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【大人(たいじん)の思想】

2014.2.6(木)

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Yoshihito Hashimoto

2014年2月6日

Shinya talk 2014/02/04(Tue) http://www.fujiwarashinya.com/talk/index.php

 おめは敵だがら潰すわげにはいがね、という大人(たいじん)の思想。  今年99歳になるジャーナリストむのたけじが最近新聞紙上で興味深いことを語っていた。

 ご承知のように彼は戦後すぐの1948年に秋田県で週刊新聞「たいまつ」を創刊。

 1978年の休刊に至るまで反戦の立場から言論活動を続けた人で、最近も著作を著すなどいまだに現役である。

 そこには単なる頭でっかちの左翼的反戦論ではなく、戦争体験を踏まえたリアリティがある。

 そのように反骨の人であり、とうぜん反戦のみならず保守的な地方自治に対しても歯に衣着せぬ記事を書き続けた。

 その彼がそのたいまつ16周年目に際しての著作を上梓したおり、地元の有力者から料亭に来いとの声がかかる。

 不審を抱きながら呼ばれた料亭に行ってみるとそこには敵対陣営とも言える地元の有力者、元市長や市議長や商工業者らが居並んでいた。

 なんとそれは敵陣営が開いた「出版記念パーティ」だったのである。

 その席で元市長は言った。

 「おめは敵だがら潰すわげにはいがね」

 大した言葉だと思う。

 そこには「敵ながらあっぱれ」という大人(たいじん)の寛容がある。

 昔、地方にはそのように懐の深い人物がいたものだ。

 その「敵だがら潰すわげにはいがね」という言葉はあのフランスの哲学者ヴォルテールの言った「私はあなたの意見には反対だが、それを主張する権利は命をかけて守る」という言葉と重なり合う。

 ”他者の権利を守る”というのは、人間の持つべき基本的矜持であり、特に為政者においては国家を健全に運営する上において必要不可欠な”思想”でもある。

 かつて国を牽引する政治家というものはその為政者としての最低の矜持(思想)を維持していたと思う。

 だが戦後はじめて一党支配を手中におさめた安倍政権、いや安倍 晋三という人物はこの為政者が保持すべき基本的矜持をかなぐり捨てた最初の首相となったと私は考えている。

 百歩譲って秘密保護法の制定は、それは彼のひとつの政治的”信念”の顕現として甘受するとしても、その秘密保護法を評定する第三者機関であるべき諮問委員会に秘密保護法の推進論者を推挙し、あるいは公共放送のNHKの会長人事に手を突っ込むなど、そこにはその最低の”思想”がすっぽりと抜け落ちているのである。

 この公共放送に対する圧力は早くもNHK内部において自主規制というかたちで現れており、私の友人のディレクターがこれまで根気よく取材を重ねてきた福島の子供の甲状腺検査に関するレポート制作の継続も、つい最近中止に追い込まれている。

 この戦後初めての一党独裁の流れの中で、いま私たちは長らく堅持してきた民主主義すら危うい局面に立たされているのである。

 私たち年長者は、そして表現者たるものは、いま世の中はしたり顔の”評論”のみに安住できない局面にさしかかっているということを自覚すべきだろう。

 そのひとつの試金石がこのたびの都知事選における意思決定であると私は位置づけている。

 「おめは敵だがら潰すわげにはいがね」

 禁じ手を駆使して狡猾ともいえるさまざまな不公平な工作を労している国家の長たる安倍晋三には、このかつての大人(たいじん)の言葉というものが国家を健全に保つ上での為政者の持つ信念であるべきことを、あらためて問いかけたい。

「敵だから、つぶせない」 むのたけじ氏が語る新聞秘話 2014年1月30日 朝日新聞

 東北のかたすみで発行する小さな新聞に、地域の有力者たちが向けた一言。「敵だから、つぶすわけにはいかない」――。ジャーナリスト、むのたけじさん(99)が、半世紀前のできごとを明かした。

 秋田県生まれ。戦時報道の責任を取るとして1945年に朝日新聞を退社。郷里に近い同県横手市で48年、タブロイド判2ページの週刊新聞「たいまつ」を創刊した。

 子どもたちの手も借りての家族経営。地元選出の国会議員に注文をつけ、地域の疲弊の向こうに政治の問題を突き、日米安保や国際平和に至るまでを農村の一隅から論じた。

 63年11月。歩みをまとめた初めての著作「たいまつ十六年」を刊行。ある日、自宅の電話が鳴った。

 「あしたおめのお祝いやるがら、出でこいよ」。元市長と元市議長、商工業者の3人が出版祝賀会を開いてくれるという。編集方針からすれば対抗勢力といってもいい、地域の顔役ばかりだ。

 いぶかしい思いを抱えながら市内随一の料亭に赴くと、大広間には地元の有力者が顔をそろえていた。

 「周りは全部『保守』のこりこりなわけだ。『居心地が悪かろう』と共産党の議員だった人も呼んでくれて、16人で『まあ飲むべ』と」

 3人に近寄り、尋ねた。「あんたがだ、なしてこういう会開いでくれだの」

 3人は口々に言った。

 「『たいまつ』は、おらだぢの敵だ。敵だがら、つぶすわげにはいがねのだ」

 「この言葉が、なんかすごく重くてねえ。かみしめようと思って、ずーっと話さず、書かずにきたのよ」

 たいまつは78年の780号で30年の歴史を閉じたが、その後も、執筆や講演を続けた。一貫するテーマは反戦・平和。

 「戦争を成り立たせるものはなんなのか。記者として2度戦場に行った経験からすれば、相手を殺さなければ自分が殺される。これです。戦争を成り立たせる論理をぶち破りたいわけ」

 2011年の前著も「この世から戦争をなくすこと」をテーマに据えたが、道筋は提示しなかった。

 「簡単には言えない。でも今回はあのことをぜひ書いておこうと思って。いつ死ぬかわからんもんだからね。自分の生き様で参考意見を出すしかないでしょ」

 昨年11月末に出した「99歳一日一言」(岩波新書)に一項を設け、50年前の記憶を初めて刻んだ。年末には、特定秘密保護法が成立。戦前回帰の危機感も募る。

 「自民だ民主だなんて、お互い欠点のあら探し。自己主張するだけでしょ。かみしめなきゃだめだな。敵だからこそ、学ばなきゃいかん、殺すわけにはいかんと」

 80代で胃がん、90代で肺がんを患ってなお、健在。来年1月、100歳になる。

 「あの言葉を若い人に真正面から受け止めてもらえたら、わたしね、一番うれしいわけだ」(松川敦志)

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