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2017.1.19(木)

 

 現在、FB休講中ですが、あえてシェア投稿。

 

 

◉ 日経コンストラクション(木村 駿氏) 2017.1.17

 

福島第一原発・工事秘録

 

異例ずくめの原発カバー工事が始まった

1号機原子炉建屋カバー工事編(第1回)

 

 

 

 東京電力福島第一原子力発電所の事故から、2017年3月で丸6年。読者の皆さんは、爆発する原子炉建屋を捉えた衝撃的な映像を、鮮明に記憶しているのではないでしょうか。一方、福島第一原発で今何が行われているかと聞かれて、説明できる人はかなり少ないかもしれません。

 

夜明け前の東京電力福島第一原子力発電所。写真中央右が1号機原子炉建屋。

2016年11月10日撮影(写真:日経コンストラクション

 

 廃炉に向けて毎日6000人が働く現場では、様々な工事や作業が同時並行で進んでいます。その目的や内容を正確に理解しようとするだけで、大変な労力が伴うでしょう。燃料取り出し用カバー、凍土遮水壁、多核種除去設備、フェーシング――。耳慣れぬ用語の氾濫が、さらに理解を難しくしています。

 筆者はこれまで、主に建設会社の技術者に取材を重ね、廃炉に向けた作業の進捗をお伝えしてきました。ただし、断片的なリポートにとどまっていた点は否めません。

 そこで、1号機原子炉建屋に関する工事について、日経コンストラクションと兄弟誌の日経アーキテクチュアで報じてきた内容に加筆した上で再編集し、全7回に分けてウェブ上で連載することにしました。延々と続く工事のこれまでとこれからを、なるべく分かりやすくお伝えする試みです。連載は毎週火曜日を予定しています。

 

 

■連載の目次(予定)
第1回:異例ずくめの原発カバー工事が始まった
第2回:62パーツの“一夜城”
第3回:成功率100%が絶対条件
第4回:敵は放射能と「風」
第5回:「解体」は造るより難しい?
第6回:人馬一体で「針の穴」を通す
第7回:がれきに咲いた花

※タイトルは変更する可能性があります

 

 

 他に類を見ない工事に挑んでいるのは、皆さんと何ら変わらない建設技術者です。彼らの物語には、苦境を打開するためのヒントがぎっしりと詰まっています。

 廃炉費用の増大が課題となるなか、国民として国のエネルギー政策や東京電力の振る舞いに関心を持ち続け、その是非を判断する一助にもして頂ければ幸いです。それでは、連載第1回をご覧ください。

 

転機は事故から約2週間後の会議
 
2011年3月に発生した未曾有の原発事故。その直後から、東京電力の依頼を受けた大手ゼネコン数社が事故の収束に向けて対策を練り始めた。1号機原子炉建屋を“カバー”ですっぽりと覆い、放射性物質の拡散を防止する任務を引き受けたのは清水建設だ(以下、敬称略。肩書きや組織名は2011年12月時点)。
 

 「そんなことが、本当に実現可能なのか」。提出されたプランに対して、会議の出席者らは一様に懐疑的だった。

 東日本大震災の衝撃も覚めやらぬ2011年3月28日のこと。スーパーゼネコンの一角を占める清水建設では宮本洋一社長出席の下、東京電力への提案内容について熱心に議論が交わされていた。

 議題はほかでもない、同年3月12日午後3時36分に水素爆発を起こした1号機原子炉建屋を、テントのような仮設のカバーですっぽりと覆い、放射性物質の飛散を抑制する緊急プロジェクトである。現場の状況把握すらままならないなか、東京電力は清水建設に、カバーの建設計画の提案を依頼していた。

水素爆発後の1号機原子炉建屋。2011年3月12日に建屋の北西側から撮影

(写真:東京電力ホールディングス)

 

 清水建設の手で同年10月に完成し、後に同社によって解体されることになる「建屋カバー」は、南北に46.9m、東西に42.3mの平面を有し、地上からの高さは54.4mに達する鉄骨造の巨大な構造物だ。

 四隅の柱とそれらをつなぐ3、4段(合計13本)の梁、クリーム色の膜材を張り付けた壁・屋根パネルなどから成る。建設後5年間にわたって原子炉建屋を覆うことになるのだが、この会議のころには、まだ影も形も存在しなかった。

ほぼ完成した1号機原子炉建屋のカバー。

2011年10月14日に撮影(写真:東京電力ホールディングス)

 

 なにしろ1号機原子炉建屋の周辺には、津波と地震、そして水素爆発の影響で、車や建物の残骸があふれかえっている。さらには、毎時数十ミリシーベルトという極めて高い放射線量が計測されていた。人が容易に近づけない現場で、どのようにして巨大な構造物を建設すればいいというのか――。

 会議の席上、建設計画の立案を任されていた生産技術本部の印藤正裕本部長が披露して出席者を驚かせたのは、溶接やボルト締めを一切用いず、離れた位置からクレーンで吊り込んだ柱と梁をかみ合わせるだけで接合するという「常識破り」のプランだった。

 

鉄骨造の最上階が吹き飛んだ

 

 1971年3月に営業運転を開始した福島第一原発の1号機は、「BWR-3」と呼ぶ形式の沸騰水型原子炉だ。格納容器にはフラスコ状の「MARK 1型」を採用。出力は46万kWを誇った。

 東京電力は当時、プラントの建設一式を米ゼネラル・エレクトリック(GE)に発注。下請けとして、東芝が原子炉圧力容器を、日立製作所が原子炉格納容器を、鹿島が建屋の建築工事を担った。

 原子炉を収める建屋は地上5階、地下1階建てで、構造は主に鉄筋コンクリート造。「オペレーティングフロア」のみが鉄骨造で、外壁はサイディングだった。オペレーティングフロアとは、点検や燃料の交換などを行う原子炉建屋の最上階だ。

 水素爆発で吹き飛んだのは、まさにこのオペレーティングフロア。軽量な外壁は爆発の衝撃で放射性物質とともに四散し、周辺の放射線量を高める原因となった。重量がある鉄筋コンクリートの屋根と型枠がわりのデッキプレート、トラス材はほぼ直下に崩落したことが後の調査で分かっている。

1号機原子炉建屋のオペレーティングフロアに折り重なるがれき。

建屋を取り巻く濃いグレーの部材が建屋カバーの柱・梁。

2016年12月26日撮影(写真:日経コンストラクション)

 

 崩落したがれきは、オペレーティングフロアの天井クレーンや燃料取り扱い機(FHM)といった設備を押しつぶし、使用済み燃料を貯蔵するプールに覆いかぶさった。事故当時から現在に至るまで、がれきの位置はほとんど変わっていない。プール内には、今も使用済み燃料292体、新燃料100体が眠ったままだ。

 窓がないのっぺりとした壁面を覆う、水色と白色の抽象的な模様。写真で見るとスケール感がつかみづらく、小さく感じるかもしれないが、1号機原子炉建屋は平面が約40m角、高さが45mに達する巨大建造物である。

 45mといえば、15階建てのマンションに相当する高さ。これだけの規模の建屋を覆ってしまえるサイズのカバーを、放射線量が高い現場で造るのだから、建設技術史上、前例のない難工事になることは、疑いようがなかった。

1号機原子炉建屋のがれきの状況。

東京電力ホールディングスの資料をもとに日経コンストラクションが作成

 

ボルト締めを省略する
 
 

 工事の最大の障壁と目されたのは、カバーの骨組みとなる鉄骨トラスの柱・梁の組み立てだ。通常の施工方法では、柱と梁を接合する際に、ボルト締めや溶接といった人手を介する作業が不可欠になる。

 ここで、一般的な鉄骨造建築物の建設現場を思い浮かべてみよう。柱と梁の接合箇所に張り付いたとび職人が、クレーンで吊り込まれてきた鉄骨の梁を介錯ロープで引っ張り、正確に位置を合わせる。ボルトを仮締めした後、本締めへ。建物の規模によっては、溶接も必要だ。このように多くの手順を要する膨大な作業を、全て職人が手作業で行わなければならない。

 ところが、爆発直後の建屋周辺では、極めて高い放射線量が計測されている。とても長時間の作業が可能な環境ではなかった。

 そこで、計画の立案を任された生産技術本部の印藤は、溶接やボルト締めを一切使わず、かみ合わせるだけで柱や梁を接合する奇策を提案したというわけだ。

 

 

 確かにそんな方法を採ることができるのなら、多くの職人が危険を冒して原子炉建屋に近づかなくても、離れた場所からクレーンを操作して巨大なカバーを構築できるかもしれない。だが、過去に誰も聞いたことがない工法だ。会議の出席者が戸惑うのも無理はなかった。

清水建設生産技術本部の印藤正裕本部長(写真:日経アーキテクチュア)

 

梁端部の穴を柱の突起に差し込む

 

 清水建設の生産技術本部は、難易度が高い建築工事のサポートや、現場で必要となる技術の開発を担う部署。トップを務める印藤は入社以来、長く施工現場に身を置いてきた技術者だ。生産技術本部長に就任するまでは、シンガポール・チャンギ国際空港第3ターミナルの現場所長を務めていた。

 そんな印藤が率いるチームが提案した「かみ合わせるだけで柱と梁を接合する方法」とはどのようなものか。詳細を説明しよう。

 特徴は柱・梁のディテールにある。断面が1900mm角の柱の側面には、直方体の「突起」が上向きに取り付けてある。そして、幅が1900mm、梁せい(高さ)が2600mmの梁の端部には四角い形状の「穴」がうがたれている。この突起と穴をがっちりとかみ合わせることで、柱と梁を接続してしまおうというのだ。

 

柱側に突起を設け、梁の端部に空けた穴とかみ合わせて接合する。

突起の上に角すい状のガイドを取り付け、梁の位置が多少ずれてい

ても、自動的に正しい位置に導かれるようにした。

東京電力ホールディングスの資料をもとに日経アーキテクチュアが作成

 

 突起と穴のすき間はわずか数ミリメートルで、いったんかみ合わせてしまうと容易には抜けない。地震などで部分的に大きな力が掛かって鉄骨が座屈したり、降伏したりする恐れがないように、解析して検証を重ねた。

 柱と梁をうまくかみ合わせるために工夫したのが、突起の上部に設けた角すい状のガイド。クレーンで梁を吊り込んだ際に、多少位置がずれていたとしても、穴がガイドに沿って突起の真上まで自動的に導かれる仕組みだ。

 四隅に置くカバーの柱も、凹凸をかみ合わせて組み立てる。具体的には、上の部材(凸部)を下の部材(凹部)に差し込んで継ぎ足していく。上の部材の先端にはテーパー(勾配)が付けてあり、組み立てやすいように工夫した。

上の部材を下の部材に差し込んで接続する。

上の部材の先端にはテーパー(勾配)を付

け、接続しやすくしている。

東京電力ホールディングスの資料をもとに

日経アーキテクチュアが作成

 

 

まるでブロック玩具のように組み立てる

 このように、凹凸をかみ合わせて部材を接合してしまう方法は、「嵌合(かんごう)接合」と呼ばれる。嵌合接合を利用した身近な例には、レゴに代表されるブロック玩具がある。このほか、古い寺院や神社のような伝統的木造建築物の「仕口・継ぎ手」(二つ以上の部材を継いだ接合部)も、嵌合接合の代表例だ。
 
 

木造建築物の仕口の例。仕口は二つ以上の部材を、ある角度

で接合する部位を指す(資料:日経コンストラクション)

 

 鉄骨造の建物についても、近年は建設資材の再利用による環境負荷の低減、急速施工などに着目した研究や事例が見られる。しかし、建屋カバーのように巨大な構造物に適用した事例はない。そう考えると、確かに「常識破り」の工法なのだが、現場の制約条件と建造するカバーの規模を考えれば、印藤が嵌合接合に行き着いたのは必然だったともいえる。

 検討を始めたばかりのころに、印藤らが試算してみると、1号機原子炉建屋を一般的な鉄骨造のカバーで覆うには、外周の柱が22本、梁が71本、屋根トラスなどを合わせると214ものパーツが必要になると分かった。

 これらのパーツを通常の方法で接合するには、2万本ものボルトを締めなければならない。放射線量が高い1号機の周辺では1人当たりの作業時間が限られるので、5000~6000人ほどの職人を全国からかき集め、交代を繰り返しながら作業に当たらなければならないと考えられた。そんな事は、まず不可能だ。

 印藤は解決策を見出そうと、スケッチと模型を駆使して検討を進めた。当初、ノートには必要な職人の数や部材の数を計算した結果が並んでいた。その後、徐々に建屋のスケッチが増え、プロジェクトのカギを握る柱と梁の接合部の仕様が輪郭を現し始めた。

 「人の手を借りなくてもいける」。

 印藤がそう確信したのは11年3月27日のこと。冒頭の社内会議の前日である。アイデアを書き出すために使ったノートは、数日間で3冊にも上っていた。
(第2回に続く)

 

着想を書き留めるために清水建設生産技術本部の

印藤正裕本部長が使ったノートの一部(資料:清水建設)

 

柱・梁接合部のスケッチ(資料:清水建設)

アイデア段階のスケッチだが、実際に建設した建屋カバー

とほぼ同じ構成に到達している(資料:清水建設)

 

 

 

 

 

 

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