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東京電力福島第一原発事故

損害賠償請求集団訴訟に対する

最高裁判所判決の記事・社説(2022.6.18)

#098 

2022.6.18 記

Historical Archives

東京電力福島第一原発事故
損害賠償請求集団訴訟
最高裁判決に関する記事・社説


​(2022.6.18記 6.26追編)

#099

​記  事

 

 

                 ◉ 時事通信 2022/6/18

 

 

 原発事故、国の責任否定 「対策命じても防げず」

 

  ―避難者訴訟・最高裁初判断

 東京電力福島第1原発事故で避難した住民らが国に損害賠償を求め

た集団訴訟の上告審判決が17日、最高裁第2小法廷であった。菅野博

之裁判長は「東電に安全対策を命じても原発事故は防げなかった可能

性が高い」として、国の責任を認めない判断を示した。裁判官4人中

3人の多数意見。三浦守裁判官は反対意見を付けた。

 福島、群馬、千葉、愛媛各県で住民計3663人が起こした4訴訟をめ

ぐる初の統一判断で、全国約30件の同種訴訟に影響するとみられる。
 判決はまず、事故前の原発の津波対策について「防潮堤などの設置に

よって原発敷地内への海水の浸入を防ぐことを基本としていた」と指摘

した。

 2002年7月に政府機関が巨大津波を伴う地震を予測した「長期評価」に基づき、東電が08年に実施した津波試算は合理性があると判断。国が対策を命じていれば、これに応じた防潮堤が設置された可能性が高いとした。


 一方で、長期評価が予測した地震の規模は、津波の高さから地震の大きさを推定した津波マグニチュード(Mt)8.2前後だったが、東日本大震災はMt9.1で、はるかに大きかったと指摘。津波による主要建屋の浸水の深さが、試算では最大約2.6メートルとされたのに、実際は最大5.5メートルだったことにも言及した。津波の浸入方向も試算とは異なっていたことなどから「防潮堤で事故は防げなかった可能性が高い」とした。
 原告側は非常用電源があるタービン建屋などを密閉する水密化などの措置も検討されていたと主張したが、「津波による原発敷地の浸水を前提にして定めた水密化措置などの法令やガイドラインはなかった」などとして退けた。


 その上で、国が長期評価に基づき東電に対策を命じたとしても、「同様の事故が発生していた可能性が相当にあると言わざるを得ない」と指摘。「規制権限の不行使を理由に、国が賠償責任を負うとは言えない」と結論付けた。


 争点だった長期評価の信頼性や、津波を予測できたかについては判断が示されなかった。
 原告らの国に対する敗訴が確定。東電については、4訴訟で総額約14億円の賠償が確定している。

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社  説

 

     ◉ 朝日新聞 2022/6/18

 

  原発事故で国を免責 「想定外」に逃げ込む理不尽

 

 人の生命・身体はもちろん、環境にも取り返しのつかない危害を及ぼす原発災害を、万が一にも起こしてはならない――。

 その思いがあれば、このような結論にはならなかったのではないか。国民の視点に立って、行政のゆきすぎや怠慢を監視するという司法の役割に照らしても、大きな疑念を残す判決と言わざるを得ない。

 

 ■理は反対意見にあり

 

 東京電力福島第一原発事故の避難者が起こした集団訴訟で、最高裁はきのう、国の賠償責任を否定する判決を言い渡した。

 事故の9年前、国の機関である地震調査研究推進本部は、福島沖の日本海溝寄りで津波地震が起きる可能性を指摘した。だが実際に襲来した津波はそれを大きく上回るもので、国があらかじめ東電に対策を命じていたとしても事故は防げなかった。判決はそう結論づけた。

 本当にそうだろうか。

 防潮堤の建設とあわせ、タービン建屋などの重要施設の水密化措置をとるなどしていれば、事故原因となった全電源喪失の事態は防げた蓋然(がいぜん)性が高いと、複数の高裁は判断していた。

 最高裁は、防潮堤以外の対策について掘り下げた議論はされておらず実績もないと述べた。だが、国内外の施設で一定の水密化工事をしているところはあったし、議論がなかったとすればその当否を審査するのが裁判所の役目ではないか。

 最新の知見に基づき、あらゆる事態を想定して安全第一で防護措置をとるのが、原子力事業者や規制当局の責務のはずだ。今回の判決の理屈に従えば、関係者がそろって旧来の発想と対策に安住していれば、コストを抑えられるうえ法的責任も免れることができるという、倒錯した考えを招きかねない。

 これに対し検察官出身の三浦守裁判官は、水密化措置は十分可能だったと述べ、実効ある対策をとらない東電を容認した国の責任を厳しく指摘した。

 津波予測をもとに国と東電が法令に従って真摯(しんし)な検討を行っていれば、事故は回避できた可能性が高いとし、「想定外」という言葉で免責することは許されないとの立場をとった。この反対意見にこそ理はある。

 

 ■社会的責任なお重く

 

 法的責任はないとされたものの、事故がもたらした甚大な被害について、国は社会的責任まで免れるものではない。

 一連の裁判では、国の審査会が定めた指針を上回る賠償を東電に命じた判決が、すでに最高裁で確定している。実態を踏まえた指針の改定が急務だ。

 政府は事故後に、賠償の元手となる資金を立て替える形で東電に渡し、東電と他の電力各社から数十年かけて回収する仕組みを設けた。「原発事業者の相互扶助」という理屈だが、後付けで不合理との批判は根強い。

 きのうの判決で裁判長を務めた菅野博之裁判官は補足意見のなかで、原発が国策として推進されてきたことに触れ、「大規模災害が生じた場合、本来は国が過失の有無に関係なく、被害者の救済で最大の責任を担うべきだ」と述べた。

 原発の「国策民営」方式には、責任の所在のあいまいさがつきまとう。賠償負担を国と事業者でどう分かち合うか、改めて議論が必要ではないか。

 課題はそれだけではない。放射性物質の除染、損壊した原発の廃炉、被災地の復興、被災者の生活再建など多岐にわたる。これらに取り組む責務を、政府は忘れてはならない。

 

 ■回帰は許されない

 

 裁判を通じて改めて見えたのは、大手電力会社と国のもたれ合いの構図だ。

 先の三浦裁判官は当時の原子力安全・保安院について、「主体的に最新の知見を把握し、責務を果たすという姿勢には程遠いものだった」「規制権限を行使する機関が事実上存在していなかったに等しい」と評した。

 事故を受けて独立性の高い原子力規制委員会が設けられ、運転期間を原則40年とするルールも定められた。審査の厳しさを批判する声もあるが、先祖返りするようなことは、当局、事業者とも許されるものではない。

 最近はウクライナ情勢を受けたエネルギーの安定供給や脱炭素対策として、原子力の積極活用を求める声が広がる。

 たしかに既存の原発の発電費用は比較的安い、温室効果ガスが出ないといった利点がある。

 だが、原発から出る「核のゴミ」の扱い、ひとたび事故が起きたときの被害など、根源的な難しさを抱える。再稼働をめぐっても、規制委と地元自治体任せにして政府は前面に立たないなど、本来の役割を回避する姿勢はいまも色濃く残る。

 こうした問題の解決策抜きに原発復権を唱えるのは、3・11以前の無責任体制への回帰に他ならない。

 11年前のあの日、日本、いや世界が震撼(しんかん)した。当時の誓いと被災者の苦難に思いを致し、原子力の位置づけやエネルギーの将来について、正面から議論を尽くさねばならない。

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  ◉ 読売新聞  2022/6/19

 

 原発避難者訴訟 巨大津波は想定外と認定した

 東日本大震災から11年が過ぎた今も、避難生活を続けている人たちがいる。最高裁の判決は国の責任を認めなかったが、被災者支援の取り組みを緩めてはならない。

 避難住民は突然故郷を追われ、新しい土地で慣れない生活を強いられた。転職や転校を余儀なくされた人も多かったろう。原告の高齢化が進んでおり、早期の全面解決が必要だ。

 原賠審は、賠償金の指針を見直すかどうか議論を始めた。これまでの判決内容を分析し、必要な対応を検討するという。

 避難生活が長期化し、元の居住地に帰ることを諦めた人もいる。避難当初とは、生活環境や将来設計などが変わってきている人も多いに違いない。

 国は、一人ひとりの実情に向き合い、きめ細かい対策を講じることが重要である。被災者が納得できるような支援をしてほしい。

 今も3万人以上が避難生活を続けている。訴訟に加わっていない被災者との間で格差が生じないようにする配慮も欠かせない。

 原発事故を巡っては、東電の旧経営陣3人が強制起訴された刑事裁判が続いているほか、株主代表訴訟も起きている。事故の責任を明らかにし、震災の教訓を次代につなぐことが大切だ。

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    ◉ 毎日新聞  2022/6/18

 

 原発事故の最高裁判決 国の免罪符にはならない

 

 長い間、安全性を強調して、原発を推進してきたのは国である。判決を「免罪符」にすることは許されない。

 東京電力福島第1原発事故について、最高裁が国の賠償責任を認めない判決を出した。被災した住民ら計約3700人が原告となった4件の集団訴訟での結論だ。

  最高裁が、具体的な判断を示すのは初めてとなる。全国で約30件の集団訴訟が起こされ、1、2審判決は12件が国の責任を認める一方、11件は認めず、判断が分かれていた。

 2011年3月の東日本大震災で、福島第1原発は最大で高さ15・5メートルの津波に襲われた。電源が失われて原子炉を冷却できなくなり、炉心溶融や水素爆発が起き、大量の放射性物質が飛散した。

  その9年前に、政府の地震調査研究推進本部が公表した「長期評価」では、巨大津波を起こす地震が発生する可能性が示された。東電側はこれを基に、最大で高さ15・7メートルの津波を想定していた。

 

 疑問残る「想定外」認定

 

 判決は、想定が合理的なものだったと認めつつも、実際の津波は規模や押し寄せる方向が異なっていたと指摘した。

 国が想定に基づいて東電に対策を命令し、防潮堤が設けられていたとしても、被害を防ぐのは難しかったと結論づけた。

 しかし、巨大津波のリスクが示されたにもかかわらず、対策は講じられないまま、事故が起きた。東電は想定を重視せず、国もその方針をうのみにしていた。

 原発事故は甚大な被害をもたらす。万が一にも事故が起きないよう、国が電力会社を厳格に規制することが不可欠だ。

 何らかの対策が取られていれば被害を軽減できた可能性もある。判決の認定には疑問が残る。

 審理した裁判官4人のうち、1人は反対意見で「国や東電が真摯(しんし)に検討していれば、事故を回避できた可能性が高い」と指摘した。

 そもそも原発事故は、法的な責任の所在が曖昧だ。

 原子力災害は、過失の有無にかかわらず、事業者が損害を賠償すると法律で定められている。国は必要な援助をするにとどまる。

 一連の集団訴訟は国や東電の責任を明確にしようと起こされた。

 原告の小丸哲也さん(92)は福島県浪江町で代々、農業を営んできた。自宅が帰還困難区域となり、関東地方の親族宅に避難を余儀なくされた。

 最高裁の審理で「家も田畑も汚染され、人生をかけて築き上げてきた全てを失った。『安全神話』を言い続けてきた国の責任をはっきりと認めてほしい」と訴えた。

 今も福島県の住民約3万人が、全国各地で避難生活を送る。事故で地域のつながりを奪われ、生活の基盤を失った。子どもが避難先でいじめにあった人、家族がばらばらになった人もいる。

 

 賠償基準の見直し急務

 

 4件の集団訴訟では、既に上告が退けられ、東電が支払う賠償額は確定している。いずれも国の基準を上回る金額だ。

 現状の賠償が被害者の救済には不十分だという司法からの警告である。国は重く受け止め、直ちに基準を見直さなければならない。

 賠償のほか除染や廃炉など、原発事故の処理費用は計21・5兆円と試算されている。費用はさらに膨らむ可能性が高い。

 本来は東電が大半を賄うが、国が立て替え分などとして約10兆円を手当てしている。東電が負担しきれず、被害救済や復興に支障が生じることがないよう、国は責任を果たす必要がある。

 福島の事故後、独立性の高い審査機関として原子力規制委員会が発足した。最新の知見に設備を適合させる制度も設けられた。

 審査は長期化する傾向にあり、規制委に安全審査を申請した全国の27基のうち、再稼働したのは10基にとどまる。

 事故から11年が経過し、政府・与党内には、原発回帰を探る動きがある。

 政府の重点政策を示す「骨太の方針」では原発について、昨年度までの「可能な限り依存度を低減する」との文言が消え、「最大限活用する」と明記された。

 再稼働を推進する思惑から、規制委に「効率的な審査」を求める表現が新たに加えられた。

 安全性が確認されない限り、原発は稼働させてはならない。福島の事故の教訓をないがしろにすることは許されない。

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      ◉ 日本経済新聞 2022/6/18

 

  原発事故で国が果たす使命

 

 東京電力福島第1原子力発電所事故の避難者が国に損害賠償を求めた訴訟で、最高裁が「国に事故の賠償責任はない」とする初の司法判断を示した。

法的決着がついたとはいえ、今も3万人超が避難生活を強いられている状況は続く。福島の復興と住民の生活再建を担う国の役割はなお重い。

仮に巨大地震を想定して防潮堤をつくるよう東電に命じていたとしても、津波による浸水を防ぐことはできなかった。判決はこう断じている。...

(有料記事のため一部のみ)

      ◉ 産経新聞(「主張」) 2022/6/18

 

 

 最高裁の損賠判断 国の原発責任はなお重い

 

 最高裁判所第2小法廷は、東京電力福島第1原子力発電所の事故で避難した住民らが国と東電に対し、損害賠償を求めていた4件の集団訴訟で、国の責任はないとする判決を言い渡した。

 4件の訴訟は福島、群馬、千葉、愛媛で始まったものだ。2審の高裁判決では福島、千葉、愛媛の3訴訟で国の責任を認めたが、群馬訴訟だけは東京高裁が国の責任を否定していた。

 同種の裁判は多数の地裁でも行われているが、国の責任については、認定と否定が相半ばする状態となっている。このままでは混乱が増すばかりだった。最高裁の判断が係争中の訴訟の審理の円滑化に寄与することを期待したい。

 今回の裁判では「福島第1原発を襲った巨大津波を国が予見できたか」「予見可能であったとして、事故を回避できたか」の2点が主要争点となった。東電への国の規制権限が適切に行使されたかどうかが問われた裁判だった。

 国の地震調査研究推進本部は、平成14年に「三陸沖北部から房総沖にかけてマグニチュード8級の地震が30年以内に約20%の確率で発生する」などの長期評価を公表していた。

 最高裁の法廷では、実際の地震は想定を大きく上回るもので、東電に津波対策を命じていても浸水は防げなかったとする国側の言い分が認められ、勝訴した。だが賠償責任を免れたことで国が胸をなで下ろしていては大間違いだ。

 そもそも、原子力発電は「国策民営」で営まれてきた大型エネルギー事業である。その原発が巨大津波で被災して放射能の広域汚染を招き、多数の人々が避難したことに思いを致したい。

 国の賠償責任などが問われる訴訟での最高裁の審理では、著しく合理性を欠いた対応か否かが重視されるようである。

 突出した不合理性はなかったというだけであり、全面的に是認されるわけではあるまい。

 福島事故の痛みは今も続くが、資源貧国で島国の日本にとって原発は、エネルギー安全保障上も欠くことのできない基幹エネルギー源である。

 国は最高裁の判決を謙虚に受け止め、国民に対して原子力発電の必要性を丁寧に説明し、理解を深めてもらうべきだ。原発の安全にも稼働にも国の責任は大であるとの自覚が必要だ。

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      ◉ 東京新聞 2022/6/18

 

 原発避難者訴訟 納得しがたい判断だ

 

  福島原発事故での避難者の訴訟で、焦点の国の責任を最高裁は認めなかった。「仮に東京電力に対策を命じても事故は避けられなかった」との結論にはただ驚く。この初判断には到底納得しがたい。

 原発事故は被災者たちに「ふるさと喪失」などの深刻な事態を招いた。他県などに避難を余儀なくされた人々が起こした訴訟だ。

 注目の判決で最高裁は「実際の津波は想定より規模が大きく、仮に国が東京電力に必要な措置を命じていたとしても事故は避けられなかった可能性が高い」とした。

 この判断には疑問を持つ。

 まず国の地震調査研究推進本部が2002年に公表した「長期評価」についてだ。マグニチュード(M)8クラスの津波地震が30年以内に発生する確率は20%程度だった。実際の地震はM9.1だから確かに想定より大きい。

 しかし、当時の福島第一原発の津波想定は5.7メートルしかなかったから、原子力安全・保安院(当時)が東電に対し、津波高の計算を求めていた。保安院内部でも後に組織横断的な勉強会を開いた。

 04年にはインドネシアのスマトラ島沖で巨大地震があった。遠く離れたインドのマドラス原発にまで津波が押し寄せ、運転不能になる事態が起きた。ポンプ室が水没したのだ。

 06年には勉強会に電力会社も参加させ、5.7メートルを超える津波だと同様の事態を招く恐れが、関係者の間で把握されたとされる。つまり巨大地震が起きると、原発には大津波が押し寄せ、建屋が水没する危険がある-。

 そのような事態は予想できたはずである。ならば防潮堤を高くしたり、原子炉建屋の防水対策をしたり、電源車を高台に配置するなど、全電源喪失の事態に陥らないための対策は十分、考えられたのではないか。そもそも「危険」と考えれば、原発の運転停止の判断もありうるはずである。

 実際に日本原子力発電の東海第二原発(茨城)の場合は、「最も危険な想定」で津波高を12.2メートルとし、09年に従来の倍になる高さの盛り土工事や建屋扉の防水工事などをした。その結果、大津波の被害から免れたのである。

 「対策をしてもムダ」とでも言うような論法を許すならば、地震の巣と呼ばれる日本列島の上で原発を運転させること自体がもはや犯罪的ではないだろうか。

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      ◉ 北海道新聞 2022/6/18

 

 原発避難者訴訟 国の責任をなぜ問わぬ

 

  2011年3月の東京電力福島第1原発事故で避難した住民らが国を訴えた集団訴訟で、最高裁が国の賠償責任を認めない初の統一判断を示した。

 国が規制権限を行使して東電に対策を講じさせていても、事故は防げなかったとした。

 だが、原子力事故は絶対に起こさないとうたって原子力政策を推進してきたのは国である。

 津波に弱いと分かっていた福島第1の津波対策の先送りを続ける東電を、国は説得できないまま震災の日を迎え事故は起きた。

 こうした経緯と、被害者の苦境を考慮すれば、結果的に国民の生命と財産を守れなかった国への姿勢が甘い判決と言わざるを得ず、納得できない。

 原告側は国の地震調査研究推進本部が02年に公表した「長期評価」を基に、国は巨大津波を予見でき、東電に対策を取らせていれば事故は回避できたと訴えていた。

 これに対し最高裁は「発生した地震は想定よりはるかに大きく、津波による浸水も深かった」とし、「仮に対策を講じていても、大量の浸水で事故が発生した可能性は相当にある」と結論付けた。

 しかし、福島第1から約110キロ南の茨城県にある日本原子力発電東海第2原発は施設の防水対策などを行っていた。

 対策と結果の因果関係の検証は必要だが、かろうじて大きな事故には至らなかった。

 福島第1で国が規制権限を行使していれば、少なくとも東電に一層の安全策徹底を促す効果は期待できただろう。事故は防げなかったと断定するのは疑問が残る。

 裁判官4人のうち1人は「長期評価を真摯(しんし)に検討していれば、事故を回避できた可能性が高い」との反対意見を述べた。こちらの方がうなずける見解ではないか。

 札幌高裁を含め各地で続く後続の同種訴訟でも、国の責任は否定されていくと考えられる。

 とはいえ、被害者の生活再建と被災地の復興を支える責務を国が負い続けることは、福島復興再生特措法などに明記されている。忘れてはならない。

 今後賠償責任は、国の資金援助を受けつつ東電が負っていく。だが賠償の最低基準である「中間指針」に基づく賠償では不十分だと被害者は不満を募らせている。

 指針の水準を上回る賠償を命じた判決も複数確定している。

 指針が被害の実相に適応できていないのは間違いない。国は見直しを急ぐべきだ。

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      ◉ 河北新報 2022/6/18

 福島事故、国の責任否定 原子力安全、後退招く判決だ

 津波を考慮して規制権限を行使しても、想定外の規模、方向の津波による事故は防げなかった。だから、対策を命じなかった国に責任はない-。果たして、そんな理屈が通るのだろうか。

 万が一にも放射能漏れにつながる過酷事故を起こさないよう、遅滞なく最新の知見を反映した対策を施す。それこそが、国が原発を規制する理由であるはずだ。

 「想定外」を理由に国の不作為が許されれば、原子力安全は確実に後退する。原発のこれからに深刻な不安を残す判決と言わざるを得ない。

 東京電力福島第1原発事故の避難者らが国と東電に損害賠償を求めた4件の訴訟の上告審で、最高裁第2小法廷がきのう、国の責任を否定する判決を下した。

 訴訟は福島、群馬、千葉、愛媛の各県で起こされ、二審は群馬を除く3訴訟で国の責任が認められていた。

 主な争点は巨大津波は予見できたか、対策を講じていれば事故を防げたか-の2点。

 国の責任を認めた判決は(1)巨大地震は国の機関が2002年に公表した「長期評価」で予見できた(2)国、東電が速やかに検討していれば、02年末までに巨大津波も予見できた(3)長期評価は信頼でき、国も同時に危険性を認識していた-との前提に立っていた。

 これに対し、最高裁が今回最大の焦点としたのは、東電が08年、長期評価に基づき、最大15.7メートルの津波の可能性を示した試算結果と実際の津波の差異だ。

 第2小法廷は実際の津波の方向は試算と異なった上に、浸水深も試算の規模を超えていたとして、当時「対策の基本とされた防潮堤建設では、浸水を防ぐことはできなかった」と断定した。

 原告側は防潮堤の設置と合わせ、建屋の浸水を防ぐ「水密化」を行っていれば事故は防げたと主張したが、判決は浸水を前提とした防護措置に関する法令や知見は当時なかったとして退けた。

 だが、この判断は大いに疑問だ。原子力安全・保安院は国内の地震津波研究の進展やインドのマドラス原発が津波により緊急停止した事象などを受け、06年には電力会社などとの勉強会で水密化について検討していたからだ。

 東電は原発の稼働率低下を恐れ、常に新たな規制や対策を逃れようとしてきた。事故を防げなかったのは、国が技術や情報量にまさる「電気事業者のとりこ」(国会事故調査委員会)となり、対策が後手後手に回っていたからではなかったのか。

 今回の判決によって、一つはっきりしたのは、現行法では「想定外」の災害に伴う原発事故について、国は容易に免責されるということだ。

 国が安定供給や脱炭素の重要性を強調し、原発の再稼働に前のめりになろうとも、立地地域はさらに慎重にならざるを得ないだろう。

  

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      ◉ 福島民報(「論説」)  2022/6/18

 

 【賠償最高裁判決】国の責務は変わらない

 

 東京電力福島第一原発事故の避難者らが国と東電に損害賠償を求めた福島(生業〔なりわい〕)、群馬、千葉、愛媛の4件の集団訴訟の上告審判決で、最高裁は国の賠償責任を否定する初の統一判断を下した。しかし、国策として進められた原発による事故が、未曽有の被害と、人々への甚大な苦痛を与えた事実は動かない。国は事故から11年余が過ぎても途上の本県復興と、原発事故で生活や地域コミュニティーを失った被災者に真摯[しんし]に向き合う責務も何ら変わらぬ、と肝に銘じるべきだ。

 裁判官4人の判断は「3対1」に分かれた。菅野博之裁判長は、国の過失は否定しつつ、「国策として原発事業が行われてきた以上、福島第一原発事故のような大規模災害が生じた場合、電力会社以上に国がその結果を引き受け、過失の有無に関係なく被害者救済に最大の責任を担うべき」と補足意見で求めた。さらに、「東京電力も国も、長期評価の正確性、重要性などの検証や津波防護措置の検討ペースが余りにも遅すぎたのではないか」とも指摘した。

 被災者への事後責任と合わせ、原発の安全確保に対する予断なき、緊張感のある対応の必要性に言及したともいえるだろう。国は重く受け止めなければならない。

 一方、反対側に立った裁判官は原告の主張とほぼ同じ考えを示し、「長期評価を前提とする事態に即応し、国や東電が真摯に検討していれば、事故を回避できた可能性が高い」とした。国の機関が2002(平成14)年に示した地雷予測「長期評価」をめぐっては、一、二審に続き、上告審でも見解が一部割れる結果となった。

 同種の訴訟で、勝訴や敗訴が入り交じる事態に、原告だけでなく、訴訟の行方を注視する人々に戸惑いが広がっている。裁判自体への信頼にも関わりかねない。原子力関連の事故における国の責任の所在に曖昧さはないのか、法的側面からも検証が必要ではないか。

 東電に対する賠償では、今回を含む計7件の集団訴訟で、国の中間指針を上回る賠償金支払いが確定している。

 これを受け、文部科学省の原子力損害賠償紛争審査会は、指針見直しの必要性を検討するとしているが、国の責任の有無によって見直し議論が後退することは許されない。

 現行の中間指針が不十分なのは裁判で既に明らかになっている。速やかに指針を改めてしかるべきだ。原告だけでなく、全ての被災者に基準を波及させる観点での検討も求められる。

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      福島民友  2022/6/18

 

 原発事故の賠償 国の責任明確化が不可欠だ

 

 

 東京電力福島第1原発事故の避難者らが国と東電に損害賠償を求めた集団訴訟で、最高裁は国の賠償の責任を認めない判断を初めて示した。最高裁の判断は地裁、高裁の事実認定などの指針となる。

 全国で係争中の同種訴訟では今後、国の責任を認めない判決が増える公算が大きくなった。

 最高裁は、国が東電に対し津波対策を指示していれば被害が生じなかったとは言えないと認定し、国に国家賠償法上の責任はないとした。ただし、原発政策を推進してきた国の政治的責任はいささかも減じるものではない。国は、避難者、被災者の被害の速やかな回復に向け、東電に対する監督、指導を徹底しなければならない。

  原子力損害賠償法は、原発事故が発生した場合、過失の有無にかかわらず事業者が賠償の全責任を負うと定めている。しかし第1原発事故は、ひとたび事故が起きれば事業者のみで被害回復を図るのは難しいことを浮き彫りにした。

 事故後の原賠法改正で、事業者が賠償金を仮払いする資金を国が貸し付ける制度ができるなど、国が事業者を支援する仕組みは拡充されている。しかし地震や津波による賠償責任は電力事業者のみに課されたままで、国が責任を負う国の責任明確化が不可欠だ

 今回の事故で、国は束電に資金注入して実質国有化を図ったほか、原子力損害賠償・廃炉等支援機構への交付国債などで賠償を支援してきた。また、原発を持つ主要電力事業者が支援機構に負担金を支払う形で、束電の賠償を事実上支えている。

 事故後の原賠法改正で、事業者が賠償金を仮払いする資金を国が貸し付ける制度ができるなど、国が事業者を支援する仕組みは拡充されている。しかし地震や津波による賠償責任は電力事業者のみに課されたままで、国が責任を負う枠祖みにはなっていない。

 化石燃料の高騰、脱炭素の世界的な潮流のなかで、国が原発の稼働を有力な選択肢の一つに位置付けているのは明らかだ。国が賠償の責任を負わないまま原発に頼る政策が果たして妥当なのか、徹底した議論が必要だ。

 事故の発生から最高裁が国の責任について判断を示し、賠償の構図が固まるまでに11年を要した。原発が過酷な事故を起こすことはあり得ないと国や電力事業者があぐらをかいていた結果だ。

 第1原発と同様の事故が万が一発生した場合、被災者などへの賠償が適正かつ速やかに行われるにはどのような枠組みが必要か。原賠法の改正または新法制定を視野に入れた検討が不可欠だ。

 最高裁の判決は、当時の知見では事故を防ぐのは困難だったとの見方だ。しかし、実際に原発事故が発生してしまった以上、危険の兆候を看過、軽視し事故を招くことは今後決して許されないと強調しておきたい。

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      新潟日報  2022/6/18

 

 原発最高裁判決 争点回避は納得できない

 

 原発事故を引き起こした巨大津波の発生を国は本当に予見できなかったのか。その判断を示さず、なぜ「責任なし」と言えるのか。

 東京電力福島第1原発事故の避難者らが国に損害賠償を求めた集団訴訟で、最高裁は17日、国の賠償責任を認めない判決を出した。

 最高裁として初めての判断だ。裁判官4人のうち3人の多数意見で、1人が反対した。

 炉心溶融という未曽有の原発事故から11年余り、東電を規制する立場だった国に法的責任はないとする事実上の決着がついた。

 最高裁判決は約30件ある同種訴訟の中で福島、群馬、千葉、愛媛で提訴された4訴訟の統一判断となる。8月に控訴審が始まる新潟訴訟を含め、後続の関連訴訟に影響しそうだ。

 訴訟の争点は、政府機関が公表した地震予測「長期評価」に基づいて、国は巨大津波による事故を予見できたか、東電に対策を講じさせていれば事故を回避できたかどうかだった。

 ところが判決は、長期評価の信頼性に触れず、津波襲来を予見できたかという肝心の部分について判断を示さなかった。

 長期評価を根拠として東電が試算した津波と、実際に襲来した津波は、規模も方角も異なり、「仮に規制権限を行使し、東電に必要な措置を命じていても、大量の浸水を防ぐことができなかった可能性が高い」として訴えを退けた。

 これでは争点の判断を回避したに等しく、正面から向き合っているとは言えない。結論に至る過程が分からず、原告らが「ふざけるな」と怒るのは当然だ。全ての避難者が納得できるよう説明を尽くしてもらいたかった。

 一方、東電の賠償責任は既に確定し、4訴訟で総額14億円余りを単独で支払うことになった。

 国が定めた賠償金の指針を上回り、住み慣れた故郷の喪失、自主避難者の慰謝料増額なども認められている。実態に合わせ、国には指針を見直す責任がある。

 福島県によると、県内外で3万人が避難を続け、原発周辺には7市町村にまたがり原則立ち入り禁止の帰還困難区域が残る。

 汚染地域の現状回復や、居住が認められた地域でも生活基盤の整備などが国の責務だ。

 判決で菅野博之裁判長は、原発事故の場合は「電力会社以上に国が結果を引き受け、過失の有無に関係なく被害者救済に最大の責任を担うべきだ」との補足意見を付けた。もっともな指摘だろう。

 県内でも東電柏崎刈羽原発の安全性を巡る県独自の「三つ検証」作業が進んでいる。花角英世知事は再稼働の是非を判断する際の材料とする姿勢を示している。

 県と事業者に安全対策を委ねるばかりでなく、国は規制当局として、住民の安心安全を守る役割があるのだと自覚してもらいたい。

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      信濃毎日新聞  2022/6/18

 

 原発事故判決 被災者に向き合ったのか

 

 安全対策をさせても無駄だと言わんばかりだ。国の責任について審理をあえて避けたとしか思えない。受け入れがたい司法判断だ。

 東京電力福島第1原発事故の避難者らが国に損害賠償を求めた4件の集団訴訟である。最高裁が、国の責任を認めない判決を言い渡した。

 集団訴訟は、全国で30件以上起こされ、原告は計1万2千人を超える。一審、二審で計23件の判決が出ており、12件が国の責任を認め、11件が否定していた。

 福島、群馬、千葉、愛媛の各県で起こされた4件の統一判断として、最高裁が初めて示した。後続の訴訟への影響は大きい。

 原子力発電事業は、国が推し進めてきた政策だ。事故が起きれば甚大な被害が生じることは容易に予測できる。事業者を規制する立場の国も安全対策を担う責任者のはずだ。今回の判決を免罪符にしてはならない。

 訴訟の主な争点は(1)巨大津波を予見できたか(2)対策を講じれば事故を回避できたか―だった。中でも政府の地震調査研究推進本部が2002年に公表した「長期評価」の信頼性が争われた。

 原告側は、長期評価に基づけば巨大津波は予見できたと主張。国側は、長期評価は精度や確度を欠いていたと反論していた。

 これに対し、最高裁は、国が予見できたかについて触れず、仮に東電に対策を命じても大量の浸水は防げなかったと結論付けた。

 本来なら、予見可能性を判断した上で、長期評価に基づき対策を取っていた場合の被害想定を詳細に検討し、示すべきだ。それを行った形跡がなく、国側の主張をうのみにしている。

 事故で古里を追われ、生活や生きがいを奪われて、生きた証しも失った被災者の訴えに、正面から向き合っていない。原告弁護団が「肩透かしを食らった」と怒りをあらわにするのは当然だ。

 各地の集団訴訟では、東電にも損害賠償を請求。今回の4件を含め7件で東電の賠償責任が確定し、いずれも国が策定する賠償指針を上回る損害が認められた。

 確定判決では、避難や被ばく検査のための費用のほかに、古里を失ったことへの慰謝料といった指針にない内容も認定。自主避難者への慰謝料を増額したり、支払い対象を増やしたりしている。

 事故から11年がたち、より深く複雑になった被害も少なくない。国は、早急に実態を調査し、指針を見直して幅広い被災者の救済に努めるべきだ。

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      ◉ 中日新聞  2022/6/18(東京新聞と同内容)

 

 原発避難者訴訟 納得しがたい判断だ

 

 福島原発事故での避難者の訴訟で、焦点の国の責任を最高裁は認めなかった。「仮に東京電力に対策を命じても事故は避けられなかった」との結論にはただ驚く。この初判断には到底納得しがたい。

 原発事故は被災者たちに「ふるさと喪失」などの深刻な事態を招いた。他県などに避難を余儀なくされた人々が起こした訴訟だ。

 注目の判決で最高裁は「実際の津波は想定より規模が大きく、仮に国が東京電力に必要な措置を命じていたとしても事故は避けられなかった可能性が高い」とした。

 この判断には疑問を持つ。

 まず国の地震調査研究推進本部が2002年に公表した「長期評価」についてだ。マグニチュード(M)8クラスの津波地震が30年以内に発生する確率は20%程度だった。実際の地震はM9.1だから確かに想定より大きい。

 しかし、当時の福島第一原発の津波想定は5.7メートルしかなかったから、原子力安全・保安院(当時)が東電に対し、津波高の計算を求めていた。保安院内部でも後に組織横断的な勉強会を開いた。

 04年にはインドネシアのスマトラ島沖で巨大地震があった。遠く離れたインドのマドラス原発にまで津波が押し寄せ、運転不能になる事態が起きた。ポンプ室が水没したのだ。

 06年には勉強会に電力会社も参加させ、5.7メートルを超える津波だと同様の事態を招く恐れが、関係者の間で把握されたとされる。つまり巨大地震が起きると、原発には大津波が押し寄せ、建屋が水没する危険がある−。

 そのような事態は予想できたはずである。ならば防潮堤を高くしたり、原子炉建屋の防水対策をしたり、電源車を高台に配置するなど、全電源喪失の事態に陥らないための対策は十分、考えられたのではないか。そもそも「危険」と考えれば、原発の運転停止の判断もありうるはずである。

 実際に日本原子力発電の東海第二原発(茨城)の場合は、「最も危険な想定」で津波高を12.2メートルとし、09年に従来の倍になる高さの盛り土工事や建屋扉の防水工事などをした。その結果、大津波の被害から免れたのである。

 「対策をしてもムダ」とでも言うような論法を許すならば、地震の巣と呼ばれる日本列島の上で原発を運転させること自体がもはや犯罪的ではないだろうか。

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      ◉ 岐阜新聞  2022/6/19

 

 原発訴訟で統一判断

 

 考え得る限りの対策必要  東京電...(有料記事のため一部のみ抜粋)

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      ◉ 京都新聞  2022/6/18

 

 原発賠償判決 納得できない国の免責

 

 東京電力福島第1原発事故で避難した住民らが、国に損害賠償を求めた集団訴訟で、最高裁第2小法廷はきのう、国の責任を認めない判決を言い渡した。同種訴訟は全国で約0件起こされており、最高裁が初めて判断を示した。

 未曽有の原子力災害から11年余り。暮らしの基盤を根こそぎ奪われた住民にとって、国に落ち度はないとの判決は納得できまい。

 福島、群馬、千葉、愛媛の各県で提訴された四つの訴訟への統一判断だ。福島県から県内外へ避難した計約3700人が国と東電に損害賠償を請求。東電に対しては3月、総額約14億5千万円の賠償責任が確定している。

 一連の訴訟でこれまで12の地裁・高裁が国と東電双方の責任を認める一方、11の地裁・高裁は東電の責任のみ認定し、判断が分かれていた。東電を規制する立場だった国の責任を巡る結論は、後続訴訟への影響が大きい。

 争点は国が巨大津波を予見し、東電に対策を取るよう命じていれば、全電源喪失による過酷事故を回避できたか、否かだった。

 国の地震調査研究推進本部は2002年、地震予測「長期評価」で、福島沖を含む太平洋側で津波地震が発生し得ると公表。これを根拠に東電の子会社が08年、同原発に最大約15.7メートルの津波が到達する、と試算していた。

 最高裁判決は、津波の予見可能性には言及せず、「仮に国が規制権限を行使して東電に津波対策を義務付けていても同様の事故に至った可能性が高い」として、国に対する賠償請求を退けた。

 原発事故はいったん起きれば、長期間にわたり甚大な被害をもたらす。国には、万が一にも事故が起きないように規制する責務があり、権限もある。国自らが策定した長期予測を軽視した責任は免れず、規制権限の不行使は厳しく問われるべきではないか。

 責任を東電に限定し、原発推進に固執した国の責務を軽んじる判決は、住民らの苦難に真摯(しんし)に向き合った司法判断とは言い難い。

 4訴訟の原告のうち、既に110人以上が亡くなっている。高齢化が進む住民らの救済に猶予はない。賠償は東電のみが担うが、それぞれの事情をくみ、きめ細かな賠償や支援が求められよう。

 原油高や電力不足を理由に、岸田文雄政権は「原子力の最大限の活用」を強調し、原発の再稼働に前のめりだ。だが大事故のリスクにどう向き合うか、十分な説明と国民的議論が欠かせない。

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      神戸新聞  2022/6/18

 

 原発最高裁判決/誰が安全の責任負うのか

 

 東日本大震災の地震と津波による東京電力福島第1原発事故後、避難した住民らが国に損害賠償を求めた4件の集団訴訟で、最高裁が国の賠償責任を認めない判決を言い渡した。約30件の同種訴訟の中で最高裁が示した初の判断であり、後続の関連訴訟への影響は避けられない。

 控訴審では、4件のうち3件で高裁が国の法的責任を認めていた。国策として推進してきた原発の安全性に対し、国が責任を負わないなら誰が負うのか。国民の命と生活に関わる重責を電力会社だけが担うのは到底無理であり、納得できない。

 4件は福島、群馬、千葉、愛媛で提訴された。東電への賠償命令は確定したが、国の責任については一、二審での判断が割れていた。原告は4件で約3700人に上り、神戸地裁に提訴された兵庫訴訟を含めた全国では約1万2千人に及ぶ。

 一連の訴訟では国が巨大津波を予見できたか、対策を講じていれば事故を防げたかどうかが争われた。

 原告側は、2002年に政府の地震調査研究推進本部(地震本部)が公表した「長期評価」に基づき、国が東電に津波対策を指示していれば事故を回避できたと主張した。国側は「長期評価は精度や確度を欠いていた」と反論し、仮に防潮堤などを設けていても、津波は想定外の規模であり事故は起きていたとした。

 これに対し、判決は「仮に国が規制権限を行使し東電に必要な措置を命じていても、津波による大量の浸水を防ぐことができなかった可能性が高い」と結論づけた。裁判官4人中3人の多数意見だった。

 「対策があれば津波の影響は相当程度軽減された」とし、国の責任を認めた昨年2月の東京高裁判決とは真逆の判断である。最高裁判決は、国が原発に安全対策を命じる責任がないと述べているに等しく、稼働自体に不安を抱かざるを得ない。

 看過できないのは、最高裁が、津波の予見可能性についての重要な判断を避けた点である。

 地震本部は阪神・淡路大震災を教訓に発足した機関だ。本部長を文部科学相が務め、調査研究は大学や研究機関の専門家が担う。政府の機関による地震予測を国が信頼しないというのは自己矛盾も甚だしい。最高裁はどう考えているのか。

 政府は「脱炭素社会」の実現を理由に、原発を最大限活用する方針を掲げる。だが原発を巡る安全対策や避難計画の不備が司法の場で厳しく批判されている。先月には北海道電力泊原発が、津波への備えが不十分として運転差し止め判決を受けた。

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      山陽新聞  2022/6/18

 

 最高裁の原発判決 国は重い責務を忘れるな

 

 東京電力福島第1原発事故の避難者らが国に損害賠償を求めた集団訴訟で、最高裁は国の賠償責任を認めない判決を言い渡した。約30件の同種訴訟のうち福島、群馬、千葉、愛媛の各県で提訴された4件の統一判断であり、東電を規制する立場だった国の法的責任の有無について、事実上決着がついた形だ。後続の関連訴訟への影響は大きい。

 とはいえ、原発政策は国が国策として進めてきたにもかかわらず、未曽有の原子力災害が発生し、国が規制当局としての十分な役割を果たせなかった事実は重い。今回の判決を国の「免罪符」とすることはできない。

 4件の訴訟は、巨大津波を予見できたのかや、対策を講じていれば事故を防げたのかが主な争点だった。

 原告側は、政府の地震調査研究推進本部が2002年に公表した地震予測「長期評価」に基づけば、巨大津波の襲来は予見できたと主張した。国が東電に津波対策を命じていれば、全電源喪失による事故は防げたと訴えた。

 国側は「長期評価は精度や確度を欠いていた」とし、予見可能性を否定した。仮に長期評価を踏まえ防潮堤などを設置させても、津波は想定外の規模で、事故は回避できなかったと反論していた。

 最高裁判決は、東電が長期評価を根拠に08年に試算した津波と、実際の津波は規模も方角も異なり「仮に国が規制権限を行使し東電に必要な措置を命じていても、大量の浸水を防ぐことができなかった可能性が高い」とした。

 二審段階で群馬訴訟を除き3件は国の責任を認めていたが、最高裁は責任を否定した一方、予見可能性については判断を示さなかった。重要な争点である津波を予見できたかどうかについて言及しなかった判決には、説得力の弱さを感じざるを得ない。

 判決は裁判官4人中3人の多数意見だ。注目されるのは1人の裁判官が付けた反対意見である。建屋への浸水を防ぐ工事をすべきだったとの原告側主張に関し、この裁判官は「多重的な防護の必要性について東電も国も十分に認識できた」と指摘した上で「長期評価を前提とする事態に即応し、国や東電が真(しん)摯(し)に検討していれば、事故を回避できた可能性が高い」とした。

 非常用電源設備の機能を維持するための浸水対策を講じていれば、被害を軽減できた可能性がある。反対意見は国や東電の不作為を厳しく断じたとも言える。意見を重く受け止めるべきだ。

 東電の賠償責任は最高裁で先行し3月に確定している。賠償総額は約14億円に上り、国の指針に基づく東電の賠償金を上回った。被災者支援が現状では十分ではないことが浮き彫りになった。

 避難者は今なお約3万人に及ぶ。国は指針の見直しを含め、被災者の救済に極めて重大な責務を負っていることを忘れてはならない。

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      中国新聞  2022/6/18

 

 原発避難者、最高裁判決 国の責任なぜ認めない

 

  未曽有の原子力災害に対する国の責任は本当にないのか。疑問を拭えない判決だ。

 東京電力福島第1原発事故で避難した住民らが国に損害賠償を求めた4件の集団訴訟で、最高裁がきのう初判断を示し、国の責任を否定した。

 「実際の津波は想定より規模が大きく、仮に国が東電に必要な措置を命じていたとしても事故は避けられなかった可能性が高い」というのが理由である。

 原発がひとたび事故を起こせば、甚大な被害が出ることは避けられない。安全規制は徹底的な予防措置と最新の知見に基づく必要がある。

 自然災害は予測不能な面があるからこそ、国はより厳重な対策が求められたはずだ。事故から11年余り。今なお古里に帰れない避難者がいる大災害を不可避だったと片付けていいのか。違和感を禁じ得ない。

 4訴訟は福島、群馬、千葉、愛媛4県で起こされ、高裁段階では群馬以外の3県で国の責任を認めた。国とは別に東電の責任は既に確定し、約3700人への総額約14億円の賠償が最高裁で命じられている。

 今回の訴訟は、この賠償に東電と連帯して国が責任を負うかどうかが問われた。争点は、国に事故の予見可能性があったか否か、予見可能性に基づいて東電に対策を取らせることで事故が防ぎ得たか―の2点である。

 判決は、政府の地震調査研究推進本部が2002年に公表した地震予測「長期評価」に基づいて対策を講じても事故は回避できなかったと判断した。長期評価の想定した地震規模はマグニチュード(M)8・2前後であり、M9・1の東日本大震災は防ぎ得なかったとしている。

 だが規模はあくまで机上の計算である。04年には10メートルを超える津波をもたらしたスマトラ沖地震も起きた。三陸沿岸でも大津波をもたらした869年の「貞観(じょうがん)地震」が知られている。

 東日本大震災で観測された震度7は、1995年の阪神・淡路大震災や04年の新潟県中越地震でも観測された。熊本地震では2回も記録されている。日本の原発を、このクラスの地震や津波が襲うことは十分に「想定内」だ。規模が大き過ぎたとは、とても思えない。

 加えて判決は、津波の発生を察知できたかどうかには言及しなかった。これでは避難者も納得できないだろう。

 4人の裁判官のうちの1人は「想定を超える事態に対する多重的な防護の必要性は長期評価に基づく適切な試算で認識できた」とし、判決とは逆に、国の賠償責任を認める意見を述べた。一定の最高裁判断が出たとはいえ、反対意見にも大きな意味があると国は認識すべきだ。

 危険な放射性物質を扱う原発が事故を起こせば被害は長期間、広範囲に及ぶ。損害賠償も膨大で、福島原発事故でも確実に20兆円を超す。原発の安全対策が極めて重要なことは言うまでもない。ここ何十年間に起きた地震や津波の規模が想定上限というのでは甘過ぎよう。

 国の責任が否定されたことで被災者への賠償や復興計画にも大きな影響が出ないか懸念される。これまでの判決では国の賠償指針や東電の自主賠償基準の不十分さが指摘された。今回の判決にかかわらず、十分な被災者救済を怠ってはならない。

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      山陰中央新報  2022/6/18

 

 原発訴訟で統一判断 考え得る限りの対策を

 

 東京電力福島第1原発事故で避難した住民らが国と東電に損害賠償を求めた4件の訴訟の上告審判決で、最高裁第2小法廷は国の賠償責任を否定する初の統一判断を示した。津波の被害は事前の試算を大きく上回り、仮に国が規制権限を行使して、東電に防潮堤の設置などを命じていたとしても、事故を防げなかった可能性が高いとした。

 地震防災対策に取り組む政府の地震調査研究推進本部は2002年に地震予測「長期評価」を公表し、福島沖など太平洋岸で巨大津波を引き起こす地震が発生する可能性を指摘。この予測に津波による事故発生を予見できるほどの信頼性があったか、東電に対策を取らせていれば事故を防げたか―などが争われた。

 原発で重大事故があれば、想像を絶する被害をもたらす。長期評価というきっかけがあったのに対策を尽くさなかった責任を軽んじてはいないか、疑問を拭えない。原発を「重要なベースロード電源」と位置付け、積極的な活用を推進するなら、避難計画も含め、考え得る限り万全の対策を講じなくてはならない。

 併せて原発事故からの避難を巡る賠償の在り方を抜本的に見直す必要がある。訴訟を通じ、国の指針に沿って東電が進めてきた賠償は生活基盤喪失など、長期の避難で複雑・多様化する被害を十分にカバーできず、実態に即していないことが浮き彫りになっている。

 4訴訟は13~14年に住民らが避難した各地で起こし、高裁段階では福島、千葉、愛媛の3訴訟で国の責任が認められる一方、群馬訴訟では認められず、判断が分かれていた。東電の責任と、約3700人に対する計14億円余りの賠償命令は今年3月に確定している。

 迅速な避難者救済を目的として文部科学省の原子力損害賠償紛争審査会が11年に賠償指針をまとめ、これに沿って東電は賠償を進めたが、額が低く抑えられたことなどに不満が高まり、増額を求めて提訴が相次いだ。

 このうち千葉訴訟で東京高裁判決は、防潮堤の設置に加え建屋の水密化などの対策も取られていれば、津波の影響は相当程度軽減され、全電源喪失に至らなかったと指摘。しかし最高裁判決は「防潮堤の設置は当時、原子炉施設の津波対策の基本とされた」とし「規制権限が行使された場合、他の対策が講じられたとは言えない」とした。

 4人の裁判官のうち1人は「想定を超える事態に対する多重的な防護の必要性は、長期評価に基づく適切な試算で認識できた」などとし、国の賠償責任を認める反対意見を述べた。東電を規制する立場だった国の責任の有無について、これで事実上の決着がついた。

 ただ急を要する課題がまだある。最高裁判決が出た4訴訟を含む7訴訟で東電の賠償責任が確定し、いずれも国の指針を上回る賠償が認められていることだ。指針では避難や被ばく検査のための費用などの基準が定められているが、そこにはない生活基盤や、ふるさとを奪われた精神的な被害が認定されたり、自主避難者に対する慰謝料が増額されたりしている。

 指針がくみ取れていない被害に司法が対応した形だ。賠償紛争審査会もようやく腰を上げ、指針を見直すべきか、専門家に確定判決の詳細な分析を依頼するという。まずは被害の実態と正面から向き合う必要がある。

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      愛媛新聞  2022/6/18

 

 原発避難で国責任否定 国策による被害に目を背けるな

 

 東京電力福島第1原発事故に対し、国策として原発を推進してきた国は規制当局の役目にとどまらず、電力会……(有料記事のため一部のみ抜粋)

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      徳島新聞  2022/6/19

 

 原発事故訴訟 国の免責は筋が通らぬ

 

 国家賠償を逃れたことが復興や被災者救済の遅延につながっては…(有料記事のため一部のみ抜粋)

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      高知新聞  2022/6/19

 

 【原発避難判決】「想定外」なら免責なのか

 

  東京電力の福島第1原発事故から11年余り。避難した住民らが国に損害賠償を求めた集団訴訟で、最高裁は「想定外」の災害を理由として、国の賠償責任を否定した。
 東電を規制する立場にある国の法的責任の有無について事実上、決着した格好だ。後続の関連訴訟に大きな影響を及ぼすことになる。
 同様の裁判は全国で約30件あり、今回は福島、群馬、千葉、愛媛の各県で2013~14年に提訴された4件の統一判断。国とともに被告となった東電に関しては最高裁でことし3月、約14億5千万円の賠償責任が確定している。国の責任は高裁段階で群馬訴訟が否定。ほかの3件は認めており、判断が割れていた。
 一連の裁判では、巨大津波を予測できたか、対策をとっていれば事故を回避できたかどうかが大きな争点となってきた。
 政府の地震調査研究推進本部が02年に地震予測の「長期評価」を公表し、福島沖を含む太平洋側の広い範囲で、マグニチュード(M)8級の大地震が起こる可能性を指摘。大津波の恐れを警告した。これを根拠に東電の子会社が08年、福島第1原発に最大で約15.7メートルの津波が到達すると試算している。
 原告の住民側は、それらの予測に基づいて国が防潮堤設置や建屋の浸水対策を命じていれば、全電源の喪失による事故は免れたと主張。一方の国は、長期評価は精度や確度を欠いていたと反論していた。
 だが、最高裁は津波の予見性に関する評価を避け、「想定外」の自然災害で事故は回避できなかったと結論付けた。実際の津波は規模などが試算を超えており、国が対策を命じていたとしても浸水の可能性は高かったとした。
 東電の説明をうのみにする旧原子力安全・保安院の規制権限の機能不全を批判しつつも、結果論から極めて形式的に因果関係を否定したと言える。「想定外」なら免責されるというに等しい。
 安全性を担保すべき規制と事故に因果関係がないのであれば、原発活用の前提そのものが説得力を失おう。何の落ち度もないにもかかわらず、古里を失い、人生を狂わされた住民らには、極めて非合理な結論と映ったに違いない。
 ただ、事故との直接的な因果関係は認められなくても、国は原発を推進してきた道義的な責任から逃れることはできまい。
 裁判が長期に及び、原告約3700人のうち、110人以上が古里に戻ることなく亡くなった。なかには自殺とみられるケースもあった。この事実を政府、東電とも改めて重く受け止めなければならない。避難者はいまもなお、約3万人に上る。
 今回の4件の訴訟を含めた一連の裁判では、文部科学省の「原子力損害賠償紛争審査会」が11年8月に策定した指針を上回る損害が認められている。国は避難者が提訴しなくても被害実態に見合う賠償がきちんと受けられるよう、真摯(しんし)に対応する責任がある。

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      西日本新聞  2022/6/19

 

 原発最高裁判決 復興と安全は国の責務だ

 

 「国策民営」で進められた原発で起こった未曽有の災害の責任は、民間のみが負うことになった。大きな疑問の残る判決である。

 東京電力福島第1原発事故で避難した住民らが国に損害賠償を求めた4件の集団訴訟で、最高裁第2小法廷は国の賠償責任を否定した。地裁、高裁段階の判決が割れ、最高裁が初めて判断を示した。

 理解に苦しむのは、今回の判決が最大の争点である津波の予見可能性について明確には言及せず、判断を避けたことだ。今後の地震対策全般の根幹を揺さぶりかねないと言わざるを得ない。

 予見の物差しは、地震調査研究推進本部による地震予測「長期評価」である。阪神大震災の教訓から文部科学省に設置された政府機関で、専門家が過去の膨大なデータを積み上げ、各地の地震発生確率を算出、更新している。

 福島沖ではマグニチュード8級の地震が30年以内に起きる確率は約20%だと、事故の9年前の2002年に公表した。極めて高い数字だ。

 判決は、東日本大震災の地震の規模と波高は予測値を上回り、仮に経済産業相が東電に対策を取らせていても津波による浸水は防げなかった可能性が高い、とした。長期評価に基づき行動しても事故は回避できなかったろうから、長期評価や津波の予見可能性について論じる必要はない、という理屈のようだ。

 国の責任を認めた仙台高裁判決が長期評価を「国の知見とすべきもの」と位置付けたのとは対照的だ。第2小法廷の裁判官4人のうち1人も、長期評価の信頼性を基に国の責任を認めている。

 最新の科学的知見を尊重して災害対策を練ることが基本だ。福島の事故を巡り長期評価を軽んじた国の対応は問題があり、この点を最高裁がどのように判断するか注目されただけに物足りない判決だ。

 現在、全国の関係機関は地震の種類を問わず、長期評価を土台に避難計画策定や高台整備に取り組んでいる。政府は現場に混乱が生じないよう適切に対処してほしい。

 国と東電が唱えた原発の安全神話が崩れたのが福島の事故だった。その損害賠償は東電のみの責任となったが、原発建設を推進したのは国であることに変わりはない。

 事故で故郷を追われた人々が九州をはじめ各地で避難生活を強いられている。賠償を求める集団訴訟は約30件に上る。被災地の復興や被災者への賠償や支援を早期に十分なものにするのは国の責務だ。

 加えて国が免責され得ないのは、原発の安全である。

 原発再稼働を審査する原子力規制委員会は福島の事故を受け、自然の脅威や過酷事故への対策を盛り込んだ新基準を策定、運用している。

 脱化石燃料の流れや原油価格の高騰から、原発の活用を求める声が高まっている。今こそ政府は、福島の教訓を胸に刻み直すべきである。

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      佐賀新聞  2022/6/18

 

 原発訴訟で統一判断 考え得る限りの対策を

 

 東京電力福島第1原発事故で避難した住民らが国と東電に損害賠償を求めた4件の訴訟の上告審判決で、最高裁第2小法廷は国の賠償責任を否定する初の統一判断を示した。津波の被害は事前の試算を大きく上回り、仮に国が規制権限を行使して、東電に防潮堤の設置などを命じていたとしても、事故を防げなかった可能性が高いとした。

 地震防災対策に取り組む政府の地震調査研究推進本部は2002年に地震予測「長期評価」を公表し、福島沖など太平洋岸で巨大津波を引き起こす地震が発生する可能性を指摘。この予測に津波による事故発生を予見できるほどの信頼性があったか、東電に対策を取らせていれば事故を防げたか―などが争われた。

 原発で重大事故があれば、想像を絶する被害をもたらす。長期評価というきっかけがあったのに対策を尽くさなかった責任を軽んじてはいないか、疑問を拭えない。原発を「重要なベースロード電源」と位置付け、積極的な活用を推進するなら、避難計画も含め、考え得る限り万全の対策を講じなくてはならない。

 併せて原発事故からの避難を巡る賠償の在り方を抜本的に見直す必要がある。訴訟を通じ、国の指針に沿って東電が進めてきた賠償は生活基盤喪失など、長期の避難で複雑・多様化する被害を十分にカバーできず、実態に即していないことが浮き彫りになっている。

 4訴訟は13~14年に住民らが避難した各地で起こし、高裁段階では福島、千葉、愛媛の3訴訟で国の責任が認められる一方、群馬訴訟では認められず、判断が分かれていた。東電の責任と、約3700人に対する計14億円余りの賠償命令は今年3月に確定している。

 迅速な避難者救済を目的として文部科学省の原子力損害賠償紛争審査会が11年に賠償指針をまとめ、これに沿って東電は賠償を進めたが、額が低く抑えられたことなどに不満が高まり、増額を求めて提訴が相次いだ。

 このうち千葉訴訟で東京高裁判決は、防潮堤の設置に加え建屋の水密化などの対策も取られていれば、津波の影響は相当程度軽減され、全電源喪失に至らなかったと指摘。しかし最高裁判決は「防潮堤の設置は当時、原子炉施設の津波対策の基本とされた」とし「規制権限が行使された場合、他の対策が講じられたとは言えない」とした。

 4人の裁判官のうち1人は「想定を超える事態に対する多重的な防護の必要性は、長期評価に基づく適切な試算で認識できた」などとし、国の賠償責任を認める反対意見を述べた。東電を規制する立場だった国の責任の有無について、これで事実上の決着がついた。

 ただ急を要する課題がまだある。最高裁判決が出た4訴訟を含む7訴訟で東電の賠償責任が確定し、いずれも国の指針を上回る賠償が認められていることだ。指針では避難や被ばく検査のための費用などの基準が定められているが、そこにはない生活基盤や、ふるさとを奪われた精神的な被害が認定されたり、自主避難者に対する慰謝料が増額されたりしている。

 指針がくみ取れていない被害に司法が対応した形だ。賠償紛争審査会もようやく腰を上げ、指針を見直すべきか、専門家に確定判決の詳細な分析を依頼するという。まずは被害の実態と正面から向き合う必要がある。

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      南日本新聞  2022/6/18

 

 [原発避難者訴訟] 国の責任否定は疑問だ

 

 東京電力福島第1原発事故で避難した住民らが国に損害賠償を求めた集団訴訟で、最高裁は国の賠償責任を認めない判決を言い渡した。国が東電に津波対策を命じていても事故を防ぐことはできなかったとした。

 各地で提訴された訴訟はこれまで、国の責任の有無に関して判断が割れていた。最高裁が初めて統一判断を示したことで事実上の決着がついたことになり、後続の訴訟への影響は大きい。

 政府の地震調査研究推進本部は2002年に地震予測「長期評価」を公表し、福島沖など太平洋岸で巨大津波を引き起こす地震が発生する可能性を指摘していた。にもかかわらず、対策を尽くさなかった国の責任を判決は軽んじていないか疑問が拭えない。

 判決は福島、群馬、千葉、愛媛の各県で起こされた4訴訟での統一判断で原告は計約3700人。二審段階で群馬訴訟は国の責任を否定したが、他3件は認めていた。国が巨大津波による事故を予測し、対策を講じていれば事故を防げたのかどうかが主な争点だ。

 原告側は長期評価に基づけば、巨大津波の襲来は予見できたと主張。国が東電に津波対策を命じていれば、全電源喪失による事故は防げたと訴えた。

 国側は「長期評価は精度や確度を欠いていた」として予見可能性を否定。仮に長期評価を踏まえて防潮堤などを設置させても、津波は想定外の規模で、事故は回避できなかったと反論していた。

 最高裁は、東電が試算した津波と実際の津波は規模も方角も異なるとした上で、「仮に国が規制権限を行使し東電に必要な措置を命じていても、津波による大量の浸水を防ぐことができなかった可能性が高い」と結論付けた。

 千葉訴訟の東京高裁は、防潮堤の設置に加え建屋への浸水を防ぐ水密化工事などの対策も取られていれば、津波の影響は相当程度軽減され、全電源喪失に至らなかったとしていた。その判断を覆し、国側の主張に沿った内容と言えよう。

 一方、津波を国が予見できたかどうかについて言及はなかった。原告側が納得できないのは当然だろう。二審判決で仙台高裁は、長期評価に基づいて試算すれば国と東電は10メートル超の津波の到来を予見できたと指摘していた。

 原発事故から11年3カ月たち、4件の原告のうち既に110人以上が亡くなった。ほとんどが高齢者で、避難生活で体調を崩した人や自殺とみられる事案もあった。福島県によると、県内外で約3万人が今なお避難を続けている。

 国の責任が否定されたことで、賠償、復興、被災者支援などの政策が後退することがあってはならない。国は安全への責任を電力事業者だけに負わせるのではなく、万全の対策を主体的に講じるべきである。

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      熊本日日新聞  2022/6/18

 

 原発避難者訴訟 国の道義的責任免れない

 

  東日本大震災に伴う東京電力福島第1原発事故について、最高裁は、避難者に対する賠償責任を国は負わないとする初の統一判断を示した。東電について...(有料記事のため一部のみ抜粋)

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      沖縄タイムス 2022/6/18

 

 [原発避難者訴訟]国の主張 追認する判決

 

 東京電力福島第1原発事故で避難した住民らが国に損害賠償を求めた集団訴訟で、最高裁が、国の賠償責任を認めない判決を言い渡した。

 東電を規制する立場だった国の法的責任を不問に付すもので、最高裁の判断にはいくつかの疑問が残る。

 訴訟は「巨大津波を予見できたか」「対策を講じていれば事故を回避できたか」が争点となっていた。

 最高裁は、予見の可能性について判断を示さなかった。

 事故回避については、津波の被害は事前の試算を大きく超え、国が規制権限を行使して、東電に防潮堤の設置などを命じても、事故を防げなかった可能性が高いと結論付けた。

 国策として原発建設を推し進めてきた国には、積極的に対策を講じる責任があったはずだ。最高裁の判断はその責任を軽視したと言わざるを得ない。

 今回の判決は、全国で起こされた30件余りの同種の訴訟のうち4件を統一した、最高裁として初の判断で、後に続く訴訟への影響は大きい。

 原告から「対策をしないで事故が起きても仕方ないというひどい内容」と声が上がったのももっともだ。

 4人の裁判官のうち1人は反対意見を出した。「長期評価を前提とする事態に即応し、国や東電が真摯(しんし)に検討していれば、事故を回避できた可能性が高い」と述べた。

 原発を推進してきた一方の当事者として責任が問われないのはやはり納得がいかない。

 「原子力 明るい未来の エネルギー」。第1原発が立地する福島県双葉町にかつて掲げられていた看板の標語だ。地域住民は国や東電が説明してきた「安全神話」を信じてきた。

 2011年3月に発生した東日本大震災による原発事故で放射性物質が拡散して、住民は故郷からの退去を余儀なくされた。原発事故に伴う風評被害などで、自殺に追い込まれた人も少なくない。

 事故から11年3カ月が過ぎたが、いまも約3万人が避難を強いられている。原発周辺にはまだ原則立ち入り禁止の帰還困難区域が残る。

 原発事故避難者による集団訴訟を巡っては今回、最高裁判決が出た4件を含む計7件で東電の賠償責任が確定して、いずれも国の指針を上回る損害が認められている。

 今回の判決とは別に、国は指針を見直すなど、真摯に対応するべきだ。

 原発を巡っては、再稼働を目指す動きが目立つ。

 岸田文雄首相は5月の衆院予算委員会で、ウクライナ危機などに伴う燃料高騰を理由に、原発再稼働を積極的に進める意向を示した。

 自民党は7月の参院選の公約に原子力の最大限の活用を掲げる。

 国会の事故調査委員会は原発事故を「人災」だとし、東電と国の責任を指摘した。

 未曽有の被害を出した事故の責任をあいまいにしたまま原発の再稼働を進めれば、同じ悲劇が起きかねない。

 福島原発事故は終わっていない。

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      琉球新報 2022/6/19

 

 原発事故国の責任否定 原発政策への信頼失墜

 

 東京電力福島第1原発事故で避難した住民らが国に損害賠償を求めた集団訴訟で、最高裁は、国の賠償責任を認めない判決を言い渡した。約30件の同種訴訟のうち、福島、群馬、千葉、愛媛の各県で起こされた4訴訟での統一判断で、最高裁判決は初めてだ。

 最高裁は東電に対策を取らせていても実際の津波は想定より大きく、事故に至ったと判断した。想定できないから免責されるという論法なら「地震大国」の日本で原発は稼働させてはならないだろう。
 想定外であっても原発政策を推進してきた国の結果責任は免れない。事故対策は原発政策の根幹だ。今回の事故で国の責任を認めないのなら国の原発政策はもはや信用できない。信頼は地に落ちたも同然だ。
 4訴訟で原告側は、政府の地震調査研究推進本部が2002年に公表した地震予測「長期評価」に基づけば巨大津波の襲来は予見できたと主張した。長期評価の信頼性や予見可能性が主な争点になったが、判決はこれらに判断を示さず、地震の規模は長期評価の想定よりはるかに大きかったとし、試算に基づき防潮堤を設置しても、事故は防げなかったと結論付けた。ほぼ国の主張に沿う内容だ。
 この判断で国に責任はないとするのは乱暴だ。事故はタービン建屋に給気口から津波が入り、非常用配電盤の浸水により核燃料の冷却機能が失われたために起きた。長期評価や試算結果を踏まえて給気口のかさ上げ、配電盤や発電機を高台に設置するなどの対策が取られていれば、事故は起きなかったはずだ。

 長期評価に基づく対策をしていた場合、どのようになっていたのかなど最高裁はシミュレーションをしていないとみられる。対策を講じていれば少なくとも避難地が広範囲に及ぶことはなかった可能性が高いと専門家は指摘する。
 4訴訟のうち二審段階で群馬以外の3訴訟は国の責任を認めた。愛媛県の高松高裁は、国が基幹発電と位置付け、原子力政策を推進してきた事実を踏まえ「国の責任範囲を限定するのは相当ではない」として国の責任を認めた。
 今回の最高裁判決でも裁判官4人中1人が反対意見を付けた。経済産業相の過失に言及し、適切な措置を取らなかったことで「事故との因果関係も認められ、損害賠償責任を免れない」と断じた。「極めてまれな災害も未然に阻止するために必要な措置が講じられるよう(権限が)適切に行使されるべきだった」とした。国の不作為を批判したのだ。
 岸田文雄首相は先月、「エネルギーの価格安定、安定供給、温暖化対策を踏まえた場合、安全性を大前提に原子力を最大限活用していくことは大事だ。しっかりと進める」と述べ、再稼働を急ぐ方針だ。しかし福島原発事故の責任を取らず、司法の追認にあぐらをかくのなら、再稼働への国民の信任は到底得られない。

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      NHK 時論公論 2022/6/17

 

 福島第一原発事故で国の責任認めず 最高裁判決をどう見る?

 山形  晶  解説委員

 水野 倫之  解説委員

 

11年前、世界を震撼させた福島第一原発の事故は、防ぐことができた「人災」だったのか?
最高裁判所は、津波の規模は予測よりはるかに大きく、事故は避けられなかった可能性が高いとして、国に責任を負わせることはできないと判断しました。
最高裁が、原発事故の責任について判断を示したのは初めてです。
その理由と今後の影響について、司法担当の山形と原子力担当の水野が解説します。

【水野】
原発は、国がその利用の方針を定め、大手電力がその方針に従って運営する「国策民営」で推進されてきました。
その原発で事故が起き、福島ではいまだ3万人が避難を強いられています。それだけに被災者の中には、国に責任はないという今回の判断に、納得できないと感じている人もいるかと思います。

【山形】
最高裁は、なぜ最高裁が国の責任を認めなかったのか?
まずは事故と裁判の経緯です。

11年前の3月11日に起きた福島第一原発の事故は、巨大な津波によって設備が浸水して電源が失われ、炉心を冷却できなくなったことによって起きました。
ふるさとからの避難を迫られた住民は、電力会社を監督する立場の国が、事故を防ぐために必要な規制を怠っていた責任があるとして、裁判を起こしました。
住民が起こした裁判では、東京電力が行っている賠償の額が不十分だとするものもあり、一部は確定していますが、この裁判では事故の責任が正面から争われました。
ポイントは「巨大な津波は想定外だったのか?」。
想定すべきだったのに見過ごしたのであれば、当然、責任が生じます。
実は、事故の9年前、2002年に国の「地震調査研究推進本部」は、「長期評価」と呼ばれる地震の規模や確率の予測の中で、こう指摘していました。
「福島沖を含む日本海溝沿いの領域では、どこでも、マグニチュード8.2前後の地震が30年以内に20%程度の確率で発生する」

国は、「長期評価に対しては、当時、地震や津波の専門家の間で懐疑的な見解があった」として、信頼性が低かったと主張しました。
最高裁は、信頼性には触れなかったものの、国が対応していれば、長期評価で想定される津波を防げるような防潮堤が作られた可能性は高いと指摘しました。
問題は、想定の内容でした。
長期評価の想定はマグニチュード8.2前後。津波の方角は原発の南東側からになります。
実際に起きた地震はマグニチュード9.1。南東以外の方角からも津波が押し寄せました。
対策を取っていたとしても、事故の防止につながったのか?という問題です。

最高裁はこの違いを重視して、原告の訴えを退けました。
「現実に発生した地震ははるかに規模が大きく、方角も異なっていた」と指摘し、「国が東京電力に防潮堤を作らせていたとしても、大量の海水が浸入し、同じような事故が起きた可能性は相当にあった」と結論づけました。
原告は、「防潮堤の建設に加えて、重要な設備に水が入らないように扉などを『水密化』しておけば事故は防げた」という主張もしていました。
2審の高裁も、4つのうち3つが国の責任を認め、防潮堤と「水密化」によって事故を防げたと指摘していました。
しかし、最高裁はこの点も認めませんでした。
当時は、防潮堤が津波対策の基本とされていて、「水密化」のように敷地が浸水することを前提とした対策が採用されていた実績はうかがわれない、という理由です。
ただ、裁判官4人のうちの1人は「防潮堤と水密化で事故を回避できた可能性が高い」として国に責任があったという反対意見を示しました。

【水野】
判決は仮に対策をしていても、同じような事故は避けられなかったとしています。

ただ東電は長期評価をもとに15mを超える津波を試算しています。国も東電に指示し15mを超える防潮堤があれば、想定以外の方角からの浸水は避けられなかったにしてもその規模は小さくなって現場での冷却作業もより早くでき、放射性物質は放出されたとしてもその範囲も小さく、住民への影響を抑えることができた可能性もあります。
また今回4人の裁判官のうち1人が、建屋の「水密化」もしていれば事故は防げたと反対意見を述べている点ですが、
当時は津波対策と言えば防潮堤に主眼が置かれ、水密化の議論は後回しにされてきました。ただ国や東電が長期評価をより重く受け止めて水密化まで議論が及び設置が進んでいれば事故の影響は抑えられた可能性もあるというわけで、こうした反対意見が出るほど今回は難しい判断だったと思われます。

【山形】
原発事故の後、4つの事故調査委員会が設けられ、このうち、「国会事故調」は「安全対策を取らなかった国と東電による『人災』」と批判しました。
今回の最高裁の判決は、「国による人災」とは言えない、というものです。
判決が言い渡されたのは、福島、群馬、千葉、愛媛に住む人たちが中心に起こした裁判ですが、全国でおよそ30件にのぼる同様の集団訴訟の結論にも影響するとみられます。
一方で、東京電力の責任をめぐる裁判に影響するかどうかは今後の注目点です。
東京電力の責任をめぐっては、元会長ら3人が検察審査会の議決によって強制的に起訴された刑事裁判と、東京電力の株主が、旧経営陣に賠償を求めている株主代表訴訟があります。
この2つは、今回と争点が共通していますが、国と東京電力は、立場や責任の性質が異なります。
今後の裁判所の判断に注目したいと思います。

【水野】
今回事故の責任は国にはないとはしていますが、それはあくまで福島の事故についてであって、今後の原子力政策の責任とは別であることに留意しなければなりません。

政府が原発推進の根拠としているエネルギー基本計画にも「いかなる事情よりも安全性をすべてに優先させ、国民の懸念の解消に全力を挙げる」とうたっています。
そして原発の安全については事故後に発足した原子力規制委員会が、より厳しくなった規制基準をもとにその権限を適切に行使し、確保していくことになっています。
ただ最近の原発の審査会合を見ていますと、電力会社が基準の猶予を探るような姿勢も垣間見えます。
例えば新基準で義務付けられたテロ対策施設について、期限に間に合わないことから電力会社がそろって設置の猶予を求めたこともありました。
この時規制委は猶予を認めませんでしたが、あと少しだけとか、ちょっと待ってほしいを繰り返して新基準の運用が電力会社の意向でかわるようであれば、原子力規制は事故前に戻ってしまい、原発の安全性の向上は実現しません。
規制委員会は、いつか来た道に戻ることなく、妥協を許さない安全規制を続けていくことを、判決を機にあらためて自覚してほしいと思います。

【山形】
今回の判決は、国に賠償責任があることは認めませんでしたが、一連の裁判では、国の指針に基づく賠償が十分なのか?という問題も浮かび上がりました。
避難を迫られた人たちへの賠償は東京電力が行っていて、その範囲や金額は国の審査会が作った「中間指針」に基づいています。
しかし一連の裁判では、「中間指針」で示された賠償を上回る水準の賠償を命じる判決が相次ぎ、最高裁もことし3月にそれらの判断を支持しました。
事故の影響が長期化する中で、過去に作られた「中間指針」が今の実態に合っているのか、見直しを議論すべきだと思います。
原発事故をめぐっては、いまだに多くの課題が残されたままです。
その重大さ、深刻さに、私たちは向き合い続ける必要があります。

(山形 晶 解説委員 / 水野 倫之 解説委員)

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