灰は知られていないし、本件敷地から遠く離れていることもあって、本件発電所に影響を及ぼす可能性はない。(乙11-6-8-10~11)

    f 姫島

     姫島は.大分県北東部国東半島の北方約4km沖の周防灘に位置する東西約7km、南北約3kmの細長い島であり、標高267mの矢筈岳を最高峰とする火山群である。姫島を起源とする大規模火砕流は知られておらず、本件原子炉施設に影響を及ぼすことはない。

     また、姫島の活動時期は約30万年前~10万年前とされている。全活動期間の約20万年間に7回以上の活動があり、平均活動間隔は数万年程度であるのに対して、最新活動から約10万年が経過していることなどを踏まえれば、本件発電所の運用期間中に噴火する可能性はない。(乙11-6-8-11~12)

    g 高平火山群

     高平火山群は鶴見岳と同じ位置にある古い火山群であり、新しい鶴見岳によって覆われている。少なくとも約9万年前以降は鶴見岳が活動している。したがって、その活動は鶴見岳に包含されているものと評価する。(乙11-6-8-5)

   (ウ) 立地評価

     火砕物密度流については、個々の火山における過去の火砕流堆積物の分布が九州又は山口県の内陸部に限定されていることから、本件発電所に影響を及ぼす可能性はない。溶岩流、岩屑なだれ、地滑り及び斜面崩壊については、いずれの火山も本件敷地から50km以遠に位置すること、新しい火口の開口及び地殻変動については、本件敷地は山口県から別府湾に至る火山フロントから十分な離隔があることから、いずれも問題となるものではない(乙11-6-8-12)。

     したがって、本件原子炉施設に影響を及ぼし得る火山による設計対応不可能な火山事象は.本件敷地への到達はないから、その立地に問題はない。

   オ 本件発電所の影響評価

    相手方は、鶴見岳、由布岳、九重山、阿蘇及び阿武火山群の5つの火山について、これらの火山が噴火した場合、原子力発電所に影響を与える可能性のある火山事象ごとに影響評価をした。

    そして、①降下火砕物、②火山性土石流、火山泥流及び洪水、③火山から発生する飛来物(噴石)、④火山ガス、⑤津波及び静振、⑤大気現象、⑦火山性地震とこれに関連する事象、⑧熱水系及び地下水の異常につき、文献調査、地質調査等の結果から、いずれも原子力発電所への影響はないと評価した(乙11-6-8-1~19)。

    このうち、相手方がした降下火砕物の影響評価の内容は、概ね次のとおりである。

   (ア) 降下火砕物の最大層厚

     降下火砕物については、上記エで抽出した5火山(a~e)の発電所運用期間中の活動可能性を考慮し、発電所の安全性に影響を与える可能性について検討することとしたが、その際、地理的領域外の火山も含めて検討することとした。

     本件敷地付近では、地理的領域内にある阿蘇カルデラを起原とする降下火砕物のほか、地理的領域外にある南九州のカルデラ火山(加久藤カルデラ、姶良カルデラ、阿多カルデラ及び鬼界カルデラ)を各起源とする降下火砕物も降下したとされている。もっとも、本件敷地南東にある宇和盆地中心部におけるボーリング調査の結果、厚さ5cmを超える降下火山灰は、いずれも九州のカルデラ火山(阿蘇、加久藤、姶良.阿多、鬼界)を起源とする広域火山灰であるところ、地下構造に関する文献調査によると.現在の九州のカルデラ火山のマグマだまりは巨大噴火直前の状態にはないため、発電所運用期間中に同規模の噴火の可能性は十分低く、これらを起源とする降下火砕物が本件敷地に影響を及ぼす可能性は十分に小さい。

     一方、地理的領域内にある火山による降下火山灰の等層厚縮図としては、九重山を給源とする九重第一軽石(約5万年前)と阿蘇山を給源とする草千里ケ浜軽石(約3.1万年前)が示されているところ、前者については、東南東方向に広い分布を示し、火山灰の堆積物が四国南西端の高知県宿毛市で確認されているのに対し、後者については、阿蘇山を中心とする同心円状の分布を示し、四国における堆積の報告は見られない。

     そして、①九重第一軽石の四国における堆積をめぐる文献調査によると、宿毛市における地質調査の結果、厚さ20cmの九重第一軽石を確認できるが、水流による再堆積層と判断でき、九重第一軽石そのものの層厚は10cmであり、その噴出量は2.03k㎥と見積もられることが示されていること、②上記ボーリング調査の結果、宇和盆地中心部には、Kkt火山灰(約33万年前の加久藤カルデラの噴火による火山灰)以降の主要な広域火山灰(阿蘇1ないし4、姶良、阿多等)が全て含まれているのに、九重第一軽石と対応する火山灰層が認められないこと、③九重第一軽石の分布の長幼は四国南西端方向であることなどから、本件敷地における九重第一軽石の火山灰の降下厚さはほぼ0cmと評価される。

     また、九重第一軽石と同等の噴火(噴出量を上記のとおり2.03k㎥とする。)が起こったときに、現在の気象条件を考慮して本件敷地にどのような降灰が想定されるかを降下火山灰シミュレーションにおいても検討したところ、偏西風がほぼ真西で安定する季節は本件敷地における降下厚さはほぼOcmと評価され、風向きによっては本件敷地において降下火山灰が想定されるものの、その厚さは数cmにとどまる。

     もっとも、相手方は、審査の過程において、原子力規制委員会から、シミュレーションによる降下火砕物の厚さと既往文献による火山灰等層厚線図との整合性を検討して評価することを求められたことから、噴出量の想定を6.2k㎥に変更して改めてシミュレーションを行った。その結果、偏西風がほぼ真西で安定する季節は降下厚さはOcm~数cmと評価されるものの、風向きによっては降下厚さが最大14cmとなった。

     以上のことから、相手方は、影響評価の前提となる降下火砕物の層厚を15cmと想定することとした。

     相手方は、火山ガイドを踏まえた評価とは別に、平成20年頃より四国北西部における降下火山灰の厚さに関する研究を独自に進めており、その一環である降下火山灰厚さの確率論的評価に係る研究結果(乙149)を踏まえても、本件原子炉施設で想定する降下火砕物の厚さは妥当であることを確認した。すなわち、相手方は.平成20年に本件敷地から南東方向約15kmに位置する愛媛県宇和盆地において実施したボーリング調査により、長さ120mのコアを取得して、過去約70~80万年間に堆積した地層中に、九州地方の火山を起源とする主要な広域火山灰を含む60枚以上の火山灰層を確認した。また、このボーリングコアには、四国西部に降下したとされるKkt火山灰以降の主要な広域火山灰層12枚が全て含まれており、Kkt火山灰以降に40枚の火山灰層が含まれることから、独自の研究によって把握したこれまで知られていない多数の火山灰層を含めても四国北西部への火山灰の降下頻度が1.2枚/万年と低頻度であることを確認した上で、VEI6クラスやVEI7クラスの噴火による降下火山灰を含めた解析を行い、ある層厚以上の火山灰が今後1年間に降下する確率(年超過確率)を算出した結果、宇和盆地において、年超過確率10-4に相当する火山灰層厚は2cm以上であり、本件発電所において考慮する降下火砕物の厚さ15cmの年超過確率は10-4~10-5であるが、これは、原子力規制委員会によって設計基準事故の定義が10-3/年~10-4/年、程度の発生頻度の状態との考えが示されていること(乙150)を踏まえれば、設計上考慮すべき火山事象として妥当な水準であることを確認した。(乙11-6-8-13~17、乙31-65~60

   (イ) 降下火砕物の大気中濃度

     相手方は、アイスランド共和図南部のエイヤヒャトラ氷河で平成22年4月に発生した火山噴火地点から約40km離れたヘイマランド地区における大気中の降下火砕物浚度(24時間観測ピーク値)の観測値(以下「ヘイマランド観測値」という。)3241µg/㎥を大気中濃度として想定した。これは、当該試算に用いる降下火砕物の大気中濃度については、①噴火の規模がある程度大きいこと、②火口から観測点までの距離が本件原子炉施設と評価対象となる九重山との距離(約108km)と比較的似ていること、③地表レベルで観測されていることなどが条件として考えられるところ、上記観測値は、①VEI4以上の大規模噴火であること、②噴火口より約40km程度離れたヘイマランド地区での観測値であり、本件原子炉施設と評価対象となる九重山との距離に比べると近くなるため、保守的な値として用いることが可能であること、③地表レベルで観測された大気中濃度であることから、これらの条件に照らして適切であると評価した。

   (ウ) 降下火砕物に対する安全性の確保

     相手方は、降下火砕物の特徴等を踏まえ、降下火砕物による直接的影響と間接的影響を考慮し、本件原子炉施設の安全性が損なわれないよう安全対策を講じた(乙11-8-1-344~358、乙13-67~68)。

     このうち、直接的影響については、次の対策を講じている。

    a 降下火砕物の荷重に対しては、降下堆積物が堆積し難い設計又は施設の許容荷重が降下火砕物による荷重に対して安全裕度を有することにより、構造健全性を失わず安全機能を損なわない設計としていること

    b 降下火砕物による化学的影響(腐食)、水循環系の閉塞、内部における摩耗等により安全機能を損なわない設計としていること

    c 外気取入口からの降下火砕物の侵入による機械的影響(閉塞)を考慮して、非常用ディーゼル発電機及び換気空調設備の外気取入口については、開口部を下向きの構造にするとともに、フィルタを設置して降下火砕物が内部に侵入しにくい設計とすること

    d 降下火砕物を含む空気の流路となる配管や弁については形状等により降下火砕物が流路に侵入しにくい設計とし、また、侵入した場合でも閉塞しにくい設計としていること

     一方、間接的影響については、降下火砕物が送電設備の絶縁低下を生じさせることによる広範囲にわたる送電網の損傷による外部電源喪失及び発電所外での交通の途絶によるアクセス制限に対し、原子炉の停止並びに停止後の原子炉及び使用済燃料ピットの冷却に係る機能を担うために必要となる電源の供給が非常用ディーゼル発電機により継続できる設針とすることにより、安全機能を損なわない設計としている。

   (エ) 非常用ディーゼル発電機への影響

    a 非常用ディーゼル発電機の外気取入口(吸気消音器)には吸気フィルタ(粒径120µm以上において約90%捕獲)を設置し、下方向から吸気する構造であることから、降下火砕物により容易に吸気フィルタが閉塞するとは考えられないか、万が一、閉葱した場合には、フィルタ交換・清掃を行う必要がある。

     この吸気フィルタの閉塞までに要する時間を.ヘイマランド観測値3241µg(=3.241mg=0.003241g)/㎥を用いて試算した結果、約19.8時間となった。

       ① フィルター容量(g/㎡) 1,000

       ② フィルター表面積(㎡) 3.27

       ③ フィルター捕集量(①×②、g) 3,270

       ④ 降下火砕物大気中濃度(g/㎥) 0.003241

       ⑤ ディーゼル吸気量(㎥/h) 51.000

       ⑥ フィルター閉塞時間(③÷(④×⑤)、h)19.78329129

       この吸気フィルタの交換は複雑な作業は必要でないことから、相手方は、要員3~5名で約1時間程度の作業を見込んでいる上、非常用ディーゼル発電機は2系統設置しているから、必要に応じて片方の系統を停止してフィルタ交換を行うことが可能である。

    b また、吸気フィルタに捕集されなかった粒径の小さな降下火砕物が非常用ディーゼル発電機の機関内に侵入する可能性があるが、吸気フィルタを通過した降下火砕物は、過給機(内燃機関に圧縮空気を送り、より多くの酸素を取り込むことでより高い燃焼エネルギーを得るための補助装置)、空気冷却器(過給機の圧縮により温度が上がった空気を冷却する熱交換器)に侵入するものの、機器の間隙は非常用ディーゼル発電機の機関内に侵入する降下火砕物の粒度(+数µm程度)に比べて十分大きい(過給機の狭隘部は0.37mm=370μm、空気冷却器の狭隘部は2.36mm=2360μm)ことから、これらの機器が閉塞する可能性はない。そして、吸入された降下火砕物は、空気とともにシリンダ内へ送られ、大半は排気ガスとともに外気に排出される。

     シリンダライナとビストンリングとの間隙(数μ~十数μ)は非常に狭いため、ここに降下火砕物が入り込むことはほとんどなく、仮にこの間隙に入り込んでもビストンリングとシリンダライナとの接触により破砕され、ピストンリングとシリンダライナとの間に流れている潤滑油(運転中の抵抗を低減するために、常にピストンリングとシリンダライナの間隙に注入している。)ととともにクランクケース(クランクシャフト(ピストンの往復運動を回転力に変えるための軸)が納められる箱状の部品)内へ降下する。

     降下火砕物は、破砕しやすく硬度か小さい(モース硬度(鉱物の硬さを表す尺度の一つで、予め設定した基準鉱物と当該物質を引きかき合わせ、傷がつく方を柔らかく、硬度が小であるとするもの)で5程度)のに対し、シリンダライナ及びピストンリングは、ブリネル硬さ(超硬合金球を圧子として当該物質に押し付け、生じた窪みの表面積で荷重を割った量で当該物質の硬さを求めるもの)230程度の耐摩耗性を有する鋳鉄材であることなどから、降下火砕物に摩耗が生じる可能性は小さく、容易に運転へ影響を及ぼすことはない。

   カ 原子力規制委員会による審査結果

   (ア) 本件発電所の立地評価

     原子力規制委員会は、相手方が実施した本件発電所に影響を及ぼし得る火山の抽出は、階段ダイヤグラムの作成等により過去の火山活動履歴を評価して行われていることから、火山ガイドを踏まえていること、相手方が実施した本件発電所の運用期間における火山活動に関する個別評価は、活動履歴の把握、地球物理学的手法によるマグマ溜まりの存在や規模等に関する知見に基づいており、火山ガイドを踏まえていることを確認するとともに、相手方が本件発電所の運用期間に設計対応不可能な火山事象が本発電所に影響を及ぼす可能性は十分に小さいと評価していることは妥当であると判断した。

   (イ) 本件発電所の影響評価

     原子力規制委員会は、審査の過程において、九重山を対象とした降下火山灰シミュレーションによる降下火砕物の厚さと既往文献による火山灰等層厚線図との整合性を検討して評価するよう求め、これに応じた相手方から、噴出量を6.2k㎥とするケースで行った降下火山灰シミュレーションに基づく影響評価を受けた。その結果、原子力規制委員会は、相手方が実施した設計対応不可能な火山事象以外の火山事象の影響評価につき、文献調査、地質調査等により、本件発電所への影響を評価するとともに、数値シミュレー-ションによる降下火砕物の検討も行っており、火山ガイドを踏まえているとした。(乙13-63~71)

 

3 争点

 

  (1) 司法審査の在り方(争点1)

  (2) 新規制基準の合理性に関する総論(争点2)

  (3) 新規制基準の合理性に関する各論(争点3)

  ア 基準地震動策定の合理性(争点3の(1))

  イ 耐震設計における重要度分類の合理性(争点3の(2))

  ウ 使用済鴎料ピット等に係る安全性(争点3の(3))

  エ 地すべりと液状化現象による危険性(争点3の(4))

  オ 制御棒挿入に係る危険性(争点3の(5))

  カ 基準津波策定の合理性(争点3の(6))

  キ 火山事象の影響による危険性(争点3の(7))

  ク シビアアクシデント対策の合理性(争点3の(8))

  ケ テロリズム対策の合理性(争点3の(9))

  (4) 保全の必要性(争点4)

  (5) 担保金の額(争点5)

 

第3 争点に関する当事者の主張

 

 1 争点1(司法審査の在り方)

 

   次のとおり補足するほか、原決定の「理由」中「第3 争点に関する当事者の主張」の1記載のとおりであるから、これを引用する。

  (抗告人ら)

   相手方が疎明すべき原発の安全性につき、原決定は、原子炉等規制法は、「最新の科学的技術的知見を踏まえて合理的に予測される規模の自然災害を想定した発電用原子炉施設の安全性の確保を求めるもの」としており、原発の安全性については、「最新の科学的技術的知見を踏まえて合理的に予測される規模の自然災害に対して事故が起こらないようにするという程度の安全性」と考えていることが読み取れる。

   しかし、このような考え方は、科学の不確実性を十分に踏まえたものとは言い難い。福島第一原発事故で明らかになったのは、地震や津波をはじめとする自然科学については.不確実性が大きく、常に「想定外」の巨大な災害が起こり得るということだったはずである。このような国だからこそ、設置法で「事故の発生を常に想定し」(同法1条)との文言が用いられ、原子炉等規制法1条で「原子炉の設置及び運転等に関し、大規模な自然災害…(略)…の発生も想定した必要な規制を行」うことが明記されたのである。以上の福島第一原発事故の発生、これを受けた法改正及び福島第一原発事故事故後の社会通念の変化に鑑みると、原子炉等規制法1条の「大規模な自然災害」及び4号要件の「災害の防止上支障がない」とは、「どのような異常事態が生じても、発電用原子炉施設内の放射性物質が外部の環境に放出されることは絶対ない」という絶対的安全性までは要しないとしても、社会科学的見地から、「福島第一原発事故のような深刻な事故が2度と起こらない」と通常人が考える程度の安全性を備えていることを要すると解すべきである。

   この「万が一にも起こらない」「2度と起こらない」という文言は、論理的、科学的意味での絶対性、すなわち確率論として100%発生しないということを意味するものではなく、あくまでも社会科学的意味合いとしての「万が一」性であり、社会科学的見地を踏まえた通常人をして、「ここまで対策をしていれば万が一にも災害は起こらないだろう」と思わしめる程度の安全性を求めるものである。これは、ドイツの原発訴訟において福島第一原発事故以前から採用されていた「残余リスク」の考え方と類似したものといえる。「残余リスク」とは、人間の認識能力の限界からして、それ以上は排除することができないような危険性をいい、残余リスクを認めるということは、この程度のリスクであれば社会として受容せざるを得ないという考え方である。

   以上を深層防護の観点からみれば、東北地方太平洋沖地震に伴う福島第一原発事故の反省を踏まえて「大規模な自然災害」の発生も想定した必要な規制を義務付ける原子炉等規制法の趣旨は、「合理的に予測される範囲を超える大規模な自然災害」についても深層防護の第3層までで想定し、これへの対処を可能な限り確実なものとして、「合理的に予測される範囲を超える大規模な自然災害」による原発事故のリスクを可及的に回避することを要求するものというべきである。

   「考え方」は、「絶対的安全性」とは「絶対的に災害発生の危険がない」という意味であるとした上で、このような意味での絶対的安全性が達成・要求不可能であることだけを根拠として、相対的安全性、とりわけ、従来の裁判例で用いられてきたような程度の低い安全性を許容するかのように述べている点で、論理に飛躍がある。

   (相手方)

   「現時点における我が国の社会が容認する原子炉施設の安全性の水準」は、科学技術の利用における発電用原子炉施設について、最新の科学的、専門技術的知見を踏まえ、社会が容認できる程度に、深刻な災害が発生する可能性を極めて低くするように管理されていると認められる水準であり、こうした安全性の考え方と「考え方」に示される「相対的安全性」の考え方と同趣旨のものであると考えられる。これを「地震」を含む自然災害についていえば、福島第一原発事故を踏まえて改訂された原子炉等規制法の目的及び趣旨からすれば、原子炉等規制法は、「最新の科学的、専門技術的知見を踏まえて合理的に予測される規模の自然災害」を想定した安全性の確保を求めるものと解される。

   この「合理的に予測される」とは、原子力発電所の自然的立地条件に照らして科学的、技術的見地から十分に保守的な想定がなされ、これを超えるような事象は合理的には考え難いレベルのものであり、これを具体的に想定したものが基準地震動や基準津波である。一方、科学的、技術的見地からは発生する可能性が極めて小さいような自然災害や自然的立地条件の異なる地点で発生した自然災害は、合理的に予測し得る自然災害とはいえない。

 

2 争点2(新規制基準の合理性に関する総論)

 

  次のとおり補足するほか、原決定の「理由」中「第3 争点に関する当事者の主張」の2記載のとおりであるから、これを引用する。

   (抗告人ら)

  (1) 新規制基準の手続的問題点

   ア 原子力規制委員会の独立性の欠如

    原決定は、設置法7条7項3号4号の各欠格事由は、現に原子力事業者の役員や従業者にあることを指すとし、原子力規制委員会の委員長又は委員において、かつて原子力事業者の役員や従業者であったという経歴を有するからといって.直ちに中立公正な立場で独立して職権を行使することが類型的に期待できないとは限らないと判示する。

    しかし、原子炉等規制法の制定後に策定されたガイドライン(甲E7)は、「法律上の欠格要件に加えて欠格要件とする事項」として、「就任前直近3年間に、原子力事業者等及びその団体の役員、従業者等であった者」を挙げているところ、①更田豊志(平成24年9月就任。)は、委員候補者となった当時、独立行政法人日本原子力研究開発機構(高速増殖炉もんじゅを設置し、東海再処理工場を保有する原子力事業者)の副部門長の職にあり、②中村佳代子(平成24年9月就任、平成27年9月退任)は.公益社団法人日本アイソトープ協会(研究系・医療系の放射性物質の集荷・貯蔵・処理を行っている。)のプロジェクト主査であり、委員5名中2名に欠格事由があることから、原子力推進機関ないし原発関連事業からの独立性が確保されていると言えないことは明らかであり、そのような規制委員会が策定した新規制基準には、策定手続上の瑕疵があるというほかない、

   イ 福島第一原発事故の原因究明が途上にあること

    原決定は、新規制基準検討チーム、地震津波基準検討チーム等において、①国会、②政府、③民間、④東京電力の4つの事故調査委員会がそれぞれ原因究明等を行って取りまとめた事故調査報告書を踏まえた検討がなされた上で制定されたものであると判示する。

    しかし、①「国会事故調報告書」(甲C10・30頁)は、「本事故の直接的原因は、地震及び地震に誘発された津波という自然現象である」として、事故原因は地震にもあることを指摘し、②「政府事故調報告書」(甲E8)は、地震が直接的な原因であることを否定しつつ、地震による損傷が事故のきっかけとなった可能性を否定しておらず.③民間事故調報告書(『福島原発事故独立検証委員会』)、④東京電力事故調報告書(東京電力『福島原子力事故調査報告書』)、いずれも津波が原因であったとするが、地震が直接の原因となった可能性あるいは地震を契機として事故が起きた可能性を排除する合理的な説明はなされていないのであり.基本的事象が解明されたとはいえない。

    真に福島第一原発事故の教訓を踏まえた安全な規制基準を策定するのであれば、事故原因を究明し、基本的事象を明らかにした上で、新規制基準を策定しなければならない。

   ウ 新規制基準が欧米先進各国の基準と比べて緩やかであること

     原子力規制委員会は.IAEAの安全基準SsG-9(甲D96)のうち、最大潜在マグニチュードの評価については一切採り上げていない。また、米国原子力規制委員会(NRC)の規制指針(RG4.7)には「長さ1000フィート(300m)以上の地表断層が5マイル(8km)以内にあるような敷地は原子力発電所としては適さない」と明記されている(甲D370・564頁)が、日本ではそのような規制はない。

    このように日本における活断層に関する規制基準は、IAEAの安全基準の規定する考慮要素を考慮せず、米国の基準よりはるかに緩やかである。

    仮に原決定の考慮する事項、すなわち「原子力発電所が立地する地域の自然条件、当該自然条件の解析を含む最新の科学的技術的知見及びどの程度の安全性が確保されれば容認するかという社会通念等は国によって様々である」によっても、地震大国である日本における活断層に関する規制が、日本よりはるかに地震の少ない欧米における活断層に関する規制よりも緩やかでよい理由はない。

  (2) 新規制基準の実体的問題点

   ア 立地審査指針違反

    原決定は、「新規制基準は.立地審査指針による審査に代えて、重大事故等の拡大の防止等の措置が取られているかどうかを審査の対象とする方針に改めたものと解するのが相当である。そして、そのような審査の方針の変更は、福島第一原発事故における放射性物質の拡散による被害が立地審査指針の想定よりも遥かに広範囲に及んでしまった事実を踏まえると、一応合理的であると認められる。」と判示する。

    しかし、この判示は、第1(あるいは第5)の防護階層の要件である立地審査を、第4の防護階層である重大事故等の拡大の防止等の措置の審査で代用することが一応合理的とするものであり、深層防護の不可欠な要素である各防護階層の独立性に明らかに反する。

    福島第一原発事故を教訓とすれば、まず、旧立地審査指針を見直し、福島第一原発事故規模の事故を想定した厳格な指針を策定すること及び規制庁による厳密な運用が必要である。

   イ 防災審査の不存在

   (ア) 法の要請

     原決定は、「原子力災害への対策は、原子炉等規制法のみならず、他の法律との連関があって初めて成り立つものであるというべきであるから、原子炉等規制法に基づく審査の基準である新規制基準に原子力災害への対策まで盛り込むことが予定されているとは解されない。」と判示する。

     これは、避難計画の実施可能性・実効性(深層防護の第5の防護レベル)が確保されないままに原子炉設置(変更)許可が出されても構わない、つまり、原発事故が起きた場合に人々が避難できなくても構わないとするものである。

     しかし、国内法の要求としても.IAEA安全基準の要求としても、避難計画の実施可能性・実効性を審査対象とすることは求められているのであり、原決定のような解釈は許されない。

   (イ) 抗告人らの人格権侵害との関係

     抗告人らの住所地(本件原子炉施設からの距離は約60~約100km)について、原子力災害を想定した避難計画は策定されておらず、防災審査も行われていない。

     これは、避難計画の指針となる原子力災害対策指針(乙409)が、IAEA安全基準を参考に原発から概ね30km圏を緊急時防護措置を準備する区域(UPZ)と定め、避難計画の策定が義務付けられる範囲はその範囲に限定されるからである。

     しかし、IAEA安全基準がUPZを原発から30km圏と規定したことに根拠はなく(甲E45、46)、30km圏外の人々の生命健康を守るためには不十分なものであり、避難計画を策定すべき・防災審査をすべき範囲は、公衆被曝限度年1mSvを超える汚染が生じる範囲とすべきである。なぜなら、実用発電用原子炉の設置、運転等に関する規則(以下「実用炉規則」という。)に基づき原子力規制委員会が定めた核原料物質又は核燃料物質の製錬の事業に関する規則等の規定に基づく線量限度等を定める告示(以下「許容線量告示」という。)」2条1項1号は、「周辺監視区域」(人の居住が禁止され、業務上立立ち入りが制限される区域)の外側において、実効総量が年間1mSvを超えないことを求めているからである。

     そして、公衆被曝限度年1mSvを超える汚染範囲について、福島第一原発事故をみると、原発から250km(群馬県)の地点にまで「0.2~0.5」(単位はμSv/h。なお、環境省によると0.23μSv/hが年間1mSvである。)の汚染が存在する(甲E47)から、避難計画を策定すべき範囲・防災審査をすべき範囲は、少なくとも原発から250km圏内であり、抗告人ら住所地はこれに含まれる。

     よって、防災審査の不存在は、抗告人らの人格権侵害の具体的危険を事実上推定するものである。

   ウ 放射性廃棄物処理方法審査の不存在

   (ア) 法の要請

     原決定は、放射性廃棄物の問題について、1号要件(「平和の目的以外に利用されるおそれがないこと」)で審査することが予定されていると判示する。

     しかし、福島第一原発事故後の法改正により環境基本法が放射性物質による環境汚染に適用されるようになり、環境基本法4条は環境の保全につき「環境への負荷の少ない健全な経済の発展を図りながら持続的に発展することができる社会が構築されることを旨とし、及び科学的知見の充実の下に環境の保全上の支障が未然に防がれることを旨として、行わなければならない。」と規定していることからすると、法は、現在はもとより将来の国民の生命、健康及び財産の保護のみならず、生態系全体への長期的な影響をも考えて、必要な規制を行うことを原子力規制委員会に要請していると考えられる。

     ところが、新規制基準には、高レベル放射性廃棄物(使用済燃料の再処理にともない再利用できないものとして残る放射能レベルが高い廃棄物)についての規定は存在しない。

     このように使用済燃料その他の放射性廃棄物が将来にわたって環境に影響を与えないための方策について新規制基準を策定せず、審査を行わないまま再稼働を詐可し新たな放射性廃棄物を生み出すことを認めることは、「国民の生命、健康及び財産の保護、環境の保全」(1条)を目的とする原子炉等規制法の趣旨に反する。

   (イ) 抗告人らの人格権侵害との関係

      放射性廃棄物処理方法審査の不存在の主張は.本件発電所を稼働することによって社会にもたらされる不利益の大きさや、本件発電所を稼働させる前に整備する必要のある法制度が未整備である実態を指摘するものであり、本件発電所が社会的に許容されない施設であることを主張するものである。

     つまり、これらの主張は、司法審査において本件発電所に高い安全性が求められることを根拠づける主張であり、抗告人らの人格権侵害の具体的危険が事実上推定されることを主張するものではない。

   エ 環境基準等の設定欠如

   (ア) 法の要請

      原決定は、原子炉等規制法43条の3の6第1項の規定からすれば、抗告人らが指摘する原子力発電所の平常運転に伴って周辺の一般公衆が受ける放射線量に関する規制が存在せず自主的対応に任されていることをもって、新規制基準が原子炉等規制法に反するということはできない旨判示する。

      しかし、そもそも、抗告人らの主張は、「環境保全のためにどの程度の放射性物質の放出が許容されるのかは未だ定まっていない」ことを問題とするものであって、「平常運転に伴って周辺の一般公衆が受ける放射線量」を取り上げるものではない。この点において、原決定は、抗告人らの主張を取り違えている。

      福島第一原発事故を受けて、原子炉等規制法は、「環境の保全」(1条)を目的とすることを明示し、設置法によって放射性物質による汚染を規制しないとする環境基本法13条が削除され、これを受けて、「放射性物質による環境の汚染の防止のための関係法律の整備に関する法律」によって、放射性物質による、大気や水質汚染を規制しないとする規定(大気汚染防止法27条l項、水質汚濁防止法23条1項)が削除された。

      これらの法改正に照らすと、原子炉等規制法は、「環境の保全」のために、平常時の運転で放出される放射性物質によって環境が汚染されることも防止することを求めているといえるから、新規制基準は、「環境保全のためにどの程度の放射性物質の放出が許容されるのか」を規定していない点で、原子炉等規制法に反する。

   (イ) 抗告人らの人格権侵害との関係

       環境基準等の設定欠如の主張は、放射性廃棄物処理方法審査の不存在の主張と同様に、本件発電所が社会的に許容されない施設であることを主張するものであり、抗告人らの人格権侵害の具体的危険が事実上推定されることを主張するものではない。

(相手方)

  (1) 新規制基準及び適合性審査の手続的問題点

   ア 原子力規制委員会の独立性の欠如等の主張

     抗告人らが指摘するガイドラインは、当時の政府が、原子力規制委員会の委員長及び委員候補を選任するにあたり、法律上の欠格要件に加え、原子力規制委員会の委員長及び委員に中立公正及び透明性を確保することを目的とした要件を追加する運用を行うために策定したものであるところ、ガイドラインで欠格要件とされる「就任前直近3年間に、原子力事業者等及びその団体の役員、従業者等であった者」における「原子力事業者等」については、当時の政府によって、電力会社及びその子会社等の経済的に強いつながりが認められる者を指し、独立行政法人及び公益社団法人は含まれていないとの解釈が示されている(乙318)から、更田豊志及び中村佳代子は、ガイドラインが定める原子力規制委員会の委員の欠格事由には該当しない。

   イ 福島第一原発事故の原因究明が途上であるとの主張

     抗告人らの主張のうち、国会事故調報告書が福島第一原発1号機において地震による配管損傷が発生した可能性を指摘し、この可能性は現在も否定されていないとする点については、原子力規制委員会において詳細な検討の上で、その可能性が否定されている(乙73、84)。

     また、政府事故調報告書において地震による損傷があった可能性まで否定するものではないとされているのは「閉じ込め機能を喪失するような損傷に至らないような軽微な亀裂、ひび割れ等」(甲E8・29頁脚注27等)、すなわち、事故に至らないような軽微な損傷のことであり、これをもって「事故のきっかけになった可能性を否定しない」とするのは理解を誤っている。

     抗告人らは、4つの調査報告書で統一的な見解はないとするが、少なくとも事故の直接的原因について、国会事故調報告書以外は津波である(地震ではない)という見解で一致するし、IAEAが、42の加盟国及び幾つかの国際機関からの約180名の専門家からなる5つの作業部会を含む広範な国際的協力の下、平成27年8月に取りまとめた「福島第一原子力発電所事故事務局長報告書」においても、「発電所の主要な安全施設が2011年3月11日の地震によって引き起こされた地盤振動の影響を受けたことを示す兆候はない。これは、日本における原子力発電所の耐震設計と建設に対する保守的なアプローチにより、発電所が十分な安全裕度を備えていたためであった。しかし、当初の設計上の考慮は、津波のような極端な外部洪水事象に対しては同等の安全裕度を設けていなかった」と評価している(乙321・44頁)ことからも明らかなとおり、津波による全交流電源の喪失が福島第一原発事故の原因であるというのが国際的な評価である。そうであれば、事故の直接的原因が津波である(地震ではない)という見解については、すでにコンセンサスが得られていると考えるのが妥当である。

     そして、福島第一原発事故の原因については、4つの調査報告書に加え、原子力安全に関するIAEA閣僚会議に対する日本国政府の報告書がまとめられたほか、原子力安全・保安院(当時)においても、「東京電力株式会社福島第一原子力発電所事故の技術的知見について(平成24年3月原子力安全・保安院)」として、検討結果が取りまとめられている。

     以上を踏まえれば、福島第一原発事故の発生及び進展に関する基本的な事象はすでに明らかにされている。

   ウ 新規制基準が欧米先進各国の基準と比べて緩やかである等の主張

     我が国において「IAEAの安全基準SSG-9(甲D96)のうち、最大潜在マグニチュードの評価については一切採り上げていない」とする抗告人らの主張は、新規制基準に則って地震を想定した場合、IAEAの安全基準SSG-9で示される「最大潜在マグニチュード」に比して地震規模が過小評価になるというものであると解されるところ、なぜ新規制基準に則った場合に過小評価になるのかについて、抗告人らは何ら説明をしていない。

     また、抗告人ら指摘の、NRCの規制指針(RG4.7)の「長さ1000フィート(300m)以上の地表断層が5マイル(8km)以内にあるような敷地は原子力発電所としては適さない」との記載については、福島第一原発事故後の2014年に改訂され、改訂後の指針には、5マイル(8km)や1000フィート(300m)といった数値は明示されておらず、「NRCは、地表の断層や褶曲、断層クリープ、沈降や陥没といった永久的な地盤の変位を生じさせる現象による影響を軽減することが不確実であり、困難であることから、敷地に地盤の永久変位が生じる可能性がある場合には、他に候補地を求めるのが賢明であると考える。」と記載されている(乙322・15頁)ところ、設置許可基準規則は、耐震重要施設を設ける地盤について、①基準地震動による地震力が作用した場合においても施設を十分に支持することができ、②変形した場合においても安全機能が損なわれるおそれがなく、③変位が生ずるおそれがないことをそれぞれ求めており(同3条、同解釈別記1)、こうした要求事項は、NRCの上記指針に比して実質的に遜色のない程度のものであるといえる。

 

  (2) 新規制基準の実体的問題点

   ア 立地審査指針違反

     原子力安全委員会が策定した立地審査指針が求める立地審査の内容については、福島第一原発事故を踏まえて見直しが必要と考えられる事項も含め、新規制基準において考慮され、安全審査において適切に考慮・判断がなされていることから、新規制基準では、立地審査指針による審査を求めていないのであり、抗告人らの主張は理由がない。

   イ 防災審査の不存在

   (ア) 法の要請

       現行の法体系においては、避難計画等の妥当性については、国、地方公共団体等で構成される地域原子力防災協議会において、具体的かつ合理的なものであることを確認した上で、同協議会における確認結果を原子力防災会議に報告し、了承を得る構造となっており、原子力規制委員会による審査の対象とはなっていないものの、十分にチェック機能は確保されており、不合理な点はない。IAEAの深層防護の考え方においても、深層防護の第1層から第5層に係る全ての対応を設置許可基準規則等の原子力事業者に対する規制に規定することは求められていない。

   (イ) 抗告人らの人格権侵害との関係

       原子力災害対策指針が参考にしたIAEAの範囲は、放射線被ばくによる影響が及ぶ蓋然性、限られた時間内での対応の実効性等を総合的に考慮して、各国から集まった専門家の判断によって提案された合理的なものであり(乙408)、UPZの範囲外であっても、必要性に応じて運用上の介入レベル(OIL)に基づいた防護措置が行われる(乙409・59、66~68頁)から、現行のUPZが30km圏外の人々の生命健康を守るためには不十分なものとはいえない。

       また、①許容線量告示2条2項は、管理区域の周辺の区域における放射線量について、原子力規制委員会が認めた場合は、同条1項にかかわらず、1年間につき5mSvとすることができると定め、②設置許可基準規則解釈13条で審査基準とされている「発電用軽水型原子炉施設の安全評価に関する審査指針」(平成2年8月30日原子力安全委員会決定。以下「安全評価指針」という。)(乙414)は、設計基準事故時の安全性の判断基準として「周辺の公衆に対し、著しい放射線被ばくのリスクを与えないこと。」を挙げ(Ⅱ.4.2(5))、この判断基準について、「周辺公衆の実効線量の評価値が発生事故当たり5mSvを超えなければ、「リスク」は小さいと判断する。」と解説されている(解説3)のであり、これらによれば、我が国の法令は線量限度を実効線量で年間1mSvを超えないことを要求しているともいえない。

   ウ 放射性廃棄物処理方法審査の不存在

     原子炉等規制法においては、規制対象を、製錬、加工、原子炉の設置運転、再処理、廃棄などの事業に分け、分野別に規制項目が定められ、審査されているところ、使用済燃料の再処理や放射性廃棄物の廃棄に係る事業については、原子炉の設置運転についての設置許可基準規則とは別に、審査基準が定められ(例えば、使用済燃料再処理施設につき「再処理施設の位置、構造及び設備の基準に関する規則の解釈」(平成25年11月27日・原子力規制委員会決定)、廃棄物管理施設につき「廃棄物管理施設の位置、構造及び設備の基準に関する規則の解釈」(平成25年11月27日・原子力規制委員会決定)等)、その審査も原子炉の設置運転に係る審査とは別途に行われる。抗告人らの主張は、原子炉等規制法の理解を誤ったもので、失当である。

     なお、高レベル放射性廃棄物の処分については、国が前面に立って最終処分に向けた取組みを進めることとしており、本件原子炉施設の安全審査の対象となり得ない。

 

 3 争点3(1)(新規制基準の合理性に関する各論~基準地震動策定の合理性)

 

   次のとおり補足するほか、原決定の「理由」中「第3 争点に関する当事者の主張」の3記載のとおりであるから、これを引用する。

 (抗告人ら)

  (1) 新規制基準の合理性

   ア 真摯に東北地方太平洋沖地震等の教訓を踏まえていない

     原決定は、新規制基準が「東北地方太平洋沖地震及び福島第一原発事故の教訓等を踏まえ、これらの原因を分析するなどして、その成果を取り込んだ」と判示するものの、東日本大震災等の「教訓等」や分析された「原因」、取り込まれた「成果」とは具体的に何なのかを、原決定は全く明らかにしていない。

     改訂耐震指針の策定過程について詳細な検討を加えた国会事故調査会においては、「国会による継続監視が必要な事項」の第2項として「指針類の抜本的見直し」を掲げ、「今回の事故により、原子力安全を担保しているはずの立地、設計、安全評価に関する審査指針など(以下「指針類」という。)が不完全で、実効的でなかったことが明らかになった。現行の関係法令との関連性も含め、指針類の体系、決定手続き、その後の運用を適正化するために、これらの直ちに抜本的に見直す必要がある。」(甲C10・547頁)としたが、新規制基準は、抜本的な見直しを経ておらず、この国会事故調査会の指摘についてまったく応えていない。

   イ 外部事象のリスク評価が足りない

     新規制基準ではシビアアクシデント対策が新たに設けられるに至ったが、可搬式設備による人的対応を中心とした弥縫的なものが要求されているに過ぎず、その実効性は不確実・不透明なものと言わざるを得ない。

     殊に、基準地震動を超えるような地震動が襲うような場合、制御棒の挿入失敗、敷地裏の斜面の地すべり、敷地地盤の液状化・不動沈下、余震・誘発地震、津波、火山の噴火等、様々なリスクが同時発生的に表面化することが考えられるが、新規性基準は総合的なリスク評価を踏まえたシビアアクシデント対策を要求していないため、そういった複合的なリスクに対する備えは極めて不十分である。

   ウ 具体的・定量的な基準が出来ていない

     原決定は、基準地震動について「当該発電用原子炉施設の敷地において発生することが合理的に予測される最大の地震動」であるとしているが、設置許可基準規則にも、同解釈にも、地震ガイドにも「合理的に予測される最大の地震動」といった文言は一切存在しない。

     福島第一原発事故を経て、原子力の事業者、原子力規制機関及びその関係する専門家に対する国民の信頼が著しく損なわれた現在においては、従前のように事業者や規制機関の裁量次第となるような性善説的発想に基づく曖昧な基準は、もはや社会的に許容されない。具体的で定量的な基準が求められるというべきであるが、基準地震動に関係する規制基準についてその点は極めて不十分である。

  (2) 敷地ごとに震源を特定して策定する地震動(内陸地殻内地震)

   ア 応答スペクトルに基づく地震動評価

   (ア) すべり量の飽和

      本件原子炉施設は中央構造線断層帯という日本最大の活断層の近傍に位置しているが、そのように長大な活断層が活動した際の過去の地震記録は存在しない。敷地前面海域断層を含む広い範囲が連動して活動した場合、もしすべり量が飽和しなければ、本件原子炉施設に甚大な被害が及び得ることは容易に想像がつくことからすれば、現段階ではすべり量は飽和しないものと仮定し、すべり量が飽和しないことを前提とする経験式を採用する(応答スペクトルに基づく地震動評価では、80kmを超える長さの断層についてもセグメント分けをせずに松田式を適用して地震規模を算定する)ことこそが合理的な最大の想定である。

   (イ) 松田式が内包する不確かさの考慮

       原決定は、「地震ガイドにおいて経験式自体が内包する不確かさを考慮する手法について具体的に明示されているわけではない」と判示するが、地震ガイド1.3.2.3(2)に「震源モデルの長さ又は面積、あるいは単位変異量と地震規模を関連付ける経験式を用いて地震規模を設定する場合」において「平均値としての地震規模を与えるものであることから、不確かさも考慮されている必要がある」としているのは、松田式のような地震規模を推定するための経験式の適用において、それのみの不確かさ(ばらつき、偶然的不確定性)の考慮を要請する規定である。

       また、原決定は、松田式の不確かさが耐専式で内陸補正をしない(内陸補正をした場合に比して基準地震動が約1.5倍となる)ことによって事実上補われる可能性を指摘するが、耐等式で内陸補正をしないのは、耐等式自体が有している不確かさを考慮するものに他ならないから、内陸補正をしないことで、松田式の内包する不確かさまで考慮されたとはいえない。

   (ウ) 断層長さの認識論的不確定性

       相手方が想定した54km、69km、130km及び480kmという各ケースは、モデルとしては成り立ちえても、実際に敷地前面海域活断層が活動した際にはこれら4つの断層長のうちのいずれかに当てはまるとは必ずしも言えず、69kmケースよりも130kmケースや480kmケースの方が結論として小さな地震動評価を導いている現在の評価手法を前提とすれば、69kmケースと130kmケースとの中間にもっとも地震動を大きくし得るケースが存在するはずであり、そこまで突き詰めて最大の地震動を検討するのが本来のあるべき基準地震動の策定手法である。

   (エ) 中央構造線長期評価(2011)との比較

       原決定は、室谷ほか(2010)に拠ってモーメントマグニチュードMwを算出することに「それはそれで一応の合理性」程度しか認めていない一方で、それより大きな地震規模の想定をしている上記長期評価について「格別不合理な点は見当たらない」にもかかわらず、何ゆえ後者を排斥し前者を採用すれば足りると言えるのかについては、ほとんど何の論証もしていない。上記長期評価におけるMwの想定に合理性を認めるのであれば、仮に室谷ほか(2010)の合理性を認めるとしても、より大きな地震規模を想定する上記長期評価における最大の数値を採用するのが然るべき「合理的に予測される最大の地震動」の策定手続であって、原決定は誤りである。

       なお、130kmケース(上記長期評価の石鎚山脈北縁西部一伊予灘)につき、相手方の想定(乙31、下記①~⑤)と上記長期評価の想定(下記⑤)をMwで比較した結果は、以下のとおりであり、相手方の過小評価は明らかである(480kmも同様である。)。

  ① 応答スペクトル 7.5

  ② 壇・基本    7.4

  ③ 壇・北傾斜   7.8

  ④ 壇・南傾斜   7.4

  ⑤ F&M       7.5

  ⑥ 長期評価       7.4~8.0

 

   (オ) 54km、69km及び130kmの各鉛直モデルヘの耐専式の適用を排除したこと

       本件では、54km、69km、130kmの各鉛直モデルでは耐専式の適用結果が大きな地震勣を示しているところ、相手方は、他の距離減衰式の適用結果等と比較し、これらのモデルでは耐専式の適用範囲を外れるため、過大評価になっているとして、他の距離減衰式を適用したが、もし万が一にでも耐専式の適用結果の方が適切な評価だった場合、本件発電所に基準地震動を大きく超えるような地震動が襲来して深刻な事故につながる可能性が高い。

       しかるに、耐専式の極近距離は暫定的な1つの目安に過ぎず、震源近傍を対象として耐専式による評価と断層モデルによる評価を行いそれを比較したところ、M7.3、等価震源距離7.9kmという、明らかに「極近距離」を下回るケースにおいても、耐専式による評価は断層モデルによる評価と「短周期領域においておおむね調和的である」との知見もある(甲F4・6頁)。

       また、相手方は数多の距離減衰式の中でも、本件とまったく整合しないデータベースの距離減衰式やデータベースからして適用がかなり苦しい距離減衰式、海外の偏ったデータを元にした距離減衰式を選定しており(甲F77~83)、「その他距離減衰式」による評価との乖離は、耐専式による大きな地震動評価を排除するために恣意的に作出された多数決であると疑わざるを得ない。相手方は、他の電力会社が採用している大野ほか(2001)も採用していないが、54kg鉛直モデルに大野ほか(2001)を適用すれば、耐専式を適用した結果と整合し、耐専式排除が見直される可能性は十分にある。

   (カ) 耐専式が内包する不確かさ

       原決定は、松田式の不確かさと同様、耐専式を適用したケースで内陸補正をしていないことで不確かさを考慮し尽くされている可能性も否定できないという見解のようであるが、観測結果が内陸補正をしない場合の耐専式の評価を超えた過去のデータは相当数存在するのであり(乙171)、内陸補正をしないだけでは不確かさの考慮がし尽くされていない可能性があることは明らかである。

   (キ) 相手方が南傾斜モデルを想定しなかったこと

       原決定は、相手方が南傾斜モデルを想定しなかったことにつき疑問を抱きつつも、説得力に欠ける根拠を指摘して相手方の手法を是認しており、不当である。

   (ク) 応答スペクトルに基づく地震動評価における入倉・三宅(2001)の適用

       応答スペクトルに基づく地震動評価において、必ずしも松田式を適用しなければならないわけではなく、断層の傾斜によっては、入倉・三宅(2001)によって地震規模を算定する方法(断層面積Sに入倉・三宅(2001)を適用して地震モーメントMoを算定し、これに武村式を適用して気象庁マグニチュードMを求める方法)も併せて考慮すべきである。

   イ 断層モデルを用いた手法による地震動評価

   (ア) 壇ほか(2011)とFujii and Matsu’ura(2000)

       相手方が断層モデルを用いた地震動評価に採用した壇ほか(2011)とFujii and Matsu’ura(2000)は、レシピに採用されていない手法である上、実際の強震記録によって検証されてもいない。

       特に平均応力降下量⊿σ及びアスペリティ応力降下量⊿αaについては、壇ほか(2011)(⊿σ=3、4MPa、⊿σa=12.2MPa)及びFujii and Matsu’ura(2000)(⊿σ=3.1MPa、⊿σa=14.4MPa)のいずれも、日本の長大断層の平均値として過小評価である可能性は相当高い(入江(2014)、宮腰ほか(2015))。

       上記観測事実を踏まえた知見からすれば、アスペリティ面積比Sa/Sは地震規模に拠らず一定というモデルが支持されるべきであり、平均応力降下量⊿σが地震モーメントMoと正の相関がある(レシピに従い入倉・三宅(2001)と円形破壊の式を適用すると、」⊿σはS1/2(Mo1/4)に比例して増大する(甲F18・35頁)。その他甲F106、107)との前提を置くのであれば、アスペリティ応力降下量」⊿σaも地震モーメントMoと正の相関があると考えるのが相当である。

   (イ) 長大断層における入倉・三宅(2001)の適用

       長大断層の地震規模の最大値を推定する方法として、入倉・三宅(2001)を適用する知見(松島ほか(2010))が存在するところ、原決定は、松島ほか(2010)が著された後にレシピが改訂されて平成28年6月改訂レシピにMurotani et al.(2015)の適用が掲げられたことをもって、480kmケースが入倉・三宅(2001)の適用になじまないとしているが、レシピは最もあり得る地震と強震動を評価するためのものであって、特に現象のばらつきや不確定性の考慮が必要な場合には、その点に十分留意して計算手法と計測結果を吟味・判断した上で震源断層を設定すべきであり、原決定は不当である。

   (ウ) 54kmケースでの入倉・三宅(2001)による過小評価

       レシピは、活断層で発生する地震の特性化震源モデルの巨視的震源特性のうちの震源断層モデルの位置・構造につき、(ア)過去の地震記録や調査結果などの諸知見を吟味・判断して震源断層モデルを設定する場合(以下「(ア)の手法」という。)と、(イ)長期評価された地表の活断層長さ等から地震規模を設定し震源断層モデルを設定する場合(以下「(イ)の手法」という。)を挙げているところ、本件では54kmケースで(ア)の手法を検討するのみならず、入倉・三宅(2001)による過小評価の可能性を考慮に入れ、(イ)の手法をも検討して過小評価のおそれを低減させるべきなのは明白であり(甲F8、10)、そうすれば基準地震動は有意に大きくなる可能性が高い(54km基本ケースにつき甲D326、甲F18(以下、これらを併せ「長沢意見書」という。)。また、同意見書の平均応力降下量⊿σ=5.0MPa、アスペリティ応力降下量⊿σa=22.5MPaの設定の相当性につき甲F19、31、48、 84)。

   (エ) 不確かさの考慮の不十分さ

     a アスペリティ応力降下量

       アスペリティ応力降下量⊿σaは、短周期レベルAとともに、地震動評価にもっとも影響を与えるパラメータであり(甲F18・27頁)、新潟県中越沖地震(超過事例③)では、震源特性として、Aが平均より約1.5倍大きかったことが判明しているところ、相手方は、⊿σaの不確かさ考慮について、1.5倍又は20MPaのいずれか大きい方という基準を用いている。 

       しかし、近時の地震では、⊿σaが20MPaを超える例は珍しくない(宮腰ほか(2015))から、不確かさの考慮としては、少なくとも1.5倍又は25MPaのいずれか大きい方という基準を用いるべきである(甲F23ないし25、49、86)。

       相手方は、新潟県中越沖地震(超過事例③)は逆断層型であるが、中央構造線断層帯は横ずれ断層型であって、横ずれ断層型の短周期レベルが逆断層型よりも有意に小さいと主張するが、そのような見解は、専門家の間でコンセンサスの得られた知見ではない。

     b 南傾斜モデル

       横ずれ断層については、震源断層面はほぼ鉛直であると考えるのが一般的であるが、「ほぼ鉛直|と言う場合、80度程度の傾斜は通常含まれるのであり、横ずれ断層であるからといって南傾斜の可能性が有意に小さいと考える理由にはならない。

       原子力安全・保安院が伊方原発前面海域で行った海上音波探査の結果からすれば、起震断層と直接関係していることが考えられるもっとも北側の地表付近の断層は、80度程度南に傾斜していることが認められ、地下の震源断層は70度ないしはそれ以上傾斜していることも否定できず(甲F14・42頁)、敷地前活断層より南側の地形が隆起していることや、本件発電所周辺のテクトニクスが圧縮場になっていることからしても、南傾斜の可能性はむしろ有意に高いと考えられ、60度程度傾斜している可能性も否定できない(甲D542、610、甲F27)。

     c 破壊伝播速度

       破壊伝播速度Vr=0.72Vs(地震発生層のS波速度)というのは、相対的には通用性のある知見とは言い得ても未だ確立した知見とは言い難いのであり、特に長大断層については係数が1を超えるとする事例報告も存在する。

     d アスペリティ平面位置

       原決定は、伊方沖引張性ジョグを認めているが、地震本部の中央構造線長期評価(2011)を含む他の多くの見解は、そのようなジョグの存在を認めていない。また、ジョグにアスペリティが想定し難いというのは確立した知見ではない。

       本件敷地の正面にアスペリティを配置することを基本モデルに織り込むべきである(甲F84、100~104、109)。

     e まとめ

       以上によれば、上記aについては、相手方の不確かさの考慮がそもそも過小であり、また、上記aないしdの不確かさが有意に小さいと考えることもできないから、基本震源モデルに織り込んだ上で、それぞれの不確かさを他の不確かさと重畳考慮すべきである。

  (3) 敷地ごとに震源を特定して策定する地震動(プレート間地震)

   ア 南海トラフから琉球海溝までの連動を想定すべきこと

     原決定は、琉球海溝まで連動しても震源断層は本件敷地から乖離するので地震動の距離減衰により影響は小さいとしているが、それは内閣府(2012b)の南海トラフ巨大地震(Mw9.0)ですべり量が飽和するという仮定が成立する場合にのみ採り得る見解である。プレート間地震ですべり量が飽和するのか、仮に飽和するとしてどの程度の地震から飽和するのかということについては、内陸地殻内地震以上に目途が立っていないのであり、原決定は希望的観測にすがって危険性に目をつぶっているに過ぎない。

     また、原決定は、内閣府(2012b)の南海トラフ巨大地震(Mw9.0)は巨大地震の中でも最大級のものであることが確認されたとするが、それはあくまで一般防災の観点からの最大級であり、原発のような重要施設の場合には当てはまらない(甲D142、143)。

   イ 応答スペクトルに基づく地震動評価における地震規模の想定及び耐専式を適用したことの不合理性

     原決定は、相手方が検討用地震として選定した内閣府(2012b)の南海トラフ巨大地震(Mw9.0)は、内閣府検討会において、数次に渡って検討を重ねた成果物であるとするが、応答スペクトルに基づく地震動評価において地震規模をMw8.3に切り下げて良い理由については何ら示せていない。

     また、内閣府(2012b)では、応答スペクトルに基づく地震動評価においてMw8.3の地震に適用される距離減衰式については言及がないとろ、奥村ほか(2012)では、耐専式を適用して東北地方太平洋沖地震の際に観測された地中観測記録を再現するに当たり、M8.4に耐専式を適用したのでは過小評価となり、M9.0に耐専式を適用した方がはるかに良好に再現できたことが示されており、Mw8.3に耐等式を適用することの不合理性が推認されるというべきである。

   ウ SPGAモデルを適用すべきことについて

     南海トラフ地震は近い将来における発生がかなり高い確率で想定されていることからしても、万が一の事態を想定しなければならない原子力発電所の基準地震動の設定においては、SPGAモデルのような保守的な評価につながるモデルは当然に適用されるべきである(甲F28)。

  (4) 敷地ごとに震源を特定して策定する地震動(海洋プレート内地震)

     日向灘長期評価(2004)では、本件発電所敷地を含む「安芸灘~伊予灘~豊後水道」の想定される地震規模は「M6.7~M7.4」とし、予測地図(2014)でも、「最大M8.0』とされており、相手方が検討用地震として設定した1854年豊予海峡地震(M7.0)が「合理的な最大」といえないことは明らかである。

     また、上記長期評価では1854年豊予海峡地震は、相手方が設定したM7.0を上回るM7.4とされており、その根拠は、代表的な歴史地震のカタログである宇佐美(2003)(M7.3~7M7.5)によるものであるところ、宇佐美(2003)は平成26年9月に改訂されて宇佐美ほか(2013)として出版されているが、宇佐美ほか(2013)も、前記地震規模は宇佐美(2003)と同一であり、このことからも、相手方が検討用地震として設定した1854年豊予海峡地震(M7.0)が「合理的な最大」といえないことは明らかである。

  (5) 震源を特定せず策定する地震勣

     現在の科学技術では、本件発電所の直下ないし近傍に事前に把握できない震源断層が潜んでいる可能性は否定できず、これが活動した場合、相手方の想定を上回るよぅな強い揺れが本件発電所を襲う可能性があることもまた否定できないのであり、地震ガイドのようにどこかで偶々観測された地震動をほぼそのまま採用するよぅな手法は、決して安全性を考慮したものではない。

  (6) 年超過確率

     現在の地震学の水準では、起きた後の地震のことは詳細な調査によってある程度分かるが、起きる前の予測の段階では限界がある。そうであるからこそ、「想定外」の事象が起こる確率を真摯に突き詰めて定量的に評価するのが本来の超過確率の算定手法であるべきである。ところが現在の超過確率は、ほとんど距離減衰式のばらつきを考えるだけになってしまっており、実現象を踏まえたものになっていない。

 (相手方)

  (1) 新規制基準の合理性

   ア 真摯に東北地方太平洋沖地震等の教訓を踏まえていないとの点

     設置許可基準規則は、福島第一原発事故の教訓を踏まえ、海外知見も参考にしつつ、地震及び津波の分野については、原子力規制委員会の発足前後を通じて、各専門分野の学識経験者等の専門技術的知見に基づく意見等を集約し、中立性が担保された学識経験者の関与の下、公開の議論を経て、新規制基準の骨子案及び規制案等に対する意見公募手続等の適正な手続きを経て策定されたものであり(「考え方」)、新規制基準における基準地震動の策定手法及びその考え方が福島第一原発事故の教訓及び最新の知見を踏まえた合理的なものであることは明らかである。

     そして、新規制基準における基準地震動の策定方針に係る基本的な考え方は、結果的に改訂耐震指針における基準地震動の策定方法と同一であるが、基準地震動の策定過程で考慮される項目については、東北地方太平洋沖地震及びそれに付随して発生した津波に関する検証を通じて得られたプレート間地震及び海洋プレート内地震の震源域の連動に係る考え方のほか、改訂耐震指針に基づく既設原子炉施設の耐震安全性評価(いわゆる「バックチェック」)において得られた経験、新潟県中越沖地震(超過事例③)から得られた教訓等を踏まえ、より詳細な検討が求められることとなった。

     例えば、改訂耐震指針(乙21)においては、敷地ごとに震源を特定して策定する地震動について、「基準地震動Ssの策定過程に伴う不確かさ(ばらつき)」の考慮にあたって、「基準地震動Ssの策定に及ぼす影響が大きいと考えられる不確かさ(ばらつき)の要因及びその大きさの程度を十分踏まえつつ、適切な手法を用いることとする」とされていた(指針5(2)④、同解説Ⅱ(3)④)ところ、設置許可基準規則解釈においては、「震源断層の長さ、地震発生層の上端深さ・下端深さ、断層傾斜角、アスペリティの位置・大きさ、応力降下量、破壊開始点等の不確かさ、並びにそれらに係る考え方及び解釈の違いによる不確かさ」として具体的に示され、これらのパラメータのうち、敷地における地震動評価に大きな影響を与えると考えられる支配的なパラメータを分析し、必要に応じて不確かさを組み合わせるなどの評価を行うべきとされている(同別記2の5二⑤)。また、敷地及び敷地周辺の地下構造が地震波の伝播特性に影響を与えることから、この地下構造に関して、地層の傾斜、断層及び摺曲構造等の地質構造や地震波速度構造等の地下構造等の詳細な評価を行うことなどが新たに要求されている(同別記2の5四)。

   イ 外部事象のリスク評価が足りないとの点

     新規制基準は、政府事故調報告書の指摘(自然環境特性に応じた総合的なリスク評価を踏まえたシビアアクシデント対策の必要性)を踏まえ、「共通要因故障をもたらす自然現象等に係る想定の大幅な引き上げとそれに対する防護対策を強化」することを要求している(乙353・1、7頁)。

     具体的には、設置許可基準規則6条1項で地震及び津波以外の自然現象に対しても安全施設は安全機能を損なわないものでなければならないことを要求し、同解釈6条3項において、これらの自然現象の組合せについても考慮することが求められている。

     また、新規制基準は、抗告人ら指摘の、基準地震動を超えるような地震動が発生した場合に想定される様々なリスクが同時発生的に表面化する事態も考慮している。

   ウ 具体的・定量的な基準が出来ていないとの点

     現在の科学的水準からすれば、基準地震動や基準津波策定等を含む新規制基準のあらゆる面において、一義的に客観的な基準を設けることが不可能であること、そして、4号要件が発電用原子炉施設の位置、構造及び設備が災害の防止上支障がないものであることを審査するための基準を原子力規制委員会規則で定めることとしているのは原子力規制委員会に科学的、専門技術的知見に基づく合理的な判断に委ね、科学技術的な事項について一定の裁量を認めたものと解されることは、原決定のとおりである。

  (2) 敷地ごとに震源を特定して策定する地震動(内陸地殻内地震)

   ア 応答スペクトルに基づく地震動評価

   (ア) すべり量の飽和

       松田式は、日本の内陸部に発生した主に断層長さ約20kmから約80kmまでの14地震のデータから得られた経験式であり、M8の地震ではL=80km、M7ではL=20kmとして決めたものであるから、松田式が適用できる範囲は原則として約20km~約80km(地震本部の活断層長期評価手法(2010)を踏まえても約100km以下(乙151・6、26頁))の断層であるといえる。

       そうすると、すべり量が飽和するか否かにかかわらず、130kmケースや480kmケースについてセグメント分けをせずに松田式を適用するのは不適切である。

       もっとも、長大断層においてすべり量が飽和するか否かについては、松田式の適用性以外でも、地震動評価に強く関係してくるー点であるが、平成28年6月改訂レシピ、同年12月修正レシピ及び平成29年改訂レシピは、地震モーメントMoの算定において、①地震規模が小さい領城においては、Moが断層長さLと断層幅Wとすべり量Dに比例するSomerville et al.(1999)に従い、②ある程度地震規模が大きくなり、Wの上端から下端まで破壊が達した(Wが飽和した)後は、地震規模がLとDに比例する入倉・三宅(2001)に従い、③W及びDがともに飽和するような長大断層の領域については、MoがLのみに比例するMurotani et al.(2015)に従うという、いわゆる「3 stage scaling model」を採用しており、最大断層においてすべり量が飽和するとの知見が地震学者の間の通説であることは明らかである。抗告人らにおいてすべり量が飽和しないとの知見であると主張し、原決定が検討材料とした地震学者らの発言等については、抽象的可能性を指摘したもの、又は、そもそもすべり量が飽和しない可能性を指摘するものではないものであり、当該発言等をもって、長大断層においてすべり量が飽和するか否かについて、専門家の間で見解が分かれていると理解するのは誤りである。

   (イ) 松田式が内包する不確かさの考慮

     a 地震ガイドⅠ.3.2.3(2)の「経験式の適用範囲が十分に検討されていることを確認する」ことの意味

       経験式は、その基となるデータの回帰分析(2変数x、yのデータがあり、ある一方の変数xが他方の変数yを決定するという関係にあるときに、独立変数xと従属変数yとの定量的な関係を求めること。)により得られるものであることから、基本的には、その基となるデータの範囲(適用範囲)において使用されることによって信頼性が担保されるので、当該経験式を適用範囲から外れるような震源断層に使用する(外挿)のは適切ではない。したがって、経験式を適切に使用するためには、経験式を適用する震源断層が当該経験式の適用範囲に含まれているかについて十分に検討する必要があり、これが「経験式の適用範囲が十分に検討されていることを確認する」ことの意味である。

     b 地震ガイドⅠ.3.2.3(2)の「経験式が有するばらつき」の意’味

       経験式とは、一般に、ある事象(関係性)を最も確からしく表すために策定されたものであり、実際に発生した事象の各データを基に、最小二乗法によって求められる(最小二乗法とは、上記独立変数xと上記従属変数yとの間に関係式y=bx+aを想定した上、観測記録のデータや実験値等の現実の値(xi、yi)と関係式から求められる(x、y=bx+a)の各点の隔たりの二乗和を最小にするa、bの関係を求める方法であり、隔たりを最小にして2変数の関係に最もよくあてはまる関係式を得ることができる。)。

       このような経験式は、その基とされた各データのいわば平均像を示すものであることから、経験式とその基となった各データとの間には乖離が存在する。この乖離が経験式における「ばらつき」といわれるものである。

       このことは、地震動評価に用いる経験式でも同様であり、経験式とその基となる各データとの間には必ず乖離、すなわち、「ばらつき」が生じる。そして、経験式はその基となる各データの平均像を示すものであること、経験式の基となるそれぞれのデータ(地震)には当該地震が発生した地域の地域特性(震源特性、伝播特性、増幅特性)が反映されていることから、経験式とその基となる各データとの乖離(ばらつき)は、当該データ(地震)の地域特性そのものを示すものとなっている。

       そこで、地震動評価において経験式を用いるにあたっては、経験式には上記のような「ばらつき」が存在することを踏まえ、評価対象地域における地震の地域特性を十分に考慮した上で評価する必要があり、これが「経験式が有するばらつき」を考慮するということである。

     c 地震ガイドI.3.2.3(2)で求められていることの意味

       上記a及びbを踏まえると、経験式を適切に使用するためには、経験式を適用する震源断層が当該経験式の適用範囲に含まれているかについて十分に検討する必要があり、その際には、評価対象地域における地震の地域特性を十分に考慮した上で評価する必要があるというのが、地震ガイドI.3.2.3(2)における「その際・・・経験式が有するばらつきも考慮されている必要がある」の意味するところである。

       抗告人ら圭張の、「経験式のばらつき」として、経験式の基となったデータのうち、ばらつきが最大となるもの(ないし標準偏差分を平均値に上乗せした値)を考慮すべきだという考え方は、評価対象地域とは異なった地域の特性が反映されたデータを基準とすることとなるばかりでなく、要するにデータの最大値(ないし平均値から乖離した値)を用いることになるので、そもそも経験式を求める意味を失わせることになる。

     d 相手方は地震ガイドI.3.2.3(2)を踏まえて適切に「経験式が有するばらつき」を考慮していること

       以上を踏まえ、相手方が策定した基準地震動の策定過程について見てみると、相手方は、本件発電所の地震動評価において、詳細な調査等に基づいて敷地周辺の地域特性を把握し、その上で保守的なパラメータを設定し、さらに不確かさを考慮して地震動評価を行っている。例えば、松田式を用いて敷地前面海域の断層群(中央構造線断層帯)の地震の規模を求める際には、松田式がレシピ等でも用いられ、多くの場面で実用されている信頼できる手法であること、震源断層の長さを用いるのに適した経験式であること、その基となるデータからは適用範囲が20km~80kmであること、その適用範囲を超える長大な断層については、地震本部の活断層長期評価手法(2010)で提案されている手法(断層長さが断層面の幅の4倍を超える場合には長さが4倍を超えないように区分した区間が連動するモデルを設定して地震規模を算出する手法)が示されていることを確認した。そして、相手方は、詳細な調査等に基づき、本件発電所の敷地前面海域の断層群(中央構造線断層帯)の性状を把握するとともに、地震本部の中央構造線長期評価(2011)等を踏まえ、断層長さ約480kmとなる最大限の連動を考慮し、さらに、敷地前面海域の断層群(中央構造線断層帯)が複数の活動区間(セグメント)に区分されていることを踏まえ、部分的な活動も考慮することとし、詳細な調査等から得られたデータを基に、断層長さ約54km及び約130kmとなるケースも想定するなど、その地域特性を十分に考慮した。

       そして、松田式の適用範囲及び敷地前面海域の断層群(中央構造線断層帯)による地震についての地域特性を考慮して、断層長さ約54kmのケースでは松田式をそのまま適用し、約130km及び約480kmのケースでは、上記活断層長期評価手法が提案する方法を採用し、長さが80km以下になるようセグメント区分を行い、区分したセグメントごとに算出した地震規模を合計して断層全体の地震規模を求めた。

       このように、相手一方は「経験式が有するばらつき」の考慮を地震ガイドに則って適切に行っている。

   (ウ) 断層長さの認識論的不確定性

       相手方は、応答スペクトルに基づく地震動評価を行う際、耐専式に等価震源距離を用いることによる特性があることを考慮し、断層長さ約54km、約130km及び約480kmの各ケースの評価に加え、約54kmのケースで伊予灘セグメント(敷地前面海域の断層群)の両端のジョグの端部にまで断層破壊が及ぶと仮定して断層長さ約69kmのケースについても念のため評価を行ったところ、結果的に断層長さ約69kmのケースで保守的な(約130kmや約480kmのケースを若干上回る)評価が得られたことから、保守性を考慮し、応答スペクトルに基づく地震動評価を基にした基準地震動Ss-1を設定する際に考慮はしたものの、実際には断層長さ約69kmとなる断層破壊は考え難いことも踏まえれば、本来であれば、基準地震動の策定において考慮する必要はないというべきである。

       仮に、103kmや90kmという断層長さを用いることによって、約130kmや約480kmのケースよりも大きな地震動が評価されたとしても、それは約69kmのケースと同じく耐専式の特性によるものに過ぎず、そのような地震動を考慮する必然性もなければ、あえて、そのような地震動が求まることを期待して103kmや90kmというケースで評価する必要性はない。

   (エ) 中央構造線長期評価(2011)との比較

       103kmケースにつき、相手方の想定と上記長期評価の想定が異なるのは、断層のすべり量について、相手方が室谷ほか(2009)及び室谷ほか(2010)と整合するように設定しているのに対し、上記長期評価における地震規模は、地表変位量(7m)が断層の平均すべり量と同じという仮定や、一部区間の断層の幅や平均すべり量が全長(約360km又は約130km)にわたって同一であるという仮定のもと算出されたものであることによるものであり、相手方が依拠した知見が相当である。

       なお、予測地図(2014)では、130kmケースのモーメントマグニチュードMwは、上記長期評価を下回る7.4とされたところ、これは、相手方が壇ほか(2011)を用いて設定した7.4と同じであり、Fujii and Matsu’ura(2000)を用いて設定した7.5を下回る。このように上記長期評価と予測地図(2014)のMwが異なるのは、長期評価が平均すべり量に地表変位量を用いたのに対し、予測地図(2014)ではレシピに従って、震源断層のモデル化を行ったためである、

       したがって、相手方が設定したMwが過小であるとはいえない。

   (オ) 54km、69km及び130kmの各鉛直モデルに耐専式の適用を排除したこと

       耐専式も、経験式である以上、その適用範囲を無視することはできないところ、基データを超える範囲であっても十分な検証によって、運用上、実際の観測記録を再現することが可能と判断された範囲において適用が可能であるとされ、この一定の範囲の目安として、遠距離、中距離、近距離、極近距離が示されている。しかし、極近距離を下回る範囲においては、未だ十分な検証がなされているとはいえないので、原則的には耐専式の適用範囲外であり、適用する場合であっても、適用できるかどうかについては個別に十分な吟味が必要とされるものである。抗告人らが指摘するように一部の観測記録に極近距離を下回る場合であっても耐専式を適用することが可能と考えられるものがあることは否定しないが、だからといって、他の地震にまで適用できるというまでの十分な検証がなされたとはいえない、

       また、抗告人ら指摘の大野ほか(2001)は、相手方が用いた他の距離減衰式よりも古い知見である上、その適用結果も相手方採用の距離減衰式と概ね整合的であり、相手方の基準地震動の策定に影響を及ぼすものではない、

   (カ) 耐専式が内包する不確かさ

       抗告人らの主張は、経験式における基データのばらつき、すなわち、他の観測記録の地域特性を、そのまま本件発電所における地震動評価に用いるよう求めるものであり、そのような主張が失当であることは、上記(イ)のとおりである。

   (キ) 相手方が南傾斜モデルを想定しなかったこと

       仮に、断層長さ約480kmについて南傾斜モデルを想定して耐専式を適用したとしても、等価震源距離は、鉛直モデルより多少短くなるものの、相当に長い(地震波の減衰が大きい)から、地震動評価に与える影響は小さく、他のケースを大きく上回るような結果になることはない。

   イ 断層モデルを用いた手法による地震動評価

   (ア) 壇ほか(2011)とFujii and Matsu’ura(2000)

       壇ほか(2011)(平均応力降下量⊿σ=3.4MPa、アスペリテイ応力降下量⊿σa=12.2MPa)は、レシピには採用されてはいないものの、壇ほか(2012)、藤堂ほか(2012)及び壇ほか(2016)により、観測結果と整合することが確認されており、Fujii and Matsu’ura(2000)(⊿σ=3.1MPa)も、レシピにおいて、長大断層に適用するとされており、いずれも信頼性のある手法である。

   (イ) 長大断層における入倉・三宅式の適用

       松島ほか(2010)は、その論文の中で、「長大断層に関しては、解析事例が少なく」、「今後はデータの蓄積とともにメカニズムの違いの影響やアスペリティに関する微視的断層パラメータの関係式などについて検討する必要がある」と記している。そして、Murotani et al. (2015)の著者は、松島ほか(2010)の著者と同一である(甲F5の1)ところ、室谷らは、入倉一三宅(2001)の長大断層への適用性について検証し、長大断層には入倉・三宅(2001)ではなく、Murotani et al. (2015)を適用すべきという新しい知見を提案したものである。これらのことからすれば、そもそも入倉・三宅(2001)の長大断層への適用について、Murotani et al. (2015)の最新の知見を用いず、松島ほか(2010)を根拠とする抗告人らの主張は、松島ほか(2010)の考え方を正解しておらず、理由がない。

   (ウ) 54kmケースでの入倉・三宅(2001)による過小評価

      相手方は、入倉・三宅(2001)を、54kmケースの評価に用いているが、併せて入倉・三宅(2001)よりも大きな地震モーメントMoを算出する壇ほか(2011)を用いた評価も行っているから、最終的に策定した基準地震動が過小評価となることはない。

   (エ) 不確かさの考慮の不十分さ

     a アスペリティ応力降下董

       相手方が、アスペリティ応力降下量⊿σaの1.5倍を考慮したのは新潟県中越沖地震(超過事例③)における知見を踏まえたものであり、相手方が、⊿σaを1.5倍しても20MPaを下回る場合には、20MPaを不確かさとして考慮する(つまり、20MPaを下限値として不確かさを考慮する)こととしたのは、新潟県中越沖地震の震源断層のうち、最も大きな⊿σaが23.7MPa(宮腰ほか(2015)・147頁表4)であり、同地震が逆断層であることを踏まえれば、敷地前面海域の断層群で想定される応力降下量はそれよりも小さくなるものと考えられる(佐藤(2010)、佐藤(2012)、佐藤(2016))ことから、⊿σaの不確かさについては20MPaを下限値として考慮することが妥当であると考えたためである(新規制基準策定前の原子力規制委員会発足前の原子力安全・保安院の会合でも同旨の見解が述べられている。乙367~369)。

     b 南傾斜モデル

       相手方が基本震源モデルの断層傾斜角を鉛直としたのは、変動地形学的観点、地震学的観点及び地球物理学的観点から、各種調査結果を総合的に評価するとともに、過去に発生した他の横ずれ断層に係る知見を踏まえた結果であり、高い信頼性を有している。

       抗告人らは、甲F14・42頁の図を基に、本件発電所の敷地前面海域で行った海上音波探査の結果からすれば、もっとも北側の地表付近の断層が80度程度南に傾斜し、地下の震源断層は70度ないしはそれ以上傾斜している旨主張するところ、同図によると、抗告人らが南傾斜を指摘しているのは、敷地前面海域の海底下浅部に見える最も外側(北端)の断層、すなわち、当審答弁書(地震動関係)・107頁図17(相手方が乙371一10を基に作成)のf1断層(本件発電所の敷地前面海域の海底下浅部の数条の活断層のうち北端にあり、海底面に明瞭な窪みをもたらしている断層)を指摘しているものと思われる。しかし、①f1断層と同図f2断層(f1断層より南側に位置し、海底面に明瞭な窪みをもたらしている断層)との間は地溝を形成し、変形の累積が特に顕著であること(当審答弁書(地震動関係戸108頁図18、109頁図19、乙192-10、17)、②本件発電所から沖合約8kmの海底下約2kmには三波川変成岩類と領家花こう岩類とが会合する地点(地質境界としての中央構造線)が確認できるところ、f1断層とf2断層は、上記会合地点へ収斂するように地下に延びており、かつ、f1断層より北側の反射面は緩く南側に、f2断層より南側の傾斜面は緩く北側にそれぞれ傾斜していること(同111頁・図20、乙192-48)等からすると、南傾斜のf1断層と北傾斜のf2断層との間の地下深部に震源断層が想定される(同111頁・図20)から、f1断層の傾斜と震源断層の傾斜を同視する抗告人らの主張は誤りである(同日2頁・図21)。

       また、抗告人らが指摘する、甲F27の「南向きに約50度の角度で傾斜する逆断層」(乙387のFigure 2(b)のLine 2(平面図)、Figure 7(b)のF1及びF2(断面図)、大野ほか(2005)の図2のB(平面図」)についても、中央構造線断層帯を構成する伊予断層の末端領域に形成されたスプレー断層(震源断層から分岐して形成された断層で、分岐断層ともいう。)の一部であり(大野ほか(2005))、震源断層と同一の傾斜を表すものではない(その余の主張に対する反論は、相手方原審準備書面(5)の補充書(4)第2の3・32頁以下、同補充ショ(5)第2の2(2)・35頁以下のとおり。

  なお、南傾斜80度の不確かさを考慮した地震動評価の結果について、鉛直の基本ケースと比較したところ、断層傾斜角を南傾斜80度としたケースの地震動は、一部周期帯で基本ケースを上回るものの、全体としてはほぼ同じレベルの地震動の強さとなっているから、仮に南傾斜80度を基本震源モデルに織り込んで他の不確かさと重畳させたとしても、地震動の評価結果はほぼ同じであることが予想できる。

     c 破壊伝播速度

       破壊伝播速度Vr=0.72Vs(地震発生層のS波速度)というのは、レシピにも示されている信頼性の高い知見であり、広く実用に用いられている。

     d アスペリテイ平面位置

       抗告人ら主張のうち、中央構造線長期評価(2011)が伊方沖の引張性ジョグの存在を認めていないとの点については、上記長期評価は主に過去の活動時期の違いから活動区間を6つに区切っているのであり(乙33・1頁)、伊方沖のジョグを認めていないわけではなく、吉岡ほか(2005)は、中央構造線断層帯の活動セグメントについて、伊方沖で食い違う形で「伊予長浜沖活動セグメント」と「三机沖活動セグメント」とを区分しており(乙372・1、84頁)、本件発電所の敷地正面の海域にジョグが存在することを示している。

       抗告人ら主張のうち、ジョグにアスペリテイが想定し難いというのは確立した知見ではないとの点についても、ジョグが断層破壊の停止域になるということは、すなわち、ジョグの変位量が小さいことにほかならず、すべり量が小さな場所にアスペリティは通常存在しないことと、岩城ほか(2006)の指摘から示唆される「変位量の大きいところにアスペリティが分布する」こととを踏まえると、ジョグにはアスペリテイが存在しないと考えられる(乙373-11)。

  (3) 敷地ごとに震源を特定して策定する地震動(プレート間地震)

   ア 南海トラフから琉球海溝までの連動

     抗告人ら主張のとおり南海トラフから琉球海溝まで連動するとしても、震源域は本件発電所の敷地から遠ざかる方向に延びることになるので、地震動は減衰し、本件発電所の敷地に与える影響は小さいことは容易に予想されることであり、そうであれば、本件発電所の敷地に大きな影響を与えると予想される地震として選定されるべき検討用地震としないことが不合理ではない。そして、南海トラフから琉球海溝まで連動した場合にすべり量が飽和するか否かは措くとしても、内閣府(2012b)で設定された南海トラフ巨大地震モデル(Mw9.0)は、「科学的知見に基づく調査を行い、あらゆる可能性を考慮した最大クラスの巨大な地震・津波」が設定されたものであり(乙261・5頁)、すべり量についても最大級の値が設定されていると解釈できるから、琉球海溝との連動を考慮したとしても妥当するものであると考えられる。

   イ 応答スペクトルに基づく地震動評価における地震規模の想定及び耐専式の適用

     奥村ほか(2012)の知見は、高レベル放射性廃棄物の地層処分施設のように、地下深部に建設される施設の耐震性を検討する際に地震動をどのように設定するかという観点から、地下深部での補正係数を算定した上で、これを用いて東北地方太平洋沖地震の応答スペクトルの再現を試みた成果を報告するものであり、本件にそのまま当てはめることは相当でない上、M8.5の地震が適用上限とされている耐等式(乙168)をM9.0の東北地方太平洋抑地震に適用することが妥当であるかどうかについても何ら検証されていない。

     また、相手方は、南海トラフの巨大地震について、断層モデルを用いた手法による地震動評価も行っている(Mwは9.0と設定)上、南海トラフの巨大池震による地震動は相手方が策定した基準地震動と比較して相当に小さい地震動レベルである(乙11-6-5-233)から、仮に、南海トラフの巨大地震について、応答スペクトルに基づく地震動評価の方法に不確かな点があったとしても、本件発電所の基準地震動の妥当性が直ちに矢われるものではない。

   ウ SPGAモデルの適用

     SPGAモデルについては、観測記録を再現する上では優れた手法であったとしても、強震動を事前に予測するという観点からは未だ研究途上であり(乙374・3頁)、SPGAモデルを用いていないからといって、本件発電所における地震動評価が合理性に欠けることにはならない。

  (4) 敷地ごとに震源を特定して策定する地震動(海洋プレート内地震)

    敷地ごとに震源を特定して策定する地震動の評価では震源を特定することが必須であり、特に断層モデルを用いた手法による地震動評価では、詳細なパラメータ設定が必須であることから、想定される断層モデルは現実的に設定可能でなければならないところ、予測地図(2014)は、「プレート内地震はプレート内に水平の断層面を設定する。」とし、そのうち、敷地周辺のフィリピン海プレートにM8.0の海洋プレート内地震を想定するにあたっては、「安芸灘~伊予灘~豊後水道のM7.6~8.0の地震については80km×80kmの矩形断層面」(乙263・113、126頁)を想定しているが、敷地周辺のフィリピン海プレートの厚さは30~35km程度である(乙375)から、九州下方に斜めに沈み込むフィリピン海プレートに対して、このように大きな水平矩形断層面を設定することは、プレートを突き抜ける断層面を設定することになり、現実的な断層モデルの設定は不可能である。仮にプレート内に収めるために、斜めに沈み込むプレートと並行な断層面を仮定するとしても、薄いプレートをさらに薄く裂くような破壊を想定せざるを得ず、力学的には想定し難いものがある。

    また、スラブ内で発生するマグニチュード7前後の大地震の場合、プレート間地震や内陸地殻内地震に比べて短周期地震波の励起が大きい(地震動が強くなり、震度が大きくなりやすい)ことが知られており、歴史地震を評価するにあたり一般的に用いられている手法によって、大規模なスラブ内地震を評価すると、他の地震タイプと比べてある程度の震度以上の領域面積が大きくなるので、結果的に地震規模を過大に評価するおそれがあることから、相手方は、神田ほか(2008)及び高橋ほか(2008)等の知見を踏まえ、海洋プレート内地震の地震規模を設定したのであり(乙391・5~13頁)、その評価内容に不合理な点はない。

    なお、相手方は、不確かさの考慮においてはM7.4を設定している(乙11-6-5-33、34、94)。

  (5) 年超過確率

    基準地震動は決定論的な考え方に基づき策定するものであるのに対し、年超過確率はこれとは異なる観点、すなわち、確率論的な観点から評価し、参照するものであることから、抗告人らの指摘は基準地震動の合理性を左右するものではない。

 

 4 争点3(2)(新規制基準の合理性に関する各論~耐震設計における重要度分類の合理性)

 

   次のとおり補足するほか、原決定の「理由」中「第3 争点に関する当事者の主張」の4記載のとおりであるから、これを引用する。

 (抗告人ら)

  (1) 外部電源が耐震重要度分類Cクラスであること

    原決定は、①外部電源は、全交流電源喪失を免れるために必要な設備であるとはいえるけれども、外部電源の全てについてSクラスやBクラスに分類してしまうと、相当な人的物的資源が割かれることになってしまい、社会通念上も現実的でない、②新規制基準は、外部電源の機能喪失に備えて非常用電源設備の設置を要求し(設置許可基準規則33条7項)、外部電源及び非常用電源設備の機能喪失に備えて代替電源設備の設置を要求し(同57条)、いずれも基準地震動に対する耐震安全性を要求することによって、可及的に電源供給面における耐震安全性を確保しようとしているなどとして、外部電源を耐震重要度分類Cクラスとする新規制基準の定めは、合理的であると判示する。

    しかし、福島第一原発事故の教訓を踏まえ、耐震設計審査指針類に反映させるべき事項について検討を行うことを目的として設置された原子力安全委員会の地震・津波関連指針等検討小委員会が、「(福島第一原発事故において)外部電源喪失が重要な要因となっていることから外部電源受電施設等の耐震安全性に関する抜本的対策が不可欠であり、「耐震設計上の重要度分類指針の見直しの必要がある」ととりまとめていること(甲E23・8頁)、などによれば、非常用電源に過度に期待せず、外部電源の耐震性を高めることが福島第一原発事故の重要な教訓であることは間違いなく、規制機関もこれを認めていたものであるから、外部電源を耐震重要度分類Cクラスとする新規制基準の定めは、福島第一原発事故の教訓を踏まえておらず、合理的とは認められない。

  (2) 重大事故等対処施設及び重大事故等対処設備が基準地震動を超える    

地震動に対する耐震安全性を確保していないこと

    新規制基準は、基準地震動を超える地震動が発生した際に重大事故等対処施設の地盤がこれを支持できることを求めておらず(設置許可基準規則38条)、基準地震動を超える地震動が発生した際に重大事故等対処施設が必要な機能を喪失しないことを求めておらず(同39条)、重大事故等対処設備自体ないしその設置場所、アクセスルート(道路及び通路)について基準地震動に対する耐震性の確保さえ求めておらず(同43条)、地震を明示的に想定したものとしては常設と可搬型とで保管場所を変えるべきことを規定しているに過ぎない(同条3項5号)。

    原決定は、新規制基準は、重大事故等対処設備である代替電源設備について位置的分散等の適切な措置を講じることを求めているから、基準地震動を超える地震動に対する耐震安全性を確保していなくても、その評価が適切に行われる限りは、非常用ディーゼル発電機やその他代替電源設備が同時に機能を喪失するおそれを社会通念上無視し得る程度に低減することができると判示する。

    しかし、設置許可基準規則は、第2章において、想定すべき外部事象を選定し、当該外部事象による損傷が事故の誘因とならないよう施設の損傷防止を求め、もって、設計基準対象施設について、設計に当たって想定すべき外部事象による損傷を原因とした故障(共通要因などにより安全機能が失われる状況)が発生しないようにした上で、それでもなお共通要因に起因する設備の故障が発生したことを想定し、第3章において、重大事故等対策を求めている。

    このように重大事故等対策は、想定外の外部事象を原因とする共通要因故障に対応するための対策であり、また、原決定指摘の位置的分散は基準地震動を超える地震を想定した対策ではない(甲E24)から、重大事故等対処設備について基準地震動を超える地震動に対する耐震安全性を要求していない新規制基準は、合理的とは認められない。

  (3) 非常用取水設備の耐震重要度分類が無視されていること

    原決定は、非常用取水設備のうち、①海水ピット堰は耐震重要度分類Sクラスに、②海水取水口、③海水取水路、④海水ピットスクリーン室、⑤海水ピットポンプ室はいずれもCクラスに分類されているものの、②ないし⑤は、耐震重要度分類Cクラスとはいえ、いずれも常設重大事故緩和設備として位置付けられ、基準地震動に対する耐震安全性が確保されている(設置許可基準規則39条1項3号)から、非常用取水設備の耐震重要度分類は合理的であると判示する。

    しかし、耐震重要度分類Cクラスでも、結果的にSクラスと同等の耐震性を有していたから問題ないと言うのは、耐震重要度分類に従って設備を設計して安全性確保を図る耐震設計の思想を否定するものであり、原決定は不当である。

(相手方)

  (1) 外部電源の耐震重要度分類

    抗告人らの主張は、外部電源に過度な要求を行うもので、安全対策に係るバランスを欠いており、グレーデッドアプローチの考え方も無視するものであり、失当である。

    仮に外部電源をSクラスに設定したとしても、多大な人的、物的資源を投入し、結果的に全ての設備において高い信頼性を確保することは不可能であるし、一方で他に安全確保が必要な設備の維持・管理が行えなくなり、却って原子力発電所の安全性を損なうことも考えられる。また、外部電源には不確定な要素が多々あり、たとえ耐震重要度分類でSクラスに設定したとしても、非常用の電源には適していない。

    この点、相手方は、本件3号機が発電を停止し、かつ、外部電源が喪失した場合に備えて、1台で必要な容量を有する非常用ディーゼル発電機を2台設置しているが、新規制基準を踏まえ、それぞれが7日間にわたって必要な電力を供給することができるだけの燃料を備蓄して信頼性の向上を図るとともに、外部電源や非常用ディーゼル発電機の機能が失われたことにより重大事故等が発生した場合においても、炉心の著しい損傷、原子炉格納容器の破損等の防止のために必要な電力を確保するとの観点から、代替の非常用電源として、空冷式非常用発電装置、電源車、蓄電池、可搬型直流電源装置等を配備しており、これらの非常用電源については、共通要因によって外部電源や非常用ディーゼル発電機と同時に機能を喪失しないよう、独立した電線路により接続するとともに、外部電源や非常用ディーゼル発電機との位置的分散を考慮して設置するなどしている(乙11-8-1-686~692、乙13-376~384)。また、これらの非常用電源については、重大事故等に対処するための設備としてSクラスと同じく基準地震動に対する耐震安全性を確保している(乙59、乙114~117)。

  (2) 重大事故等対処施設及び重大事故等対処設備の耐震安全性

    仮に基準地震動を超える地震動が発生したとしても、原子力発電所の安全上重要な設備は、耐震安全上の余裕を有しており、基準地震動を超える地震動によっても直ちに安全機能が損なわれるわけではないし、可搬型設備は、常設設備に比べると経験則的に耐震上優れた特性が認められ、本件3号機の可搬型重大事故等対処設備も、高い耐震性を確保している(乙59、60、117)。こうした点を踏まえると、常設重大事故等対処設備及び可搬型重大事故等対処設備である代替電源設備(空冷式非常用発電装置、電源車、蓄電池、可搬型直流電源装置等)について、外部電源や非常用ディーゼル発電機と同時に共通要因によって機能が損なわれるおそれがないよう位置的分散を考慮して異なる保管場所に保管するなどの適切な措置を講じることを求める新規制基準の規定は合理的であり、そうした対策によって、代替電源設備が外部電源や非常用ディーゼル発電機と同時に共通要因によって機能が損なわれるおそれを社会通念上無視し得る程度に低減することができる。なお、代替電源設備の位置的分散は、津波のみを想定したもの(甲E24の会合における原子力規制庁の事務局からの説明)ではなく、「いろいろな共通原因」に対する対策として位置付けるべきであることが指摘されており(同会合における原子力安全基盤機構の関係者の指摘、乙324)、「いろいろな共通原因」には、当然ながら地震動も含まれる。

    また、新規制基準では、基準地震動を超える地震動も踏まえた要求がなされている。例えば、①重大事故等対策では、上記のとおり経験則的に耐震上優れた特性が認められる可搬型設備(可搬型重大事故等対処設備)による対策を基本とし、常設の設備も組み合わせることで多様性を持たせて、信頼性を向上させ(設置許可基準規則47条、同解釈47条1項(1)a)及び同b)等)、②重大事故防止設備は、地震等の共通要因によって設計基準事故対処設備の安全機能と同時にその機能が損なわれるおそれがないよう、可能な限り多様性を考慮して、適切な措置を講じることが求められ(同43条2項3号、同条3項7号、同解釈43条4項)、③可搬型重大事故等対処設備については、地震、津波等の条件を考慮した上で、常設重大事故等対処設備とは異なる保管場所に保管することが求められている(同43条3項5号)。

    さらに、合理的に予測される範囲を大幅に超える大規模な自然災害が発生した場合には、発電用原子炉施設の大規模な損壊に至る可能性もあるが、新規制基準では、そのような場合に備え、3号要件として、原子力発電所を設置する者が重大事故等対策に係る技術的能力を有することを求め、大規模な自然災害又は故意による大型航空機の衝突その他のテロリズムによって原子炉施設の大規模な損壊が生じた場合における体制の整備に関し、手順書の整備、当該手順に従って活動を行うための体制及び資機材の整備を要求している(技術的能力基準2.1)。

  (3) 非常用取水設備の耐震重要度分類

    耐震重要度分類においてSクラス、Bクラス及びCクラスという分類は、設計基準対象施設としての投割に着目した分類であって、重大事故等対処設備(常設耐震重要重大事故防止設備、常設耐震重要重大事故防止設備以外の常設重大事故防止設備、常設重大事故緩和設備等)としての役割に着目した分類には用いられない(設置許可基準規則解釈別記2の2)。

    常設重大事故緩和設備だからといって設計基準対象施設としての相対的重要度を無視してSクラスに分類することには何ら意味がないし、重要度を恣意的に変更することは、グレーデッドアプローチの考え方を無視するもので、却って安全性を損なう可能性もある。抗告人らの主張は、耐震設計重要度分順の目的も意義も理解しないものであり、失当である。

 

 5 争点3(3)(新規制基準の合理性に関する各論~使用済燃料ピット等に係る安全性)

 

   次のとおり補足するほか、原決定の「理由」中「第3 争点に関する当事者の主張」の5記載のとおりであるから、これを引用する。

 (抗告人ら)

  (1) 堅固な施設で囲い込まれていないこと

   ア 竜巻による衝突

     原決定は、竜巻については、飛来物の衝突による施設の貫通及び裏面剥離を想定するなどしても安全機能が損なわれないことが確認されているので、外部からの不測の事態に対する防御という点において、使用済燃料ピットの安全性に欠けるところはないと判示する。

     しかし、竜巻により飛来物が使用済燃料ピットに侵入することを許容する設計となっていること自体を具体的危険性と捉えるべきであるし、竜巻により複数の飛来物が使用済燃料ピットに侵入し、使用済燃料ピットや使用済燃料に衝突したとしても安全機能は損なわれないことの疎明はなされていない。

   イ 冠水状態の維持

     原決定は、使用済燃料が冠水状態で貯蔵されている限り、放射性物質を含む高温高圧の水蒸気が瞬時に発生流出するような事態が生じる可能性は見出し難く、使用済燃料ピットと原子炉とは、想定される放射性物質の漏出のおそれに差があるから、使用済燃料ピットが原子炉ほどの「堅固な施設」による囲い込みまでは要しないとすることは、社会通念に照らして不合理でないと判示する。

     しかし、使用済燃料が無条件に「冠水状態で貯蔵されている限り」という前提を置いている点で判断を誤っている。福島第一原発事故において、4号機の使用済燃料ピットの冷却機能が喪失したにもかかわらず冠水状態が維持されたのは、偶然に偶然が重なって、隣接する原子炉ウェルから水が流れ込んだためであること(甲D289)などからすれば、使用済燃料の冠水状態を維持できない事態が生じることを想定していない新規制基準は、福島第一原発事故の教訓を踏まえておらず、合理的とは認められない。

  (2) 稠密化された使用済燃料ピットの危険性

    原決定は、使用済燃料ピットにおける使用済燃料の配置について、米国原子力規制委員会から市松模様にして配置する運用が各事業者に指示されているという状況にあることはいえても、そのような配置方法が国際基準として確立されていることが窺える資料も見当たらないと判示する。

    しかし、福島第一原発事故を受けて改正された原子力基本法1条2項が原子力利用の安全確保について「確立された国際的な基準を踏まえ」ることとしたのは、少なくとも確立された国際的な基準を踏まえなければならない(基準が国際的に確立されていることが基準遵守の十分条件となる)としたものであり、確立された国際的な基準でなければ踏まえなくても良い(基準が国際的に確立されていることが基準遵守の必要条件となる)としたものではない。使用済燃料の市松模様状の配置については、使用済燃料ピットが危機的状況に陥った福島第一原発事故の教訓を踏まえ、国会事故調査会もその導入を提言していること(甲C10・120頁)、新たに設備を設置することもなく容易に実行可能な対策であることなどからすれば、使用済燃料の市松模様状の配置を要求していない新規制基準は、合理的とは認められない。

(相手方)

  (1) 堅固な施設で囲い込まれていないこと

   ア 竜巻による衝突

     相手方は、竜巻により複数の飛来物が使用済燃料ピットに侵入して使用済燃料ピットや使用済燃料に衝突したとしても安全機能は損なわれないよう設計を行っている(乙11-8-1-320~343、472、乙13・58~63)。

     また、相手方は、竜巻により飛来物となり得る車両や資機材について、固縛、固定又は竜巻防護施設との離隔を適切に行い、かつ、完全な固持管埋が困難な乗用車弊の車両については、周辺防護区域又は立入制限区域に該当する本件3号機の原子炉建屋(使用済燃料ピットを設置する燃料取扱棟を含む。)及び原子炉補助建屋周辺で車両の立入りを制限し(実用炉規則91条2項6号)、竜巻防護施設のある海水ピット周辺及び重油タンク周辺でも駐車禁止エリアを定め、作業のための資機材運搬車同等以外の運転者が長時間離れるような車両の駐車を原則禁止するなどの飛来物発生防止対策を講じることで、竜巻による飛来物の発生数を極力少なくしており(乙325-6条(竜巻)一別添1-資料5-34~35、資料10-1~27)、竜巻防護施設に影響を及ぼす複数の飛来物が同一の竜巻防護施設に衝突する可能性は極めて小さいことが原子力規制委員会の審査で確認されている(乙326・14頁)。

   イ 冠水状態の維持

     新規制基準は、使用済燃料を冠水状態で冷却できるよう対策を求めた上で(設置許可基準規則16条、同54条1項、同解釈54条2項)、それでも使用済燃料ピットの水位が異常に低下し、使用済燃料の冠水状態が保てなくなることも想定し、使用済燃料ピット内の使用済燃料の著しい損傷の進行を緩和するとともに、燃料が損傷した場合であっても、できる限り環境への放射性物質の放出を低減するための設備を整備するよう求めている(同54条2項、同解釈54条3項)ところであり、新規制基準が「冠水状態を維持できない事態が生じることを想定していない」との抗告人らの批判は誤りである。

     そして、相手方は、設置許可基準規則54条2項、同解釈54条3項を踏まえ、中型ポンブ車及び加圧ポンプ車を用いて小型放水砲による使用済燃料ピットヘのスプレイが可能となるよう設備を設けるともに、大型ポンブ車(泡混合機能付)又は大型ポンプ車を用いた大型放水泡による燃料取扱棟への放水が可能となるよう設備を設けるなどの対策を講じている(乙11-8-1-671~674)。

 (2)  稠密化された使用済燃料ピットの危険性

    相手方が本件3号機の使用済燃料ピットに貯蔵した使用済燃料については、市松模様状の配置を行うまでもなく安全性を確保している。仮に、市松模様状に配置することが使用済燃料ピットに保管する使用済燃料の安全性をより向上させるための一つの選択肢を提案するものだとしても、これを採用していないからといって本件3号機の使用済燃料ピットに保管する使用済燃料が安全性に欠けるわけではないし、これを要求していないからといって新規制基準が合理性に欠けることにはならない。

 

 6 争点3(4)(新規制基準の合理性に関する各論~地すべりと液状化現象による危険性)

 

   次のとおり補足するほか、原決定の「理由」中「第3 争点に関する当事者の主張」の6記載のとおりであるから、これを引用する。

 (抗告人ら)

  (1) 地すべり

   ア 重油タンクの周辺斜面の解析モデルの不存在

     原決定は、東側斜面の高さと、東側斜面の法尻と重油タンクの距離、地すべりの移動距離は斜面の高さの概ね1.4倍、2倍であるという各知見を理由に、相手方が解析モデルを作成しないことは不合理とはいえないと判示する。

     しかし、相手方及び原判決が依拠する斜面と高さに関する各知見は、「概ね」の数値を示すものに過ぎない。例えば、東北地方太平洋沖地震により、高さ50m程、斜面勾配15度程度の山で、移動距離約120mの地すべりが発生し、これにより、10戸が全壊し、13人が死亡した事例がある(甲C77、78)。この事例では、地すべりは、斜面の高さの2倍を優に超えて移動している。結局、地すべり現象は、自然的誘因や斜面勾配等の地形的要因、さらには地質時代や岩相などの地質的要因が複雑に関係しており、未だ完全なメカニズムの解明には至っていないのであるから、斜面の高さにどれ程の離隔距離があれば、地すべりにより崩れてきた土塊が到達しないかなどということは不明と言わざるを得ないのであり、本件では少なくとも解析モデルを作成して安全性を確認することは不可欠であり、解析モデルすら作成しないのは不合理である。

   イ 本件発電所が三波川帯にあること

     原決定は、「安定性評価の対象となる周辺斜面は、基礎地盤と同様に、表土や風化した岩盤を削り取るなどの対策を講じた後の、いわゆる堅硬な斜面について行われており、佐田岬半島が一般に著しい片理が発達するなど有数の地すべり地帯であるとの指摘が、佐田岬半島において上記と同様の対策を講じた後の堅硬な斜面について一般的に妥当することを窺わせる資料は見当たらない。」と判示する。

     しかし、原決定のこの判示は、「佐田岬半島が一般に著しい片理が発達するなど有数の地すべり地帯である」との抗告人らの主張を認めておきながら、地すべりの危険性が残ることの立証責任を、抗告人ら側に課したものであり、原決定説示の司法審査の一般論(事業者の側において具体的危険が存在しないことを主張立証する必要がある。)と矛盾している。

   ウ 生越鑑定書の信用性

     原決定は、生越鑑定書(甲C195)について、「昭和51年12月30日に作成されたもの」であり、「依拠した各種知見や調査結果の精度が現時点でも科学的技術的に見て、今なお当然に耐えうるとは限らない」などと判示する。しかし、生越鑑定書は、裁判所が選任した鑑定人である生越和光大学教授が、二度にわたり現地調査を行った上で作成した鑑定書であり、現地調査の際には、広島大学理学部地質鉱物学教室の小島教授(結晶片岩研究の権威)が鑑定補助者として参加したものであり、その学術的価値、証拠価値は十分に認められる。また、生越鑑定害が作成された当時、国及び相手方は、中央構造線が活断層であることを否定していたが、生越鑑定書は中央一構造線の活動性を明言していた。現時点においては、中央構造線が活動性を有する活断層であることは国及び相手方とも否定し得ない事実であり、その当時の国及び相手方の主張と、生越鑑定書の主張のどちらが正しかったかは、歴史的に明らかである。

   エ 相手方の深部ボーリング調査は本件原発の安全性を保証しないこと

     原決定は、小松意見書(甲C324)に基づく抗告人らの主張について、「深部ボーリング調査により、少なくとも深度約2000mまで続く結晶片岩の層が堅硬かつ緻密であること」などを理由に排斥している。

     しかし、相手方が2000mの深部ボーリングを実施した地点は、本件原発敷地の南西端の場所であり(乙269・30頁)、本件原子炉の炉心から約900m離れているところ、新潟県中越沖地震(超過事例③)では、柏崎刈羽原発の同一の敷地内の約890m離れた4号機と7号機で地震動が約2.4倍も異なっている(甲C115)から、相手方の実施した深部ボーリング調査では、本件発電所の安全性を保証することはできない.

  (2) 液状化

   ア 液状化の危険性

     原決定は、本件敷地の高さはT.P.+10mであるところ、相手方による調査の結果、本件敷地の埋立部における地下水の平均は、海面の高さと同等のT.P.+0mであること等を理由に、抗告人らの主張は採用できないと判示する。

     しかし、平常時の水位が地表面を下回ることにより液状化が起こり得ないかのような判示は、事実誤認である。現に、新潟県中越沖地震(超過事例③)では、柏崎刈羽原発敷地内において多数の液状化現象が生じたが、当然のことながら平常時の地下水の水位が地表面を上回っているわけではなかった。

     また、原決定は、①海水ポンプエリアから津波による海水流入の可能性があること、②本件発電所の安全確保に必要な施設のうち、i海水ポンプエリアに繋がる配管、ⅱ緊急時に海水ポンプエリアで事故対策を行うための取付道路、ⅲ可搬設備の設置場所等の関連施設等がT.P.+10mより低い位置にある可能性があること(伊方原発2号炉のストレステストに関し、相手方が平成24年8月23日にプレスリリースした資料には、ⅲの可搬型消防ポンプの配置場所がEL(標高)5mであり、消防自動車配置場所がEL10m以下の高さであることが明記されている。甲E25)等について検討した形跡がなく、審理不尽である。

   イ 液状化の影響

     原決定は、仮に埋立部において液状化が発生したとしても主要構内道路の通行性が確保できるよう、埋立部を通らずに通行できるアクセスルートを確保する等の対策を講じているから、不等沈下によって通行に支障が生じシビアアクシデント対策を実施することが不可能となるとまでいうことはできないと判示する。

     しかし、地震による液状化の影響は、事前には予測できないものであり、液状化の際にその他の現象である、配管やマンホール等の地中埋設物の浮き上がる可能性や、泥水が噴出して道路が冠水する可能性、噴砂の可能性等が検討されておらず、これによる通行障害等の影響等も疎明されていないのであり、原決定の判示は余りに楽観的である。

 (相手方)

  (1) 地すべり

   ア 重油タンクの周辺斜面の解析モデルの不存在

     抗告人らが指摘する東北地方太平洋沖地震の際の事例(地すべりの移動距離が斜面の高さの約2.4倍)は、相手方が依拠した約2倍という知見と矛盾が生じる程度の結果ではないし、本件3号機の重油タンクとその東側斜面の法尻との距離が東側斜面の高さの約3倍であることを踏まえると、2倍を超える可能性があったとしても、十分に余裕があると考えられる。

   イ 本件発電所が三波川帯にあること

     抗告人ら指摘の原決定の説示は、相手方が、佐田岬半島が三波川帯に属する地すべり地帯であるとの抗告人らの指摘に対し、本件発電所の敷地において斜面の安定性評価の対象となるのは、表土や風化した岩盤を削り取るなどの対策を講じた後の堅硬な斜面であり、当該斜面において地すべりは生じないとの解析結果を示すなどして必要な主張、疎明を尽くしており、その一方、抗告人らが相手方の主張、疎明に対する立証活動に失敗していることを述べたものであるから、原決定が示した司法審査の在り方と何ら矛盾するものではない。

   ウ 生越鑑定書の信用性

     生越鑑定書は、鑑定事項のうち、岩石の強度、地すべりの規模・頻度等に係る定量的な鑑定が求められていると思われる事項についても、抽象的で定性的な見解を述べるばかりで、具体的に岩石の強度などを試験により明らかにした形跡はなく、観察内容を述べるにしても、当該観察地点が具体的にどこなのか、添付されている写真がどの地点で撮影されたものなのかも全く明らかにしていない。このような鑑定書に、学術的価値も証拠価値もないことは明らかである。

   エ 相手方の深部ボーリング調査

     抗告人らの主張は、深部ボーリングからは鉛直方向の地盤情報しか得られないということを前提にしており、誤りである。

     抗告人は、オフセットVSP探査を実施し本件発電所の敷地(本件3号機の炉心位置も含む。)の水平方向の深部地盤構造の調査を行い、柏崎刈羽原子力発電所のような特異な地下構造が本件発電所の敷地の地下深くに存在しないことを確認した。すなわち、オフセットVSP探査の結果、本件発電所の敷地には、大規模な断層を示す不連続、地震動の特異な増幅の要因となる低速度域及び褶曲構造は認められず、その速度構造(地震波の速度分布)は乱れがなく均質である(乙11-6-3-83、302~303、乙35-38~45、55~58、乙192-34~36)。

  (2) 液状化

   ア 液状化の危険性

     抗告人ら指摘の、新潟県中越沖地震の際に柏崎刈羽原発で発生した液状化は、東京電力のその後の調査により地下水位が地表面付近にある地点(主に海側の地下水が飽和した地盤)で発生していることが分かっている(乙328-8~17)のに対し、本件発電所の敷地における地下水位が地表面に対して十分に低い。

     また、①海水ポンブエリアから津波による海水流入の可能性については、相手方は、海水ポンブエリアからの津波の流入を防止するための対策、すなわち、海水ポンブエリアヘの水密扉、水泡ハッチ等の設置、貫通部の止水処置の実施等、適切な対策を講じていることから、海水ポンプエリアから海水が流入するおそれはなく(乙11-8-1-194~198、乙13-45)、②本件発電所の安全確保に必要な施設のうち、i海水ピット並びにこれに接続する海水取水路、海水取水ロ及び海水管ダクトについては、いずれも堅硬な岩盤に支持させているので、液状化により損傷することはなく(乙13-33、269)、ⅱⅲの可搬型重大事故等対処設備の保管場所並びに保管場所から使用場所まで運搬するための経路及びその他の設備の被害状況を把握するための経路(アクセスルート)については、いずれも標高(EEL.)10m以上の地点に位置し、液状化等によって必要な機能を喪失しないことを確認している(乙329)。

     抗告人らは、甲E25を示してiの可搬型設備の一部(消防自動車)がEL.10mより低い地点に配置されていることも指摘するが、甲E25は、本件3号機に係る資料ではない上、新規制基準制定以前の状況を示した資料であり、現在は、新規制基準の制定を踏まえ、可搬型設備の配置位置も当時からは大きく変更されており、現在は、EL.10mより低い位置には配置されていない(乙329-資6別添1-14)。

   イ 液状化の影響

     本件発電所の敷地の埋立部において液状化は生じないと判断されるが、相手方は、保守的に液状化及び揺すり込みによる不等沈下が発生することをあえて想定するとともに、地下構造物の損壊による陥没の発生なども考慮し、アクセスルートにおける影響評価を実施し、アクセスルートの通行性に支障がないことを確認している。具体的には、不等沈下に対する評価結果は、埋立部で発生する勾配は最大2%、段差量は最大で5cmとなり、緊急車両が徐行により登坂可能な勾配(約15%)及び走行可能な段差量(15cm)をいずれも下回っており、また、地下構造物の損壊に対する評価結果は、埋立部の地下構造物については銅板設置等の事前対策を行っていること、地下構造物の損壊に伴って地表面上に発生する陥没を想定しても、仮復旧作業を行うことで比較的短時間で通行性を確保することが可能であってアクセスルートヘの影響はないことを確認している(乙329-資6別添1-26以下)。

 

 7 争点3(5) 新規制基準の合理性に関する各論~制御棒挿入に係る危険性)

 

   原決定の「理由」中「第3 争点に関する当事者の主張」の7記載のとおりであるから、これを引用する。

 

 8 争点3(6) (新規制基準の合理性に関する各論~基準津波策定の合理性)

 

   原決定の「理由」中「第3 争点に関する当事者の主張」の8記載のとおりであるから、これを引用する。

 

 9 争点3(7)(新規制基準の合理性に関する各論~火山事象の影響による危険性)

 

   次のとおり補足するほか、原決定の「理由」中「第3 争点に関する当事者の主張」の9記載のとおりであるから、これを引用する。

 (抗告人ら)

  (1) 立地評価

    原決定は、まず、「立地評価に関する火山ガイドの定めは、少なくとも地球物理学的及び地球化学的調査等によって検討対象火山の噴火の時期及び規槙が相当前の時点で的確に予測できることを前提としている点において、その内容が不合理である」と、火山ガイドが不合理であることを認めながら、「VE17以上の規模のいわゆる破局的噴火については、その発生の可能性が相応の根拠をもって示されない限り、発電用原子炉施設の安全性確保の上で自然災害として想定しなくても、当該発電用原子炉施設が客観的に見て安全性に欠けるところがあるということはできないし、そのように解しても、本件改正後の原子炉等規制法の趣旨に反するということもできない」とする。

    しかし、立地評価に関する火山ガイドが不合理であるということは、本件発電所の適合性審査において用いられた具体的審査基準が不合理であるということにほかならず、原決定が定立した規範に照らせば、人格権侵害の具体的危険が存在することが事実上推定される。このような場合にどのような判断がなされるべきかについて、原決定が終始引用する福岡高裁宮崎支部決定によれば、相手方において人格権侵害の具体的危険が存在しないことを立証しなければならないという結論になるはずである。

    そうであるにもかかわらず、原決定は、福岡高裁宮崎支部決定と同様に、(抗告人らによって)破局的噴火の可能性が相応の根拠をもって示されない限り人格権侵害の具体的危険が存在するとは認められない旨の、自らが定立した規範に真正面から抵触するような判断を行っているのであり、不当としか言いようがない。

    原決定は、噴火の時期及び規模を相当前の時点で的確に予測することは現在の火山学の水準では不可能であるとしているのであるから、抗告人らにおいて破局的噴火の可能性の存否を立証することなど不可能であり、結局のところ、VE17クラスの破局的噴火については、事業者も原子力規制委員会も、何ら考慮しなくてよいといっているに等しい。

    しかし、現在の火山学の科学技術水準がVE17クラスの破局的噴火を的確に予測できないのであれば、的確に予測できないことを前提として、万が一に備え、破局的噴火が発生したとしても原発の安全性に支障がないような対策を講じる(設計対応不可能な火山事象に対しては「離隔」する)というのが、「安全の確保を旨」(原子力基本法2条1項)とした本来の規制の在り方のはずである。

    この点につき、原決定が引用する福岡高裁宮崎支部決定は、VE17クラスの破局的噴火を考慮しなくてよい根拠として、「少なくとも今日の我が国においては、このようにその影響が著しく重大かつ深刻なものではあるが極めて低頻度で少なくとも歴史時代において経験したことがないような規模及び態様の自然災害の危険性(リスク)については、その発生の可能性が相応の根拠をもって示されない限り、建築規制を始めとして安全性確保の上で考慮されていないのが実情であり、このことは、この種の危険性(リスク)については無視し得るものとして容認するという社会通念の反映とみることができる」と判示するが、①原発の安全性を一般建築規制と同様のレベルでとらえている点、②確立された国際的な基準にも我が国の原発規制の中にもどこにも定めのない「歴史時代において経験しているか否か」という、独自かつ極めて緩やかな基準を持ち出して、破局的噴火を「極めて低頻度」と認定している点で誤っている。

    なお、原決定は、阿蘇カルデラの噴火可能性の判断の中で、「破局的噴火の直前にはプリニー式等の爆発的噴火が先行することが多く、このことはカルデラ噴火の機序からも説明できる」として、Nagaoka(1998)の噴火ステージ論を前提として破局的噴火の可能性を否定しているようであるが、上記噴火ステージ論については、長岡信治の指導担当教授であった町田洋・東京都立大学名誉教授が「噴火ステージのサイクルは、テフラ整理のための一つの考え方に過ぎず、これによって破局的噴火までの時間的猶予を予測できる理諭的根拠にはなりません」と明確に述べており(甲D343)、原決定は誤りである。原決定が依拠する福岡高裁宮崎支部決定も、破局的噴火が開始してからカルデラ崩壊が始まるまでの期間(数日から数週間)にプリニー式噴火が発生したことを示す小林ほか(2010)や前野(2014)を挙げて「多くの巨大噴火がブリニー式噴火に始まる」としているだけであり、仮に近年阿蘇でプリニー式噴火が起きていないからといって、破局的噴火までの時間的猶予が数十年以上あるということにはならない。

  (2)降下火砕物の最大層厚の想定

      しかし、後記ウで判断するとおり、抗告人らの住所地は原子力災害対策指針で定める避難計画区域の範囲外に位置しており、かつ、原子力災害対策指針で定める避難計画区域の範囲の設定は合理的と認められるから、周辺区域の避難計画の有無や実効性が原子炉設置(変更)許可の審査対象とならないことは、抗告人らの人格権侵害の具体的危険を事実上推定するものではなく、周辺区域の避難計画の有無や実効性が原子炉設置(変更)許可の審査対象とならないことの是非は、本件の判断に影響を与えない。

    c NRC(緊急時計画)(甲E17)

      上記基準は、放射線緊急事態が発生した場合に適切な防護措置を講ずることかできるとの合理的な補償があるとNRCが判断した場合を除き、原子炉の初期運転許可証は発行されないと規定するところ、その趣旨につき、抗告人らは、州と地方の策定した避難計画の適切性及び実行可能性が合理的に保障されているか否かを判断するものと主張している。

      しかし、この点についても、上記bで説示したとおり、周辺区域の避難計画の有無や実効性が原子炉設置(変更)許可の審査対象とならないことの是非は、本件の判断に影響を与えない。

   ウ 防災審査の不存在(原決定第3の2(2)抗告人らの主張欄ウ)

     抗告人らの住所地(本件原子炉施設からの距離は約60~約100km)は、原子力災害対策指針で定める避難計画区域(本件原子炉施設から約30km)の範囲外に位置しているため、原子力災害を想定した避難計画は策定されていない。

     この点につき、抗告人らは、避難計画を策定すべき区域は、(抗告人ら住所地を含む)本件原子炉施設から約250kmとすべきであり、防災審査の不存在(避難計画の有無や実効性が原子炉設置(変更)許可の審査対象とされないこと)は、抗告人らの人格権侵害の具体的危険を事実上推定するものと主張するが、抗告人らの主張は採用できない。

     その理由は、以下のとおりである。

   (ア) 緊急事態における放射線防護の基本的な考え方

    a 放射線の人体への影響

      放射線による人体への影響は、その影響の現れ方によって、確定的影響と確率的影響とに分けることができる。

      確定的影響は、一定量の放射線を短時間に受けると必ず現れる影響をいい、受けた放射線の量が多くなるほど、その影響度(障害)も大きくなる。確定的影響が現れる放射線の量は、影響を受ける組織(身体の部位)等によっても異なるが、100mSv程度ではいずれの症状も現れないとされる(乙2・45~47頁)。

      確率的影響は、一定量の放射線を受けたとしても、必ずしも影響が現れるわけではなく、放射線を受ける量が多くなるほど影響が現れる確率が高まる現象をいう。国際放射線防護委員会は、放射線防護の観点上相応しいものとして、「約100mSvを下回る線量においては、ある一定の線量の増加はそれに正比例して放射線起因の発がん又は遣伝性影響の確立の増加を生じるであろうという仮定」(直線しきい値なしモデル)を前提として、総量限度量を設定している(乙202・17頁)。

      確定的影響に対しては、放射線を受ける量を一定量(しきい値)以下に抑えることで回避することができることから、しきい値以下に抑えることが放射線防護の基本となる。一方、確率的影響は、放射線を受ける量を有意なリスクの増加があるとされる約100mSv以下に抑えるとともに、約100mSv以下の放射線量に対しても、直線しきい値なしモデルの仮定のもと、合理的に達成可能な限り被ばく線量を低く抑えることが放射線防護の基本となる。

    b IAEA

      IAEAは、緊急事態における防護対策に係る戦略として、①緊急時においても迅速かつ的確に防護対策の要否を判断するため、即座に判断が可能な基準として、原子力施設の状況、あるいは、放射線の人体への影響の判断基準となる実効線量等を基に、放射線モニタリングなどによる測定値と直接比較できる空間線量率等に予め置き換え設定した値を用いること、②防護措置にもリスクが伴うことも踏まえて、確定的影響を確実に回避し確率的影響のリスクを最小限に抑えつつ過剰な防護対策を防止するため、原子力施設からの距離に応じて被ばくによる影響のリスクは異なることなどを勘案して、確定的影響を回避するために予防的に避難が必要な地域、迅速な防護措置が必要となる可能性もあるものの状況に応じて防護措置の発動を判断すべき地域などに区分して防護対策を講じることを提案している(乙408・10~17頁)。

    c 原子力規制委員会

      原子力規制委員会は、緊急事態の特に初期段階においては、情報が限られた中で、確定的影響を回避するとともに、確率的影響のリスクを最小限に抑えるため、迅速な防護措置等の対応を行う必要がある一方、避難行動には危険も伴うことから、場合によっては、避難行動によって避けられる放射線の影響と比較しても無視できない影響をもたらす可能性もあり、特に高齢者や傷病者等の要配慮者にもたらす影響は、福島第一原発事故の教訓でもあるとの見解を表明している(乙407)。

   (イ) 原子力災害対策指針(乙409)

      原子力災害対策について定める原子力災害対策特別措置法は、原子力災害対策として実施すべき措置に関する基本的事項や、原子力災害対策を重点的に実施すべき区域の設定に関する事項を定める原子力災害対策指針の制定を原子力規制委員会に対して要求している(同法6条の2)。

      そして、原子力規制委員会が定める原子力災害対策指針は、IAEAの緊急時における放射線防護の考え方を参照し、福島第一原発事故の経験も踏まえて、原子力施設の状況に応じ防護措置の実施を判断する基準(緊急時活動レベル、EAL(Emergency Action LeveL 1))、放射線モニタリングなどで計測された値に応じ防護措置の実施を判断する基準(運用上の介入レベル、OIL(Operational Intervention Level))及び講じる対策に応じた地域区分(原子力災害対策重点区域)を定め、これに基づく防護措置によって確定的影響の回避と確率的影響の低減を図るものとなっている。

    a 緊急時活動レベル(EAL)

      緊急事態の初期対応段階では、情報収集により事態を把握し、原子力施設の状況や当該施設からの距離等に応じて、防護措置の準備やその実施を適切に進めることが重要となる。このような対応を実現するため、原子力災害対策指針は、原子力施設の状況に応じて、緊急事態を「警戒事態」、「施設敷地緊急事態」及び「全面緊急事態」の3つに区分している。そして、これらの緊急事態区分に該当する状況であるか否かを判断するための基準として、原子力施設の状態等に基づき緊急時活動レベル(EAL)が設定されている(乙409・6頁)。

     ㋐ 警戒事態

       警戒事態とは、その時点では公衆への放射線による影響やそのおそれが緊急のものではないが、厚子力施設における異常事象の発生又はそのおそれがあるため、情報収集や、緊急時モニタリングの準備、施設敷地緊急事態要避難者の避難等の防護措置の準備を関始する必要がある段階のことをいう(乙409・6~7頁)。

     ㋑ 施設敷地緊急事態

       施設敷地緊急事態とは、原子力施設において公衆に放射線による影響をもたらす可能性のある事象が生じたため、原子力施政周辺において緊急時に備えた避難等の主な防護措置の準備を開始する必要がある段階のことをいう(乙409・7頁)。

     ㋒ 全面緊急事態

       全面緊急事態とは、原子力施設において公衆に放射線による影響をもたらす可能性が高い事象が生じたため、放射線被ばくによる確定的影響を回避し、確率的影響のリスクを低減する観点から、迅速な防護措置を実施する必要がある段階のことをいう(乙409・7~8頁)。

    b 運用上の介入レベル(OIL)

      上記の緊急事態区分のうち「全面緊急事態」に至った場合には、住民等への被ばくの影響を回避する親点から、放射性物質放出前の避難等の防護措置を講じることが重要となる。また、放射性物質放出後は、その拡散により比較的広い範囲に空間放射線量率の高い地点が発生する可能性があることから、このような事態に備え、緊急時モニタリング等を迅速に行い、その測定結果を一定の基準に照らして、必要な措置の判断を行い、それを実施することが必要となる。そのような防護措置の実施を判断する基準として、実効線量(被ばく量)に代えて即座に測定値と比較できる空間放射線量率等に基づき設定されたものが、運用上の介入レベル(OIL)である(乙409・8頁)。

    c 原子力災害対策重点区域(PAZ及びUPZ)

      住民等に対する被ばく防護措置を短期間で効率的に行うためには、あらかじめ異常事態の発生を仮定し、その影響の及ぶ可能性がある区域を定めた上で、重点的に原子力災害に特有な対策を講じておくことが必要である。そのような対策が講じられる区域を「原子力災害対策重点区域」といい、その類型として次のようなものがある。

     ㋐ 予防的防護措置を準備する区域(PAZ)

       PAZ(Precautionary Action Zone)とは、急速に進展する事故において放射線被曝による確定的影響を回避するため、放射性物質の環境への放出前の段階から予防的に防護措置を準備する区域のことであり、原子力施設から概ね半径5kmを目安とする(乙409・51頁)。

     ㋑ 緊急時防護措置を準備する区域(UPZ)

       UPZ(Urgent Protective Action Planning Zone)とは、放射線被曝による確率的影響のリスクを最小限に抑えるため、前記のEAL、OILに基づき緊急時防護措置を準備する区域であり、原子力施設から概ね半径30kmを目安とする(乙409・51頁)。

    d IAEA基準との関係

     原子力災害対策指針におけるPAZ及びUPZの範囲の設定は、IAEAの基準を踏まえて設定されたものであるが、IAEAの基準は、放射線被曝による影響が及ぶ蓋然性、限られた時間内での対応の実行性等を総合的に考慮(例えば、UPZであれば、放出の濃度(惹いてはリスク)に係るPAZとの差、平均的な気象条件において推定される個人への実効線量、数時間内にモニタリングを行い防護措置を行う実用上の限界等を考慮)して、各国から集まった専門家の判断によって提案されたものであり(甲E46・1頁)、その内容は、以下のとおりである(乙408・42頁)。

     ㋐ PAZ

       i 目的   確定的影響の防止又は低減

       ⅱ 実施時期 放出前又は放出直後

       ⅲ 対策   屋内退避、避難

       ⅳ 半径   0.5~5km

       ⅴ 範囲の根拠

       ・放出前又は放出直後にこの範囲内で講じる緊急防護措置により早期致死を超える線量を回避でき、また、一般的介入レベル(GIL)を超える線量を防止。

       ・チェルノブイリ事故ではこのような距離で数時間以内に死亡するおそれのある線量率が測定された。

       ・PAZの最大半径は、次の理由により5kmと仮定する。

       最も重大な緊急事態を除いて早期致死が想定される距離の限界である。

       オンサイトでの線量に比べて1/10に低減する。

       この距離を超えた場所では緊急防護活動が正当化されることは、まず、ありえない。

       放出前又は放出直後に屋内退避や避難が速やかに行える実用上限界の距離と考えられる。

       これよりも大きな半径で予備的な緊急事態措置を実施すると、サイト近傍の人々への緊急防護活動の有効性が減少すると考えられる。

     ㋑ UPZ

       i 目的   線量の回避

       ⅱ 実施時期 放出後数時間以内

       ⅲ 対策   環境モニタリング、避難所の設置

       ⅳ 半径   5~30km

       ⅴ 範囲の根拠

       ・原子力発電所を想定した最も重大な緊急事態の場合に早期死亡のリスクを大きく低減するため、数日間又は数日以内にホットスポットを特定し、避難するためモニタリングを行う必要のある半径。

       ・このような半径では、放出による濃度はPAZ境界での濃度に比べておおよそ1/10に低減する。

       ・この距離は、対策拡大のための十分な基盤となる。

       ・5~30kmの距離は、数時間以内にモニタリングを実施して適切な緊急防護活動を行う実用上の限界と考えられる。

       ・平均的気象条件でこの半径を超える場所では、ほとんどの重大な緊急事態に対して、個人の総実効線量が避難のための緊急防護措置のGILを超えることはない。

    e 原子力災害対策重点区城外における対応

      原子力災害対策指針では、第3(2)の「異常事態の把握及び緊急事態応急対策」において、「原子力事業者からの緊急事態の通報等を踏まえ、国、地方公共団体等は、・・・・以下の流れに沿って、緊急事態応急対策を講じなければならない」と定めた上で、対策の具体的項目として、「原子力事業者から全面緊急事態に至った旨の通報を受けた場合には、原則としてPAZと、プラントの状況に応じてUPZの一部の範囲において、住民等に対して避難等の予防的防護措置を行う」、「原子力施設から著しく異常な水準で放射性物質が放出され、又はそのおそれがある場合には、施設の状況や放射性物質の放出状況を踏まえ、必要に応じて予防的防護措置を実施した範囲以外においても屋内退避を実施する」、「その後、緊急時モニタリングの結果等を踏まえて、予防的防護措置を実施した範囲以外においても、避難や一時移転、飲食物摂取制限等の防護措置を行う」と定め(乙409・66頁)、続く第3(5)①の「避難及び一時移転」において、「住民等が一定量以上の被ばくを受ける可能性がある場合に採るべき防護措置」として、「UPZ外においては、放射性物質の放出後についてはUPZにおける対応と同様、OIL 1及びOIL2(OIL 1は、住民等を数時間内に避難や屋内退避等させるための、OIL 2は、住民等を1週間程度内に一時移転させるための基準)を超える地域を特定し、避難や一時移転を実施しなければならない」と定めている(乙409・69頁)。

      具体的には、基本的には放射線被ばくによる影響が及ぶ蓋然性の低いUPZ外における放射性物質に関する対策については、どの程度の規模の漏洩が、どのタイミングで発生するかを予め限定するのは合理的でないことから、実際にそのような事態が生じた場合には、専門的知見を有する原子力規制委員会が、原子力発電所の状況や放射性物質の放出状況等を踏まえてUPZ外へ屋内退避エリアを拡張する範囲を判断し、その判断を踏まえ、原子力災害対策本部や地方公共団体が緊急時における実効性を考慮して、屋内退避を実施するよう住民等に指示することとされている(乙410・別紙2-5~6)。

      そして、防護措置については、仮に福島第一原発事故に匹敵する規模の重大事故を想定したとしても、UPZ外においては、屋内退避の実施によって放射性物質通過時の影響が低減されると考えられることから、予防的に屋内退避を実施することが基本とされており、一時移耘等の更なる防護措置については、放射性物質の通過後の緊急時モニタリング結果を踏まえた上で検討するとの見解が示されている(乙410・別紙2-6)。

   (ウ) 平常時の放射線量についての法規制

      許容線量告示2条1項1号は、「周辺監視区域」(人の居住が禁止され、業務上立ち入る者以外の者の立ち入りが制限される区域)の外側において、実効線量が年間1mSvを超えないことを求めているが、原子力規制委員会が認めた場合は、同条1項にかかわらず、1年間につき5mSvとすることができると定め、設置許可基準規則解釈13条で審査基準とされている安全評価指針(乙414)は、設計基準事故時の安全性の判断基準として「周辺の公衆に対し、著しい放射線被ばくのリスクを与えないこと。」を挙げ(Ⅱ.4.2(5))、この判断基準について、「周辺公衆の実効線量の評価値が発生事故当たり5mSvを超えなければ、「リスク」は小さいと判断する。」と解説されている(解説3)。

   (エ) 検討

      上記(ア)(イ)によれば、原子力災害対策指針のPAZ及びUPZの範囲の設定は、放射練被ばくのリスクと防護措置に伴うリスクとを比較衡量して決定された合理的なものと認められ、福島第一原発事故の緊急時避難準備区域が緊径20km~30km圈と設定されたこと(前提事実(6))とも整合するということができる。

      また、上記(ア)(ウ)によれば、避難計画を策定すべき・防災審査をすべき範囲を公衆被曝限度年1mSvを超える汚染が生じる範囲とすべき合理的な根拠があるとは認められない。

      以上によれば、原子力災害対策指針のPAZ及びUPZの範囲の設定は合理的であり、抗告人らの住所地(本件原子炉施設からの距離は約60~約100km)は、避難計画を策定すべき範囲の対象外であるから、周辺区域の避難計画の有無や実効性が原子炉設置(変更)許可の審査対象とならないことは、新規制基準の不合理性を疎明したことにならないから、抗告人らの人格権侵害の具体的危険を事実上推定するものではなく、周辺区域の避難計画の有無や実効性が原子炉設置(変更)許可の審査対象とならないことの是非は、本件の判断に影響を与えない。

   エ 放射性廃棄物処理方法審査の不存在(原決定第3の2(2))抗告人らの主張欄エ)

      前提事実(9)によれば、使用済燃料の再処理については、原子炉設置(変更)許可に際し、1号要件を満たしているかどうかの観点から再処理業者の属性等につき審査対象とされていることが認められるが、抗告人らが指摘するとおり、高レベル放射性廃棄物(使用済燃料の再処理にともない再利用できないものとして残る放射能レベルが高い廃棄物)についての規定は、設置許可基準規則には存在せず、使用済燃料その他の放射性廃棄物が将来にわたって環境に影響を与えないための方策の有無や実効性は、原子炉の設置(変更)許可に際し、1号要件ないし4号要件のいずれにおいても、審査対象とはなっていない。

      しかし、使用済燃料その他の放射性廃棄物が将来にわたって環境に影響を与えないための方策の有無や実効性が原子炉設置(変更)許可の審査対象とならないことは、抗告人らの人格権侵害の具体的危険を事実上推定するものではない(このことは抗告人らも認めている。)から、使用済燃料その他の放射性廃棄物が将来にわたって環境に影響を与えないための方策の有無や実効性が原子炉設置(変更)許可の審査対象とならないことの是非は、本件の判断に影響を与えない。

      この点につき、抗告人らは、上記主張につき、本件発電所を稼働させることによって社会にもたらされる不利益の大きさや、本件発電所を稼働させる前に整備する必要のある法制度が未整備である実態を指摘するものであり、本件発電所が社会的に許容されない施設であることから、司法審査において本件発電所に高い安全性が求められることを根拠づけるものと主張するが、本件の争点は、本件原子炉の運転により抗告人らの生命、身体等の人格権が侵害される具体的な危険があるかどうかであり、原子力発電が可能性として有する社会に対する不利益の有無から要求される社会的安全性でないから、上記主張は採用できない。

   オ 環境基準等の設定欠如(原決定第3の2(2)抗告人らの主張欄オ)

      平常運転に伴って周辺の一般公衆か受ける放射線量については、原子炉の設置(変更)許可に際し4号要件の審査対象とされている(設置許可基準規則13条)ほか、線量告示によって規制されている(上記ウ)が、抗告人らが指摘するとおり、「環境保全のためにどの程度の放射性物質の放出が許容されるのか」についての規定は、設置許可基準規則には存在せず、放射性物質が環境に影響を与えないための方策の有無や実効性は、原子炉の設置(変更)許可に際し、1号要件ないし4号要件のいずれにおいても、審査対象とはなっていない。

      しかし、抗告人らが自認するとおり、放射性物質が環境に影響を与えないための方策の有無や実効性が原子炉設置(変更)許可の審査対象とならないことは、抗告人らの人格権侵害の具体的危険を事実上推定するものではないから、放射性物質が環境に影響を与えないための方策の有無や実効性が原子炉設置(変更)許可の審査対象とならないことの是非は、本件の判断に影響を与えない。

      抗告人らは、上記エと同様に、司法審査において本件原発には高い安全性が求められることを根拠づけるものと主張するが、上記エで説示したのと同様の理由により採用できない。

 (3) まとめ

   以上によれば、新規制基準には、手続上も実体上も、その合理性を失わせる瑕疵は見当たらない。

 

 3 新規制基準の合理性に関する各論~基準地震動策定の合理性(争点3(1))

 

 (1) 新規制基準の合理性

   ア 真摯に東北地方太平洋沖地震等の教訓を踏まえていないとの主張(上記第3の3抗告人ら主張欄(1)ア)

     新規制基準は、平成18年の耐震指針改訂後に蓄積された知見(耐震バックチェック、超過事例①ないし⑤)や福島第一原発事故の教訓(AM対策を原子炉設置者による自主的な取組とすることを改め、これを法規制上の要求にするとともに、設計要求事項の見直しを行うことなど)を踏まえ、各種の検討を経て策定されたものである(前提事実(8))。

     そして、新規制基準の基準地震動の策定方針に係る基本的な考え方は、「震源を特定して策定する地震動」及び「震源を特定せず策定する地震動」を敷地における解放基盤表面において水平方向及び鉛直方向の地震動としてそれぞれ策定するというものであって(設置許可基準規則解釈別記2の5一)、改訂耐震指針(乙21)における基準地震動の策定方針(指針5)と同一であるが、「震源を特定して策定する地震動」の不確かさの考慮につき、改訂耐震指針では、「基準地震動Ssの策定過程に伴う不確かさ(ばらつき)については、適切な手法を用いて考慮することとする(基準他震動Ssの策定に及ぼす影響が大きいと考えられる不確かさ(ばらつき)の要因及びその大きさの程度を十分踏まえつつ、適切な手法を用いることとする。)」(指針5(2)④、同解説Ⅱ(3)④)とされていたにとどまるのに対し、新規制基準では、「震原断層の長さ、地震発生層の上端深さ・下地深さ、断層傾斜角、アスペリティの位置・大きさ、応力降下量、破壊開始点等の不確かさ、並びにそれらに係る考え方及び解釈の違いによる不確かさ」として具体的に示され、これらのパラメータのうち、敷地における地震動評価に大きな影響を与えると考えられる支配的なパラメータを分析し、必要に応じて不確かさを組み合わせるなどの評価を行うべきとされ(設置許可基攘規則解釈別記2の5二⑤)、敷地及び敷地周辺の地下構造が地震波の伝播特性に与える影響を検討するため、敷地及び敷地周辺における地層の傾斜、断層及び摺曲構造等の地質構造や地震波速度構造等の地下構造等の評価を行うことなどが新たに要求されている(同解釈別記2の5四)(これらは、超過事例①ないし⑤、特に③の新湯県中越沖地震で得られた知見が反映されたものと認められる(地震ガイド3.3.2(4)①2))。)。

     もっとも、上記の点を除くと、新規制基準は、その内容面において改訂耐震指針と大きく異なるものではないが、①改訂耐震指針は、旧耐震指針の策定以降の地震学及び地震工学に関する新たな知見の蓄積(特に平成7年兵庫県南部地震の検証により得られた断層の活動様式、地震動特性、構造物の耐震性等に係る知見)を踏まえ、原子力安全委員会の耐震指針検討分科会における5年以上の調査審議を経て策定されたものであること(前提事実(5))、②福島第一原発の主要な安全施設は、地震に対しては十分な安全裕度を備えていたため、福島第一原発事故の地震動によっても事故の原因となる損傷は生じなかったこと(前記第2の2(6)中のIAEA検討報告書)等に照らすと、新規制基準と改訂耐震指針の相違が上記の程度にとどまることをもって、新規制基準が東北地方太平洋沖地震等の教訓を踏まえていないものと認めることはできない。

   イ 外部事象のリスク評価が足りないとの主張(上記第3の3抗告人ら主張欄(1)イ)

     抗告人らは、新規制基準は、基準地震動を超えるような地震動が襲うような場合を想定したシビアアクシデント対策が不十分であると主張する。

     しかし、重大事故等対処施政及び重大事故等対処設備が基準地震動を超える地震動に対する耐震安全性を確保していないとの点で新規制基準が不合理といえないことは、後記制2)のとおりであり、特定重大事故等対処施設の設置が経過措置で猶予されたことをもって新規制基準か不合理といえないことは、後記3(2)のとおりであるから、抗告人らの主張は採用できない。

   ウ 具体的・定量的な基準が出来ていないとの点(上記第3の3抗告人ら主張欄(1)ウ)

     抗告人らの主張は、前記2(2)アのとおり採用できない。

  (2) 敷地ごとに震源を特定して策定する地震動(内陸地殻内地震)の想定の相当性

   ア 応答スペクトルに基づく地震動評価

   (ア) 松田式の適用方法(原決定第3の3(1))抗告人らの主張欄ア(ア)a)

      抗告人らは、基準地震動評価に際しては、広い範囲の断層が連動することを想定し、(長大断層においても)すべり量は飽和しないものと仮定し、すべり量の飽和を前提としない経験式を採用する(応答スペクトルに基づく地震動評価では、80kmを超える長さの断層についてもセグメント分けをせずに松田式を適用して地震規模を算定する)のが相当であると主張するが、採用できない。

      その理由は、以下のとおりである。

    a 長大断層におけるすべり量の飽和の有無

    (a)地震モーメントMoは、断層の剛性率g(断層毎に一定)、断層長さL、断層幅W、すべり量Dの積により算定されるが、WはLに比例して増大し(レシピではL<Wmax。→L=W)、DもLに比例して増大するので、Moは、Lの3乗(断層面積Sの3/2乗)に比例して増大する(以下「ステージ1」という。)。

    しかし、Lが長くなると、Wが地震発生層下限(レシピでは20km)に達するため、Wは一定となり(Wが飽和)(レシピではL≧Wmax→ W=Wmax、Wmaxの上限は断層傾斜角が鉛直のときは20km)、DのみがLに比例して増大するので、Moは、Lの2乗(Sの2乗)に比例して増大する(以下「ステージ2」という。)。

    そして、平成21年改訂レシピでは、過去の地震記録などに基づき震源断層を推定する場合((ア)の手法)におけるMoとSの経験式について、①ステージ1では、Somerville et al.(1999)(Mo=(S/2.23×1015)3/2×10-7)を、ステージ2では、Wells and Coppersmith(1994)などのデータに基づく入倉・三宅(2001)(Mo=(S/4.24×1011)2×10-7)をそれぞれ用いること、②入倉・三宅(2001)を適用するのはMo=7.5×1018(Mw=6.5相当)以上とするが、③原理的にはWが飽和しているかどうかでスケーリング則が変わるため、Wが飽和していない場合はSomerville et al.(1999)を、Wが飽和している場合は入倉・三宅(2001)を適用するのが合理的であるとされた。

    一方、長大断層でDが飽和するかどうかについては、入倉(2004)で「Lが10Wmax(Wmax=20km→断層長さ200km)より大きくなるような巨大内陸地震(Mo=1.0×1021以上)の場合、Dも一定となる(Dが飽和)ので、Moは、L(S)のみに比例して増大する。-」(以下「ステージ3」という))という外国の見解が紹介されていたが、平成21年当時においてはこのような見解は、「誰がやっても同じ答えが得られる標準的な方法論」(レシピ)として確立されてはいなかったため、平成21年改訂レシピでは、上記のとおりDの飽和を前提としないSomerville et al. (1999)の経験式と入倉・三宅(2001)の経験式みが採用され、Dの飽和を前提とする経験式は採用されず、入倉・三宅(2001)の適用上限がMo=1.0×1021(S=4240kmとなる。)とされるにとどまった。

    (b)そのような中で、平成21年頃以降、長大断層におけるすべり量の飽和につき、これを肯定する以下の研究が発表された。

      まず、室谷ほか(2009)は、概ね断層長さLが80kmを超える長大断層に係る震源断層のモデル化に当たって行った長大断層に関するスケーリング則の検討に関する経過報告を目的とするものであり、その中で、「震源断層の断層面積と地震モーメントから平均すべり量が求められるので、地表での最大変位量(Dsurf)と震源断層での平均すべり量(Dsub_ave)の関係をみると、(中略)DsurfはDsub_aveの概ね1~3倍の間に収まっていることがわかる。長大断層に限ると、Dsub_aveとDsurfは2~3倍の関係となる」としている。もっとも、「長大断層に関しては、観測事例が少なく日本国内では1例のみである。今後はデータの蓄積とともにメカニズムの違いの影響やアスペリテイに関する微視的断層パヲメータの関係式などについて検討する必要がある」ことや、当該国内でのL例は濃尾地震であるところ、「日本国内では、長さ80kmを超えるよぅな長大断層での地震に対して、地震波形記録を用いて断層面上のパラメータを推定した結果は濃尾地震のみ(中略)であるが、古い地震記録のためデータの精度等の注意が必要である」などと指摘している。また、室谷ほか(2009)の元データでは、1999年集集地震(Chichi)で地表最大変位量が10m超となっているほか、Stirling et al.(2002)の元データの中には平均すべり量が6m超となるものが見受けられる。

    次に、室谷ほか(2010)は、室谷ほか(2009)を受け、地表地震断層で観測されたパラメータと震源断層で推定されたパラメータの関係を示し、断層面積Sと地震モーメントMoに関するスケーリングについて検討した結果を報告するものであり、その中で、「震源断層長さと地表地震断層長さがほぼ1:1となりており、さらに地表で観測された最大変位量(Dsurf)と震源断層での平均すべり量(Dsub_ave)の関係をみると、長大断層に限ればDsurfはDsub_aveの概ね2~3倍に収まり、震源断層での最大すべり量(Dsub_max)とはほぼ1:1の比例関係になることが分かった。次に、震源断層長さとDsurfの関係は、(中略)断層長さがほぼ100kmでDsurfが約10mに飽和することが分かる。・・・・ここで、長大断層において断層幅も地震発生層深さで飽和すると考えると、震源断層面積は地震モーメントMo1/1に比例するという入倉(2004)の3-stage Modelの3段階目にあたる関係を導くことができる。地震本部の強震動予測レシピ(平成21年改訂レシピと認められる。)で採用している平均断層幅W=18kmを与えると、震源断層面積S(km)と地震モーメントMo(Nm)関するスケーリング則はS=1.0×10-17Moとなる(Mo=S×1017→すべり量が飽和し始めるときの地震モーメントは、L=100km・W=18km(S=1800km)として、Mo=1.8×1020)。ただし、断層長さが500kmを超える地震のデータがないため、この式の上限には注意が必要である。」などと指摘している。

 さらに、壇ほか(2o11)は、断層長さLが80kmですべり量Dが約3mで飽和するという知見を明らかにしている。同論文は、「内陸地震のうち、特に横ずれ断層に起因する地震を想定する場合は、例えば中央構造線のように、その全長がきわめて長いとき、「強震動予測のためのレシピ」(平成21年改訂レシピと認められる、)だとアスペリディの面積が断層面積の50%を超え背景領域のすべり量が負となって、断層モデルが設定できないことがあり、課題となっている・・・本論文の方法によれば、平均すべり量Dは、震源断層長さLが約80kmを超えるとほぼ300cmで一定となることがわかる。したがって、本諭文でいう長大断層とは約80kmより長い断層であるといえよう。この結果は、従来から指摘されているように、平均すべり量Dは、小地震では震源断層の長さLに比例し、大地震になるにつれて震源断層の長さLにかかわらず一定になると考えられること(中略)と整合する結果である・・・従来から課題となっていた長大断層のパラメータが設定できるようになったが、本論文で用いた短周期レベルのデータは5地震と少なかっと。したがって、今後、強震動予測の精度をさらに向上させるには、マグニチュード8クラスの地震データを含む数多くの内陸地震の短周期レベルの蓄積を行う必要がある」などとしている。なお、壇ほか(2011)の元データでは、国内では最も断層の長い濃尾地震ですらLは約80kmである。

    (c) 上記(b)の長大断層におけるすべり量の飽和を肯定する見解に対しては、以下のとおり、否定的な見解もあった。

       例えば、国立研究開発法人防災科学技術研究所社会防災システム研究部門長兼レジリエント防災・減災研究センター長・藤原広行(以下「藤原部門長」という。)は、平成24年6月19日の原子力安全・保安院の「第5回地震・津波に関する意見聴取会(地震動関係)」において、室谷ほか(2010)が強震動の専門家の間でどのぐらい受け入れられているのか質問されたのに対し、「1つの仮説としての検討結果が学会で発表されたというレベルである。」と述べた(甲D550の1)。

    (d) しかし、室谷ほか(2010)(及びこれを踏まえた同人らの知見)は、平成28年頃までに「誰がやっても同じ答えが得られる標準的な方法論」(レシピ)として確立され、平成28年6月改訂レシピにおいて、地震モーメントMoと断層面積Sの経験式として採用されるに至った。

       すなわち、同レシピでは、MoとSの経験式として、①ステージ1では、Somerville et al. (1999)を、ステージ2では、人倉・三宅(2001)を、ステージ3ではMurotani et al.(2015)(Mo=S×1017)をそれぞれ用いること、②入倉・三宅(2001)を適用するのはMo=7.5×1018(Mw=6.5相当)以上Mo=1.8×1020(Mw7.4相当)(S=1800k㎡)以下とし、Murotani et al.(2015)を適用するのはMo=1.8×1020(S=1800km)を上回る地震とする(ただし、この式の基になったデータ分布の上限値Mo=1.1×1021(S=1万1000km)に留意する必要がある。)が、③原理的には断層幅Wやすべり最Dが飽和しているかどうかでスケーリング則が変わるため、①Wが飽和していない場合はSomerville et al.(1999)を、②Wが飽和している場合は入倉・三宅(2001)を適用するのが合理的であり、③WとDの両方が飽和している場合はMurotani et al.(2015)を適用するのが望ましいとされた(平成28年12月修正レシピ及び平成29年改訂レシピも同じ。)。

    b (断層の)複数のセグメントが連動した場合における個々のセグメントの受けもつ地震モーメント及び変位量の増大の有無

      栗山(2008)によれば、(断層の)複数のセグメントが連動した場合に個々のセグメントの受けもつ地震モーメント及び変位量が増大するかどうかについては、大別して、(a)total-Lmodel(t-Lmodel、スケーリングモデル)、(b)segment一Lmodel(s-Lmodel、カスケードモデル)の2つの考え方がある。

(a)t-Lmodel(スケーリングモデル)は、連動するセグメントの数が多くなり総断層面積が大きくなるほど、各セグメントの受けもつ地震モーメント及び変位量は大きくなるという考え方に基づく。この考え方では、断層面積と地震モーメントに関するスケーリング則を震源断層の総面積に適用して総地震モーメントを算出し、個々のセグメントに総地震モーメントを配分する。

      これに対し、(b)s-Lmodel(カスケードモデル)は、複数のセグメントが連動する地震であっても、個々のセグメントで認められる変位量は単独で破壊される場合の変位量と同じであり、連動するセグメントの組み合わせが異なった場合にも各セグメントの変位量は一定であるので、各セグメントの受け持つ地震モーメントは変化しない(W.G.C.E.P(1995))という考え方に基づく。この考え方では、断層面積と地震モーメントに関するスケーリング則を各セグメント毎の断層面積に適用して各セグメント毎の地震モーメントを算出し、それらの単純和で総地震モーメントを得る。

      この点につき、レシピは、平成21年改訂レシピから平成29年改訂レシピに至るまで、一貫して(a)t-Lmodel(スケーリングモデル)の考え方(複数のセグメントが連動した場合には個々のセグメントの受けもつ地震モーメント及び変位量が増大する。)を採用している。

      すなわち、平成21年改訂レシピは、セグメントごとの地震モーメントにつき、複数のセグメントが同時に動く場合は、セグメントの面積の総和を震源断層の面積とし、これにSomerville et al. (1999)又は入倉・三宅(2001)の経験式を適用して全体の地震モーメントを算出し、個々のセグメントヘ地震モーメントを配分するものとし、その解説において「最近発生した複数のセグメントの破壊を伴う大地震のデータの解折からは、セグメントが連動して地震を起こしても個々のセグメントの変位量は一定とするカスケード地震モデルの適合が良いとの報告もある・・・。特に長大な活断層帯の評価の際には、長期評価と併せてこうした考え方を参照することもある。ただし、セグメント分けを行った場合のスケージング則や特性化震源モデルの設定方法については、現時点で研究段階にある。」としている。

      そして、このようなレシピの手法は、平成28年6月改訂レシピで経験式にすべり量の飽和を前提とするMurotani et al.(2015)が採用された後も、セグメントの面積の総和から全体の地震モーメントを算出するための経験式としてMurotani et al.(2015)が追加された以外、変更はなされていない(平成29年改訂レシピ(9)式)。

    c 松田式の適用範囲

      松田式は、①地震は地殻に蓄えられた歪みエネルギーの急激な解放である、②その歪みエネルギーの大小は歪み領域の大小による、③歪み領域の大小は断層のディメンジョン(大きさ)の大小に反映しているという考え方に基づき、日本の内陸部で発生した断層長さLが約20kmから約80kmまでの14の地震のデータから得られた、Lと地震の気象庁マグニチュードMとの関係を表す経験式(M=(logL+2.9)/0.6。L=80kmでM8、L=20kmでM7として決めたもの。)であり、応答スペクトルに基づく地震動評価及び断層モデルを周いた手法による地震動評価のうちレシピ(イ)の手法(長期評価された地表の活断層の長さ等から地震規模を設定し震源断層モデルを設定する場合)における地震規模の算定に用いられている。

      しかし、上記基データの範囲から、松田式の適用範囲については、㋐長大断層ですべり量が飽和するかどうか、また、㋑(断層の)複数のセグメントが連動した場合において個々のセグメントの受けもつ地震モーメント及び変位量が増大するかどうかにかかわらず、Lが80kmないし100kmの断層を適用の上限とし、これを超える長さの断層にはそのまま適用することはできないというのが一般的な見解である。

      このことは、平成22年ないし平成23年当時においては、⑦長大断層におけるすべり量の飽和の有無について、地震本部のレシピ(平成21年改訂レシピ)では、すべり量の飽和を前提とするMurotani et al.(2015)の経験式は採用されておらず、すべり量が飽和しないことを前提とするSomerville et al. (1999)及び入倉・三宅(2001)の経験式のみが採用されており、㋑(断層の)複数のセグメントが連動した場合において個々のセグメントの受けもつ地震モーメント及び変位量が増大するかどうかの点についても、前記レシピでは、連動により個々のセグメントの受けもつ地震モーメント及び変位量が増大するとの見解(上記bの(a)t-Lmodel、スケーリングモデル)が採用されていたにもかかわらず、①地震本部の活断層長期評価手法(2010)では、「長さが100kmを超えるような長大な活断層については、活動時のずれの量が飽和する可能性(中略)が指摘されているため、複数の断層が運動して地震を発生させると考えるカスケードモデルの採用について検討した。しかし、ずれの量の算出方法については今後も検討する必要があることから、新手法においては、W.G.C.E.P(1995)の定義によるカスケードモデルを採用することは見合わせ、長さが断層面の幅の4倍に満たない場合には松田(1975)のL-M式に基づき地震規模を想定し、それを超える場合には長さが4倍を超えないように区分した区間が連動するモデルを設定した。地震規模の算出には、モーメントマグニチュードを使用し、後に気象庁マグニチュードヘ変換する」とし、②地震本部の中央構造線長期評価(2011)でも、「四国全域や断層帯全域が同時に活動する可能性も考慮すると、その長さはそれぞれ200km、300kmとなり、松田(1975)による経験式の適用範囲外となる。この経験式によると、長さ80kmの断層でマグニチュード8.0となる。このため、このような断層長さが非常に長い区間について、ここではマグニチュード8.0もしくはそれ以上と評価することとした」として、松田式の適用範囲についてLが80kmないし100kmを上限とすることを前提として、地震規模が推定されていることから明らかである。

    d 検討

      上記aないしcによれば、①松田式の連用範囲と、⑦長大断層におけるすべり量の飽和の有無並びに㋑(断層の)複数のセグメントが連動した場合における個々のセグメントの受けもつ地震モーメント及び変位量の増大の有無とは、次元を異にする問題であって、仮に㋐長大断層ですべり量が飽和せず、かつ、㋑複数のセグメントが連動した場合には個々のセグメントの受けもつ地震モーメント及び変位量が増大するとの見解に立脚したとしても、断層長さが80kmを超える断層についてセグメント分けをせずに松田式を適用して地震規模を算定することは不適切であり(上記c)、②長大断層におけるすべり量の飽和の有無については、現時点の内陸地殻内地震についての地震学の知見(「誰がやっても同じ答えが得られる標準的な方法論」)を前提とする限り、長大断層ですべり量は飽和するという見解に立脚して地震規棋を算定するのが合理的であり(上記a)、③複数のセグメントが連動した場合における個々のセグメントの受けもつ地震モーメント及び変位量の増大の有無については、現時点の内陸地殻内地震についての地震学の知見を前提とする限り、複数のセグメントが連動した場合には個々のセグメントの受けもつ地震モーメント及び変位量が増大する(スケーリングモデル)との見解に立脚して地震規模を算定するのが合理的であるが、この見解と長大断層ですべり量が飽和するという見解は両立する(上記b)ので、抗告人らの主張は採用できない。

    e 抗告人ら指摘の見解

    (a)愛媛新聞のインタビューにおける纐纈教授の発言(平成27年3月21日付け紙面で報道されたもの、甲C199)

      「印象だが、中央構造線断層帯があれだけ近いのに、この程度で済むのかなという気はする。滑り量(断層がずれる長さ)は、断層の連動が長くなれば大きくなるという考え万と、断層が連動しても滑り量は変わらないという考え方がある。中央構造線断層帯がどちらかは分からないが、54キロ(四電の従来想定)から480キロに延ばして、これだけ(基準地震動が570ガルから最大650ガル)しか変わらないのは違和感がある。(基準地震動が)もう少し大きくなってもいい気はする」というものである。

      これは、上記aの長大断層におけるすべり量の飽和について消極の意見を述べたものではなく、上記bの(断層の)複数のセグメントが連動した場合における個々のセグメントの受けもつ地震モーメント及び変位量の増大の有無について述べたと解する余地もあり、仮に上記aの長大断層におけるすべり量の飽和について消極の意見を述べたものとしても、上記発言の後にレシピが改訂されて、すべり量の飽和を前提とするMurotani et al.(2015)の経験式が採用されたこと(平成28年6月改訂レシピ)に照らし、上記判断を左右しない。

    (b) 文部科学省の原子力基礎基盤研究委託事業による委託業務として東京大学が実施した「原子力施設の地震・津波リスクおよび放射線の健康リスクに関する専門家と市民のための熟議の社会実験研究」に基づき、専門家の出席を得て平成25年12月21日に「原子力発電所に影響を及ぼす断層とそれによる揺れ・変位はどう推定されているのか?」とのテーマで開かれた「第2回専門家フォーラム」(甲D302、304)における出席者の発言「カスケードモデルとスケーリングモデルっていうのは、簡単に言うと、断層の長さが2倍になった場合、モーメントが2倍になるのがカスケードモデルで、この場合はマグニチュードは0.2変わるだけです。この時の仮定は断層の長さが変っても、断層の幅もすべり量は変わらないということです。一方、スケーリング則(スケーリングモデル?)では断層の幅もすべり量も断層の長さに比例するので、モーメントは断層の長さの3乗で効いてきますので、マグニチュードの変化はその0.3倍(3倍?)の0.6になります。つまり、M8.0の地震を起こす断層の長さが2倍になったときM8.6になるっていうのがスケーリング則(スケーリングモデル?)で、M8.2になるのがカスケードモデルです。それのどっちをとるかというと、これがまだ議論があります。でも、おそらく非常に大きな地震は、多分カスケード的であろうというように我々も考えています。・・・プレート境界に関しては、どの辺で飽和するのか、どの辺でカスケード的になるのかっていうことに関して、まだ議論があるのだと思います。」というものである。

      これは、抗告人らの主張とは異なり、長大断層から発生する内陸地殻内地震についてはすべり量が飽和するとの見解に賛同する趣旨の発言と解されるのであり、上記判断を左右しない。

    (c) 松田名誉教授自身が中央構造線四国断層帯(断層長さ180km)に松田式を適用していること(甲C34)

      この文献は、主に活断層の長さに基づいて最大地震規模を推定し、それによる地震分布帯図を作成して報告したものであるところ、「各地帯において、同地帯内の他の起震断層に比して例外的に大きな断層長さL・・・を持つ断層が存在する場合には、その断層を「特定断層」とよぶ。そのように長い断層は、一つの地震でその全部分が活動するとはかぎらず、分割して地震を起こす可能性がとくに高い。そのため、そのような断層は別途考慮することとして、ここでは、当該地帯の最大地震規模を決める際には一応考慮外とした。」というものであって、この記載からは、抗告人らの主張とは異なり、断層長さの如何を問わず松田式を適用することまで肯定しているとはいえない。

    (d) Wells and Coppersmith(1994)はすべり量が飽和する見解を採用していないとの点(甲D552)

      上記知見は、入倉・三宅(2001)の知見の前提となった見解であるところ、平成28年6月改訂レシピによって、長大断層への入倉・三宅(2001)への適用が否定され、代わりにMurotani et al.(2015)の経験式が採用されたことに照らし、上記判断を左右しない。

   (イ) 松田式が内包する不確かさの考慮(原決定第3の3(1))抗告人らの主張欄ア(ア)b(a))

      地震ガイドは、敷地ごとに震源を特定して策定する地震動につき、(1)策定方針(3.1(1))において、「地震動評価に当たっては、敷地における地震観測記録を踏まえて、地震発生様式、地震波の伝播経路等に応じた諸特性(その地域における特性を含む。)が十分に考慮されている必要がある。」とし、(2)震源特性パラメータの設定(3.2.3(2)))では、震源モデルの長さ又は面積、あるいは単位変位量(1回の活動による変位量)と地震規模を関連付ける経験式を用いて地震規模を設定する場合には、①「経験式の適用範囲が十分に検討されていることを確認する。」、②「その際、経験式は平均値としての地震規模を与えるものであることから、その不確かさも考慮されている必要がある。」とされているが、それ以上に経験式自体が内包する不確かさを考慮する手法については具体的に明示されていない。

      しかるところ、抗告人らは、松田式はばらつきのある経験式であり(基となるデータをみると、同じ断層長さでもマグニチュードに大きな差がある、松田(1975)・270頁の図)、このばらつきを定量的に予測結果に上乗せする必要があると主張する。

      しかし、経験式は、ある変数が他の変数と相関関係にあるときに、複数のデータ(変数の組み合わせ)を回帰分析(ある変数が他の変数とどのような相関関係にあるのかを推定する統計学的手法)して得られた変数相互間の関係式であり、回帰分析に際しては、最小二乗法(誤差を伴う測定値の処理において、その誤差の二乗の和を最小にすることで、最も確からしい関係式を求める方法)か用いられるのが一般的であるから、経験式によって得られる数値は平均値であり、基になったデータの数値との間には当然のことながら乖離が生じることになる。上記(2)②の「経験式は平均値としての地震規模を与えるものである」とは、このことを指していると解される。

      そして、地震動は、各地震の震源特性、伝播特性及び増幅特性等の地域特性によって相違が生じるから、経験式によって得られた数値と基になったデータの数値との乖離には、前記の地域特性の相違が反映されていると考えられ、経験式に基づき地震動を予測する場合には、経験式の適用範囲を踏まえてその適用範囲を逸脱(外挿)しないように注意する(上記(2)①の「経験式の適用範囲が十分に検討されていることを確認する。」とはこのことを指していると解される。)とともに、地域特性を十分に把握する必要がある(上記(1)の「地震発生様式、地震波の伝播経路等に応じた諸特性(その地域における特性を含む。)が十分に考慮されている必要がある。」とはこのことを指していると解される。)。

 もっとも、地震動の予測に際しては、地震が破壊現象であることに伴う偶然的不確定性及び地中の状態を事前には完全に知りえないことに伴う認識論的不確定性を排除することができないから、上記(2)①のとおり経験式の適用範囲に注意し、かつ、上記(1)のとおり地域特性を十分に把握するための努力をしたとしても、事前予測を超える地震動が生じるリスクは避けられない(超過事例①ないし⑤)。このようなリスクをできるだけ軽減するためには、各経験式の変数(パラメータ)の設定に際し、上記の偶然的不確定性及び認識論的不確定性を考慮に入れ、地域特性を踏まえた幅のある設定をする(松田式についていえば、断層長さについて幅のある設定をする)ことが必要であり、上記(2)②の「経験式は平均値としての地震規模を与えるものであることから、その不確かさも考慮されている必要がある。」とはこのことを指すと解される。

      そして、相手方は、本件原子炉施設近傍の複数の断層が連動して活動することを考慮し、断層長さについて、中央構造線長期評価(2011)等に基づき、54kmmケース、69kmケース、130kmケース、480kmケースを設定し、それぞれについて松田式を適用して地震規摸を求めているから、地域特性を踏まえた幅のある設定をすることで、不確かさを適切に考慮しているということができる(130kmケース及び480kmケースは、松田式の適用範囲を考慮してセグメント分けをしているが、このような処理が相当であることは上記(ア)のとおりである。)。

      抗告人らの主張の、データのばらつきを定量的に予測結果(経験式の適用結果)に上乗せする手法は、経験式の意義を失わせるばかりでなく、上記(1)の地域特性の相違の軽視につながるものであって、採用できない。

      なお、上記セグメント分けに際し、相手方は、i松田式を適用してセグメント毎の気象庁マグニチュードMを算定し、ⅱ武村式を適用してセグメント毎のMをモーメントマグニチュードMwに変換し、ⅲ変換したMwを合算し、ⅳ合算したMwに武村式を再度適用してをMに変換しているところ、抗告人らは、武村式のばらつきも考慮されるべきと主張するが、このばらつきについても、相手方がセグメントを複数設定したことにより、不確かさが適切に考慮されたといえるので、採用できない。

   (ウ) 断層長さの認識論的不確定性(原決定第3の3(1)抗告人らの主張欄ア(ア)b(b))

      抗告人らは、相手方が設定した69kmケースと130kmケースとの中間に最も地震動を大きくし得るケースが存在するはずであると主張する。

      しかし、相手方は、断層長さについて、最大規模を想定するとの観点から、中央構造線断層帯と九州側の別府一万年山断層帯とが全区間において連動する480kmケースを基本としつつ、四国西部の区間(石鎚山北縁西部一伊予灘)で連動する130kmケース及び敷地前面海域の断層群(伊予灘セグメント)単独で活動する54kmmケースを設定し(乙11-6-5-31、36~37)、さらに、54kmmのケースで伊予灘セグメントの両端のジョグの端部にまで断層破壊が及ぶと仮定して断層長さが69kmのケースを設定した(乙31-95)ものであって、中央構造線長期評価(2011)等に照らし、適切に断層長さの設定がされたと認められる一方、69kmケースと130kmケースとの中間に断層を想定すべき合理的根拠は見当たらないから、仮に69kmケースと130kmケースとの中間に最も地震動を大きくし得る断層長さの断層を想定しうるとしても、相手方の設定した断層長さの断層に基づく地震動評価を不合理ならしめるものではなく、抗告人らの主張は採用できない。

   (エ) 中央構造線長期評価(2011)との比較(原決定第3の3(1)抗告人らの主張欄ア(ア)c)

      中央構造線長期評価(2011)は、断層長さL、断層幅W、すべり量Dを前提事実(10)ウ(ア)a(d)i①ないし⑥のとおり設定し、剛性μ、L、W、Dの積から地震モーメントMoとモーメントマグニチュードMwを算定したものであるところ、130kmケースにつき、相手方の想定と上記長期評価の想定をMwで比較すると、抗告人ら指摘の相違があることが認められる(480kmケースは上記評価の対象外であり、相手方の想定との比較はできない。)。

      しかし、上記長期評価のWとDの設定には、以下のような問題があり、抗告人ら指摘の相違があることから、相手方のMwの想定が不合理であるとはいうことはできない。

    a すべり量

      上記長期評価は、変位量が地表変位量と同じであるとの仮定に基づき、すべり量Dを2~7mと設定しているところ、室谷(2010)によれば、地表最大変位量は断層長さLがほぼ100kmで約10mに飽和し、かつ、地表最大変位量はDの概ね2~3倍に収まるというのであり、これによれば、130kmケースのDは3~5mとなる。また、壇ほか(2011)では、Lが80kmでDが約3mで飽和するというのであり、これによれば、130kmケースのDは3mとなる、そして、上記長期評価がなされた当時は、地震本部のレシピではDが飽和しないことを前提とするSomerville et al.(1999)及び入倉・三宅(2001)経験式のみが採用されていたものの、その後、平成28年改訂レシピでDが飽和することを前提とするMurotani et al.(2015)の経験式(上記室谷(2010)と同旨)が採用されたことに鑑みると、上記長期評価のDの想定は過大であり、これにより長期評価のMoとMwも過大になっていると認められる。

    b 断層幅

      上記長期評価は、130kmケースの断層幅Wを20~30kmと想定しているのに対し、相手方は、Wを12.7~13kmと想定しており(別表1)、かなりの相違がある。

      そこで、相手方のWの想定の相当性について検討すると、以下の事実が認められる。

      相手方は、地震発生層上端深さについて、①気象庁一元化震源をもとにした本件敷地を中心に半径約100kmの範囲内において50km以浅で発生した内陸地殻内地震の震源深さ(2~12km)、②本件敷地周辺及びその近傍において平成9年10月から平成23年12月までの間に発生した深さ25km以浅の地震を対象とする累積度数10%の評価(5~6km)、③深部ボーリングにおけるPS検層(ダウンホール法)によって求めた地盤のP波速度Vp、本件敷地周辺における屈折法地震探査結果によって本件敷地及びその前面海域の地下1.5~2kmを下端として広がる三波川変成岩類について求めたP波速度(Vp=6km/秒となる層上面は得られなかったこと)及び中央構造線断層寄周辺(ただし、四国東剖)のVp=6kg/秒相当層の深さに関する知見(5km程度)、④本件敷地付近における中央構造線断層帯を三波川変成岩類と領家花こう岩類の会合部と捉えた場合における上記屈折法地震探査結果に基づくその上端深さ(2km程度)、以上の諸点を比較検討し、内陸地殻内地震の地震動評価で用いる地震発生層上端深さを2kmと設定した(乙11-6-5-24~25)。

      一方、地震発生層下限深さについて、①上記気象庁一元化震源をもとにした検証、②地震波トモグラフィ解析の結果得られた、地震発生層の下限深さとなる高温領域の存在を示唆する高Vp/Vs比傾城(VsはS波速度)の上端(すなわち、低Vp/Vs比領域の下限)深さ(15km)、③本件敷地周辺のキュリー点深度(岩石が磁性を失う温度に達する深度)に関する知見(約11km)及び断層面下端深度とキュリー点深度との相関関係に関する知見による仮説(16.5km)、④本件敷地周辺におけるキュリー点深度との比から算出した地殻熱流量や深部ボーリングの掘削で得られたデータを用いて算出された地殻熱流量の値を基に推定される累積度数90%の深度(15km程度)、⑤中央構造線の長期評価が示す中央構造線断層帯の地震発生層の下限深さ(概ね15km)、以上の諸点を比較検討し、内陸地殻内地震の地震動評価で用いる地震発生層下限深さを15kmと設定した(乙11-6-5-25~28)。

      以上によれば、相手方は、地震発生層の上端及び下端のいずれについても、複数の観点から実測値、知見に基づく仮説を総合して設定したものといってよいし、その設定結果も保守的であるといって差し支えないから、相手方が設定した地震発生層の厚さ、すなわち、鉛直モデルにおける15km-2km-13kmという断層幅Wの設定も、一応合理的であるといえる。

      以上認定した事実を前提とすると、上記長期評価のWの想定は過大であり、これにより長期評価の地震モーメントMoとモーメントマグニチュードMwも過大になっていると認められる。

   (オ) 54kmm、 69km及び130kmの各鉛直モデルヘの耐専式の適用を排除したこと(原決定第3の3(1)抗告人らの主張欄ア(1)a)

      耐専式は、気象庁マグニチュードMと等価震源距離(面的な広がりを持つ震源断層から受けるエネルギーと同じエネルギーを放つ仮想の点震源までの距離、以下「Xeq」と表記する。)等をパラメータとして応答スペクトルを得る距離減衰式であって、過去に発生した実際の地震のデータ(データの範囲はM=5.5~7.0、Xeq=28km~202km)を回帰分析し、地震動の応答スペクトルの平均的な値を経験的に算出するものである(M>8.0については、理論的手法によって外挿し、M=8.5までの地震の地震動評価に供するようにしている。)(原子力発電所耐震設計技術指針(平成28年3月30日発行)、乙168)。

      耐専式は、断層最短距離を用いる他の距離減衰式に比べ、震源断層の持つエネルギーの強さを評価に反映することができ、①解放基盤表面の強震動として評価できること、②水平方向及び鉛直方向の強震動が評価できること、③震源の拡がりを考慮できること、④敷地における強震観測記録を用いて地域特性等が考慮できることといった長所が指摘されている(甲D112、乙31)。

      耐専式では、マグニチュードと等価震源距離が与えられると、周期0.02秒から5秒までの特定の8つの周期に対する応答値が決まり、8つの周期とその周期に対する応答値を、横軸を周期、縦軸を応答速度としたグラフ上にプロットし、それら8つの点を結ぶことにより、地震基盤における応答スペクトルが得られる。この8つの周期に対する応答値(グラフの座標点)はコントロールポイントと呼ばれ、各コントロールポイントは、4段階のマグニチュード(M6、M7、M8、M8.5)について、それぞれ「遠距離」「中距離」「近距離」「極近距離」の4種類の等価震源距離が設定されており、設定されていない任意のマグニチュードと等価震源距離に対するコントロールポイントの値についても、表で得られた応答値を基にマグニチュードと等価震源距離とで補正して求めることができる。しかし、コントロールポイントが設定された極近距離(M8.5:Xeq=40km、M8:Xeq=25km、M7:Xeq=12km、M6:Xeq=6km)より近傍の地震については、そもそもコントロールボイントが設定されておらず、現時点ではそのような近傍で発生した地震への適用は予定されていない(乙168)。

      耐専式による評価では、①敷地莉面の短い断層のみを想定した場合には、地震規模は小さくなるが、等価震源距離は近くなるのに対し、②長い断層を想定した場合には地震規模は大きくなるが、等価震源距離は遠くなるため、短い断層の地震動①より長い断層の地震動②が小さくなる可能性があり、また、断層最短距離が同じであっても、断層傾斜が離れる場合は、等価震源距離か遠くなるため、地震動は小さくなり、断層傾斜が近づく場合は、等価震源距離が近くなるため、地震動は大きくなる。

      そして、相手方は、①54kmmケース、②69kmケース、③130kmケース、④480kmケースにつき、それぞれ断層の傾斜角を鉛直とする場合(鉛直モデル)及び北傾斜とする場合(北傾斜モデル)をそれぞれ想定して評価し(別表1)、断層最短距離を用いる他の距離減衰式によった場合と比較したこと、その結果、i④の鉛直モデル及び北傾斜モデルは、想定される地震規模に応当する等価震源距離が極近距離よりも大きくなり、耐専式の適用可能な範囲に収まり、ⅱ①ないし③の各北傾斜モデルは、想定される地震規模に応当する等価震源距離が極近距離よりも小さくなったものの、震源近傍における適用性を検証したデータが既に存在する範囲にある上に、内陸補正を適用することによって他の距離減衰式による評価と整合的であったが、ⅲ①ないし③の各鉛直モデルについては、想定される地震規模に応当する等価震源距離が極近距離よりも小さいのみならず、内陸補正を施しても、なお他の距離減衰式による評価と重なるところがほとんどなく、大きく乖離する結果となったため、耐専式の適用が相当でないと判断したものであり(乙31-122~130)、これによれば、相手方が①ないし③の各鉛直モデルに耐専式を適用しなかったことは合理的であると認められる。

      抗告人らが指摘するとおり、国内の地震記録中には、例えば、鳥取県西知地震における賀祥ダム(M7.3、Xeq=6km)や兵庫県南部地震における神戸大(M7.3、Xeq=16km)にあっては、内陸補正を施すことによって乖離がほぼ解消される結果となった事例がある(甲D112)ものの、上記地震後の平成21年に開催された原子力安全委員会の会合においても、等価震源距離が極近距離を下回るケースに耐専式を適用する場合は十分な吟味を要するとされていること(乙170、172)、上記のコントロールポイントの見直し作業は平成29年3月時点でも未了である(甲F・18頁)ことに照らすと、抗告人ら指摘の上記各地震の例のみでは、相手方が①ないし③の各鉛直モデルヘの耐専式の適用を排除したことの合理性を左右するに足りない。

      また、抗告人らは、相手方が上記各ケースについて適用した耐専式以外の複数の距離減衰式に大野ほか(2001)が含まれていないことや一部の距離減衰式の適用が外挿になるなどとして、相手方の距離減衰式の適用の合理性を争う(甲F77~83)が、相手方は、これら複数の距離減衰式の適用結果を相互に比較し、かつ、①と③については断層モデルを用いた手法で算定した地震動とも比較して(②については断層モデルが設定されていない。別表1)、基準地震動を算定したものであり(乙31-122~130)、①の54kmm鉛直モデルに大野ほか(2001)を適用した結果が耐専式を適用した結果と整合するかどうかも明らかでなく、抗告人らが上記で指摘する点も、上記の判断を左右しない。

   (カ) 耐専式の不確かさの考慮(原決定第3の3(1)抗告人らの主張欄ア(イ)b(a)(b)))

      地震ガイドが求める経験式の不確かの考慮については上記(イ)のとおり、経験式の変数(パラメータ)の設定に際し、上記の偶然的不確定性及び認識論的不確定性を考慮に入れ、地域特性を踏まえた幅のある設定をする(耐専式については、地震規模及び等価震源距離について幅のある設定をする)ことを要すると解される。

      そして、相手方は、後記のとおり断層長さLにつき①54kmmケース、②69kmケース、③130kmケース、④480kmケースを想定して、それぞれの地震規模を算定し、断層傾斜角についても、鉛直である可能性が高い(後記イ(キ)(b)ものの、それぞれのケースにつき鉛直モデルのほかに北傾斜モデルを設定し、その結果、①ないし③の各北傾斜モデルに耐専式の適用が可能となったものであって、相手方は、地域特性を踏まえた幅のある設定をすることで、不確かさを適切に考慮しているということができる。

      抗告人らの主張の、データのばらつきを定量的に予測結果(経験式の適用結果)に上乗せする手法は、上記(イ)のとおり、採用できない。

      加えて、相手方は、耐専式を適用したケース(①ないし③の各北傾斜モデル、④の鉛直及び北傾斜モデル)で内陸補正をしていない(別表1)ところ、内陸補正は、耐専式が海洋プレー-ト内地震やプレート間地震から得られたデータベースに多くを依拠していることに鑑み、応答スペクトルによる地震動評価に耐専式を適用する際、内陸地殻内地震について耐専式をそのまま適用した場合よりも全体的に小さい地震動評価を得て、もって、適正な地震動評価を行うために施される処理である(乙269)から、相手方は、内陸補正をしなかった上記ケースについては、保守的に地震動評価を行ったということができる。

      この点につき、抗告人らは、上記主張において、耐専式の適用に当たって内陸補正を施さないのは、新潟県中越沖地震(超過事例③)を踏まえて短周期レベルを1.5倍する必要がある旨地震ガイドにおいて求められていることを受けたものに過ぎず、単に内陸補正を施さないだけでは不確かさの考慮として十分でない旨主張するが、地震ガイドが新湯県中越沖地震(超過事例③)を前提とした不確かさとして考慮を求めているのは、断層モデルを用いた手法による地震動評価において震源モデルを設定する際のアスペリティの応力降下量に関する指摘であって(地震ガイド3.3.2(4)①2))、応答スペクトルに基づく地震動評価を行う場合の指摘ではないと解されるから、この主張も採用できない。

(キ)  相手方が南傾斜モデルを想定しなかったこと(原決定第3の3(1))抗告人らの主張欄ア(イ)b(c))

      相手方は、①54kmケース、②69kmケース、③130knケース、④480kmケースにつき南傾斜モデルを想定しない一方、断層モデルによる手法では、①③④につき南傾斜モデルを不確かさの考慮として想定している(別表1)。

      しかし、①ないし③は、鉛直モデルでさえ耐専式の極近距離を下回るから、これによりさらに等価震源距離が短くなる南傾斜モデルに耐専式を適用できないことは明らかであり、その余の複数の距離減衰式は、いずれも断層最短距離を使用するものであるから、鉛直モデルでも南傾斜モデルでも地震動評価は変わらない。

      一方、④では、等価震源距離が長いため、南傾斜モデルでも耐専式は適用可能であり、その場合には、鉛直モデルよりも地震動が大きくなることになるが、もともと等価震源距離が長いことや、応答スペクトルに基づく地震動評価が最も大きかったことに照らすと、④で南傾斜モデルを想定しなかったことも、地震動評価には影響しないと考えられる。

      よって、抗告人らの主張は採用できない。

   (ク) 応答スペクトルに基づく地震動評価における入倉・三宅(2001)の適用(上記第3の3抗告人らの主張欄(2)ア(ク))

      抗告人らは、応答スペクトルに基づく地震動評価において、入倉・三宅(2001)によって地震規模を算定する方法(断層面積Sに入倉・三宅(2001)を適用して地震モーメントMoを算定し、これに武村式を適用して気象庁マグニチュードMを求める方法)を併せて考慮すべきと主張する。

      しかし、応答スペクトルに基づく地震動評価における地震規模の算定は、断層長さLに松田式を適用してMを求める方法が確立されており(抗告人らの上記主張に沿う知見は、本件で証拠として提出されていない。)、また、Sに入倉・三宅(2001)等のS-Mo経験式を適用してMoを算定する方法は、断層モデルを用いた地震動評価として、応答スペクトルに基づく地震動評価と相補的に考慮した上で基準地震動を算定することが予定されている(地震ガイド)から、抗告人らの主張は採用できない。

   イ 断層モデルを用いた手法による地震動評価

  1. 地震動評価の手法

    a 地震ガイド(乙39)

      地震ガイドは、3.3.2断層モデルを用いた手法による地震動評価(4)①1)において、震源断層のパラメータは、活断層調査結果等に基づき、地震調査研究推進本部による「震源断層を特定した地震の強震動予測手法」等の最新の研究成果を考慮し設定されていることを確認するとする一方、末尾の附則では、本ガイドに記載されている手法等以外の手法等であっても、その妥当性が適切に示された場合には、その手法等を用いることは妨げないとしている。

    b 平成29年改訂レシピ(乙354、入倉・三宅(2001)、入倉(2004)、入倉(2009))

    (a)総論

      従来の強震動予測は、起震断層の長さや代表的変位量から地震マグニチュード(気象庁マグニチュード)を推定し(松田式)、地震動に関するマグニチュードー距離の関係式(距離減衰式)から対象地域の最大加速度、最大速度、あるいは震度などを推定するものであった。(応答スペクトルに基づく地震動評価)。しかし、地震動を生成する主要な断層運動は地下にある断層面での動きで、地表に現れる断層変位は地下にある断層の運動の結果に過ぎないから、地表断層の動きのみから断層連動全体を特性化することは困難であり、強震勒を予測する上で重要なのは断層運動と強震動の関係にある。このような間題意識に基づき、震源断層に適当なすべり分布と破壊伝播を想定して求められる強震動と観測記録を比較することにより大地震の破壊過程を推定する研究が開始され、強震動記録や遠地地震記録を用いて断層面でのすべり分布を波形インバージョンにより求める研究へ発展した。

      そして、強震動記録を用いた断層破壊過程推定のための波形インバージョンの結果から、大地震のときの断層運動は一様ではなく震源断層面上のすべり分布は不均質なこと及び地震災害に関係する強震動の生成は断層運動の不均質性によること(特定の活断層に起因する地震によって生じる強震動では、従来知られていた断層面積や平均すべり量のみならず、すべり分布の不均質性が重要な役割を果たしていること)か明らかになるとともに、震源断層パラメータが地震モーメントに関して2つのスケーリング則によって支配されていることも明らかになってきた。スケーリング則の1つは震源断層の全破壊域の面積と地震モーメントの関係を与えるもので、これらのパラメータを巨視的断層パラメータと呼ぶ。もう1つは震源断層内のアスペリティの総面積を地震モーメントの関数として与えるもので、この関係から震源断層内のアスペリティの分布およびそこでの応力降下(あるいは実効応力)が与えられ、これらのパラメータを微視的震源パラメータと呼ぶ。これらの2つのスケーリング則に基づいて、強震動の計算に必要とされる震源断層の面積、地震モーメント、さらに震源断層内の不均質な応力やすべり分布のモデル化が可能となる(断層モデルを用いた手法による地震動評価)。

      レシピは、以上の考え方に基づき、地震調査委員会において実施してきた強震動評価に関する検討結果から、強震動予測手法の構成要素となる震源特性、地下構造モデル、強震動計算、予測結果の検証の現状における手法や震源特性パラメータの設定にあたっての考え方について取りまとめたものである。

      レシピは、震源断層を特定した地震を想定した場合の強震動を高精度に予測するための、「誰がやっても同じ答えが得られる標準的な方法論」を確立することを目指しており、今後も強震動評価における検討により、修正を加え、改訂されていくことを前提としている。

      ここに示すのは、最新の知見に基づき最もあり得る地震と強震動を評価するための方法論であるが、断層とそこで将来生じる地震およびそれによってもたらされる強震動に関して得られた知見は未だ十分とは言えないことから、特に現象のばらつきや不確定性の考慮が必要な場合には、その点に十分留意して計算手法と計算結果を吟味・判断した上で震源断層を設定することが望ましい。

      特性化震源モデルの設定では、断層全体の形状や規模を示す巨視的震源特性、主として震源断層の不均質性を示す微視的震源特性、破壊過程を示すその他の震源特性、という3つの震源特性を考慮して、震源特性パラメータを設定する。

      このうち、内陸地殻内地震の巨視的震源特性及び微視的震源特性は、以下のとおりである。

    (b)巨視的震源特性

      i 震源断層モデルの大きさ及び地震規模の設定については、過去の地震記録や調査結果などの諸知見を吟味・判断して震源断層モデルを設定する場合((ア)の手法)と、長期評価された地表の活断層長さ等から地震規模を設定し震源断層モデルを設定する場合((イ)の手法)がある。

      ⅱ (ア)の手法では、断層長さLと断層幅Wから断層面積Sを求め、次いで、地震モーメントMoとSの経験的関係からMoを算出する。具体的には、①ステージ1では、Somerville et al.(1999)を、ステージ2では、入倉・三宅(2001)を、ステージ3ではMurotani et al.(2015)をそれぞれ用いること、②入倉・三宅(2001)を適用するのはMo=7.5×1018(Mw=6.5相当)以上Mo=1.8×1020(Mw7.4相当)(S=1800k㎡となる。)以下とし、Murotani et al.(2015)を適用するのはMo=1.8×1020を上回る地震とする(ただし、この式の基になったデータ分布の上限値Mo=1.1×1021(S=1万1000k㎡となる。)に留意する必要がある。)が、③原理的にはWや平均すべり量Dが飽和しているかどうかでスケーリング則が変わるため、Wが飽和していない場合はSomerville et al.(1999)を、Wが飽和している場合は入倉・三宅(2001)を適用するのが合理的であり、WとDの両方が飽和している場合はMurotani et al.(2015)を適用するのが望ましい。

        そして、このように算出されたMoとSに基づき、後記の微視的震源特性のパラメータを設定する。

      ⅲ (イ)の手法では、長期評価で評価された地表の活断層長さLから推定される地震規模から、地震規模に見合うように震源断層の断層モデルの面積を経験的関係により推定する。具体的には、Lに松田式を適用して地震規模(気象庁マグニチュードM)を求め、Mに武村式を適用してモーメントマグニチュードMwを求める。

        ただし、Lがおおむね80kmを超える場合は、松田式の基になったデータの分布より、松田式の適用範囲を逸脱するおそれがあるため、例えば、(ア)の方法や活断層長期評価手法(2010)記載の方法(セグメント分けをして各セグメントの地震モーメントMoを合算する方法)など、過去の地震の例を参考にしながら、適宜適切な方法でM及びMoを算定する必要がある。次に、このように求められたMoにつき、地震規模に応じて、ステージ1ではSomerville et al.(1999)を、ステージ2では入倉・三宅(2001)を、ステージ3ではMurotani et al.(2015)を各適用して断層面積Sを算出する。次に、このように求められたSをLで除して断層幅Wを求める。仮にこのWが広く、地震発生層の下端深さを大きく越えてしまうような場合には、Wを地震発生雇を越える一定限度までで止め、この一定限度を超えた部分については、Sに合うようにLを仮想的に延長する(一定限度を越えた部分を震源断層の長さ方向に付加する)ことにより調整し、震源断層モデルを設定する。その結果、震源断層長さとして、当初得られた地表の活断層とは異なる数値が設定され、断層幅も地震発生層の下端を越えて、広く(深く)設定される(このような整形作業により設定される仮想的L、仮想的W、それらの積によって算出される仮想的Sを、「Lmodel」「Wmodel」「Smodel」という。)。

        そして、このように算出されたMoとSmodelに基づき、後記の微視的震源特性のパラメータを設定する。

    (c) 微視的震源特性

      i アスペリティの位置

        アスペリティの位置については、起震断層の変位量分布を詳細に調査した最近の研究では、震源断層浅部の変位量分布と起震断層の変位量分布とがよく対応することか明らかにされている。これにより、震源断層モデルのアスペリティの位置は、活断層調査から得られた1回の地震イベントによる変位量分布、もしくは平均変位速度(平均的なずれの速度)の分布より設定する。しかし、この推定方法は、震源断層深部のアスペリティの位置が推定されないなど、不確定性が高い一方、アスペリティの位置の違いは、強震動予測結果に大きく影響することがこれまでの強震動評価結果から明らかになっているので、アスペリティの位置に対する強震動予測結果のばらつきの大きさを把握するため、複数のケースを設定しておくことが、防災上の観点からも望ましい。

      ⅱ 短周期レベル(A)とアスペリティの総面積Sa

        アスペリテイの総面積Saは、強震動予測に直接影響を与える短周期領域における加速度震源スペクトルのレベル(A)と密接な関係があり、A=2.46×1010×(Mo×107)1/3の経験式が用いられている((12)式、以下「壇ほか(2001)」という。)。

        そして、震源断層を半径Rの、アスペリティを半径rの円形とそれぞれ仮定(円形破壊面を仮定)した場合(S=πR2、Sa=πr2)、「S、Mo、A」と「R、r、⊿σ」、Sa、⊿σa」との間には、(12)~(15)式、(21-1)(21-2)(22-2)式のとおりの経験的関係があり、これにより平均応力降下量⊿σ。アスペリティ面積Sa、アスペリティ応力降下量⊿σaを求めることができる。

        一方、最近の研究成果から、内陸地震によるSaの占める割合(アスペリティ面積比、Sa/S)は、平均22%(Somerville et al.(1999)、15%~27%(国内の知見)であり、拘束条件にはならないが、こうした値も参照しておく必要がある。

        断層長さLが断層幅Wに比べて十分に大きい長大な断層に対して、円形破壊面を仮定することは必ずしも適当ではないことが指摘されている。レシピでは、巨視的震源特性であるMoを、円形破壊面を仮定しない入倉・三宅(2001)及びMurotani et al.(2015)から推定しているが、微視的震源特性であるSaの推定には、円形破壊面を仮定したスケーリング則から導出される(12)~(15)式を適用している。このような方法では、結果的にSが大きくなるほど、既往の調査・研究成果と比較してSaが過大評価となる傾向にあるため、微視的震源特性についても円形破壊面を仮定しないスケーリング則を適用する必要がある。しかし、長大な断層のアスペリティに関するスケーリング則については、そのデータも少ないことから、未解決の研究課題となっている。そこで、このような場合には、(12)~(15)式を用いず、Somerville et al.(1999)のアスペリティ面積比Sa/Sについての知見(約22%)からSaを推定する方法がある。ただし、この場合には、アスペリティ応力降下量⊿σaの算出方法にも注意する必要かある。

      ⅲ アスペリティ・背景領域の平均すべり量

        アスペリティの平均すべり量Dは、震源断層全体のDの2倍とする(図式、アスペリティの地震モーメントMo、背景領域のMo及び背景領域のDの算定は、(17)~(19)式)。

      ⅳ 震源断層全体及びアスペリティの静的応力降下量と実効応力及び背恢領域の実効応力

        アスペリティ応力降下量⊿σaは、

  ⊿σa=(S/Sa)・⊿σ   (21-1)式

 により求められる(⊿σaは、アスペリティ面積比Sa/sに反比例して増大する。)。

        また、⊿σaは、円形破壊面を仮定できる規模の震源断層では、(21-1)式と等価な式として、(14)式を変形した

 ⊿σa=(7/16)・Mo/ (r2・R)(21-2)式

によっても算出できる。

        一方、長大な断層に関しては円形破壊面を仮定して導かれたM式を用いたアスペリティの等価半径rを算出する方法には問題があるため、(21-2)式を用いることができない。この場合には、(21-1)式から⊿σaを求める。Sa/Sは、Somerville et al.(1999)に基づき約22%とする。なお、平均応力降下量⊿σについては、Fujii and Matsu’ura(2000)の研究成果があり、⊿σ=3.1MPaを導出している。例えば、⊿σとしてこの3.1MPaを用いると、(21-1)式から⊿σaは約14.4MPaとなり(Sa/S21.5%として計算)、既往の調査・研究成果とおおよそ対応する数値となる。ただし、Fujii and Matsu’ura(2000)の上記3.1MPaは横ずれ断層を対象とし、いくつかの条件下で導出された値であり、その適用範囲等については今後十分に検討していく必要があるが、長大断層の⊿σに関する新たな知見が得られるまでは暫定値としては⊿σ=3.1MPaを与えることとする。

        円形破壊面を仮定せずアスペリティ面積比を22%、静的応力降下放を3.1MPaとする取扱いは、暫定的に、以下のいずれかの断層の地震を対象とする。

      i 断層幅と平均すべり量とが飽和する目安となるMo=1.8×1020(S=1800k㎡)を上回る断層。

      ⅱ Mo=1.8×1020(S=1800k㎡)を上回らない場合でも、アスペリティ面積比が大きくなったり背景領域の応力降下量が負になるなど、非現実的なパラメータ設定になり、円形クラックの式を用いてアスペリティの大きさを決めることが困難な断層等。

        なお、断薯幅のみが飽和するような規模の地震に対する設定方法に関しては、今後の研究成果に応じて改良される可能性がある(以下、円形破壊面を仮定して平均応力降下量⊿σ、アスペリティ面積比Sa/S、アスペリティ応力降下量⊿σaを設定する方法を「原則的方法」と、円形破壊面を仮定せず⊿σ=3.1MPa、Sa/S=22%(21.5%)、⊿σa=14.4MPaに固定する方法を「例外的方法」という。)。

 壇ほか(2011)(入江(2014))

    c 壇ほか(2011)は、

      ①i 現行の強震動予測手法では、地中震源断層は地震発生層の中にあるとされ、それよりも浅い部分は被害に直結する強震動を放出しないとして断層面積には算入されていない(断層モデルを用いた手法による地震動評価)のに対し、地質学分野では、活断層の長さを与条件とした経験的関係式から地中震源断層を考慮することなく地震規模や地表地震断層の変位量などが予測されている(応答スペクトルに基づく地震動評価)が、本来は地震動も地表変位も地中震源断層が破壊したことによる結果であるのに現在まで両者を物理的に関係づける震源断層モデルが提案された例はなく、また、震源近傍では強震動とともに地盤変動による被害も予想されることから、地表地震断層による地盤変動と地中震源断層による地震動が同時に予測できる断層モデルを構築することが地震被害を低減する上で非常に重要である。

       ⅱ 内陸地震のうち、特に損ずれ断層に起因する地震を想定すると、中央構造線のようにその全長が極めて長いとき(面積の大きい震源断層を設定するとき)、標準的な強震動予測手法(レシピの原則的方法)では、アスペリティの面積が断層面積の50%を超えて背景領域のすべり量が負となる(アスペリティと背景領域が逆方向にすべるという不自然な挙動が生じてしまう)場合があるが、この問題の根本的な原因は、平均応力降下量の算定に円形クラック式(⊿σ=(7/16)・Mo/R3、平成29年改訂レシピ(22-2)式)を適用していることにあり、円形クラック式に代わる応力降下量算定式を求め、長大断層にも適用できる合理的な断層パラメータの算定法を確立することが現在の強震動予測において早急に解決しなければならない重要な課題であるとの問題意識に基づき、

      ② 長大断層にまで適用可能な平均動的応力降下量の算定式として、Irie et al.(2010)の(強震動の生成と地表地震断層のすべり量の両方を物理的に説明できる)動力学的断層破壊シミュレーションから導かれた以下の関係式

        ⊿σ=c・Mo/(Swmax)

        c=0.5+2e-L/max

        (eは自然対数の底であり、係数cは断層のアスペクト比(L/Wmax)が増大すると減少し、下限の0.5に接近する。)を、国内9地震、海外13地震(震源断層の断層長さL及び断層幅Wは、17km≦L≦432km、10km≦W≦30km)のデータに当てはめ(ただし、前記経験式の適用に際してはWmax=15kmと仮定)、これら22の地震の平均動的応力降下量の幾何平均値を3.4MPaと、アスペリティ動的応力降下量の幾何平均値を12.2MPaとそれぞれ算出し(ただし、アスペリティ動的応力降下量の幾何平均値12.2MPaは、前記各地震のうち短周期レベルAの判明している国内3地震、海外2地震のみの平均)、

      ③ 上記②の⊿σ=3.4MPaと⊿σa=12.2MPaを既定値として断層モデルを設定し、これにより、上記①iの地表地震断層と地中震源断層を物理的に繋ぐ断層パラメータ算定手法と、上記①iの従来の手法では設定できなかった長大断層にまで適用できる合理的な断層パラメータの算定手法の双方を確立すること、を提唱するものである。

    (b)そして、壇ほか(2012)では、壇ほか(2011)が提案した方法に従って、活断層の長さLが25km、50km、100km、200km、400kmの5つの場合のアスペリティモデルのパラメータを算定したうえで、Lが50km、100km、400kmの3つの場合の強震動を統計的グリーン関数法により試算し、2000年鳥取県西部地震の記録、2002年アラスカDenali地震の記録、司・翠川(1999)の距離減衰式と比較したところ、整合する結果が得られたとされている。

      また、藤堂ほか(2012)では、壇ほか(2011)が提案した方法に従って、Lが360kmの中央構造線の断層モデルを設定し、統計的グリーン関数法によって強震動を試算したところ、司・翠川(1999)の距離減衰式による推定値及び2002年アラスカDenali地震の記録と整合する結果が得られたとされる。

      さらに、壇ほか(2016)では、壇ほか(2011)が海外の地震に適用できるかを検証するために、1999年トルコKocaeli地震を対象とした震源モデルを作成し、統計的グリーン関数法による地震動評価結果と観測記録との比較を行ったところ、整合する結果が得られたなどとされている。

    (c)しかし、この見解は、レシピでは未だに採用されていない(上記(a)②のとおり、壇ほか(2011)が既定値として用いることを提唱しているアスペリティ動的応力降下量の幾何平均値12.2MPaは、上記(a)②の各地震のうち短周期レベルAの判明している国内3地震、海外2地震のみの平均であり、抗告人らが指摘するとおり、既定値として用いるにしては基データが少ないという難点があることは否定できない。島崎元委員長代理も、平成26年9月12日の原子力規制委員会の会合において、壇ほか(2011)について、「この壇さんのやつは、アスペリティと、それから全体のStress Drop(応力降下量)を決めて、それが一定という形で、ある意味非常にすっきりして、いろんなところで使えるという意味では便利なんですけれども。壇さんも書かれているように、データが少ないですね。特に・・・短周期レベルAについてですか。・・・データが五つしかない。」などと発言している(甲F86・89頁)。)。

    d Fuji and Matsu’ura(2000)(乙354)

      Fujii and Matsu’ura(2000)は、長大断層に対する地震モーメントMoと断層形状(断層幅Wと断層長さL)との関係式として、以下の関係式を提案している(a、bは構造依存のパラメータ)。

      Mo=(WL2/(aL+b))・⊿σ

      そして、内陸の長大な摸ずれ断層に対する関係式としては、W=15km、a=1.4×10-2、b=1.0を仮定した上で、収集した観測データに基づく回帰計算により、平均応力降下量⊿σ=3.1MPaを導出している。

      この見解は、レシピでは、上記bのとおり、円形破壊面を仮定した方法でアスペリティ面積比Sa/Sが過大になる場合の⊿σの(暫定的な)既定値として部分的に採用されているが、Mo算出のためのS-Mo経験式としては採用されていない。

    e 検討

      上記c、dのとおり、断層モデルを用いた手法による地震動評価において相手方が用いた手法のうち、壇ほか(2011)はレシピでは採用されておらず、Fujii and Matsu’ura(2000)もレシピで部分的に採用されているにとどまるところ、抗告人らは、本件で壇ほか(2011)及びFujii and Matsu’ura(2000)を用いることは基準地震動の過小評価につながると主張しているので、上記aの地震ガイドの記載に照らし、壇ほか(2011)及びFujii and Matsu’ura(2000)を用いることについて「その妥当性が適切に示され」ているかどうかを検証する必要がある。

      そこで、以下においては、個別の争点の判断に先立って、①54km (基本モデル)、②130km(基本モデル)、③480km(基

   ア VEI7クラスの噴火による降下火砕物の最大層厚

     原決定は、南九州地域に存在する複数のカルデラの1つでVEI7クラスの破局的噴火が発生した場合には少なくとも15cm以上(最大で50cm程度)の降灰があり得るという抗告人らの主張に対して、立地評価における判示と同様、本件発電所の運用期間中に阿蘇4噴火のような噴火が発生する可能性が相応の根拠をもって示されているとはいえないから、そのような破局的噴火に伴う降下火砕物の影響を考慮の外に置いたとしても、本件発電所が客観的にみて安全性に欠けるところがあるということはできないと判示するが、この判示が不当であることは、前記(1)のとおりである。

   イ VEI6クラスの噴火による降下火砕物の最大層厚

     原決定は、①阿蘇におけるマグマ溜まりの現状に関する最新の知見がないこと、②噴火ステージ論を根拠として、少なくとも阿蘇に関する限り、VEI6クラスの巨大噴火の発生を考慮しないことが社会通念上不合理であるとまでいうことはできないと判示し、③阿蘇以外の南九州のカルデラについては検討していない。

     しかし、①については、須藤ほか(2006)によれば、「草千里南部には、その直下にマグマ溜まりと考えられる地震波低速度領域の存在が指摘されて」おり、その大きさは、「直径3~4km程度の領域が考えられる」というのである(なお、降下火砕物の噴出体積についての相手方の主張が誤りであることにつき甲G13ないし15)。このような知見が存在するにもかかわらず、相手方は、VEI6クラスの噴火が起こらないことの疎明をしていない。

     また、②についても、噴火ステージ論が根拠とならないことは、前記(1)のとおりであり、マグマの性質についての相手方の主張も誤りである(甲G16)。

     さらに、③についても、始良カルデラは、VEI7クラスの噴火では相手方の想定をはるかに超える約50cmの降下火砕物が到達していることが確認されており、VEI6クラスの噴火で15cmを超える降下火砕物が到達しないのか、十分保守的な検証がされなければならないはずである(甲G21-23、 26)。

     以上によれば、原決定が誤りであることは明らかである。

   ウ 阿蘇におけるVEI5クラスの噴火による降下火砕物の最大層厚

     抗告人らは、阿蘇カルデラにおいて、VEI5クラスの中でも最大の噴火(噴出物量10k㎥)が発生する可能性をも指摘していた。これに対し、原決定は、抗告人らの主張をすり替え、阿蘇におけるVEI5クラスの噴火の検討ではなく、九重山における10k㎥の噴火の可能性がないことを指摘して抗告人らの主張を退けている。

     このような主張のすり替えが許されないことは言を侯たない。

  (3) 降下火砕物の大気中濃度の想定及び吸気フィルタの閉塞

   ア セントヘレンズ観測値を用いることの不合理性

     原決定は、大気中火山灰濃度として、セントヘレンズ観測値(33.4mg/㎥)を用いて安全性が確保されているか否かを評価するのが相当と判示する。

     しかし、ヤキマ地区における層厚がわずか8mm程度しかなく、15cmの火山灰を想定している本件においてそのまま用いる根拠は何ら示されていないし(仮に最大層厚に比例して大気中濃度が大きくなるとシミュレートした場合、8mmで33.4mg/㎥だとすると、15cmでは33.4mg/㎥×150mm÷8mm=626.25mg/㎥となる。)、噴火の規模からしても、セントヘレンズの噴火(VEI4)よりも、相手方が14cmの層厚となることを想定している九重山の九重第一軽石噴火(VEI5)の方が大きく、原決定は誤りである。

   イ 電力中央研究所の「数値シミュレーションによる降下火山灰の輸送・堆積特性評価法の開発(その2)一気象条件の選定法およびその関東地方での堆積量・気中濃度に対する影響評価』(以下「電中研報告」という。)に関する判断の不合理性

     原決定は、電中研報告について、計算機コード(FALL3D)にバグの存在が確認されるなどの諸問題が指摘されていることなどを根拠として、現時点で原子力規制委員会が電中研報告を前提とした影響評価を相当とするに至っていないと認定した上、電中研報告の内容をそのまま降下火砕物の影響評価に用いることが相当でないことは明白であると判示する。

     しかし、電中研報告で紹介された大気中火山灰濃度は、火口から85kmほど離れた横浜(層厚約16cm)で1000mg/㎥近い数値が得られたというのであって、噴出率について一桁程度過大になっているという指摘が事実だとしても、未だ100mg/㎥という濃度はあり得ることとなり、相手方のフィルタ交換が間に合う限界ライン66mg/㎥(後記ウ)を上回ること、FALL3Dのバグはその後修正され、諸外国では既にある程度実用化されていること(甲G3、4)に照らすと、原決定は誤りである。

   ウ 吸気フィルタの閉塞

     原決定は、非常用ディーゼル発電機の吸気消音器のフィルタが閉塞して、非常用ディーゼル発電機が機能喪失する可能性に関して、セントヘレンズ観測値(33.4mg/㎥)を前提とした場合に降下火砕物によってフィルタが閉塞するまでの時間はおよそ2時間弱であると試算されるところ、フィルタ交換に要する時間は1時間程度であり、フィルタの形状、構造、取付手順等に照らすと、フィルタ交換の所要所問の見込みは一応合理的であると判示する。

     しかし、前記判示を前提としても、相手方のフィルタ交換が間に合う限界ラインはセントヘレンズ観測値の約2倍である66mg/㎥であるところ、降下火砕物の大気中濃度がこれを上回る可能性があり(前記イ)、また、相手方は、抗告人らが指摘したフィルタ交換作業の困難性について何らの疎明をしていないので、原決定は誤りである。

   エ 原決定後の原子力規制委員会の見解の変遷

     原決定後の平成29年5月15日に開催された原子力規制委員会における降下火砕物の影響評価に関する検討チーム第2回会合では、規制庁より、堆積量15cmとなる場合、降灰継続時間を仮定して堆積量(実測値)から推定する手法を用いた場合には、降下火砕物大気中平均濃度は、3~7g/㎥(降灰継続時間12時間)ないし2~4g/㎥(降灰継続時間24時間)となる計算結果や、数値シミュレーションを用いると気中濃度は1~2日程度数g/㎥となるという計算結果が示された(甲G9・7~15頁)。この後者の計算結果について、規制庁の説明担当は、1~2日程度数g/㎥という濃度が継続するというのは「常識的な範囲の想定」であることを明言している(乙345・25頁)。そして、相手方従業員2名も出席していた同年6月22日の同検討チーム第3回会合では、電気事業連合会より、本件発電所につき、参考濃度(前記と同様の手法に基づいた試算値)は約3.1g(=3100mg)/㎥となる一方、現状の限界濃度は0.7g(=700mg、セントヘンンズ観測値の約23倍)/㎥という数値が示されている(乙344・2頁)。つまり、「常識的な範囲の想定」である参考濃度の4分のl程度の濃度でも、本件原発の現状設備では対応できないことを電気事業連合会も認めざるを得なくなったということである。

     以上からすれば、少なくとも現時点での本件発電所は、想定される自然現象である降下火砕物に対し、安全施設たる非常用ディーゼル発電機が安全機能を損わないとは言えないものになっており、設置許可基準規則6条1項に違反するものと言わざるを得ず(規制庁によるバックフィット(原子炉等規制法43条の3の14、同法43条の3の23)が予想されることにつき、甲G10ないし12)、そうでないことの相手方の疎明はないから、具体的危険の存在が推認されるというべきである。

     なお、相手方は、万が一、降下火砕物の大気中濃度が高い環境下において全交流電源喪失になったとしても、蒸気で稼働するタービン動補助給水ポンプを用いた冷却方法があると主張するが、15cmもの火山灰の降灰が観測されるようなことは、我か国では産業化を遂げて以降ほとんど経験がなく、実際に原子力発電所のような複雑な構造物に大量の降灰がある場合、予め想定されなかった事態が同時多発的に発生し少なからぬ混乱が生じることは容易に想像でき、そのような状況下で全交流電源喪失となった場合、果たして本件原発の作業員が想定通り可搬型ホースを施設できるのか、極めて疑問である。

  (4) 降下火砕物の非常用ディーゼル発電機機関内侵入による影響

   ア 摩耗に対する影響

     原決定は、摩耗に対する影響について、三菱重工意見書(乙196)を全面的に採用し、降下火砕物が黄砂よりも脆弱であって、間隙に入り込んだとしても、「接触により破砕され、燃焼に伴う排気ガスとともに排出される」が、「潤滑油とともにクランクケース内へ降下することになる」ため、摩耗は生じないと認定する。

     しかし、火山灰はシリンダライナ及びピストンリングの材料である鋳鉄と比較して破砕されにくく(硬度は火山灰が鋳鉄より硬い。)、また、火山灰と黄砂の大気中濃度の違い、ひいては、機関内に侵入する粒子の量の違いを無視している点で、原決定は不当である。さらに、粒径の小さい火山灰の侵入(粒径120µmより小さい降下火砕物はフィルタで捕集されることなく機関内に侵入する)に対してどのように対処するのかについても、相手方は何ら疎明できていない。

   イ 焼付に対する影響

     原決定は、焼付に対する影響についても、三菱重工意見書(乙196)を全面的に信用して、仮に膨張行程でシリンダ内の温度が1000℃を超えて非常用ディーゼル発電機の機関内に侵入した降下火砕物の溶融が生じたとしても、極めて短時間の局所的な現象であり、シリンダ内の温度はすぐに降下火倅物の融点より低い温度にとどまり、降下火砕物は再び固化すると考えられるとして、焼付は生じないと断じている。

     しかし、機関内に侵入した火山灰は、0.075秒(相手方主張の、吸入→圧縮→膨張→排気の4行程1サイクルのうちの膨張のような1行程の所要時間)ごとに2000℃の温度(甲D357)で加熱されることになるところ、たとえ2000℃になるのが一瞬であったとしても、それがこれほど短時間に連続して起これば、火山灰も相応の高温になり得るのであって、これを無視した原決定には、審理不尽の違法がある。

 (相手方)

  (1) 立地評価

    原決定は、立地評価に係る火山ガイドの記載について、少なくとも検討対象火山の噴火の時期及び規模が相当前の時点で的確に予測できることを前提としている点においてその内容が不合理であると判示している。

    しかし、火山ガイドの、将来の活動可能性が否定できない火山に対して行う設計対応不可能な火山事象が原子力発電所運用期間中に影響を及ぼす可能性が十分小さいかどうかの評価は、あくまで当該原子力発電所の適用期間中に限定し、①設計対応不可能な火山事象の到達可能性及び②原子力発電所の運用期間中の活動可能性を通じて、検討対象火山の原子力発電所に対する影響を評価するものであって、噴火の時期及び規模を的確に予測しようとするものではない。

    したがって、設計対応不可能な火山事象が原子力発電所の運用期間中に原子力発電所に到達する可能性の大小をもって立地の適不適の判断基準とするものであるという点において火山ガイドが不合理であるとはいえない。

    そして、相手方は、VEI7クラスの噴火である阿蘇4噴火を考慮して立地評価を行い本件発電所の安全性に影響を及ぼさないことを確認している。すなわち、①阿蘇4火砕流が到達したのであれば当該堆積物が残されている可能性が高いと考えられる佐田岬半島の地点を選定して地表踏査又はボーリング調査を行った結果、阿蘇4噴火による火砕湾堆積物は確認されなかったこと、本件発電所の敷地と阿蘇カルデラの間には約130kmの距離があり地形的障害も認められることなどを総合的に検討し、阿蘇4火砕流は本件発電所の敷地まで達していない(設計対応不可能な火山事象の到達可能性はない)と判断し、②各種文献による現在のマグマ溜まりや噴火活動の状況から、本件発電所の運用期間中に、少なくとも阿蘇4噴火のような巨大噴火が発生して本件発電所に影響を及ぼすことはない(本件発電所の運用期間中の活動可能性はない)と判断した。

    なお、抗告人らは、原決定が、VEI7クラスの破局的噴火の可能性に係る判断にあたって、Nagaoka(1988)の噴火ステージ論を根拠にVEI7クラスの噴火の直前にはプリニー式噴火(大量の軽石や降下火砕物が火口から空高く噴出されて主として大規模な降下火砕物として風下に降下するような噴火活動)等の爆発的噴火が先行することが多いと認定したことを批判するが、VEI7クラスの噴火の直前にプリニー式噴火等の爆発的噴火が先行することが多いことは、Nagaoka(1988)のほか、小林ほか(2010)及び前野(2014)によっても裏付けられており、抗告人らの主張は誤っている。

  (2) 降下火砕物の最大層厚の想定

   ア VEI7クラスの噴火による降下火砕物の最大層厚

     原決定の、VEI7クラスの直前にプリニー式噴火等の爆発的噴火が先行することが多いとした認定が妥当であることは、前記(1)のとおりである。

   イ VEI6クラスの噴火による降下火砕物の最大層厚

  1. 抗告人らが引用する須藤ほか(2006)が述べるマグマ溜まりは、Sudo

and Kong(2001)に示されているマグマ溜まりと同一のものであり、相手方が小規模と判断しているものである(乙11-6-8-10)。

      その理由は、以下のとおりである。

      まず、須藤ほか(2006)が述べるマグマ溜まりについては、須藤ほか(2006)において得られた地震波低速度領域(地震波の速度がその周辺の部分に比べて遅い領域であり、液体等が存在すると地震波は遅くなることから、マグマ溜まりと推定される。)の形状から、ほぼ球形と想定できる(甲G2・302頁)ところ、須藤ほか(20o6)では、この直径を3~4kmと見込んでいることから、その体積は、球の体積の公式(4/3×π×r3)により15k㎥~30k㎥程度と見積もることができる。

      次に、須藤ほか(2006)は、このマグマ溜まりについて、数パーセント以上の溶融状態であれば説明できるとしている。この溶融状態の見積もりは室内実験の結果と比較して領域全体の平均的な値として推定したものであって、溶融状態にあるマグマの存在形態を特定できるものではないが、例えばマグマ溜まりが3%程度の溶融状態にあるとしたときに、仮に溶融状態にある液相と固相がはっきりと分離していて液相の全量が噴出可能な状態であると想定すれば、そのままの状態で噴出できるマグマの体積は0.5~1k㎥程度と見積もることができる。

      そして、マグマは、火山灰、軽石等の降下火砕物や火砕流等として噴出する際には、地上付近では減圧、発泡して空隙を含むから、降下火砕物の噴出体積としてはこのマグマの体積の2.5倍(乙339、378)である1.25~2.5倍に相当し、相手方が阿蘇の噴火規模として想定している駄千里ケ浜軽石(阿蘇山において約3.1万年前に起きた噴火による噴出物)を噴出した噴火の噴出体積(約2.39k㎥)と齟齬するものではない(もっとも、須藤ほか(2006)で用いられた地震波による解析では溶融したマグマがどのよぅな形で存在するのか特定することは困難である。すなわち、数パーセントの溶融状態の存在形態については、溶融状態にある液相(液体部分)と固相(結晶、岩石細分)がはっきりと分離して存在しているとの想定がある一方、液相が固相に浸み込んでマグマ溜まりに一様に存在して固相と共存しているとの想定もありえる。前者の場合、溶融状態にあるマグマの全てがそのままの状態で噴出可能な状態となる一方、後者の場合、マグマ溜まり全域において固相が占める割合が50%を超えるために噴出できないことになってしまう。

      前者の液相と固相が全く混合していない状態は不自然であるし、後者は現に阿蘇山中岳が活動していることと矛盾し、このような極端に偏った存在形態はいずれも考え難いが、地震波による解析では、両者の中間でどのような存在形態をとるのか特定することは困難である。したがって、相手方の主張は、具体的な噴出量を正確に算定して草千里ケ浜軽石の噴出体積と大小の比較をするものではなく、あくまで全体的なスケール感として齟齬するものではないとの趣旨である。)。

   (イ) また、VEI6クラスの噴火は、プリニー式噴火もしくはウルトラプリ二

ー式噴火を典型とする大規模な噴火であり(乙339)、主に安山岩質~珪長質マグマがそのような大規模な噴火を起こす(マグマの性質は、二酸化ケイ素(シリカ、SiO2)の重量あたりの成分量によって異なり、概ね、①52%以下を玄武岩質と、②52~63%を安山岩質と、③63~70%をデイサイト質と、④70%以上を流紋岩質と、③④を珪長質といい、二酸化ケイ素含有量が多いほど噴火の仕方は爆発的となる。乙340)ところ、阿蘇のマグマ溜まりに関連するとされる中岳から現在噴出しているマグマは、プリニー式噴火を起こしにくい①玄武岩質~②安山岩質が主体である(乙341)。

      よって、須藤ほか(2006)が示すマグマ溜まりは、阿蘇山においてVEI6クラスの噴火が起こる危険性があるとの抗告人らの主張を裏付けるものではない。

   (ウ) ちなみに、相手方は、阿蘇の噴火について、草千里ケ浜軽石を噴出した噴火(約3.1万年前、噴出量約2.39k㎥)を考慮したが、本件発電所への影響は、阿蘇山よりもより近距離に位置する九重山において相手方が想定する噴火(約5万年前、噴出量約2.03k㎥、ただし審査過程のシミュレーションでは噴出量を6.2k㎥と想定)の影響の方が大きい。

   (エ) 南九州のカルデラについては、抗告人ら指摘の始良カルデラにおける既往最大の噴火(約9万年前に起きた福山降下軽石を噴出した噴火。噴出量は40k㎥以上。VEI6)を踏まえても、①本件発電所の南東方向約15kmに位置する宇和盆地において福山降下軽石の堆積層が確認できないこと(乙290-90~92)、②降下火砕物の堆積分布は、偏西風の影響を大きく受ける(乙378・8頁)ところ、本件発電所の敷地は、南九州のカルデラ火山からみて北北東の方角に位置しており、偏西風の風下から大きく外れること、③福山降下軽石堆積物の分布についての長岡ほか(2001)の知見(相手方の即時抗告理由書(火山)に対する答弁書・20頁、相手方の裁判所の釈明事項に対する釈明書・25頁)等に照らすと、始良カルデラにおけるVEI6クラスの噴火による降下火砕物の層厚が、相手方が九重山の噴火で想定した降下火砕物の層厚(15cm)を超えることは考え難く、後者の方が本件発電所に及ぼす影響は大きい。

  (3) 降下火砕物の大気中濃度の想定及び吸気フィルタの閉塞

   ア セントヘレンズ観測値

     現時点において降下火砕物の大気中濃度に係る数値シミュレーション手法が確立されていない中、セントヘレンズ観測値は、既往の観測記録としては最大のものであるところ、相手方がセントヘレンズ観測値を用いて行った非常用ディーゼル発電機の吸気消音器の吸気フィルタの閉塞時間の試算は、種々のパラメータをフィルタがより早く閉塞する方向で単純化したより保守的な想定に基づくものであり、安全サイドに余裕をもって評価しているものであって、仮にこの観測記録を超える大気中濃度になったとしても安全が損なわれるものではない。

     すなわち、相手方は、本件3号機において、多重性を有する外部電源(3ルート6回線)を有しており、降下火砕物によって直ちにこれらの外部電源が全て機能を喪失するものではないが、万が一、外部電源を喪失した場合に備えて、2台の非常用ディーゼル発電機を設置し、さらには空冷式非常用発電装置や号機関連絡ケーブル等の電源を設置して、多重性又は多様性及び独立性を備えた電源を確保している(乙11-8-1-565~569、686~692)。

     このうち、非常用ディーゼル発電機については、吸気消音器を下方向から吸気する構造とし、加えて吸気消音器の入口に吸気フィルタを取り付けることで、降下火砕物が非常用ディーゼル発電機の機関内に侵入することを防止している。また、吸気フィルタは、下方向から吸気する構造としていることからそもそも降下火砕物によって容易に閉塞するものではないが、相手方は、仮に吸気フィルタが閉塞した場合でも吸気フィルタを交換することで運用可能な時間的余裕があることを評価し確認している。具体的には、降下火砕物の大気中濃度について、既往の観測記録を参考値として用いた上で、下方向から吸気することにより降下火砕物を吸い込みにくい構造としていることを考慮せず、大気中濃度のまま全て吸い込まれて吸気フィルタに捕集されることを前提とするなど、保守的に評価して、吸気フィルタの交換に時間的な余裕があることを確認している。

   イ 電中研報告

     抗告人らは、FALL3Dによる数値シミュレーションはある程度信頼できる段階にあると主張する。

     しかし、ブエノスアイレスのVAACで運用しているFALL3Dのシステムは、試験的にシミュレーションしているものであって検証もされていないものであり(乙347)、抗告人らの主張は理由がない。

   ウ 吸気フィルタの閉塞

     相手方のフィルタ交換が間に合う限界ラインは、抗告人らの主張よりは余裕がある(前記ア)。

     また、①吸気フィルタの交換作業自体は容易であること、②吸気消音器の設置場所の足場は、グレーチング(鋼材を格子吠に組んだ溝蓋)であり、格子の間は吹き抜けになっているため、降下火砕物がグレーチングの上に堆積することはないこと、③吸気フィルタの交換作業のために作業員が建屋間を移動する必要はなく、また、吸気フィルタは人力で運べるものであることから、作業が降灰による通行止めの影響を受けることもないこと等に照らすと、抗告人ら指摘のフィルタ交換作業の困難性は理由がない。

   エ 原決定後の規制委員会の見解

   (ア) 降下火砕物による影響評価に係る参考濃度に係る規制要求については、平成29年7月19日の原子力規制委員会において基本的考え方が付議され、今後、改めて原子力規制委員会に対して具体的な基準の改正案が示される予定とされた(甲G10・12頁)。

      そして、同年9月20日開催の原子力規制委員会において、規則等の改正案が示され、非常用ディーゼル発電機については、火山現象による影響が発生又は発生するおそれがある場合に、機能を維持するための対策、体制の整備を求め、これを保安規定に記載することを求める実用炉規則等の改正案が示された。また、火山ガイドについて、非常用ディーゼル発電機の降下火砕物の大気中濃度に係る影響評価において用いるべき「原子力発電所の火山影響評価ガイドに示す手法を用いて求めた気中降下火砕物濃度」(従前の降下火砕物の影響評価に関する検討チーム等において議論された「参考濃度」に概ね相当するもの。以下「気中降下火砕物濃度」という。)の設定方法を規定する改正案が示された。この火山ガイドの改正案において示された気中降下火砕物濃度の設定方法は、これまでの原子力規制委員会、降下火砕物の影響評価に関する検討チームにおいて議論された降灰継続時間を仮定して堆積量から推定する手法及び数値シミュレーションにより推定する手法(甲G11)を踏襲して、いずれかの手法を用いて設定するとしたものであり、理論的手法による降下火砕物の大気中濃度の設定は、現時点においては非常に不確かさが大きく困難なところ、総合的判断として、降下火砕物の粒径の大小に関わらず同時に降灰が起こると仮定するなどした、実際の降灰現象と比較して非常に保守的な値となる手法とされている(乙434)。これらの規則等の改正案については、同日の原子力規制委員会において了承されたうえ(乙435)、同月21日から同年10月20日までの間パブリックコメントに付されている。また、今後の予定として、同年11月頃の原子力規制委員会において、パブリックコメントで示された意見に対する考え方を示すとともに、規則等の最終的な改正案を示す方針が示されている(乙434)。なお、改正後の規制等の実施にあたっては、経過措置として、施行から約1年後までは適用しないこととされている(乙434)。

   (イ) 抗告人ら指摘の現状の限界濃度は、吸気消音器が下方向から吸気する構造であることを考慮せず、大気中濃度のまま全て吸い込んで吸気フィルタに捕集されることを前提としているため(乙343・4頁)、実際にはさらに余裕があると考えられるが、相手方は、今後、下方向から吸気する構造であることの効果についても試験を行って余裕を確認し、あるいは除灰システムの導入等について検討を行うなどして、さらなる安全性の向上に取り組むこととしている(乙344)。

      具体的には、①カートリッジ式フィルタの採用による交換作業の容易化(フィルタ交換時間の短縮)、②運転継続中のカートリッジ式フィルタの順次取換え、③フィルタ表面積の拡大(閉塞に対する時間的余裕)の3つの要素が相まって、気中降下火砕物濃度として想定されるような数g/㎥オーダーの濃度で降下火砕物を大気中濃度のまま全量吸い込んでフィルタに捕集されると仮定したとしても、非常用ディーゼル発電機の機能を十分維持できるよう基本設計を行ったものであり(乙436)、現在、作業上の効率性と閉塞に対する時間的余裕の増大をバランス良く実現できる最適な組み合わせについて、詳細設計を行っているところである。詳細設計の確定後、火山灰フィルタの製作を行い、平成29年12月末頃までに設置が完了する予定である。

   (ウ) また、相手方は、降下火砕物の影響によって全交流電源を喪失した場合であっても、長期間にわたって原子炉の冷却を継続し、本件3号機の安全を確保することができることを確認している。具体的には、本件3号機には、電力供給を必要としない原子炉の冷却手段として、蒸気発生器で発生する蒸気で稼働するタービン動補助給水ポンプを用いた冷却方法があるところ、タービン動補助給水ポンプを稼働させるためには、水源からタービン動補助給水ポンプに給水を行う必要があるが、本件3号機においては、動力源がなくともタービン動補助給水ポンプに給水が可能な水源(電動あるいは内燃機関等の動力の介在を必要とせず、高低差を利用した水流によって給水が可能な水源)によって約17.1日間にわたって原子炉の冷却が可能であり、給水に動力源が必要な水源も含めれば約20.2日間にわたって原子炉の冷却が可能である。加えて、本件3号機の水源のみならず本件1号機及び本件2号機に係る水源を活用すれば、動力源がなくとも給水が可能な水源を用いて合計約24.4日にわたって、給水に動力源が必要な水源も含めて用いれば合計約65.5日間にわたって本件3号機の原子炉を冷却し、安全を確保することができる(乙343・18頁)。したがって、本件3号機においては、万が一、降下火砕物の大気中濃度が高い環境下において全交流電源を喪失するような事態が発生した場合を想定しても、放射性物質が環境に大量に放出されるような事態に至る具体的危険性はない。

  (4) 降下火砕物の非常用ディーゼル発電機機関内侵入による影響

   ア 摩耗に対する影響

     抗告人らは、硬度は火山灰が鋳鉄より硬いので火山灰はシリングライナ及びピストンリングの材料である鋳鉄と比較して破砕されにくいと主張する。

     しかし、破砕のしやすさは、強度(じん性)(物体が外力を受けた場合に破壊に対して示す抵抗力(粘り強さ)。じん性が大きいためには、亀裂の進展が遅く、高い極限強さとともに塑性・延性がなければならない。)の問題であり、硬度の問題ではない(例えば、木よりもガラスの方が硬度が高いにもかかわらず、木製バットで窓ガラスを簡単に破砕することができることを考えれば、破砕しやすさが硬度の問題ではないことは明らかである。)。三菱重工意見書(乙196)においても、降下火砕物の性質について、硬度とは関係なく、一般的に降下火砕物に含まれる火山ガラスを主成分とするシラスの例から、石英を主成分とする川砂等に比べて破砕されやすい性質がある(じん性が小さい)と述べ、破砕しやすさの観点では、降下火砕物よりも黄砂の方が非常用ディーゼル発電機の機関内に侵入した場合に部材を摩耗させる可能性が高いと考えられるとし(上記意見書・2、4頁)、原決定はこれを採用しているのである。

     また、抗告人らは、想定される降下火砕物の濃度は黄砂の濃度より格段に高いとも主張する。

     しかし、本件3号機の非常用ディーゼル発電機の吸気消音器は下方向から吸気する構造となっており、吸気フィルタが取り付けられていることから、降下火砕物の本件3号機の非常用ディーゼル発電機の機関内への侵入は概ね防止されるし(乙345)、機関内に侵入した降下火砕物も、その大半は、シリンダとピストンの間に侵入することなく、重油等の燃焼により発生する煤同様に排気ガスとともに外気へ放出されると考えられる(上記意見書・2頁)。

     さらに、降下火砕物の大気中濃度が高い状況では、比較的大きなサイズの粒子が主体となる(乙348、349)から、粒径の小さい火山灰が大量に機関内に侵入することはない。

   イ 焼付に対する影響

     抗告人らは、2級舶用機関整備士指導書(乙350)に「瞬間最高釣2000℃」と記載されていることを根拠として、瞬間最高温度の2000℃が短時間に連続して起これば降下火砕物もそれなりの高温になると主張する。

     確かに、抗告人ら指摘の上記指導書においてピストン本体の材質として挙げられているアルミニウム材料は、300℃程度で大幅に強度が低下する(乙351)が、非常用ディーゼル発電機や舶用機関に用いられるような往復動内燃機関(ピストン運動を用いた内燃機関)において、燃焼ガスが高温になるにも関わらず部材等の高温による破壊等が防止されているのは、燃料が燃焼して燃焼ガスが高温になるとはいっても、燃焼は間欠的であるために常に高温にさらされるわけではないし、部材等の高温による破壊を防止するための冷却が行われることによるものである(乙352)。

     三菱重工意見書も、同様の仕組みを指して、仮に膨張行程でシリンダ内の温度が1000℃を超えたとしても極めて短時間の局所的な現象であり、シリンダ外側を循環するシリンダ冷却水によって常時冷却していることから1000℃を上回るような高温状態が継続することは考え難く、シリンダ内の温度はすぐに降下火砕物の融点より低い温度にとどまるとしている(乙196・5頁)のである。

 

 10 争点3(8)(新規制基準の合理性に関する各論~シビアアクシデント対策の合理性)

 

   次のとおり補足するほか、原決定の「理由」中「第3 争点に関する当事者の主張」の10記載のとおりであるから、これを引用する。

 (抗告人ら)

  (1) 水素爆発対策(設置許可基準規則37条2項、52条、53条)

    原決定は、①全炉心内のジルコニウム量の75%が水と反応するという想定について、原子力規制庁の職員の発言のみをもって相当保守的な数値であると認定し、また、②相手方の解析によって反応割合が30%と評価されていると認定し、解析コードMAAPにはMCCIの進行を過小評価する傾向があること等を踏まえて、100%のジルコニウムが水と反応することを仮定しなくても、相手方の評価に不合理な点はないと判示する。

    しかし、①については、原決定は、解析コードMAAPにはMCCIの進行を過小評価する傾向があることについて、何ら検討を行うことなく、原子力規制庁の職員の発言のみをもって相当保守的な数値であると認定しており、事実認定に誤りがあり、②については、相手方は、ジルコニウムの反応割合が30%となると評価する解析の具体的な内容について、疎明を行っていない。

  (2) 水蒸気爆発対策(設置許可基準規則37条2項)

    原決定は、水蒸気爆発対策の合理性について、実機で炉心溶融が発生した場合に大量の溶融物が水蒸気爆発の外乱となるおそれを相手方がどのように評価したのかは明らかでなく、また、実機における大量の溶融物が外乱となる可能性まで直ちに否定されるものとまではいえないとしながら、相手方が水蒸気爆発の危険性が極めて小さいと評価したことは一応合理的であるといえ、水蒸気爆発の危険性を除外することを認めた原子力規制委員会の判断も不合理ではないと判示する。

    しかし、実機における大量の溶融物が外乱となる可能性が否定できない(甲E53)以上、本件原発の水蒸気爆発対策に係る原子力規制委員会の判断が合理的であるとは認められない。

  (3) 緊急時対策所(設置許可基準規則34条、61条)

    原決定は、緊急時対策所が免震機能を備えていないとしても、免震機能と同等の高い耐震安全性を備え、緊急時対策所の機能が緊急時にも維持されることが確保されているのであれば、重大事故等の対策として何ら問題はないと考えられるから、必ずしも免震機能を要求しない新規制基準の内容は不合理でないと認められると判示する。

    しかし、原決定は、本件原発の緊急時対策所が「免震機能と同等の高い耐震安全性を備え、緊急時対策所の機能が緊急時にも維持されることが確保されている」か否かについて、何ら検討を行っておらず、審理不尽がある。

  (4) 特定重大事故等対処施設(設置許可基準規則42条)

    原決定は、特定重大事故等対処施設の設置をめぐる経過措置を含む新規制基準は合理的であり、相手方が策定した電大事故全般に第一次的に対処するための方針に不合理な点は見当たらないから、特定重大事故等対処施設が設置されていないからといって直ちにその措置が不合理であるとはいえないと判示する。

    しかし、可搬式設備には接続作業等の人的対応が必要となるデメリットがあることからすれば、このデメリットを部分的にではあるがカバーし得る常設設備である特定重大事故等対処施設の設置を猶予することに安全性の観点から合理性を見出すことはできない。

 (相手方)

  (1) 水素爆発対策(設置許可基準規則37条2項、52条、53条)

    相手方の解析評価においては、全炉心内のジルコニウムのうち、水と反応する割合は約30%であるところ、これの2倍以上の反応割合(75%)に補正して水素濃度を求め、さらに、不確かさの考慮として、MCCIによるジルコニウムの反応割合が全炉心内の約6%であることを踏まえ、基本ケースに加算して81%として評価を行っている(乙11-10-7-2-138~141、乙13-205)ことからも、相当保守的な数値といえる(ジルコニウムの反応割合が全炉心内の30%となると評価する解析の具体的な内容については、乙11-10-7-2-128~135、252)。

  (2) 水蒸気爆発対策(設置許可基準規則37条2項)

    本件3号機においては、溶融炉心が原子炉下部キャビティに落下する際、原子炉下部キャビティは準静的(物質系の変化が、常に熱平衡状態(物体間の熱の移動がなく、相の変化、例えば水から水蒸気への変化もない状態)に十分近い状態であること)であり、実験で付加したような膜沸騰状態を不安定化させる外乱は発生しないと考えられ、大規模な水蒸気爆発に至る可能性は極めて低いと考えられる(乙379~381)。

  (3) 緊急時対策所(設置許可基準規則34条、61条)

    本件3号機の緊急時対策所が新規制基準の要求に適合していることは、原子力規制委員会の審査結果が示すとおりである(乙13-409~417)。

  (4) 特定重大事故等対処施設(設置許可基準規則42条)について

    可搬式設備については、抗告人ら指摘のデメリットがあるとしても、想定していた配管が使えなくなった場合でも他の配管への接続を試みることができる、接続に要する時間も接続手法の改善で短縮が見込める、作業環境も接続場所の分散などによって選択肢を広げる等の対策が可能となるなど対応の柔軟性があるとともに耐震性上優れた特性があるというメリットの方が大きいことは、原決定が判示するとおりである。

 11 争点3(9)(新規制基準の合理性に関する各論~テロリズム対策の合理性)

   次のとおり補足するほか、原決定の「理由」中「第3 争点に関する当事者の主張」の11記載のとおりであるから、これを引用する。

 (抗告人ら)

  (1) 本件発電所がテロリズム及びミサイル攻撃の標的となる具体的危険性

    原決定は、争点を「テロリズム対策の合理性」と整理し、結論として、テロリズム対策に関する新規制基準の内容や相手方が取った措置又は方針を合理的であるとした原子力規制委員会の判断やそれへ至る過程に不合理な点はないと判示する。

    しかし、本件は、本件発電所の運転によって抗告人らの人格権を侵害する具体的危険性の有無を判断する民事訴訟を本案とする保全事件であり、テロリズム対策に関する新規制基準の内容や相手方が取った措置又は方針を合理的であるとした原子力規制委員会の判断やそれへ至る過程の合理性を判断すること自体を否定するものではないが、テロリズムやミサイル攻撃によって本件発電所から大量の放射性物質が環境に放出され、抗告人らの人格権が侵害される具体的危険性の有無について判断を行っていない原決定には、審理不尽がある。

    そして、①福島第一原発事故を受けて改正された原子炉等規制法が1条(目的)において「テロリズムその他の犯罪行為の発生も想定した必要な規制を行う」ことを明記したことからすれば、少なくとも福島第一原発事故発生後においては、原発がテロリズムの標的となる具体的危険性があることが立法事実として認められること、②外務省が1984年に作成した「原子力施設に対する攻撃の影響に関する一考察」と題する報告書には、1981年のイスラエルによるイラクの原子炉施設の爆撃を踏まえ、「わが国の場合は、すでに二十数基の発電用原子炉と、いくつかの関連施設を有しており、かつその数は今後とも増大するので、この種の施設に対する攻撃の危険性に対しては重大な関心を払わざるをえない」との記載があること(甲C257、甲D185)、③平成13年9月11日に発生した米国同時多発テロ事件を機に原発がテロリズムの標的になる危険性が再認識されたが、原発やそれに準ずる関連施設に対するテロリズムや侵入事件は、同事件以前にも多数発生していること(甲D187・53~55頁)、④平成28年3月22日に発生したベルギー同時多発テロ事件では、容疑者グループが原子力研究施設技術者の行動を10時間近く隠し撮りした映像が押収されていること(甲E26)、⑤北朝鮮は、平成29年3月6日、4発の弾道ミサイルを発射し、このうち3発が日本の排他的経済水域内に落下しており、日本を射程に収める中距離弾道ミサイルを実戦配備していること、⑥イスラム国(IS)は、ISと戦う周辺国を支援するとした日本を敵視し、平成27年2月1日に日本人フリージャーナリストを殺害した際のビデオで、日本に対するテロリズム予告を行っていること等の諸点に鑑みると、本件発電所がテロリズム及びミサイル攻撃の標的になる具体的危険性があると認められる。

  (2) 侵入者対策

    原決定指摘の一般国民が武器を所持できないという事情は、あくまで日本国内の事情であり、テロリストがかかる日本国内の事情を斟酌するはずもないことは言をまたないところであり、かかる原決定の判断は誤りである。

  (3) 内部脅威対策

    本件の争点は、テロリズム発生により本件発電所から大量の放射性物質が環境に放出される具体的危険性の有無であり、原決定指摘の作業員等のブライパシーの保護等が判断に影響する余地はない。米国国家安全保障会議で核テロなどの担当者が「内部協力者が関わる核テロヘの対処は、極めて難しい問題だ」と述べていること(甲E26)などからしても、少なくとも確立された国際的な基準である作業員等の信頼性確認制度が導入されていないときは、具体的危険性を否定することはできない。

   (4) ミサイル対策

    本件の争点は、テロリズム発生時に本件発電所から大量の放射性物質が環境に放出される具体的危険性の有無であり、原決定指摘のミサイル攻撃の対策を誰が採るべきかが問題となる余地はない。

    本件発電所がテロリズムの標的となる具体的危険性が認められることから、本件発電所がミサイル攻撃の標的となっても大量の放射性物質が環境に放出されるおそれがないことが疎明されていない以上、具体的危険性を否定することはできない。

 (相手方)

  (1) 原発がテロリズム及びミサイル攻撃の標的となる具体的危険性

    設置許可基準規則は、①設計基準として、事故の誘因を排除する目的で想定すべき自然現象を含む外部事象による損傷の防止を要求することに加え、事故防止対策を講じることを要求し、さらに、②深層防護の観点から、重大事故等対策として、原子炉施設について、炉心の著しい損傷の防止や格納容器の破損の防止及び工場外への放射性物質の異常な水準の放出の防止を要求しており、事故防止対策及び重大事故等対策に関する要求は十分に高い水準になっている。そして、抗告人らが指摘するテロリズムのように想定を大幅に上回る外部事象が発生した場合には、原子炉施設の一定の範囲が著しく損壊すると考えられることから、そのような大規模な損壊が発生することを前提に、施設や設備を柔軟に用いることができるよう手順等を準備するとともに、工場等外への放射性物