2014.2.15(土)
私もシェアさせていただきます。
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賠償申し立てから1年半 「前に進めたい」180人背負った区長の苦悩
2014.2.8 産経新聞
福島市の市街地。東京電力福島補償相談センターに、福島県飯舘村長泥地区の区長、鴫原(しげはら)良友さん(62)は1月下旬から3回、足を運んだ。そして、3回目に声を荒げてしまった。
「なぜ、来るたびに担当者がコロコロ変わってしまうのか。こちらは毎回同じ話を説明している。前に進まないでしょう」
鴫原さんは、地区の住民180人を代表していた。交渉の案件は原発事故の賠償をめぐるものだ。
鴫原さんの長泥地区は放射線量が高く長期間、住民が戻るのが難しい「帰還困難区域」に飯舘村の中で唯一指定されている。事故後1か月以上避難区域に指定されず避難も遅れた。被曝による将来の健康不安に対する慰謝料の支払いなどを求め平成24年7月に申し立てを行った。事故から1年4カ月が経過していた。申し立てからはちょうど1年半。鴫原さんは、まだ声を荒げている。
申し立てた先は、裁判所ではない。案件が多く、被災者のために迅速に解決するために設置された原子力損害賠償紛争解決センター(原発ADR)。事故の賠償をめぐって東電と被害者側が合意できない場合、無料で和解を仲介する公的機関だ。仲介委員の弁護士が双方から事情を聴き和解案を示して解決するという流れで、申し立てから約1年後の昨年6月、双方に和解案を提示した。
内容には、事故後に指定が遅れ長泥地区に滞在した住民の放射線被曝不安に対する慰謝料として、1人50万円、妊婦と子供には100万円を東電が支払うことなどが盛り込まれた。ADRが被曝不安に対する慰謝料に言及したのは初めてで、画期的といわれた。
ひと段落、やれやれと鴫原さんや住民は安堵した。ところが今年1月、東電側は和解案の受け入れを拒否してきた。「『不安』認定の根拠が不明確」というのだが、どういうことなのか。鴫原さんの東電通いは、こうして始まった。
◇
区長として聞きたい、ADRが出した和解案を、なぜ拒否したのか。しかし、相談センターで対応した東電の社員は「ADRについては答えられない」の一点張り。話が進まない。「それなら相談できる場所を教えてほしい」。東電側も回答を用意するということで鴫原さんは3回も相談センターに出向いたのだった。
鴫原さんによると、3回の訪問で担当者は毎回代わり、その都度同じ内容を一から説明するはめになったという。さらに、前の説明者を出してほしいと、懇願すると「電話中で電話がつながらない」などと言葉を濁される。担当者が変わった理由も示されなかった。
子供の使いじゃないんだ。生活のかかった180人の代表なんだ。地区住民に説明するため、担当社員とのやりとりを記録しようと、レコーダーを取り出し録音をしようとしたときの反応を、鴫原さんは忘れられないという。
「止めてください。盗聴ですよ」。強い口調で制止され押し問答になった。それなら文書で回答してほしい。担当社員は「メモ程度の文章になるかもしれませんが、お出しするよう検討します。会社として出す文章なので社内的に了解を取ってから、ご準備ができたらご連絡します」と答えた。
鴫原さんが「メモ程度でいいので、相談所の責任者でも社長でもいいので署名の入ったきちんと責任のある文書を出してほしい」と応じたところ、担当社員は戸惑った表情を浮かべたという。
「こっちが東電に賠償の書類を出すときは領収書やさまざまなものを事細かに提出させるのに、責任のある文書ひとつ出せないのはおかしい」。鴫原さんは、そう抗議し、今も、そう思っている。
◇
担当者は毎回代わったが、相談センターで鴫原さんの相手をするのは3人から4人。神妙な面持ちで頷きながら聞く。前回担当者から話を引き継いでいるということだが、どの社員もメモを取ることはほとんどない。午前9時から午後5時まで、さまざまな被災者が相談に訪れる中、メモも取らずに話がきちんと伝わり、処理できるものだろうか。
東電の広報に相談中の録音の可否について取材したところ、「相談しているスペースが狭いため、ほかの相談者の声が入る恐れがあり、どこの相談所でもお願いベースでお断りしている」とのことだった。強制力はないというニュアンスだが、「盗聴」と言って制止する対応は、いかがなものか。
「何度出向いても毎回同じ説明を繰り返すだけで話は進まない。ADRについては答えられない、分からないと言われる。私たち被災者はもっと分からない。分からないなら分かる人をちゃんと置いてほしいし、答えられる場所を教えてほしい。コトを荒立てたいわけではないんです。教えてもらいたいだけなのに裏切られてばかりだ」。鴫原さんは一気に話して、肩を落とした。
昨年11月、賠償の現地評価のため飯舘村の私の実家に東電の担当者が訪れた際も同じことを感じたのだが、賠償関連は部外者を除いて被災者と東電の間でやりとりされる上、デリケートな問題のため、相談センターでのやりとりや現地評価の実態などは公にされることはほとんどない。
しかし、低い放射線量しか計れない線量計を持ってきたり、強制力がないにもかかわらず録音を盗聴と言って制止したりする対応を見る限り、賠償や法律など、これまで無縁だった問題に直面している被災者に対し、相手が知らないことをいいことに軽く、あるいは適当に済ませてしまおうという姿勢を感じてしまう。態度は丁寧なのだ。だが誠意が足りない。親身にもなってくれない。東電が企業として苦しいのはわかるが、事故の被害者は住民なのだ。
◇
東電が昨年末に国に提出した「総合特別事業計画」では、「紛争審査会の指針に基づき速やかに賠償を行うほか、東電と被害者の方々との間に認識の齟齬がある場合であっても解決に向けて真摯に対応するよう、ADRの和解案を尊重する」としている。ただし、ADRの和解案には強制力がないため、東電が拒否すれば、和解に至ることはできない。
長泥地区を担当する弁護団によると、昨年半ばごろから東電側はADRが正式な和解案を出した後に「上申書」などを提出し和解案を否定するなどの行為が、いくつかみられるようになったという。
東電に確認したところ、「継続中の案件で、集計はしていないので詳細は答えられないが、和解案を拒否する事例は複数あったのは事実。事業計画で賠償を速やかに行うとしており、今後もADRの和解案を尊重して早期和解に向けて対応したい」と回答した。
「円滑・迅速・公正」に解決するために設置されたはずの原発ADRに申し立ててから、1年半が過ぎた。申し立て中は田畑や財物、就労、精神的苦痛など、そのほかの原発にかかわる賠償を進めることもできない。「この1年半は決して短くなかった。早く問題を解決して、前に進みたい」。鴫原さんは祈るように話した。
「復興の遅れ」が叫ばれて久しい。特に原発事故被災地の遅々として進まぬ状況が国会などで問題にもなっている。その一断面が、ここにもないだろうか。
◇
この原稿を、ほぼ書き終えた2月7日夕刻、東電は和解案に沿って慰謝料を支払うことに応じた。しかし「被曝への不安」という理由には同意できないとの回答を示した。鴫原さんは「ちょっと前に進んだ」と喜んでいる。